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ハート♥タイマー

作者: Uto

「あの、私と付き合ってください!」

 その人は突然出会ったばかりの僕に告白した。

 それはいつもと変わらぬ通学路、中学校をでてもうすこしで自宅のマンションという交差点で、進路がまじわった直後の出来事だった。

 その人は僕のかたわらで告白して口をむすんでいた。顔には赤みがさし、意を決したのだろうすこし前のめりに、緊張したように体を固めていた。両手を握りしめて、右手に学生鞄をさげている。セーラー服に長い髪、端整な顔立ちだけど幼さが残る。美人だけど人工的な不自然さのない、まだ可愛らしさもうかがえて、素直に好感のもてる人だった。

 でも初対面だし、たぶん高校生だ。

 僕は突然の告白に一時停止した。まず訳がわからなかった。この人を知らないのだからなにも答えようがない。それともそれを訊いたほうがいいのか?「どちらさまですか?」と。

 プルルルップルルルッ

 突然僕の携帯が着信を告げた。僕は反射的に鞄をひらいて携帯をもった。

「あの、すみません。電話みたいです」

「はい!」

 そんなに勢いよく肯定されると、なんだかすごく重大な用件をきくみたいな気になる。でも番号は自宅のもので、どうせ用件も今日の夕飯のこととか、一家の食卓にかかわる諸問題なはずで、けっして人類存亡の危機なんてことはない。

 すくなくともその携帯にでるまではそうだと思ってた。



「もしもし、なに?」

「もしもし、いま君が告白されたことによって時限装置のスイッチが入ったから、がんばって逃げるか嫌われるかしてくれ。じゃないと君が死ぬことになる」

「えっ?なに?というか誰?」

「番号は君が警戒しないよう偽装させてもらった。私の正体を詳しくはいえないが、いまは君の味方だ。それは今後の君しだいなんだが、まあいい。とにかくいまはそのアイから逃げるんだ」

「アイ?逃げるって?」

 そう言って僕がその名を述べると、となりにいた高校生は笑顔をつくって目を輝かせ、あわてるように迫って言った。

「はい、私、愛っていいます。よろしくお願いします」

「はあ、どうも…」

「いいからいまは逃げるんだ。君がそうしてる間にも、タイマーの秒針は時を刻みつづけている。その時限装置が完了するとき、すでに世界は存在していない。いや、すくなくとも君の世界は存在していない。だからとにかく逃げるんだ。いまはそうすることが最善の道なんだ」

「あの、ちょっといいですか?話がよく見えてこないんです。だから突然逃げろなんていわれても」

「詳しいことはあとで話す。君がアイと一緒にいることで装置が作動していて、それは時限爆弾の起爆装置なんだ。爆発すると、この銀河系一帯を巻き込む規模になる。それによって確実に、人類は滅亡する」

 はい?爆弾?人類滅亡?それがこの愛という人によってもたらされるというのか?

「この人が爆弾で、滅亡が人類?」

「ああ、地球は跡形もなく、吹っ飛ぶ」

 僕の頭は混乱して、なにも考えられなくなった。でもとにかくいまは逃げたほうがいいような気がしていた。それは携帯で僕を説得する得体の知れない人を信用したからじゃなくて、ただこの現状から逃げだして日常に帰ろうと思ったからだ。だからいまはマンションまで走って帰って、家のなかでゲームでもして夕飯をまっているのが当たり前に思えた。

「あの……、ごめんなさい!」

 あやまると同時に駆けだした。僕は自宅を目指して、かなりの速度で愛を振り切ろうと走っていた。僕は背は低かったけど、足はけっこう速い方だ。きっと女の人の足だとついてこれないはずだ。僕は三叉路の角をまがるときに振り返って確認してみる。

「どこいくんですか?」

 余裕でついてきてるんですけどおおおおおおおおおおおお!

 背後で息もきらさず話しかけてる。メチャメチャ足速いじゃないですか。走り方も長距離ランナーみたいに、腕を畳んで歩幅で一定のリズムを刻んでいる。これはきっと陸上経験者だ。敵わない、逃げきれない。僕は作戦をたてる。

 とっさにギアをあげ全力で走りはじめる。そして目の前にあった角をまがった直後に急ブレーキをかける。その場にしゃがんで様子をうかがうと、愛って人もかなりの速度で僕と擦れ違っていく。それよりも早く僕はまたスタートを切る。

「あ、まってください!」

 愛って人は一瞬僕を見失ってその場に立ち尽くし、振り返るまでの間に相応の距離がひらいた。そのままマンションの敷地内に一緒になだれこむ。ここまで来れば僕のテリトリーだ。

 4棟の大型マンションにはおおきな駐車場と公園が隣接して、周囲には花壇や樹木が配置されている。それは長い間手入れもされず放置されていたので雑草が生い茂っている。つまり絶好の隠れ家なのだ。

 1つ目のマンションを道なりに通り越すと、そのつぎの棟との間の路地に折れる。入った直後の駐輪場には庭木がねじるように枝を伸ばしている。狭いスペースに何本も植付けられ、横にも上にも行き場がなくて地面にむかうよう枝を投げだしているのだ。僕はそこに飛び移ると、いつものようにスイスイとよじ登っていく。

 樹木の上は木ノ葉が鬱蒼とせりだして、そのなかで息を潜めていると僕が入っているなんて誰にもわからない。下から見あげても木ノ葉が陰をつくっていて見つかりにくい。子供のころからよく隠れ家としてつかってきた。ここにいればやり過ごせるはずだ。

 木陰から下界を望んでいると、愛って人があたりを見回しながら駐輪場のまえで立ち止まった。僕は息を殺して物音を隠す。真下では人類の脅威が平然と首をかしげて僕を探している。僕は胸の鼓動をおさえ、もうどこかへいってくれと願った。僕はやり途中のゲームをクリアしたいんだ。

「あれ?昇くん、そんなところでなにしてるの?」

 別な人に見つかっちゃったぁあああああああああああああああああっ!

 自転車をつかうのか駐輪場からこちらを見あげる、ショートヘアで地味な私服の幼馴染が僕にたずねた。ちいさいころから一緒に遊んでいたので、隠れ場所も共有していて、そこに残るわずかな痕跡も見逃さないのだ。この団地に住む子供たちのヒミツの隠れ家だった。

「真希、なに教えてるんだよ!ってきた」

「見つけた!ちょっとまって、話をきいてください」

 愛って人はすぐに木々の枝に手をかけ登りはじめる。僕は捕まらないよう、子供のころやったみたいにそこから飛び降りた。

「わっ、なにやってんの?そのキレイな人、昇くんの知り合い?」

「よくわかんないけど告白されたんだ!ちょっと食い止めてよ!」

「告白ぅ…?」

 真希は眉をよせると僕をにらんで、なぜだか腕をつかんだ。

「なにするんだよ!捕まっちゃうだろ!放せよ!」

「いいから、どういうことだか説明してもらお。あの人にも直接きいて」

「そんなことしてる時間ないんだって。捕まると大変なんだってば」

「あのー、そちらの昇くんっていうのかな、その子と話がしたいんですけど」

 木登りをやめて駆け寄った愛は、割って入った真希に承諾を得るように言う。僕の意志とは関係なくだ。

「あなたはどちら様ですか?この元宮昇と知り合いなんですか?」

「モトミヤノボルっていうんですね。私は愛といって、さっきすぐそこの交差点で知り合ったんです」

「それは知り合ったっていわないよー!」

 僕は2人の会話をさえぎるように言った。

「昇もそういってますし、名前も知らないのに知り合いっていうのは可笑しいんじゃないですか?そんな相手に告白って変ですよ」

 なぜだか真希は愛に食ってかかる。よりによってここでいきなり怒りだすなんて、いつものお節介が裏目にでてるみたいだ。それになんだか保護者面されてるし。

「好きになったら名前なんて関係ないんです。私にはわかったんです。昇くんを見たときこの人しかいないって」

「あの、そうはいってもこんなちんちくりんなお子様のどこがいいんですか?あなたくらいキレイな人ならもっといい人が見つかると思いますよ」

「おい!なんだよそれ!」

 背が低いことをいわれるのは腹がたった。人のコンプレックスを勝手に示さなくても、もっと別に釣り合わないことを強調するべきだ。美人に中学生は似合わないって。真希もその部類だけど、比べても愛は特別に美人だった。

「お子様というか、カワイイからいいんです。だから昇くんを好きになったんです」

「えっ、それってこの外見がいいってことですか?」

「はいっ」

 一瞬の静寂がおとずれ、そして僕と真希は否応無しに理解した。

 この人はショタコンだ。

「ちょっとあなた!なに考えてるんですか!年下の子供を相手にそんな勝手なことっ!」

「あなた、真希さんっていうんですよね。真希さんは昇くんのなんですか?真希さんに私を差し止める権利はあるんですか?」

「私は……、昇の幼馴染です。となりに住んでて、子供のころからの知り合いで」

「幼馴染なら人の恋路をジャマできるんですか?それとも真希さんにはジャマするだけの理由があるんですか?」

「そ、そんなことある訳ないじゃないですか!私はただ一般論としてっ!」

 真希は物凄い剣幕で全力否定していた。そりゃ僕はちんちくりんかもしれないけど、そこまで嫌がらなくても…。

「それに私には特別な使命があるんです。それを叶えるために生まれてきました。だから私には昇くんが必要なんです」

 率直で真摯な愛の言葉。そりゃ爆弾なんだから起爆スイッチが必要だ。そんな愛の台詞に圧倒されたのか、僕の腕をつかむ真希の力がゆるんだ。僕は手を振りほどき、とにかく自宅めざして全力で駆け抜ける。もう目と鼻のさきに帰る家があるんだ。

「あっ、昇くん!」

「まって、話をきいて!」

 僕はその2つ目のマンションの入り口に滑りこんだ。足音で愛が駆け寄ってくることがわかる。エレベーターをまっていられない。階段を大股に3段飛ばしで駆け上がる。途中でこけそうになって脛を打ちつける。

「いてっ!」

 たまらず声が漏れるけど、痛みにかまう暇なく上を目指す。僕の住む部屋は2階にあった。のぼりきると長く延びた廊下を走る。このまま部屋に駆けこめば僕の住所を知られてしまうが、いまはそれも仕方ない。僕は自宅のドアを勢いよくあけ、一気にしめると素早く鍵をかける。膝に手をのせ肩で息をしていると、インターホンと同時に愛の声が響く。

 ピンポーン。

「昇くん、あけて。私の話をきいて」

 ピンポーン。

 ピンポーン。

 そしてこんどはドアをノックする。

 ドンドンドンドン!

「昇くん、すこしでいいから私と話して。そうすればわかりあえるから」

 わかりあったころには人類が滅亡しているんだろう。僕は玄関に鞄をおいて台所まで歩いた。

 ピンポーン。

 ピンポーン。

 ドンドンドンドン!

 ピンポーン。

「昇君あけてー」

 ドンドンドンドン!

「お兄ちゃん、あれなに?」

 子供部屋からでてきた美夏が質問した。そんなの僕が知りたいくらいだ。

「帰り道で突然告白されて、そのあとずっと追ってくるんだ。僕にもよくわからない」

「なにそれ、お兄ちゃん大丈夫?」

「大丈夫、……たぶん」

 そういって僕はいまさら階段でぶつけた脛が痛みだすのを感じた。その痛みを誇張するように愛の騒音は次第に大きさを増して、いつ終わるともなくつづいていた。

「これじゃ近所迷惑だよ」

 美夏は呆れたように玄関をにらんだ。まったくだ、これじゃあ真希にだって注意する資格くらいはありそうだ。

 僕は学ランを脱いで汗をぬぐい、流しでコップを手に2杯の水道水を飲み乾した。そうしていると美夏が玄関のドアの覗き穴から、騒音の発信源を調べようとしていた。だけど美夏は僕とおなじく背が低いので、傘立てを移動させてそこに登ると、不安定な足場から危なげに穴をのぞいた。

 プルルルップルルルッ。

 突然騒音にまじって携帯の着信音が鳴った。僕は玄関においた鞄から携帯をとりだす。それはここじゃない自宅からの発信だった。

「お兄ちゃん、この人キレイだね」

「はい、もしもし」

「もしもし、まだ逃げきれていないようだな。家にいたんじゃおなじことだぞ。もっと遠くまで逃げないと」

「ちょっと、無理いわないでくださいよ。ここ以外にいく場所なんて、引越しとか転校させる気ですか?」

「ねぇ、お兄ちゃん。この人がお兄ちゃんに告白したの?」

「そうだ、最悪の場合は君だけ特別な施設に隔離することも考えなければならない。いまや君は世界中で最重要人物になっているのだから。君の言動しだいで人類は滅ぶかもしれないんだぞ」

「そんなこと急にいわれたって、僕は普通の中学生だし、隔離されるなんて冗談じゃないですよ。もっとそっちで打つ手はないんですか?」

「ない。あるとすれば君を殺すくらいだ。そうすればアイの起爆装置もとまる」

 なにいいいいいいいい?

 なにその無気力な解決方法!

 そのまえにいくらでもすることがあるだろおおおおおおおおおおおおおっ!

「お兄ちゃん、誰と話してるの?」

「ちょっとまってくださいよ!ほかに方法はないんですか?たとえばあの愛って人を拘束したり」

「そんなこと出来たらすでにやっている。出来ないからいってるんだ。我々が直接アイにかかわることは出来ない。それは事前に阻止されてしまう。我々がかかわることが出来るのは、唯一君だけなんだ」

「お兄ちゃーん?どうしたのー?」

「なんですかそれ?まるでほかに打つ手がないみたいな言い方して、そんなに愛って人は危険なんですか?」

「危険ということはない。ただこれはルールなんだ。人類の存亡を賭けた決まり事なんだ」

「おにーちゃん、もしもーし、きこえてますかー?」

「あの、よくわからないんですけど、あなたは何者なんですか?そんなに事態を把握していて、携帯の番号も偽ることが出来るなんて。こっちの状況も見えてるみたいだし、もっとほかに執るべき方法がありそうですけど」

「私は人類の味方だ。こっちの側についた、謂わば君の同志だ。だから信用してくれていい。ただ最悪の場合は君を殺すこともある。そうならないように、いまは君を助ける方法を探しているんだ」

「ねー、おにーちゃーん。きいてよー。この人どうするのー?」

「だったらもっと具体的に助けてくださいよ。ただ逃げろだなんていわれても」

 ドンドンドンドン!

 ピンポーン。

 ピンポーン。

「昇くんー、あけてー」

「ねー、おにーちゃん。きけよー、バカ兄貴ー」

 ピンポーン。

 ドンドンドンドン!

「うるさいな!黙ってろよっ!」

 僕は美夏にむかって怒鳴った。もちろんこの近所迷惑な、すべての元凶に対しても同様に言ったつもりだ。

 ピンポーン。

 ドンドンドンドン!

「昇くーん、あけてー」

「どうしたんだ?まだアイに捕まった訳じゃないだろう?」

 ほかの騒音はやまなかったけど、美夏は口をつぐんで、不貞腐れた顔で僕をにらんでいた。すこし気まずい空気が漂ったが、僕にはそんなことにかまっている暇はない。

「はい、大丈夫です。ただ妹がちょっとうるさかったので注意したところで」

 ガチャッ―

 えっ?

「あ、あいた。昇くんいるー?」

 オイイイイイイイイイイイ!なにあけてるんだよおおおおおおおおおおっ!

 美夏はふくれっ面で傘立てからおりると、鍵を外してそっぽをむいた。

 そしてドアノブがまわると隙間からのぞく愛の顔が見える。

「なにやってんだよおおおおっ!」

 僕はすぐに子供部屋へ駆けだした。部屋を区切る障子は鍵をかけることが出来ない。僕は窓辺に追いつめられる。

「昇くんの妹さんですか?私愛といいます。以後よろしくお願いします」と愛がまくしたてるように言って、玄関をぬけ子供部屋に侵入してくる。よく見ると美夏が先導している。

「こっちです」

 美夏あああああ!あとで覚えとけよ!

「昇くん、私と話を」

 僕はその声をさえぎるように窓を開け放し、手摺につかまって体を空中に投げだした。ぶらさがった格好のまま下を確認して手を放す。

 下は草むらで、それがクッションになって着地する僕を受け止めた。僕は一瞬尻餅をつくけど、すぐに立ち上がって走りだす。流石にもうついてこれないだろうと思って振り返った直後、愛も窓から躊躇せず飛びおりていた。

 フワリとスカートが広がり、忍者みたいに着地すると、僕の方をむいて走りだした。

 あの人なんであんなに動けるんですか?



 僕は靴も履かずに石畳を駆けぬけている。小石が足に食いこんで鋭い痛みがはしる。でも止まるわけにはいかない。僕の進路は公園と墓地をぬけ、神社の境内に達していた。砂利道は足ツボマッサージに最適だが、そこに踏みこむ勇気はなかった。まっすぐ進んで社にのぼり、裏手にまわって様子をうかがう。

「あれぇ?昇くんどうしたの?ひさしぶりだねー」

 うおっ!

 突然背後からきこえる声に僕は一瞬おびえて、とっさに振りむきその巫女さんを確認する。由美子さんは竹箒と一緒にちいさく手を振っていた。僕はそんなことにかまわず手招きして小声で事情を説明する。

「由美子さん、こっち、こっちきて。見つかっちゃうから」

「なになにー?どうしたのー?」と言って由美子さんは笑っていた。その様子は実にマイペースで、いまの僕の神経を逆撫でするかのようだった。僕は口もとに人差し指をたてて「静かに」とジェスチャーした。

「由美子さん、僕はいま追われているんです。すこしの間かくまってもらえませんか?」

「追われてるって、鬼ごっこ?鬼は美夏ちゃんかな?」

「そうじゃなくて、ってもうきてる。あの人です」

 境内に入った愛は、社のまえであたりを見回していた。僕は死角に入ってそこから漏れないように身を縮める。

「助けてください」

 僕は愛を指差して小声で懇願した。

「……わかった」

 由美子さんは間をおいて事態を把握すると、うなずいてウィンクしてから愛の方にむかっていった。僕は息を潜めてその様子をうかがう。

「どうかしました?」

 由美子さんが愛に声をかける。

「あの、人を探しているんです。背の低い中学生がここを通りませんでしたか?」

「それって鬼ごっこですか?」

 はい?

「えっ?」

「それともかくれんぼですか?私もまぜてもらっていいですか?」

 いや、だからそうじゃなくて、なにその勘違い。

「……そうですね、じゃあ昇くん呼んできてもらえますか?ジャンケンして鬼をきめましょう」

「はーい、昇くんー」

 なにその勘違いいいいいいいいいいいいいいい!

 僕もう中学生なんですけどおおおおおおおおおおおおおおっ!

 2人はこっちにむかって歩きだした。もう隠れても無駄だ。僕は意を決して欄外に飛びおりる。

「昇くん、ジャンケンを」

 僕は由美子さんの声を背にして走りだす。

「まって!」

 愛も僕に気がついて走りだしたようだ。踏みこむ足に小石が食いこむけど速度は落とせない。僕は痛みを押して歩を進める。そして僕らは裏道からアスファルトの道路に駆けこむ。

 街道にでるとやたらと信号がおおい。でも捕まっている車は皆無なので僕はかまわず交差点をわたる。後ろを見ると、愛もまったく気にしないでついてくる。一度おおきなブレーキ音が響いたが、それに物怖じすることもないようだ。

 気がつくと僕のとなりをおなじ速度で進む派手な車があった。その運転席に知った顔が見える。それは僕の通う塾の講師で、美人で聡明な数学の女教師だった。

「どうした元宮、そんな格好で?」

 窓がひらくと先生は珍しいものでも見るかのように言った。

「実は、あの人に、ハァ、追われてまして」

 僕は走りながら呼吸に合わせて言葉を発した。

「突然、告白、されて、ハァ、それで、ハァ、逃げてる、んです」

「告白?」

 先生は間のぬけた声をだした。

「あの、それで、よかったら、その車に」

「そーかそーか、痴情のもつれか。若いっていいなー」

「あの、そうじゃ、なくて」

「がんばれよ、少年。青春は尊いぞ」

 そう言うと窓がしまって、車は速度をあげていってしまった…。

 それだけええええええええええええええええええええええええええ?

 この状況を見てそれだけですかああああああああああああああああ!

 僕は直後に脇腹をしめつける痛みを感じて、あの先生はジャマしにきたのだと思った。

 住宅街の路地にはちいさな十字路がいくつもつらなり、そこに飛びだすと突然の障害物に肩をあてた。

「きゃっ!」

「あっ、ごめんなさい!」

 僕はそれだけ言い残して走りさる。

 ん?でもいまの人、メイド服着てなかったか?

 だけどそんなことにかまっている暇はない。きっとこの近くの屋敷で働くメイドさんなんだ。たぶんそうだ。

 赤いランドセルを背負う、ネコ耳と尻尾の生えた小学生とすれちがったけどきっと幻覚だ。

 銭湯とか大学の女子寮があったけど、入ったら出口がないから当然とおりすぎる。

 和服姿のご令嬢が悪漢に襲われていたけどご愁傷様。

 倒れた車椅子と、パジャマにガウンを羽織った女の子が転がっていたけど飛び越える。

 様々な障害物を乗り越えて、僕は逃げ道を確保するように走った。そして街の外れにある開発区の高台にいきついた。

 僕は息も切れぎれに坂道をのぼる。もう足があがらない。歩くような速度でやっと坂を越えたとき、僕は倒れるようにその場に座りこんだ。

「ハァ、ハァ、もう駄目…」

「やっと止まった。昇くん話をきいて」

 愛は駆け寄ると、呼吸も乱さず僕につめ寄る。その様子に僕はなぜだか苛立って、もう逃げきれないならいっそ嫌われてやれと思った。電話でも逃げるか嫌われればいいって言ってた。僕はあまり乗り気じゃないけど実行する。

「昇くん、じつは私はね」

 僕は言葉をさえぎって愛のスカートのひだをつかむと、思いっきり下にひっぱる。当然スカートはずりおちる。

「キャァッ!」

 露になったパンツを隠すように、愛はしゃがみこんでスカートを引きあげようとしていた。僕はそこへさらに追撃を加える。

 右手を伸ばして愛の胸を鷲掴みにしてやった。

「イヤッ!」

 愛は体をくねらせて僕の腕を振り払った。そしてスカートを履きなおすと立ち上がって、警戒するように一歩さがった。うつむいた顔が赤い。これならもう完全に嫌われただろう。

「…イヤならこんなことしなくてもいいのに」

 愛はつぶやくように言う。僕は本心を悟られて、火照った顔がさらに赤くなってしまった。

 そりゃ顔を背けてこんなことをしていれば、本気じゃないことくらいわかる。僕はとことん自分に正直だった。

 こんなことじゃ嫌われるなんて無理だ。もっと物理的に、自分のメンタルとは関係のないところで攻撃を加えないと。そう思って僕は立ち上がると、愛につめよって手のひらを素早く頬に打ちつけた。

 パーンッ!

 乾いた音が鳴った。

 愛は衝撃で顔を横にむけて、叩かれ赤くなった頬を手で覆って恐るおそる僕を見た。

 僕はその悲しげな表情にあわてて、誤魔化すように体を両手で押した。愛は体勢を崩して腰から地面に倒れる。

「あっ!」

 間抜けな声をだして倒れている。しばらく反応がなくてあせったが、ゆっくり体をおこすと膝をまげて背を丸めたまま、静かに鼻をすすりだした。

「…ズッ、スン、うっ、うぅ~」

 僕はヤバイと思ったけどもう遅かった。

「うぅ~、ひっ、ふう~、ひっく、うう、っくぅ」

 愛はうつむいたまま泣きだした。両手を目頭に擦りつけ、しゃくりあげながら堪えきれないように肩を上下させている。これで完全に嫌われたはずだった。僕はこれで解放されたのだと思った。

「あの、…ごめんなさい」

 でも僕は謝ってしまった。

 だってそれは、僕がその気もないのに危害を加え、そのせいで泣きだしてしまった人がいるんだから、謝らないわけにはいかない。悪いのは僕なのだから。たとえその因果がどこか得体の知れない場所にあるとしても、この場では僕が謝らないといけない。僕には直感的にそれがわかった。

「うう、もうヤダ。なんでいつもこうなの。うぅ、んっく、ただ一緒に、いたいだけなのに」

 それはあなたが爆弾だからだよ、と冷静にツッコもうかと思ったけどやめた。ともかくいまは慰めた方がよさそうだ。

「ごめんなさい。いまは一緒にいます。だから泣かないでください」

「…んっく、ホントに?」

「はい」

 こうなったら仕方がない。地球が滅亡したって自分の意志に背くことは出来ない。いまだけは彼女の話し相手になろう。

 プルルルップルルルッ。

 また携帯が鳴りだした。この状況でなにを言われるのかわからなかったけど、とりあえずでるしかない。

「あの、電話です。でますね」

「…うん」

 僕は愛のとなりに座って話しはじめる。

「もしもし、こんどはなんですか?」

「君はいったいなにをしているんだ。そんなことをしていたら人類は滅亡してしまうんだぞ?」

 愛が僕の肩越しにすり寄ってきた。僕は携帯の声がきこえないように顔を遠ざける。

「そういわれても、もう逃げきることは出来ないし…。それにそんなにいますぐ爆発するのならどの道変わらないんじゃないですか?」

「いますぐ爆発するわけじゃないが、それでも人類の存亡がかかってるんだぞ。そのタイマーが役目を終えるころ、世界は滅亡するんだぞ!」

「だから、そのタイマーが役目を終えるのがいつなのかが問題なんです。時間があるならその間に解決策を話し合ってもいいじゃないですか」

「そうかもしれないが、だがそのタイマーは累積型で、君1人が解決してすむ問題じゃないんだ」

「累積型?それってどういうことですか?」

「つまり、世界にはAからZまでの鼓動起爆装置を埋めこまれた人々によって、残り641年4ヶ月17日8時間52分のカウントを経た時点で消滅する。そのIだけが解決されて終わる問題じゃないんだ」

「641年?それって……」

「ああ、単純に計算しても早ければ残り25年で世界は消滅する。もちろんそれを食いとめることで、この先の寿命はいくらでも延ばすことが可能だ」

「いや、それって僕1人ががんばっても、そんなに変わらない年月ですよね?」

「なにをいってるんだ!人類の存亡にかかわることなんだぞ!」

「いや、だって僕が生きてるうちは大丈夫そうだし、最悪でも25年生きられれば十分かなーって」

「……わかった、君は人類の反逆者なんだな。君には死んでもらうしかなさそうだ」

「えっ、なんか急に声色が変わってません?」

「最後にひとつ忠告しておく。Iとは絶対にするなよ。やった時点で世界は滅亡するからな。いいか、絶対にするなよ」

 そういうと突然携帯はきれてしまった。僕は呆気にとられて最後の言葉の意味を反芻した。

「あの、電話すみました?」

「あ、ああはい、終わりました」

「それで、あの、私と付き合ってもらえるのかを……」

 愛は顔を赤くして口ごもった。面とむかって言いづらいようだ。

「…そうですね、じゃあメル友から」

 僕がそう言ったときだった。突然後方から爆発音が響く。

 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!

 僕たちは爆風に押され、かさなるように地面に伏した。

「な、なんだ?」

 するとその爆発で立ちこめる煙のなかから人影が現れる。

「いまからアナタを殺します。悪く思わないでください」と言ってでてきたのはマントを羽織ってバズーカを担いだ美少女で――

 ともかく僕たちは駆けだした。

「逃げよう!」

「はい」

 いったい僕はいつまで逃げればいいんだ?


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