第十三話 事後
パキリ。
目覚めとともに聞こえたのは、そんなか弱い破砕音だった。
窮屈な思いを振り払うように手足を突っ張る。
ピキパキと小気味よい音を聞きながら、背中を伸ばして殻を突き破る。
体を包んでいた膜を一息に破り、俺はその身に陽射しを浴びる。
(ん、んー……はぁっ! ふぅー……)
豊かな森の香りを吸い込み、体内に溜まった澱みを吐き出す。
朝日を存分に浴びた新緑は、爽やかな芳しい匂いを漂わせる。
伸びをしようと立ち上がろうとして――失敗する。
(ぶはぁっ!?)
二本の足で支えようとした体は、何故か体勢を留める力が足りなくなっていた。
強かに打ちつけた後頭部に感じた衝撃は、起き抜けの頭を覚ますには十分だった。
ぶつけた箇所を反射的に摩ろうと体を折り曲げるが、それでも両手は頭に届かない。
(っ、何だ? 藪蚊の細長い手足なら――)
考えたところで、気付く。
自身の変化に。
(なっ――)
再び、自分が芋虫に戻っているという事実に。
(何なんだよ、これは……)
自失しかけながらも、状態を把握していく。
六対の手足を駆使し、寝転んだ体を起こす。
短く、頼りなくも使い慣れた手足に視線を落とす。
でっぷりと太ましい体を揺らす。
可動域の小さな首をぐるりと回す。
……やはり、芋虫になってしまっているらしい。
(認めるしかないか? あーもう、折角変態したっての、に……?)
不意に、疑問に思う。
俺は、どうして芋虫になってしまったのかと。
――死んでしまったから?
――否。であれば初めに藪蚊になって殺された次に芋虫になるのでは?
――退化が確率ならば?
――保留。まずは可能性を列挙していくべき。
――殺された際に特定の条件を満たしていた?
――不明。レベルは確か15程だったが、それ意外に何かあっただろうか。
――殺される直前に何があった?
――ブレード・ビートルを倒して、そして――。
(っ痛ぅ……)
ズキリ、と頭が痛んだ。
思い出そうと記憶を探るが、靄がかかったようにうまく見つけられない。
可能性を探るのは必要な事だろうが、態々面倒を背負ってまでやらなくてもいいだろう。
そう判断をつけ、頭を振って考えを散らした。
(……まずは、またレベル上げに勤しむとしようか)
明け方の空をちらと見上げ、当て処もなくぶらつく事にした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
遭遇した昆虫達との戦闘をこなしていて、再び気が付く。
自身の変化に。
(どうなってんだ……?)
違和感は最初からあった。
見つけた芋虫を出会い頭に倒そうと、そう決めた時、ふと選択肢があるように感じた。
実際に選択肢なんてものが現われた訳ではないが、それでも似たような感覚があった。
跳びかかるか、■を■くか、それとも■を■ばすか、どうするか、と。
(決まってる……)
俺は跳びかかることを選んだ――つまり、実際に敵に体当たりを決行したのだが、そこでまた違和感を感じた。
――速い。
それが、俺が跳躍していた時の感想だった。
気のせいでは片付けられない程に、スピードが向上していた。
そんな速度でぶつかったからか、芋虫は一撃で体力を全損し、鳴き声も上げられずに消えていった。
レベルは9まで上がった。
次に会ったのは、一匹のドラマチック・アント。
芋虫より強く、藪蚊よりは弱いだろう。
そもそも群れで行動するのが常のドラアチック・アントである。
はぐれた蟻はただの弱者でしかない。
何となく勝てそうだと思い、背後から蟻の様子を窺った。
周りを注意深く見回す蟻の、どうしようもなく生まれる隙を狙い、俺は即座に攻撃を仕掛ける。
考える間もなかったからか、俺の攻撃は俺ですら予想も出来なかった。
――勢いよく伸びた舌が蟻を貫き、吸血を行うなどとは。
間抜けに口をポカンと開ける俺は、ただ自分の行動に驚いていた。
芋虫よりは強い筈の蟻が、一撃で致命的なダメージを受けている事にも、驚愕を隠せない。
藻掻く蟻が力をなくし、空気に溶けて消えていくのを見守る。
攻撃対象を失い、シュルシュルと口の中に納まる舌を、俺はただ呆然と見詰めていた。
効果音が鳴り響き、俺は22レベルになった。




