3話 鬼の誕生
実験が続くたびに私は、自分を見失い始めていた。従順な状態が本当の自分だと、思ってしまう時がある。従順なのは偽りなのに…。
今日も今日とて、実験が行われる。私はいつものように椅子に座って、手足を固定される。
「うむ、次の段階に移るとしよう」
今日の実験の開始に主任の男性がそう言うと、周りの研究者達が息を呑んだ。そして、実験の準備をされる。
準備は特に変わった感じはしなかった。いつもと同じ事をしているようにしか見えなかった。でも、研究者達は強張った表情をしていた。
「主任、…本当にするんですか?」
そんな時に1人の研究者が緊張した面持ちで主任に問う。
「…なんだ、怖気ついたか?ここまで良好に進んでいる。だが、慎重すぎる。皆、失敗を恐れ過ぎている。実験がこのままでは、進まなくなってしまう。さぁ、準備をしたまえ」
主任のその言葉に質問をした研究者だけでなく、周りの研究者達も気を引き締めたように感じた。そして、止まっていた手が再び動き出した。
私は主任が近くで準備をしていたから、それを眺めていた。
「実験が順調なのは何で分かるのですか?」
話しかける気は全くなかったのに、ぼーっとしていた私は無意識で主任に問いかけていた。
「…君の声を返事以外で聞いたのは初めてだ。実験が順調なのがなぜ分かるかだね。簡単に言えば、他の実験体と君とで、出る反応が違うんだよ」
主任は作業をしながら、横目で私を見ながら、答えた。
「反応が違う?」
「そう、他の実験体はあの気味の悪い石を当てると、当てた場所に火傷を負って、ひどい場合にはそれが全身に広がっていく……あの子もそうだったなぁ…」
気味の悪い?あの石が…。私には魅力的に見えた。輝いて見えた。もし、あの石が砂利の中に一つだけ落ちていて、私が無邪気な子供だったら、周りの目を気にしないで拾いに行くほど、綺麗だった。宝石だと思ってしまうほどに。
「…あれ、聞いてる。上の空かな?実験の後遺症か?」
「あっ、少し考え事をしてました。すみません」
「考え事?まぁ、いいや。私の話を聞く気はあるようだし、勝手に話させてもらうよ」
主任がそう言うと、過去の実験の話が再び始まった。
主任は語り出した。その時にやっている事を忘れて。
「この実験ははマウス実験から始まったんだ。最初は君にやったのと同じように、マウスに石を当てた。それで死んでしまうのがほとんどだった」
主任は話をしながら思い出しているのか、少し暗い表情をしていた。
「だが、遂に君みたいに火傷を負わない個体が居たんだ。私はその個体で何回も同じ事を繰り返した」
主任がいきなり、興奮した様子を見せる。やっぱり、話しながら当時を思い出しているみたいだ。
「そして、私はその個体の変化を徹底的に調べた。それで一つだけ分かった。石を当てた時だけ、体温が急上昇していたんだ」
体温の急上昇?私も石を当てられると、全身が熱くなっていた。もしかして、同じなのか?
「でも、それしか分からなかった。だから次の実験に移った。まぁ、それがこれから君にやる実験なんだけどね」
次の実験?何をやるんだ。
「私はマウスに石を食べさせたんだ。そしたら驚きのことが起こったのだよ。マウスが石を飲み込んだ瞬間、白い体毛が真っ赤に染まり、額からは一本の暗赤色の鋭いツノが生えてきた。だが、それは一瞬だった。次の瞬間には絶命して、元の姿に戻っていたのだよ。でも、私はあの時に美しい鬼を見たんだ」
主任がそこまで話し終えると、準備が完了したみたいで、過去の実験の話はそこで終わってしまった。
暗赤色の石が私の元へ、持ってこられる。さっきの話で次の実験はその石を食べることだと…分かっていた。石が持ってこられる時間は覚悟を決めるための時間だった。
「では、実験を始めよう」
主任の言葉で私は研究者達によって、口を大きく開けられて、石が口元に運ばれる。
私は目を瞑り、ゆっくりと呼吸をして、心を落ち着けて、その時を待った。
「…始めます」
1人の研究者が緊張からか、声を震わせながらそう言うと、私の口の中に石が入った。そして、水を一気に飲まされ、私は石を飲み込んだ。
飲み込んだ次の瞬間から、全身が燃えるように熱くなる。内側から何かが湧き上がる感じがした。それと共に体中に激痛が襲う。私は痛みのあまり、意識が飛びそうになるが、意識を保とうと全身に力を入れた。
“バキッ、バキバキッ”
「おぉ、ついに成功だ!これが異能か。美しい鬼だ……そうだ、“鬼の異能”と呼ぼう」
何かが壊れる音と主任の興奮する声が聞こえて、私は目を開けた。
目の前には歓喜する主任、その周りには私を見て、恐怖で尻餅をついた研究者達。そして、私は自分が座っていた椅子の肘掛けの先端を握りつぶして、さらには腕の拘束を破壊していた。
私は自身の力に驚くあまり、そのまま座っていた。
「あぁ、素晴らしい。おい、何座っている。さぁ、早く記録をしろ。ついに来た成功例だぞ」
主任がそう言うと、周りの研究者達は立ち上がり、記録を始める。呆然としていた私は何が起こったのかが気になって、首を動かして辺りを見渡す。
その時に違和感があった。首を動かした時に見えた私の髪が白髪ではなかった。赤く染まっていたのだ。
私は困惑して、頭に手を置こうとした。そこでまた、困惑することが起こった。額に何かが生えていた。
私はすぐに触って確かめた。結果、額から2本の先端が鋭い角が生えていることが分かった。
私は状況を把握したくて、再び首を動かして辺りを見渡す。そして、また、違和感を感じた。
私が動くたびに、主任以外の研究者達が怖がっていた。皆、小さな悲鳴をあげたり、ビビって転けそうになったりしていた。
私はその状況で冷静になって、椅子に座ったまま動くのをやめた。でも、足が固定されたままで窮屈に感じて、足に力を入れたら“バキッ”と大きな音を出てて、拘束を破壊できた。
その音を聞いた研究者達はさっきまでの小さな悲鳴が大きくなって、尻餅をつく人までいた。私はいい気味だと思ったが、主任だけはさらに興奮していて、それだけは気持ち悪いと思った。
私は余計なことはせずに、座って大人しくしていた。
本当は今までの酷い扱いの仕返しとして、てきとうに動いて研究者達をビビらせてやろうと思ってた。
だが、そうしなかったのは主任がいるからだ。私の一挙手一投足に歓喜し、興奮する。それが気持ち悪いから大人しくすることにした。
私は椅子に座っているだけだと、暇だったから、目線だけ動かして周りを見ていた。
研究者達の動きが遅かった。私が怖いのか、ぎこちない動きになってる気がする。主任は相変わらず興奮して、地面にある紙に何かを殴り書きしていた。
随分長い間、大人しく座ってると思うが、どのくらいの時間が経っただろうか。
段々と気だるくなってきた。それだけでなく、全身に力がうまく入らなくなってきたし、眠くなってきた。
「何分だ!」
突然、主任が大声で叫んで、周りの研究者達は困惑しているように見えた。
「だから、鬼になってから戻るまで何分か、数えてる奴はいないのか!」
主任がまた叫んで、研究者達は互いに顔を見合わせていた。そんな中、1人が手を挙げた。
「まだ、5分も経ってないはずです」
えっ?5分?もっと長い間、この状態じゃなかった?1時間は経ってると思ってるんだけど…。
そんなことを考えながら、私の視界は真っ黒に染まった。
(土がいいな。ここでなら、俺は…)
頭の中で何かが聞こえる。誰かが話しかけてきてるのかな?そう思って私は目を開けた。
目の前には天井が広がっていた。私は横たわっているみたいだ。
「あっ…主任、153番が目を覚ましました」
「本当か!すぐ行く」
横から声がした。声がした方に顔を向けようと頭を動かした。
「おぉ、生きている…これなら成功と言っていいだろう。我々はついに異能実験を成功させた。よぉぉぉしっ!」
主任の歓喜の声と共に研究者達が両手を挙げて、喜びを分かち合っていた。私の周りで人の目を気にせずに騒ぐから迷惑に思った。
しばらくの間、うるさくて頭に雑音が響き渡った。
「おい、お前達。まだ、153番に状態の確認をし忘れているぞ」
歓喜していた主任は変な動きをしていたが、私の方を見た瞬間にハッとして大声を出した。その声で実験場の騒音は一瞬にして静かになった。
「…痛っ!」
静かになった実験場で私は寝ていた体を起こそうとした。だが、体を動かした瞬間に全身の筋肉はちぎれるような痛みに襲われた。
「どうした成功体…じゃなかった、153番」
「動こうとしたら、全身に痛みが…筋肉痛だと思います」
「なるほど、筋肉痛か。肉体が異能の力に耐えられてないのか。異能に適合してもすぐには順応することはできないのか。そうなると兵器としてはまだ…か」
主任が私の言葉からすぐにメモをしていた。私は動けそうになかったから、そのままの状態で筋肉痛が治るのを待った。
数日経って、筋肉痛が和らいできて、やっと動けるようになった。
「153番、動けるな。なら、実験を再開しよう」
まだ残る痛みに耐えながら、私がベッドからゆっくりと起き上がった瞬間、主任が喜びが隠せない声で私に向かって言った。
私はその言葉に「はい」と、従順なフリをしていた癖でつい、即答してしまった。そのせいでまだ、筋肉痛で体が痛むのに実験場の中心にある椅子に連れて行かれた。
「153番、自分の意思で鬼になることはできるか?」
椅子に座ってすぐに、主任が落ち着きがない様子で聞いてきた。私は「やってみます」と言って、鬼になった時の感覚を思い出してみる。
あの時は全身が熱くなったが、胸の中心部分…いや、心臓の位置らへんが特に熱くなってた気がする。
私は心臓の位置に意識を集中して、目を瞑る。心音がよく聞こえる。だが、何か違和感がある。心臓の中に何かある気がする。
私はその違和感に意識を向けた。そしたら、心音が段々と速くなって、それと共に体が熱くなってきた。
前ほどの熱はないが、意識が朦朧としてくる。私は意識を保とうと全身に力を入れたら、一気に全身の血管を通るように、熱が四肢の端から端まで到達した。前と同じような熱。全身が燃え上がるような感覚だが、痛みは前ほどはなかった。
熱を感じた私は目を開けて、状況を確認しようとした。
「素晴らしい!153番、やはり君は完璧な成功体だ!時間を測るから、そのまま限界まで鬼を維持してみてくれ」
目を開けた私の目の前には興奮した主任が叫んでいた。そして、私は言われた通り、意識を失うまでというか、戻り方が分からなかったから、そのまま鬼の状態でいた。
私はまた、目を開けると目の前に天井が広がっていた。前と同じように気を失ったみたいだ。
「おっ、起きたか153番。前回は丸一日、目を覚まさなかったが、今回は半日ぐらいか。体が異能に順応していっているのか?」
いつも興奮している主任が冷静に分析をしていて、不気味に感じた。
「あの、実験の調子はどうですか?」
「気になるのか?せっかくだし、教えてあげよう」
私が暇つぶし程度に質問したら、主任はいつもの研究に興奮している主任に戻った気がした。
「まず、今回の実験で分かったことはね、異能は適合した時点で100%の力を引き出せなくて、段々と順応する必要があるみたいだ。今回、鬼になっていた時間が5分から7分に伸びたことから、今はそういう結論に至ったのだよ。だから、これからも動けるようになったら、すぐに鬼になって、異能に順応していってもらうからね」
主任はそう言うと、メモをとりながら他の研究者と話に行った。
私はまた、動けるようになるまで待つことになった。でも、前回に比べると筋肉痛はマシなように感じた。
少しでも動けるようになると、実験はすぐに再開される。
心臓にある何か…多分、異能の石を意識してから、全身に力を入れる。そうすると全身が燃え上がるように熱くなって、鬼となる。そうしたら限界まで維持して、意識を失う。
意識を失ったら、動けるようになるまで横になる。しばらくはその実験が続いた。
正直、辛いし、怖くもあった。でも、生き残るために頑張った。ファルソがずっと近くにいてくれると信じていたし、この薄暗い地下室から外に連れて行きたい。ただ、それだけを考えて、耐え抜いた。
「さすがだ、153番。大体1時間、鬼を維持することができるようになったぞ。よし、次の実験に移ってみよう」
主任は相変わらず、興奮して、研究成果を叫んでいた。
そして、私が動けるようになったら別の実験が始まった。新しい実験は身体能力の変化を調べるらしい。
最初はその場で軽くジャンプするように言われた。そこで驚きの結果が出た。軽くジャンプしただけで、大人の倍以上の高さがある天井に触れることができたのだ。
それ以外にも、走ってみると、だだっ広い実験場の端から端までを一瞬で移動できたし、感覚が鋭くなったことで試しで撃たれた銃弾を避けることもできた。しかも、銃が一度暴発して、銃弾が私に当たったが、痛かっただけで傷つくことはなかった。
さらにその中で私は鬼の姿を途中で解く事ができるようにもなった。
その結果は主任から上へ伝えられた。そして、一つの命令が下された。私を『異能兵』として、戦争に出すそうだ。
その話が出て、すぐに私は実験場から繋がる、別の地下室へと移動することになった。
その地下室で、私は後に『戦友』と呼ぶこととなる4人と出会った。




