表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

第5話「鷹司家のパーティー」

---


 九歳。小学三年生の秋。


 季節が巡るごとに、世界は少しずつ変わっていた。


 ダンジョンの数は世界中で百を超え、探索ビジネスは一大産業に成長しつつある。ダンジョン産の鉱石を使った新素材、深層で採れる希少な薬草から作られた新薬、一口で人を虜にする異界の食材――。テレビをつければ、毎日のようにダンジョン関連のニュースが流れていた。


 そして俺のもとに、一通の招待状が届いた。


 金箔の押された重厚な封筒。差出人は、鷹司家。


『鷹司家主催 秋季懇親会のご案内』


 母さんが封筒を開けた瞬間、目を丸くした。


「……鷹司さんのパーティーに、招待されたの?」


「沙耶が手紙で言ってたよ。今年のパーティーにはおれも来てほしいって」


「れんくん……これ、普通の招待じゃないのよ。鷹司家の懇親会って、政治家や大企業の役員が集まるような場なの」


 母さんの声には、明らかな緊張があった。


 俺は九歳の子供だ。そんな場に呼ばれる理由は一つしかない。「男の子」だからだ。しかも、鷹司家の令嬢と親交のある男の子。


 要するに、品定めの場。


 前世の感覚では面倒くさい以外の何物でもないが――沙耶と紫月に久しぶりに会えるのは、素直に嬉しかった。


---


 パーティー当日。


 母さんが奮発してくれた新しい服に袖を通し、鷹司家の屋敷に向かった。りんねえは「わたしも行く」と主張したが、招待状に名前がなかったため泣く泣く留守番だ。玄関で「れんくんを変な女に取られないように気をつけて」と母さんに真剣な顔で言い残していた。十一歳にもなると、言葉に重みが出てくる。


 屋敷の門をくぐると、幼稚園の時とは比べ物にならない賑わいがあった。高級車が並び、着飾った大人たちが庭園を歩いている。


「蓮」


 人混みの中から、聞き覚えのある静かな声。


 振り返ると、沙耶が立っていた。


 ――息を呑んだ。


 沙耶は紺色の和装だった。大人びた色合いに、銀色の帯留め。黒髪をきちんと結い上げて、白い首筋がすっと伸びている。九歳とは思えない気品。鷹司の血、というやつだろうか。


「……久しぶり」


「おう、久しぶり。沙耶、すごい格好だな。きれいだよ」


「……っ」


 沙耶の頬に、淡い紅が差した。


「……お世辞はいいわ」


「お世辞じゃないって。ほんとにきれい」


「…………ありがとう」


 最後の一言は、ほとんど聞こえないくらい小さかった。


 沙耶は咳払いをして、俺の隣に並んだ。


「案内するわ。……あと、紫月があなたを探してた。先に見つかると面倒だから、わたしが先に確保したの」


「確保って」


「来なさい」


 沙耶に手を引かれて、庭園の奥へ進む。九歳の手は幼稚園の頃より大きくなっていたが、指先の冷たさは変わらなかった。


---


 庭園の東屋に着くと、そこに紫月がいた。


 紫月もまた和装だったが、沙耶の静かな装いとは対照的に、鮮やかな赤。まるで炎を纏っているような艶やかさ。腕を組んで東屋の柱に寄りかかる姿は、九歳にして堂に入っていた。


「――遅い」


 開口一番がそれだった。二年ぶりに会ったのに。


「久しぶり、しづきちゃん。元気だった?」


「ちゃん付けするなと何度言えば――……まあいいわ。元気よ。見れば分かるでしょう」


 紫月は俺を頭のてっぺんからつま先まで見て、ふん、と鼻を鳴らした。


「……少しはまともな服を着てきたじゃない」


「母さんが頑張ってくれた」


「そう。……お母様に感謝しなさい」


 手紙では散々毒舌だった紫月だが、実際に会うと少しだけ声が柔らかい。二年分の手紙のやり取りが、多少は距離を縮めたのだろうか。


「剣道はどう? 手紙に三段になったって書いてあったけど」


「当然よ。鷹司の人間が中途半端なことをするわけないでしょう」


「九歳で三段ってすごくない?」


「すごいに決まってるでしょう。……褒めても何も出ないわよ」


 紫月は顔を背けた。耳が赤い。二年経っても変わらないな、この反応。


 三人で東屋のベンチに座る。沙耶が俺の右、紫月が左。挟まれる形になった。


「ねえ、沙耶。こっちの学校はどう?」


「……退屈よ。あなたがいないから」


「え」


「あなたがいないと退屈だと言っているの。聞こえなかった?」


「いや、聞こえたけど……」


 沙耶の目はまっすぐで、照れている様子はない。ただ事実を述べただけ、という顔だ。それがかえって破壊力が高い。


「わたしだって退屈よ」


 紫月がすかさず割り込んだ。


「手紙だけじゃ物足りないの。あなたの馬鹿な発言をリアルタイムで聞いて突っ込みたいのに」


「それ、会いたいって言ってるのと同じでは」


「違うわよ! 突っ込みたいだけよ!」


 二人の鷹司のお嬢様に挟まれながら、俺は笑った。会えなかった時間が嘘みたいに、距離が一瞬で縮まる。


---


「――あら。これが噂の男の子?」


 不意に、大人の声が降ってきた。


 東屋に近づいてきたのは、四十代ほどの女性。上品な洋装に、鋭い目。沙耶と紫月が同時に背筋を伸ばしたのが分かった。


「沙耶、紫月。こちらの方が日向蓮くん?」


「はい、おばあさま」


 ――おばあさま?


 四十代に見えるが。この世界は女性が多い分、美容技術も発達しているのかもしれない。


「鷹司家当主、鷹司たかつかさ 鉄花てっかです。お会いできて光栄ですわ、蓮くん」


 当主。鷹司家の頂点。


 九歳の子供相手に、最上級の礼を見せる。これが「男」に対するこの世界の扱いだ。


「はじめまして。日向蓮です。今日はお招きいただいてありがとうございます」


 前世仕込みの礼儀。子供らしからぬ受け答えに、鉄花の目が光った。


「まあ、しっかりした子。沙耶と紫月が夢中になるのも分かるわ」


「おばあさまっ……!」


 沙耶と紫月が同時に声を上げた。珍しい、二人のハモり。


「ふふ。蓮くん、うちの孫たちをよろしくね。それと――」


 鉄花は微笑みを保ったまま、ほんの一瞬だけ目を細めた。


「ダンジョンに興味があるそうね」


 空気が変わった。


「はい」


「沙耶から聞いたわ。……男の身で、ダンジョンに挑みたいと」


「はい。いつか必ず」


 鉄花は数秒の沈黙の後、小さく笑った。


「……面白い子。十年後が楽しみだわ」


 それだけ言い残して、鉄花は去っていった。


 隣で沙耶が「おばあさまに気に入られたみたい」と小さく呟き、紫月が「あのおばあさまが笑うなんて珍しい」と驚いた顔をしていた。


 鷹司家当主に「面白い」と言われた。それが良いことなのか悪いことなのか、九歳の俺にはまだ分からなかった。


---


 パーティーの帰り道。


 星がきれいな夜だった。母さんと二人、住宅街を歩きながら、今日の出来事を反芻する。


「母さん、おれ、鷹司の当主さんに面白いって言われた」


「そう聞いたわ。……大丈夫?」


「大丈夫って?」


「鷹司さんは、大きな力を持ったお家よ。面白いと思われるのは、目をつけられるということでもあるの」


 母さんの声は穏やかだが、その奥に心配が滲んでいた。


「おれは、沙耶と紫月の友達でいたいだけだよ。家とかは関係ない」


「……そうね。れんは、いつもそうね」


 母さんが、ふっと笑った。


「それでいい。あなたは、あなたのままでいて」


 繋いだ手が、温かかった。


---


 第5話 了


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ