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第12話「それぞれの選択」

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 十二歳。六年生の冬。


 卒業が近づくにつれ、教室の空気が少しずつ変わっていた。


 中学の進路。この世界では、男子の進路は大きなニュースになる。蓮がどの中学に進むのか――クラスどころか学校全体が注目していた。


「れんくん、私立受けるの?」


「うちの中学来てよ!」


「蓮、どこ行くの? 一緒のとこがいい!」


 毎日のように聞かれる。正直、まだ決めていなかった。


 母さんは「れんの好きなところでいい」と言ってくれている。ただ、経済的に私立は厳しい。公立の地元中学が現実的な選択肢だった。


 そんな中、各方面から声がかかっていた。


---


 最初に動いたのは鷹司家だった。


 十一月、沙耶から分厚い封筒が届いた。中には私立聖蘭学院の案内パンフレットと、沙耶の手紙。


『蓮へ。

 聖蘭学院は鷹司家が理事を務める中高一貫校です。学費は鷹司家が負担します。遠慮しないで。わたしも紫月もここに通います。

 あなたが来てくれたら嬉しい。

 鷹司沙耶

 追伸:これはわたし個人のお願いです。鷹司家の意向ではありません。おばあさまには、わたしから話をしました。』


 別便で紫月からも手紙が来た。


『聖蘭に来なさい。道場の設備は最高よ。あと、わたしの稽古相手が遠くなると困るの。……それだけ。変な意味はないわ。追伸:沙耶がそわそわしてうっとうしいから、早く返事しなさい。』


 学費を鷹司家が。その申し出の重さは分かっている。「男の子を囲い込む」と見る向きもあるだろう。でも、沙耶の手紙に打算の匂いはなかった。


---


 次に動いたのは玲奈だった。


「日向」


 十二月のある日、放課後の教室で。玲奈が一枚の書類を俺の机に置いた。


「何これ」


「神楽坂グループ奨学生制度の案内。成績上位者に学費全額免除で中高一貫校への進学を支援する制度よ。あんたの成績なら通るわ」


「……玲奈が推薦してくれるの?」


「わたしは関係ないわ。制度はもともとあるの。……たまたま案内しただけ」


 玲奈はそっぽを向いた。


「ちなみに対象校の中に聖蘭学院も入ってるから。鷹司に借りを作りたくないなら、こっちの方がいいでしょ」


 鷹司家の好意は嬉しいが、学費を丸ごと負担してもらうのは確かに気が引ける。奨学生なら、実力で勝ち取ったことになる。


「……玲奈、ありがとう」


「感謝しないで。あんたが近くにいた方が研究ノートの更新に便利だから」


 便利、ね。最近の玲奈は「便利」「効率」「合理的」を理由にすることが多いが、その理由が毎回俺と一緒にいる方向を向いているのは気のせいだろうか。


---


 楓と理緒にも相談した。


「おれ、聖蘭学院を奨学生で受けようと思う」


 放課後の図書室。五人が揃う場所。


「聖蘭って、あのお嬢様学校? すげー!」


 楓が目を輝かせた。


「わたしは地元の中学だけど、蓮が聖蘭に行っても研究ノートは続けようね!」


「もちろん」


 理緒は少し寂しそうに眼鏡を直した。


「わたしも地元の中学です。……でも、蓮くんが遠くに行くわけじゃないですし、週末は会えますよね」


「当然。図書室での勉強会も続けよう」


「……はい」


 理緒は小さく微笑んだ。でも、その目が潤んでいるのを俺は見逃さなかった。


 雫は、黙っていた。


「しずく?」


「……わたしも、聖蘭を受ける」


 全員の目が雫に集まった。


「えっ、しずくちゃん、聖蘭って結構難しいんじゃ……」


「分かってる。でも、受ける」


 雫の目は、あの屋上の日と同じだった。静かな決意。


「れんくんの隣にいるって決めたの。だから、同じ学校に行く」


「しずく、でも学費――」


「お母さんに相談した。塾には行けないけど、自分で勉強するって約束した」


 雫の母親は、翻訳の仕事を掛け持ちしている。裕福ではない。聖蘭の学費は安くないはずだ。


「しずくにも奨学生制度のこと教えるよ。玲奈、もう一部あるか?」


 玲奈が一瞬驚いた顔をして、それからかばんの中から予備の書類を取り出した。


「……最初から二部持ってきてたの?」


「たまたま余ってただけよ」


 たまたま、ね。玲奈は雫が動くことを予想していたのかもしれない。


---


 家に帰ると、結月がリビングで宿題をしていた。


 十歳。小学四年生。幼い頃の甘えん坊は影を潜め、最近はしっかりした面も見せるようになった。でも、俺の前では相変わらず「にいに」だ。


「にいに、おかえり」


「ただいま。宿題がんばってるな」


「うん。……ねえ、にいに」


「ん?」


 結月が鉛筆を置いて、こちらを見た。いつもの無邪気な目とは少し違う、真剣な表情。


「にいに、中学どこ行くの?」


「聖蘭学院ってところを受けようと思ってる。電車で三十分くらいのところ」


「……遠いの?」


「ちょっとだけね。でも毎日帰ってくるよ」


「…………」


 結月は黙って、テーブルの上の消しゴムをいじった。何かを言いたそうにして、でも言えない。そんな顔。


「ゆづき?」


「……にいに、お願いがあるの」


 結月が、俺に「お願い」をするのは初めてだった。


 この子はいつも「にいに大好き!」と笑って、粘土をくれて、抱きついてきて。欲しいものも、して欲しいことも、全部ストレートに言う子だった。「お願い」なんて改まった言い方はしない。


 だから、その一言だけで、真剣さが伝わった。


「うん。何?」


 結月は消しゴムを握りしめて、小さな声で言った。


「ゆづきが中学になったら……にいにと同じ学校に行ってもいい?」


「……え?」


「ゆづきも勉強がんばるから。にいにみたいに頭よくなるから。だから……二年待ってて」


 十歳の妹が、二年後の進路を宣言している。


「聖蘭は中高一貫だから、にいにまだいるでしょ? だから、ゆづきも聖蘭行く。にいにと一緒の学校がいい」


 目が潤んでいた。でも、泣かない。歯を食いしばって、俺をまっすぐに見ている。


「……ゆづき」


「ゆづきね、にいにがダンジョン行くの、ほんとはこわいの。でも、にいにの夢だから、だめって言わない。ゆづきが言っていいことじゃないから」


 十歳にしては達観した言葉。いつの間に、こんなに大人になったんだ。


「でも、近くにはいたいの。にいにのそばにいたいの。……だめ?」


「だめなわけないだろ」


 結月の頭を撫でた。ふわふわの髪。小さい頃から変わらない感触。


「二年待ってる。ゆづきが来てくれたら、めちゃくちゃ嬉しい」


「――っ」


 結月の目から、涙がぽろりとこぼれた。


「やくそく……!」


「約束」


 小指を絡めた。四歳の頃から何度も交わしてきた指切り。でも今回は、結月の指の力がいつもより強かった。


---


 その夜。


 二階の自室で、聖蘭学院の過去問を開いた。


 奨学生試験まであと二ヶ月。楽な道じゃない。でも、行く理由はいくらでもある。


 沙耶と紫月がいる。玲奈がいる。雫も受ける。三年後には結月も来る。


 ダンジョンに潜れる十八歳まで、あと六年。


 仲間がいて、目標があって、待っていてくれる人がいる。


「……やるか」


 鉛筆を握り直した。


 窓の外で、冬の星がひとつ瞬いた。


---


第12話 了


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