2話 ファルソと希望
部屋の隅で小さくなってから、どれくらいの経っただろうか。全てがどうでもいいと思って、その場から動く気がしなかった。
そんな時だった。部屋の扉が開いた。
「君が153番だね」
私と同じぐらいの歳で、茶髪で長い髪の女の子。表情を動かさず、真顔で私を見下ろしながら言った。私はその子を見つめることしかできず、何も反応できなかった。
「うーん…まぁ、いいや。私はファルソ、ここでの呼び方は113番。この部屋の同居人であなたの世話係。…一応、あなたの名前を教えて」
ファルソと名乗る女の子は私の隣に座って、ちょっとだけ、面倒くさそうにしながらも話しかけてくれた。
「…ヘレン…シア」
騙されたばかりで心の拠り所を失っていた私は、新たな拠り所として彼女がなってくれるのではないかと、淡い期待を抱いてしまう。私は1人になりたくなかった。
「ヘレンシアね。会話する気があったら話しかけて来て、私はベッドで横になってるから」
彼女はそう言うと私の隣から立ち上がって、すぐ近くのベッドで横になった。
私は聞きたいことが沢山あったけど、その場から動く気力が出ず、そのまま小さくなっていた。
「…シア、ヘレンシア。おーい、起きろヘレンシア」
声が聞こえて、肩を叩かれてる。私は眠っていたみたいだ。起きた私は顔を上げる。目の前にはファルソが立っていた。
「あっ、起きた。配給の時間だから、もらいに行くから立って」
ファルソはそう言うと私の腕を引っ張って、立つように促す。私は抵抗せずにその場に立ち上がる。
「配給の場までは迷いようはないけど、一応、案内はしてあげるからついて来て」
私はその言葉に従って、無言でついて行く。扉を出ると左手にある黒板のある一角とは対角になる右奥へ、ファルソは歩いて行った。
部屋の外には私たち以外にも子供が沢山いて、右奥の扉が開け放たれている部屋に向かって、列ができていた。ファルソはその列に並ぶ。私も続くように並んだ。
私は部屋を出て、不思議に感じてたことがあった。子供が沢山いるのに、誰1人言葉を発していなかった。
私はファルソの肩を叩いて、どうして誰も喋っていないのかを聞こうとした。だが、私が話そうとすると、ファルソに口を手で覆われた。
ファルソは私が何を言いたいのかが分かったのか、首を横に軽く振った。私はそれに対して頷くと、ファルソの手は私の口元からどかされてファルソは列の前へと向き直った。
列は異様なほど静かに進んで行く。そして、ついに私たちの番になった。列の先頭では少し硬いパンが配られていた。パンは1人につき4分の1切れだけ渡されて、すぐに自分の部屋へと戻ることとなった。
そして、部屋に帰る時に気づいた。部屋の扉に20と数字が書かれていた。多分、部屋番号だ。
そんなことを考えながら、私はファルソに続いて、自分の部屋へと戻って行った。
私はファルソに聞きたいことが沢山あった。だから、部屋に入ってすぐに口を開く。
「ねぇ…」
「ヘレンシア、部屋の奥で話そう。そこだと、大人に聞こえる可能性がある」
私の声を遮るようにファルソが注意する。私はその言葉に納得して、部屋の奥に行く。
「それで、聞きたいことは何?答えられるのだけは答えるよ」
ファルソはパンを食べながら話す。私はパンを一口食べてから、聞き始めた。
「えっと、ここってどういうところなの?」
「ここは研究所だよ。私もこれぐらいしか分からないから、このことに関してはもう答えられないよ」
「あっ、そう…なんだ。えっと…さっきはなんで、みんな静かだったの?」
「…従順じゃないと…実験場に連れて行かれる」
「実験場?」
「パンを受け取った所の左側に、他に比べて大きい扉があったでしょ。あそこに連れて行かれた子は、帰ってこないんだ…誰も…」
「…そう…なんだ」
ファルソの話に私は言葉が出なかった。
「ねぇ、ヘレンシア、他に聞きたいことはある?」
「う〜んと、番号…呼ぶ時の番号とか、部屋の番号とか…」
「番号はどっちもそのままの意味だよ。ここの部屋は20部屋ある内の20室目の部屋だし、私たちにつけられてる番号はここに来た順で、実験に連れて行かれる順だよ。まぁ、実験に連れて行かれる順は、反抗する人がいたりして、変わったりもするけど…」
「……」
私が次の質問をしようと口を開いた瞬間に、“ゴーン、ゴーン”と大きな鐘の音が部屋の外から響いてきた。私は大きな音にびっくりして、困惑してファルソを見た。
「寝る時間の合図だよ。ご飯の時も鐘の音があるんだけど、寝てて聞こえてなかった?まぁ、この合図から1分後には明かりが消えるからベッドに入りな」
ファルソはそう言うと、ベッドに横になった。私はまだ、聞きたいことがあったけど、今日はもう、ファルソが話してくれないと思って、ベッドで横になって、部屋の明かりが消えると共に目を瞑った。
私がぐっすりと眠っていると“ゴン、ゴン、ゴーン”と鐘の音がなって、びっくりして、飛び起きた。
「おはよう、ヘレンシア」
「お…おはよう」
勢いよく起きた私に、先に起きていたであろうファルソがあくびをしながら挨拶をする。私は咄嗟に挨拶を返した。
「今の3回連続で鳴らされた鐘が起床の合図で、昨日の2回ゆっくりと鳴らされた鐘は就寝の合図だよ。他にも鐘の鳴らされ方で別の合図もあるから、ここでの生活で覚えて行ってね」
私はその言葉に頷く。寝起きのはずの私は鐘の音で完全に目が覚めたのか、内容がすんなりと頭に入って来た。
「あっ、そうだ。今日からヘレンシアも授業が始まるから、一応、説明しておかないと」
「授業?」
「うん、私たちの国が素晴らしいっていう授業」
「……?」
鐘の話はすんなりと頭に入って来たのに、授業についての話はいまいち分からなかった。
「…まぁ、授業は従順に受けていればいいよ。この部屋から出たら従順にして、この部屋では大人にバレなければ何してもいい。ここでの生活は単純だよ」
私はファルソの話を黙って聞くことしかできなかった。ファルソの話し方がこの状況が当たり前って、言っているように感じた。
「ヘレンシア、部屋の外ではおとなしく、従順に、それさえ出来てれば大丈夫だから、この状況にもいつか、慣れてしまうよ」
ファルソの言葉からは少し、寂しさを感じた。私は何も言えず、ファルソも何も言わなくなった。
しばらくの間、部屋は私が初めて来た時ぐらい、静かだったが、“ゴーン、ゴーン、ゴーン”と鐘の音が鳴り響いた。鐘の音を聞いたファルソはベッドから立ち上がり、「ご飯の時間だよ」と言って、私を連れて部屋を出た。
部屋を出た私たちは昨日と同じように、右奥の部屋に向かってできていた列に並ぶ。そして、受け取るのも昨日と同じ、4分の1切れのパン。
パンを受け取った私は、そのまま部屋に戻ろうとした。だけど、ファルソに止められて、黒板のある一角に腕を引っ張って連れて行かれた。
そのには、他の子も集まって席に座っていく。私もファルソの横の席に座って、大人しくしていた。
何十人もいる子供たちが、みんな座った頃に1人の大人が黒板の前に立つ。そして、すぐに授業が始まった。
授業の内容自体は変だと思うことはなかった。ただの自国の歴史の授業だ。
だけど、授業全体を見ると気持ち悪くなるほど、異様だった。特に、生徒である子供が発表した時だ。生徒は自国の素晴らしさと言う名目で発表する。そして、生徒が発表を終えるとみんなが一斉に、同じタイミングで拍手をする。
私はその状況にただただ恐怖していた。先生である大人は、私にも拍手をしろと言わんばかりの目線を向ける。私は恐怖からか、従順に従った。横目で見た隣のファルソはその時だけは、あの空間と一つになっていた。
これがファルソの言っていた従順にすると言うことだと思って、私もその時は一つになれるように心を無にして拍手をした。
私は施設のルールに従って、ファルソと一緒に従順なフリをした。
鐘の音で決められた行動をして、朝と夜の2回だけの少ない食事も我慢して過ごした。
私たちは辛くても、ここで生き残ることだけを考えて、月日が過ぎて行った。
「ねぇ、シア。実験に連れて行かれても生き残れる方法があるらしいよ」
「えっ、ほんと!」
「うん、従順に従っていれば実験は受けるけど、国の従順な兵として使うために、動けなくなる程はやらないんだって」
「……生きれるんだったら…まぁ、それでも仕方ないか」
「うん、一緒に生き残って、兵士でもいいから一緒に生きて行こうね」
私とファルソはそう約束して、いつも通り、従順なフリをして過ごす。そして、その時が来てしまった。
「ついに112番が実験場に連れて行かれたね。次は私の番かー」
「ファルソ、先に行って待っててね」
「うん、もう少し先だと思うけど、待ってるからね、シア」
私は不安だった。だけど、ファルソを信じてた。
それから大体、1週間後にファルソが実験場に連れて行かれた。ファルソは最後に私に不安を隠すような笑顔をしていた。
私の部屋には入れ替わるようにして新入りが入って来た。私はファルソがしてくれたように新入りには優しく接して、不安をできる限り和らげることを徹底した。
そして、私は自分の番を覚悟を決めて待ち続けた。
ファルソがいなくなって、新入りとの生活がしばらく続いた。新入りはあまり心を開いてくれなかった。私がここに来た時とは比べようもないぐらいに、今の状況に絶望しているような目をしていた。
新入りは私の言葉は聞くだけはしてくれた。だけど、言葉は返してくれなかった。名前すら教えてもらえることができず、私は番号で呼ぶことしかできなかった。
新入りとはぎこちない関係のまま、私の番が来てしまった。新入りが部屋の中だけでも、落ち着ける環境に出来なかったのが後悔として残ったが、そんな事を考える暇を与えられるほど、ゆっくりとしている時間はなかった。
私は少しの後悔と生き残るための覚悟を持って、実験場に連れて行かれた。実験場までは長い階段を降りて行った。
そして着いた実験場は今まで生活していた地下に比べて倍以上の広さだった。しかも、研究者と思われる大人が100人以上いるように思えるほど、大勢いた。
実験場で私はベッドの置いてある一角に居るように案内された。
「153番、連れて来ました」
私を連れて来た人は、責任者なのか、大勢いる人の中で最も高齢に見える男性に声をかけた。その男性は私を一瞬だけ見て、何かしらの作業をしていた。しばらくの間、私は放置されていた。
「153番、こっちに来なさい」
少し経った後、放置されていた私は実験場の中央付近にポツンとある、椅子に座るように促された。そんな時だった。
「忙しい中、失礼します。ルレン国との同盟により、参戦するそうです。実験を急ぐようにとの上からの命令が…」
「承知したと上には報告しておいてください。さぁ、準備を急いでください」
責任者と思われる男性が研究者達に指示を出す。私はその状況をただ、見ることしかすることがなかった。
実験の準備が進む。私がポツンとあった椅子に座ると手と足を固定された。私は困惑したが、従順なフリを続けるために、無言で椅子に座り続けた。
「主任、153番は…」
「あぁ、素直な子ね。やり過ぎないように注意しよう。前にいた113番は拒否反応が強過ぎて、すぐにダメになったからその失敗を活かさないとね」
主任と呼ばれた高齢の男性のその言葉に私は唖然とした。113番はファルソだ。私はその場で絶望して、その後は研究者達にされるがまま。何をされてもどうでもよくて、その時は絶望のあまり、何も感じなかった。
しばらくはそんな状態で私はベッドと椅子を行ったり来たりする日々だった。そうした時間が過ぎていった時にまた、新たな報告が主任の男性の耳に入ったのが聞こえた。
「アーロイト国が異能兵の実験に成功したそうです…」
「本当か!なら、この実験は意味があったのか!」
「あの、上からの命令で対抗できる異能兵の実験をはやく成功させろと…」
「あぁ、そうか。アーロイトは敵国か…。できる限り急ぐと上には伝えといてくれ」
主任の男性は実験の成功例を聞いた事で興奮している様子だった。上からの命令は気にしていないように見えた。
実験の時間は前に比べて、圧倒的に増えた。私は絶望していたのを忘れるぐらい、疲労が凄かった。
私は絶望を忘れたことによって、今まで絶望していて、全く見ていなかった実験内容が目に映った。
実験は私には全く理解できなかった。ただの暗赤色の石ころをピンセットで掴んで、固定された腕に当てられるだけ。でも、石が当てられると全身が熱くなっていき、意識が遠のく。
私のその状態を研究者達は記録していって、「今までにないほど、良好だ」と言い、興奮している様子だった。
私はもう、自分の体で起きていることすら分からなかった。ただ実験が続いていくだけだった。




