4話 始まりの鬼
実験成功の結果が上に報告されてから、すぐに伝令が主任の元に来た。
「まずは、実験成功おめでとう。そして、その成功体をすぐにでも、『異能兵』として前線へ出したいので、こちらが準備でき次第、成功体を受け取りに行く。君たちのおかげで我が国も、大いなる力を手にすることができた。ありがとう。以上でございます」
主任は伝令を怪訝な顔で、静かに聞いていた。
「せっかくの成功体なのに…実験は終わりなのかぁ。まぁ、命令だから仕方ないか。…唯一の異能の石が無くなったし、異能実験自体、終わりなのか」
伝令が終わると残念そうな顔で呟く。私はやっと、狂気の主任から解放されると思うと、少しは気が楽になった感じがした。
その伝令が来てから数日はいつも通り、実験は続いた。私はこの苦痛から解放されたくて、早く迎えが来てほしい気持ちと、兵器として扱われるのは嫌だという気持ちがあった。
その葛藤をしている間に、いつも以上に過酷な実験を耐え抜いて、ついに迎えが来た。
私は薄暗い実験場と主任からの解放される喜びに浸って、一旦は兵器にされることを忘れて、迎えの人に従って、目的の場所まで静かについていくことになった。
実験場に複数ある扉の中から、目的の場所へと繋がる1つの扉の前に連れて行かれる。その扉は薄暗い実験場の端の方にあって、真っ暗と言っていいほど、光が届いていなかった。
迎えの人はカバンからランタンを取り出し、灯りをつける。ランタンに照らされた扉の鉄の部分が錆びていて、手入れがされていないように見えた。それに実験場の端には埃が溜まっていて、蜘蛛の巣が張っていた。
実験場は目に見えるところしか、掃除がされていなかったみたいだ。私は今すぐに、この場を離れたかった。
迎えの人が片手で扉を開けようとするが、何かが引っ掛かっているような状態だった。そしたら、迎えの人はランタンを床に置き、両手で開けようと試みる。すると、“ギギ…ギィ”とうるさい音を立てて、埃を舞い上げながら扉がゆっくりと開いた。
迎えの人は咳をしながら、ランタンを持って、扉の先の通路に進む。私もその人に続くように進もうとした。
「あぁ…私の…成功体…」
そうしたら、後ろから主任の悲哀の帯びた声が、うっすらと聞こえた。私はその声を無視をして、ランタンの光だけが頼りの真っ暗な通路をゆっくりと進み始めた。
ランタンの光が前を進む迎えの人で阻まれて、私の方は足元が見えないほど、暗かった。それに会話がないからか、ものすごく静かで足音だけが通路に響いていた。
真っ暗で長い通路。さらには窮屈に感じるほど、横幅も高さもなかった。
私は進むに連れて不安が大きくなる。
「あの…」
「すみませんが、会話はしないように言われておりますので…」
私が不安を和らげようと迎えの人に話しかけてみたが、一瞬にして距離が置かれた。
私の不安は膨れ上がる。そのせいか、ランタンの灯りが段々と離れていっているように感じた。
私の不安は恐怖に変わる。足音を掻き消すほどの心臓の音が聞こえてくる。心拍数が上がって、つられるように歩く速度も速くなった気がした。
先が見えない通路。頼りの灯りは薄っすらとしか、私を照らさない。案内してくれている、迎えの人がいるのに独りぼっちに感じてしまうほど、距離感がうまく掴めない。
私は進むにつれて、恐怖に染められていき、呼吸が速くなった。自分の足音、心音、息遣い。全ての音が怖かった。
そんな時、通路の先に扉が見えた。ランタンで照らされる距離。扉は思ったよりも近くにあった。
私は今の状況よりはマシになると思って、速くこの通路を抜け出したかった。
真っ暗な通路先には、錆びた扉。実験場の入り口と同じように、手入れがされてない気がするほど、錆や汚れが酷かった。
迎えの人はランタンを床に置くと、扉に手をかけ、“キィィ”と甲高い音を立てながら扉を開ける。
扉が開く音は耳を塞ぎたくなるほど、不快で嫌な響きに感じた。
扉の先には薄暗い部屋。でも、通路と比べて、明るい部屋が見えた。
「連れてきました」
迎えの人は床に置いたランタンを手に取って、部屋の中に向かって声をかける。
「早かったな。こちらは到着したばかりで、説明がまだできてないが…まぁ、見せながらした方がすぐ済むか」
部屋の中から声が聞こえた。当然、知らない人の声。でも、私には実験場を出れたことを実感できることだった。
「153番、部屋に入るぞ」
迎えの人がそう言うと、私の手を引いて、薄暗い部屋の中へ入っていく。薄暗い部屋のはずなのに、私には部屋の明かりが眩しく見えた。
私が入った部屋の中には、5人が待っていて、その内の4人は部屋の壁に並べられた椅子に座っていた。
「そいつが例の成功体か」
扉の近くに立っていた1人が、迎えの人に話しかける。
「はい、実験に従順で、戦力としても申し分ないとの評価です」
2人はニヤニヤしながら、会話をしていた。その間、私は扉を入ってすぐのところで、立ち尽くしていた。指示がなくて、どうすればいいか分からない。
「あぁ、153番、そこの空いてる椅子に座れ」
迎えの人が周りを見回していた私を見て、4人の向かいにある椅子を指を差しながら言った。私は指示通りにその椅子に座った。
知らない場所で何も分からない時に指示があるのは、正直言って助かるから、私は従順に従い続けた。
「ちなみに、どれだけ強い?」
「銃弾を避けることの出来る反射神経と身体能力だそうです。しかも、銃で撃たれても傷を負わなかったとも聞きました」
「おぉ、それは期待してしまうではないか」
「はい、研究者達が最高傑作とまで言うので期待していいと思います。…あの、そろそろ私は失礼します」
「あぁ、そうだな。君はここにいても、やる事がないからな。お疲れ様」
立っていた2人は会話を終わると、私の迎えの人は入ってきた扉の対角の扉から出ていった。
薄暗い部屋には私と何も分かっていないのか、目線が落ち着かないまま椅子に座っている4人。それにさっきまでご機嫌に話していた、立っている男の6人だけになった。
「曹長のギエル・ドールだ。貴様らには今から司令部の命令を伝える」
曹長はさっきまでしていた小声の会話から一転、私たちにはハキハキとして、少し大きな声で話しかけてきた。
「ついに我が国にも『異能兵』が誕生した。ここに集められた貴様らは特殊部隊として、この戦争を掻き回し、勝利に導くようにとの命令だ」
その言葉に私の対面に座る4人は驚いたのか、目が点になっていた。私は戦争に送られることは分かっていたから、正直そこまで驚きはなかった。
「ちなみに、私は司令部からの指示しか言われていないから、何か聞かれても答えることはできないと思え。それから、この部隊の最初の任務を伝える」
その言葉に対面の4人は息を呑んでいた。私は戦争がどんなものか分からなかったのもあって、座って大人しく聞いていることしかしなかった。
「貴様ら、部隊の初任務は今現在、戦況が芳しくないアーロイト国と接している、ネレ国の前線に行ってもらう。貴様らの役目の1つ目は戦況を好転させる…最低でも五分にすることだ。そして、2つ目はそこで大いに暴れたアーロイトの『異能兵』の調査だ。見た目や能力、細かいことでもいい。その兵器を潰せるかを調べて来い」
曹長のその言葉で対面にいる4人は汗をかいていて、今すぐにでも、この場から去りたいような表情をしているように見えた。私は相変わらず、その言葉だけでは実感が湧かなかったから、この先がどうなるのかだけが気になっていた。
任務を伝えられた私は落ち着いていた。だが、目の前の4人は私とは対照的に落ち着きがない。多分、曹長がいなければその場で動き回って落ち着こうとするような気がする。
「任務は分かったな。…そうだ、この隊の隊長を言っていなかったな。隊長はジョルナ・バトン一等兵だ」
その言葉に曹長の一番近くに座っていた男が周りから見て、分かりやすいぐらい驚いていた。椅子から思いっきり立ち上がるのかと思うほどの驚き方で、少し面白かった。
「ん?どうした。バトン一等兵」
「な、何でもありません」
曹長の言葉にバトン一等兵は頭を軽く下げて言った。
「まぁ、いい。バトン一等兵は隊長として、他の隊員よりも等級は上でなくてはならない。そのためバトン一等兵は今日から上等兵とする。それと、この部隊に名を与えると司令部の方が隊名を決められた」
隊名。私は正直、嬉しく思った。番号で呼ばれていたから、隊名だけど、番号以外の呼び方ができることへの期待があった。
「この部隊の隊名は153番の異能と、この戦争でアーロイト国の異能兵にいいようにされたことの反撃の始まり、その二つの意味を込めて、司令部の方が決めてくださった。隊名は『始まりの鬼』だ。君たちの活躍を期待している。これで司令部からの伝令は以上だ」
『始まりの鬼』、これが私の、私たちの新しい名だ。私は喜びはあったが、それはできるだけ抑えて、その場で大人しくしていた。
そして、最後に曹長から「戦場へ向かえ」との指示がされて、私たちの隊は地下室を後にすることになった。
私たちは地下室から地上までの暗くて長い階段を、足音だけ響く中で登った。4人は私に話しかけることはなく、4人だけでも話すこともしなかった。
階段を登り終えると、そこは荒らされているような室内に出た。4人は少し先にある扉に向かって、その中をゆっくりと歩いていった。私はただ、それについて行った。
私たちは家の外に出た。外は夜で、月明かりしかない、暗い状態だった。
「お待ちしてました。『始まりの鬼』の隊の皆さん。輸送兵のカーンと申します」
少し離れた場所から声が聞こえた。その方向を見ると、大きな車と私を実験場に迎えに来た人が立っていた。
「私が皆さんをネレ国の前線に連れて行きますので、この軍用車の荷台に乗ってください。あと、着くまでに『異能兵』の153番と意思疎通できるようになって、すぐにでも参戦できるように休憩もしておいてください」
カーンの言葉に4人は「はい」と頷きながら、荷台にすぐに入って行った。移動する4人の顔は言葉を発する気力がないように思えるほど、疲れた顔をしていた。
「あっ、それと153番。荷台に君の軍服がある。それに着替えておくように」
カーンはそう言って、運転席に入って行った。私も4人に少し遅れて、荷台に入る。
荷台ではもう、4人は横になって寝ていた。私はその状況を気にせず、奥に置いてあった軍服を手に取って、さっさと着替えた。
そして、着替え終えた私は荷台の空いている隅で、小さくなって眠りについた。
激しく揺れる車内。うるさくて耳を塞ぎたくなるエンジン音。そして、薄らと荷台の中に差し込む光。
「…どうする?」
「隊長のお前が何とかしろよ」
「お前ら、昔から何か重要な事があるたびに俺に決定権を押し付けるな」
「いいだろ。ジョルナが4人の中で一番、頭がいいんだから」
「隊長に選ばれた理由もそれだろ」
「もう…あっ、起きてる!」
起きてすぐ、眠気が残る中で4人の会話を聞いていたら、隊長が私が起きていることに気づいた。
「えっと…おはよう…」
隊長がぎこちない挨拶をする。私はそれに対して、お辞儀で返す。
「あの…俺の名前はジョルナ・バトン。この隊の隊長だから…よろしくね」
隊長は困惑した表情で私の様子を伺う。
「僕はカーナー・ブレイヴ。よろしく」
がっしりとした体格の3人とは違って、4人の中で唯一、少しふっくらとした体型の人が私の顔を覗き込むようにして、名乗った。
「あっ、俺はアーラ・サーティーで、こっちのさっきから黙ってるこいつがサムト・シュジャー。よろしくね」
4人の紹介が終わると、私は一礼だけした。その反応に4人は戸惑った様子で、目線だけで会話をしているように見えた。
4人はどうしようか悩んでいる様子だったが、3人が隊長に目線を向ける。そうすると隊長は私の方を見た。
「…君の名前は?」
隊長が言葉を絞り出すように聞いてきた。
「153番です」
私はまだ、信用していなかったから、ちょっとした意地悪で、実験場で呼ばれていた番号で答えた。
「…うーん、その番号は本当の名前なの?…違うんだったら、本当の名前を教えてほしいなぁー」
隊長は私の目を見て、優しい声でお願いしてきた。私は信用するもりはなかった。だけど、この人は私の目を見てくれていた。
今になって気づいたけど、前に騙された時は私のことを見ていなかった気がする。でも、この人は…この人たちは私を見てくれてる。私を知ろうとしてくれていた。
「…ヘレンシア」
気づいた時には私は小声だけど、名乗っていた。
「ヘレンシア。よろしくね」
「よろしく、ヘレンシア」
「ヘレンシア、よろしくな」
私に3人はそう言って、シュジャーは一礼してくれた。私も4人に一礼を返して、握手を交わした。
ここから、『始まりの鬼』という隊が動き出した。




