第十四話 危機
――テッテレー! Falioはレベルが46に上がった!
――テッテレー! Falioはレベルが47に上がった!
――テッテレー! Falioはレベルが48に上がった!
――テッテレー! Falioはレベルが49に上がった!
崩壊する芋虫の体を見守る。
吸収された経験値がレベルアップを知らせ、スタータスを微かに上昇させる。
息を静かに吐き出しながら。強張っていた体が弛緩していく。
(はぁーっ、んっ! くっそ、怠いなー……)
中天に輝く太陽が木々を照らす。
樹木を彩る木の葉がその色を増し、鮮やかに色付いている。
射し込む木漏れ日が瞳を焼き、慌ててその場を一歩引く。
(っと。あぁー……。んー……)
思考が止まる。
呆けたまま、日向ぼっこを満喫する。
今は警戒さえも一切せずに、ただ気疲れを癒していた。
――時間にして、六時間程。
芋虫を見つけては殺し、見つけては殺し、見つけては殺していった。
以前よりも上がっているステータスのためか、一戦闘当たりの時間は減っている。
……が、狩りの効率自体は落ち込んでしまっていた。
まあ単純に、倒した芋虫が仲間を呼ばないのだ。
藪蚊になる前よりも俺が強い芋虫であるためか、相手の芋虫は鳴き声を上げる間もなく死んでいく。
体当たりの一撃で沈んでしまう敵には、手加減すら出来ようもない。
彷徨いていても芋虫の群れが見つからない、ということも理由の一つではあるのだが。
(運がないな……いや、もしかしたら別の原因があるのかもしれないが……)
脳裏に思い浮かべたのは、最弱の称号を冠する芋虫の全体像。
つまりは俺の姿なのだが……。
(たかが芋虫相手に何か考えるのも面倒だしな……まあ、地道に行くか)
細かい事はどうでもいいと、気怠そうにその場を去った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
夜の帳が太陽を覆い隠していた。
代わりに空が映すのは、煌々と大地を照らす銀の満月。
時刻はおそらく十九時前後と言ったところか。
ガチガチと虫達の発する音が耳を揺さぶる。
レベルは67まで上がった。
時折休憩を入れながら悠々と芋虫やはぐれ蟻を狩り続けた結果、一日でここまで上がったのだ。
その間に、今の俺では絶対に勝てないであろう敵とも遭遇した。
オーガ・マンティス、ドラゴニック・トンボ、デモリッシュ・モスという昆虫族最強種の面々。
長閑な昼間だったからこそ襲われなかったが、彼らは確実に俺の事を知覚していただろう。
息を殺して体を丸めて、路傍の石だと自身に言い聞かせていた苦労など何の意味も持つまい。
それに、トライホーン・クワガタとホーネット・アントとに出会わなかったのは幸いだった。
特に後者は、一体どれだけの取り巻きを連れているか分かったものじゃない。
集団リンチの恐怖は、俺の記憶に酷く鮮明にこびり付いている。
……と言うか、よく生きていたな、俺。
夜は強力なモンスター達が活動を始める。
それは下級モンスターへの、上級モンスターからの慈悲だ。
昼間から強力なモンスターが闊歩していれば、弱小モンスターは常に彼らへの警戒を絶やすことは出来なくなる。
絶対的な個体数は少なくとも、彼らは雑魚が十や二十集ったところで一蹴出来る程の力を秘めている。
だが、力を持つからこそ、彼らは餌場が荒れる事を厭う。
少しでも、ほんの少しでも強くなりたい――強者に殺されないために、そう渇望してしまわないように。
弱肉強食の世界に、彼らは一定の秩序を作り上げているのだ。
つまり、何が言いたいかというと。
夜は出歩くな、と。
そう言うこと。
――何故か?
――危ないから。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
危機的状況?
否、そんなレベルのものではない。
今俺が居るのは、強いて言うなら、絶望的状況。
レベルを70にしてから眠ろう、そう決めて彷徨していた。
芋虫になってから初めて眠気を感じ始めていた事は不思議だったが、その疑問には適当そうな答えがあった。
即ち、死んでいる最中の意識の消失。
あれが睡眠の代わりを果たしているのだろうと勝手に結論付けながら、ふらふらと森の中を掻き分けて進んでいった。
そして、邂逅する。
会いたくなかった存在に。
せめて、藪蚊だった頃に出会いたかった絶対的強者に。
ガサリ、と茂みを揺らして頭を出す。
目が合った。
一つや二つではない。
十や二十でも少ない。
百や二百でもまだ足りない。
夥しい数の瞳が、俺の姿を捕らえて離さない。
途端に感じる、圧倒的な重圧。
数の暴威。
数百にも上るドラマチック・アントとシアトリック・ビーが奏でる、大気を揺らす羽撃きの戯曲。
優雅で、豪胆で、風雅で、大胆で――鮮烈で強烈な威嚇。
無数の敵意を向けられた体は動かない。
……いや、蟻と蜂だけであればまだ動けた。
問題なのは、それだけの数の蟻と蜂が集まっている原因。
兵が守るべき至高の存在――王。
蟻と蜂の女王"ホーネット・アント"。
昆虫を統べる五の最強の一つ。
雌性の人型を取りし、満ちた月に狂える姫君。
狂気の瞳に縛られる。
唇が横に引き裂かれていく。
ゆらりと動かされる一本の指。
それが示す先は――。
「――お友達が来たわね」
その声が耳に入った瞬間、全力でその場を跳び退る。
木に体を掠めたが、その程度の些事に構っていられない。
体を別の木に打ちつけながら、脱兎のごとく走り出す。
存在しない筈の心臓がバクバクと耳を打った。
「あらあら? 判断の速さはまあまあかしら。さあ、私の愛しい子供達。存分に可愛がってあげなさい? 一緒に遊んであげなさい? ほら、小さな兎が逃げていくわ」
遠くともよく響き渡る、脳を揺さぶる甘露な声。
それは蜂蜜のように甘く、砂糖のように甘く。
けれど、言の葉に乗せるのは狂気の発露。
楽しそうに、狂おしそうに、彼女は嬉々として音(毒)を吐き出す。
「こちらが一方的に遊んであげてもつまらないし、いくつかルールを決めましょうか。そうね、あのお友達と遊ぶ時は一組ごとにしましょう。そうすれば、長い間一緒に遊べるもの。名案でしょう?」
童女のような無垢な笑顔で吐き出す、魔女の戯れ言。
クスクスと笑いながら、同時にケタケタと嘲う。
その声に答える者は居らず、ただ行動で答える兵が居るのみ。
生け贄に選ばれた哀れな羊(芋虫)は、ただただその場を離れんと走る。
背後に迫る悪夢から、必死に逃れようと。




