第十話 変遷
伸ばした舌が、芋虫の表皮を破って突き刺さる。
ストローを吸うように芋虫の中身を抜き出し、落ちた体力や経験値を取得する。
そうして抜け殻になった芋虫は、鳴く事も出来ぬまま消えていく。
――テッテレー! Falioはレベルが5に上がった!
(やっぱり、芋虫じゃ経験値が不味いな。かと言って、トライホーン・クワガタとかは相手にならないだろうし。毒蚊あたりはどうだろう? レベル的にまだ難しいか?)
芋虫とは比べものにならない遅さで鳴ったレベルアップの音に、俺は喜びつつも内心溜め息を吐いた。
放浪していて見つけた芋虫達の集団を、様々な手段で倒し続けて早十分。
それだけで一帯に居た数十匹の芋虫を殲滅したにも拘わらず、上がったレベルはたったの四つ。
それも必要経験値の極めて少ない、最低レベルからの四つでしかない。
相手が芋虫なのでこれで正しいのだろうが、芋虫の時のレベルアップの早さを知っている身としては、僅かに焦燥を覚えていた。
(こんなペースじゃいつか確実にだれるな。出来れば、もっと効率のいい戦闘をやりたいもんだが……)
そんなうまい話がそうそう転がっているものではないとは分かっている。
けれど、今のままではレベルがカンストするまでにどれだけの時間がかかるか想像だに出来ない。
ふぅ、と息を吐いて、ガサガサと揺れた茂みに警戒を移す。
新手の登場を歓迎するように、俺は双翅をはためかせた。
ブゥゥゥゥゥウウウンッ!
ビィィィィィイイ゛イ゛ッ!
俺の羽音に対抗するように、茂みに居る相手は甲高い鳴き声を上げた。
それは助けを呼ぶ悲鳴ではなく、自信を鼓舞する鬨の声であるように聞こえた。
その声質が芋虫とは似ても似つかぬものである事を理解して、俺は歓喜を隠せなかった。
何だかんだと愚痴っていたものの、結局は弱者を甚振るのがつまらなかったのだ。
ただ攻撃を当てれば倒れる芋虫とは違い、勝利のための駆け引きが必要になってくる相手、そんな敵を俺は待ち望んでいた。
トライホーン・クワガタのように、小細工を力技で粉砕出来る相手では意味もないだろうが、俺の近くに居る敵はそこまでの強者ではない筈だ。
そういう相手は態々威嚇などしなくとも、息をするように弱者の命を刈り取っていく。
無論のこと、敵が強者たればトライホーン・クワガタも威嚇をするだろうが、どう考えても今の俺ではその強さに達していない。
つまり、俺の敵は俺と拮抗する程度の能力だということだ。
これを喜ばない訳がない。
舌舐めずりを一つして、俺は即座に臨戦態勢を取る。
そして現れた敵の姿に、俺は思わず息を飲んだ。
(……確かに、絶対勝てないような相手じゃないが……まあ、分は悪いな。相性は悪くないから、そこを上手くやれば希望はある、か?)
現れたのは、一個の鎧。
黒光りする甲殻に全身を包む、一体の甲虫。
その存在を誇示するように虫の額にそそり立つ一本の白刃が、金色の月の光を浴びて輝きを放つ。
種族名"ブレード・ビートル"。
その名に違わぬ強力な武器を持つ、戦闘特化の昆虫だ。
(勝てるかどうかはかなり怪しいな……幸い、ブレード・ビートルは一撃こそ重いが、耐久力に関してはそれ程でもない。何度も攻撃を重ねれば、倒せない訳じゃない、筈)
微妙に自信はないものの、相手がブレード・ビートルである事に不満はなかった。
相手の動きは鈍重であるため、速さで攪乱しつつ、少ずつ体力を削っていけばどうにか――?
そう考えたところで、対峙する敵の後ろからガサリと物音が聞こえた。
(……いや、待て。待ってくれ)
最悪の想像を振り払い、揺れた茂みを凝視する。
そして現れる、黒光りする鎧。
案の定と言うか、残念なことに二体目のブレード・ビートルがやって来たらしい。
しかも、額の剣の小ささからして、二体目は雌であるようだ。
仲よく寄り添っている姿を見れば、二体は番であるらしい。
そこでふと、不思議な感情が芽生えている自分に気が付いた。
(な……ん……だと……!?)
むくむく、と。
体の中に眠っていたとある欲望が鎌首をもたげる。
あるのかどうかもわからない股間に熱が帯びるように、高揚が体を支配する。
(お、俺は、甲虫の雌に欲情するような変態だったのか!? いや、そんな事はない。俺は普通に女が好きだ。俺はノーマルだ……その筈なんだ。だが、だったら何故、俺はこんなことに……?)
錯乱しながらも、雌の甲虫への欲望を自覚すれば、途端に大きく膨れ上がった。
あの雌を俺に――服従させたい――屈服させたい――そんな想いが、俺の思考を埋め尽くそうとする。
抗うのは無駄だとばかりに、俺の体は勝手に動き出した。
――何よりも、まずはあの邪魔な雄を排除せねば。
俺ではない誰かがそう考えた。
背筋が冷えるような思いではあるが、その意見には賛成だった。
勝手に動く体に同調するように意識すると、俺は体の制御権を取り戻した。
(ああもう! よく分からんが、まずはあれを倒さなきゃいけないんだろ!?)
自棄気味になりながらも、思考は冷静さを保っていた。
いや、ある意味では冷静さなど欠片もない。
結局今の俺の頭にあるのは、雄の甲虫を倒して雌の甲虫を俺のものにすることだけだ。
荒い息を吐き出しながら、俺は甲虫と睨み合っていた。




