5話 最悪の前線
ネレ国の前線の手前に到着するまでに2日程かかった。戦争中でなければ、半日から1日で到着できる距離らしい。
でも、今は自国であるテンレイ国からネレ国までの間にある敵国を避けるためと、私を隠すために遠回りで移動することになったと聞いた。
それに、2日で着けたのは輸送兵が代わる代わる、昼夜問わずに運転をしていたからだった。だから、前線の手前に着いた時には知らない人で、少しだけびっくりした。
「失礼します。『始まりの鬼』の皆さん、ネレ国の前線の少し手前に到着いたしました。ここから前線までは、軍用車で行くと目立ちますので、歩きでお願いします」
軍用車が止まったと思ったら、輸送兵がそう言いながら荷台にいる私たちに声をかけてきた。
そのタイミングは夜で私たちはぐっすりとまではいかないが、寝ていた。正直、揺れが激しかったりして、ぐっすり眠ることはできなかっただけなんだけど…。
私は輸送兵の声を聞いて、ゆっくりと立ち上がる。隊の4人も目を擦りながら、起き上がっていた。でも、荷台の中で立ち上がらなかった。
私は何でだろうと思ったけど、すぐに分かった。私以外の4人には狭いのだ。立ち上がると、頭をぶつけるみたいだ。
隊長が荷台から降りる時に頭をぶつけたことで、気がついた。隊長以外の隊の私たちはと声に出さないように笑って、荷台から戦場の地へと降り立った。
初の戦場。正直に言って、実感は湧かなかった。それは多分、最前線からある程度の距離があったのと、夜で戦闘が行われていなかったからだと思う。
降りてすぐに出発すると思っていたけど、準備があるみたいで、輸送兵に少しだけ待つように言われた。だから、私は隊のみんなと荷台を降りたところで立って待った。
「すみません。一度にそっちに持って行けそうにないので、こっちに取りに来てください」
静かに待っていたら、運転席の方から輸送兵の声がして、私たちは声の方に移動した。
「皆さんの武器がここにあるので、順番に渡していきますね」
移動すると、輸送兵の人が助手席に置いてある小銃を持ちながら言った。
「まずはバトン隊長から…」
その声と共に順に名前が呼ばれて、小銃、弾薬、ナイフが渡されていた。
「次、153番」
私は番号で呼ばれた。番号で呼ばれるのは慣れてしまっていたから、普通に反応して、輸送兵の元へ行った。
私はナイフだけしか渡されなかった。隊長は私だけ装備が違うのはどうしてか、聞いてくれたけど、輸送兵は上からの命令で理由は分からないと答えていた。
私はこの扱いに不満はあったけど、銃の使い方は教わってないからと自分に言い聞かせて、何も言わなかった。
隊長は黙って待っていた私を見て、納得していない表情だったけど、何も言わなくなった。他の隊のみんなも、隊長と同様に不満を顔に出していたけど、静かだった。
装備が揃った私たちは前線へ行く準備が整った。
「真っ直ぐ行けば、味方の塹壕がある。先に伝令兵で君たちが行くことは伝わっているから、問題ないはずだ。では、健闘を祈る」
輸送兵はそう言って、軍用車に乗り、この場を去って行った。
「じゃあ、行くか」
隊長のその言葉と共に私たちの隊は、前線に向けて歩き始める。歩き始めたばかりの時は静かだったが、ブレイヴが突然、喋り出した。
「はぁ、また前線かぁ。しかも、やられっぱなしの戦場だよ」
ブレイヴのその言葉に皆んなが頭を抱えていた。
「カーナー、言わないでくれ。そう言われると頭が痛くなる」
サーティーがブレイヴの肩に手を置いて言うと、ブレイヴとシュジャーが大きく頷いた。
「何で言ったお前が頷いてるんだよ」
サーティーがブレイヴの肩に置いてある手で、背中を転けない程度に押して、話し声が少しだけ大きくなる。
「お前ら、静かにしてくれ。静かな戦場で大声出すと怒られるんだよ。特に隊長の俺が!」
バトン隊長が負けないぐらいの声量で言った。そうしたら、4人で声を殺しながら笑っていた。私もつい、釣られて笑ってしまった。
隊のみんなで笑っていたら突然、4人が私の方を向いた。みんな驚いた表情をしていた。
「笑ってる…」
「あぁ、笑ってるな…」
サーティーとブレイヴが小声で言って、バトン隊長とシュジャーはその言葉に頷いていた。
私はその言葉でみんなが驚いたことは理解したが、正直そこまでかと思った。その時にはみんな、足を止めていた。
「おい、みんな止まってるぞ。このままだと、前線に着く頃には戦闘が開始されてるかもしれないぞ」
バトン隊長が何事もなかったように、みんなに声をかけた。
「あぁ、そうだな」
「おぉ、さっさと行かねぇと怒られるしな」
サーティーとブレイヴがそう言って、シュジャーと私は頷き、隊のみんなで息を揃えたかのように、再び歩き始めた。
さっきまで、騒がしく感じてたのが嘘みたいに静かになる。隊長は先頭で歩いて、後ろを振り向くことをしない。でも、3人は目線を送り合いながら、考え事をしているようだった。
私は最後尾で、どうすればいいだろうかと思ったりもしたが、みんなの一歩が私にとっての2歩や3歩だったから、遅れないように、ついて行くことに集中することにした。
そして、日が昇る前、満月から少し欠けた月が、真上から沈み始めたあたりで、塹壕らしき窪みが目の前に現れた。
バトン隊長がゆっくりと立ち止まった。私たちも続くように隊長の少し後ろで止まる。
「塹壕に着いた。一旦、降りるぞ」
隊長のその言葉で、隊のみんなはこっち側を向いて、塹壕の縁に手を置き、土の壁で足をずって、ゆっくりと沈んでいった。
私も真似をして降りようと塹壕に近づいた。でも、覗き込んだ瞬間、無理だと思った。
塹壕の高さは隊のみんなの頭のてっぺんが出るか出ないか、そんな高さだ。私だとみんながやっていた方法をしたら、多分だけど、足をずりながら降りて行くと同時に、塹壕の縁に置いた手もずり落ちていって、体ごとひっくり返って落ちそうな気がした。
私はそんなことを考えながら、塹壕の縁の上で足を止めた。
「ヘレンシア、大丈夫だから、おいで」
立ち尽くしている私に、バトン隊長がそう言って、私の方に手を大きく広げる。
「そうだぞ、こいつに飛び込めばキャッチしてくれるから、大丈夫だぞ」
ブレイヴが手招きしながら、私を見て言った。私は「えっ」と口に出しそうなぐらい驚いた。そんな対応をしてもらえると思ってなかった。
私は2人の言葉を信じて、目を瞑って塹壕の中に飛び込んだ。
「軽っ」
ほとんど衝撃もなく、隊長に抱えられていた。思ったよりも、呆気なくて、目が点になった。
「よし、ここの司令部を探すか。…あそこに壕舎ぽいのがあるし、とりあえずそこに行こう」
隊長は私を丁寧に下ろしながら言った。私たちはその言葉に従って、塹壕の中を歩き始めた。
塹壕は深くて狭かった。中から見る塹壕の深さは、私が私の肩に立って、やっと顔が塹壕から出るぐらいじゃないかと、思うぐらいだった。多分、実際は私1.5人分ぐらいの深さだとは思う。隊のみんなが塹壕と同じぐらいの身長だから。
問題は横幅だ。基本、一列でしか移動ができない。すれ違う場合は互いに横向きになってギリギリな気がするほど、狭かった。多分、ブレイヴみたいな、少しふっくらとした体型の人たちがすれ違うと、横向きになっても通れるか怪しい気がする。
私は初めて入った塹壕で、物珍しいものを見るように辺りを見回しながら、そんなことを考えていたら、目的の壕舎にもう着いてしまった。
“コンコンッ”とバトン隊長が扉を叩く。
「所属は?」
中からは低い声が返ってくる。
「こちらに配属となったテンレイ国特殊隊の『始まりの鬼』です。この塹壕の司令部の位置を知りたいのですが…」
バトン隊長の返答に扉の先で、言葉は聞き取れないが話し声が聞こえた。
「待たせてすまない。ここが一応、この戦線の司令部だ。すぐ扉を開ける」
その返答にブレイヴ以外の隊のみんなは驚いた表情をしていたが、ブレイヴは「1発で当たり」と小声で言って、小さくガッツポーズをしていた。
扉からは“ガチャガチャッ”と音を立てた後に、静かに扉が開いた。そして、隊のみんなと中へと案内された。
司令室は何だか、重苦しく感じた。
「来てくれて早々で申し訳ないが今現在、君たちが活躍できる状態ではない」
部屋に入って、すぐに目の前で座っている人が言った。
「あぁ、自己紹介を忘れていたね。私はネレ国所属のナザ・ムール中尉だ。それで彼は…」
「同じく、ネレ国所属のカーマン・メイ少尉であります」
司令室にはその2人しかいなかった。私は司令部はこんなに少人数なのかと不思議に思ったが、初めての戦争でこういうものなんだと思うことにした。
「あぁ、君たちの名前は聞いているから名乗らなくてもいいよ。でも、『異能兵』の子だけ、番号でしか教えられていないから名前を教えてくれないか」
ムール中尉がそう言うと、私は隊長に背中を押されて、隊のみんなの前に出た。
「…ヘレンシアです」
私は名乗るとすぐに隊の中へと戻った。
「ありがとう。それで、最初に言った、今は活躍できないことだけど…理由としては、アーロイト国の異能兵がホードン国への牽制のために、国に帰ったことが影響していてね」
ムール中尉は静かに話していたが、突然、涙を流し始めた。私も隊のみんなも困惑した。だけど、メイ少尉だけは、まるでいつもの事かのように冷静に対処していた。
ムール中尉の涙が収まるまで、待っていたが、収まる気配がなかった。
「すみません」
メイ少尉が私たちにそう言って、ムール中尉を部屋の隅に連れて行く。そこで2人は小声で少し話していた。
「ここからは私が話をさせていただきます」
メイ少尉のその言葉に私たちは頷くことしかできなかった。
「私たちが聞いている話だと、『始まりの鬼』はここの戦況を好転させることと、アーロイト国の異能兵の調査だと伺っております。合ってますか?」
「はい、こちらもそう言われております」
隊長がメイ少尉の言葉に丁寧な口調で返した。
「合っているのですか…。だとしたら、今現在は何もできないでしょう。敵の異能兵がいなくなったことで、戦況は睨み合いの膠着状態。ここ2,3日は戦闘が起こっておりません。それに異能兵がいないので、調査もあまりできないでしょう」
メイ少尉は俯きながら答えた。そんな中、ムール中尉の涙が収まったみたいで、中尉が語り始めた。
「アーロイト国との開戦当初は、あまり攻めてこられなかったため、互角だった。だが、敵に異能兵が来てからは敗戦が続き、前線が後退してしまった。そのため、ここの塹壕は急造で、深さが2メートルにも満たない。幅も人ひとりが通れるほどしかない。それに、司令部も10人いたのが今や2人…」
そこまで話すとムール中尉は再び、涙を流し始めた。私も隊のみんなも何と声をかければいいのか、どうしてあげればいいのか、分からなかった。
再び、室内は静寂に包まれる。時々漏れる、ムール中尉の小さな嗚咽がよく聞こえるほどだった。
そんな時にバトン隊長がムール中尉のところまで行って、腰を下ろした。
「異能兵が来た、ここの戦場は本当に最悪でした。頑張って掘った塹壕は一撃で崩され、反撃しようにもすぐに消えた。私は元々、この前線の端ではありますけど、連合陣営のテンレイ国の兵として、戦っていました。私は異能兵には何もできませんでしたが、異能兵に振り回されたアーロイトの兵を一部ですが、損耗をさせた成果があります」
バトン隊長が震えた声でムール中尉に語り出した。
「君だったのか…。時々、報告が来ていた。指揮官が早々に倒れて、次の指揮官を送ることのできずにいた。あの、西の端の前線で小さいながらも戦果を上げた報告が…」
ムール中尉が顔を上げた。涙はまだ流れていたが、目に光が薄らと、戻ったように見えた。
「はい、中央との連絡がほとんどできずに、正直言って、その時は全滅を覚悟していました。だけど、撤退の指示が届いて、生き残れました。その時に聞いたのですが、もう司令部のほとんどが戦死して、司令部としての機能はしていないと…。でも、撤退することができた。それは貴方が最後まで戦ってくれたから…」
バトン隊長は話しながら、涙を流していた。ムール中尉は涙を流しながらも、静かに隊長の話を聞いていた。
「私はここに戻ってきました。私の昔から頼れる仲間と、新しくできた仲間を連れてきました。『異能兵』である彼女は、今の現状を変えてくれる存在です。共に戦いましょう!」
隊長のその言葉に中尉だけでなく、隊のみんな、メイ少尉までもが涙を流していた。
「あぁ、一緒に戦おう!」
ムール中尉はそう言って、立ち上がる。その言葉に私を含め、みんなが大きく頷いた。
私は頼りにされていることが分かり、心が暖かくなる。私の気持ちはここにある。たとえ兵器でもいい、ここにいるみんなのために戦うことを心の中で誓った。




