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1話 家族

 開戦の5年前ーー星暦1248年、少女は田舎の孤児院で生活をしていた。

 当時、世界の上層部は5年ほど前に新発見された『異能』の隠蔽と研究が開始されていた。

 隠蔽の表向きの理由は「謎の力に民衆が混乱しないため」、本当の理由は「異能を自国だけの利権にするため」であった。

 発見当初、研究は動物実験が行われていた。動物実験では、良好の兆しを見せていた。成功体は宙に浮いたり、周囲を凍り付かせたり、異能の力を使えていたのだ。

 だが、成功体の寿命は短かった。異能が使えてからもって1週間であった。

 そんな中、各国で実験対象の変化があった。動物実験で使われていたマウスから人へと変わったのだ。

 対象となる人はいなくなっても誰も気にしないと考えられた孤児院の子供が選ばれることとなった。

 そして、人体実験の魔の手は孤児院へ、少女ーー『ヘレンシア』へと伸びていく。


 私の両親は私が生まれてから1年も経たない時に亡くなったらしい。それが私が孤児院にいる理由だ。

 母は私を産んでから体調が優れず、亡くなるまでずっと寝込んでいたみたいだ。父は母の看病と仕事で寝る間も惜しんで動き続けていたそうだ。

 その結果、私が1歳になる2週間ほど前に母が亡くなり、その1週間後に父は母の後を追うように過労死したと聞いた。

 そして、両親を失った私は、7年ほど前から孤児院で育てられてきた。

 当時、赤子であった私には両親の記憶はない。だから、孤児院のみんなが私の家族だ。

 でも、最近は家族が旅立って行っている。新しい家族に引き取られて、去っていく。

 私を含めた子供が20人もいたこの孤児院でここ1ヶ月の間に5人も引き取られた。

 私の記憶にあるここ3年ほどの間は1人も引き取られることはなかったのに…。

 私は今の現状に違和感を持ってはいたが、ここを去った家族が幸せでいることを、ただ願っていた。


 家族が旅立って行く以外変わらない日々。いつも通りの日常に突如として、それは来た。

「ヘレンシア、私の部屋に来てください」

 夏の始まりでまだ、朝が涼しい時期。朝食を食べ終えて、外へ遊びに行こうとしている私は院長先生に呼び止められる。

「はい、すぐ行きます」

 私はそう返事をして、先生の部屋へ向かう。向かう途中、私は少しばかりの不安を抱えながら、とうとう自分の番が来たかと考えていた。

 部屋に入ると夫婦と思われる2人と先生が微笑みを浮かべながら、和やかな雰囲気で会話をしていた。

「ヘレンシア、こちらのご夫婦があなたを引き取りたいそうです。さぁ、こちらに座ってください」

 部屋に入ってきた私を見て、先生が座っているソファーに腰掛けるように促される。

「初めまして、ヘレンシアちゃん。私はザン・ポースです。こちらが妻のエイラです。よろしくね」

「ヘレンシアちゃん、よろしくね」

「初めまして、ヘレンシアです。…よろしくお願いします」

 私が近くに行くと夫婦の2人が立ち上がって、目線を合わせて、挨拶をしてくれた。私は緊張でぎこちない挨拶を返して、2人と握手を交わした。

 挨拶をした後、私はソファーに座り、2人と向き合って座り、引き取りに関しての会話が始まった。


「ポース夫妻はヘレンシアを引き取りたいということでよろしいですか?」

 先生が引き取りの再確認をする。

「はい、この前、子供達を見に来た時にヘレンシアちゃんをうちの子にしたいと思いまして…」

 ザンさんが丁寧に答える。隣で座っているエイラさんはザンさんの言葉に頷いていた。

「あの…なんで私なのでしょうか?」

 私はつい、聞いてしまう。ザンさんもエイラさんも髪色は金髪で背が高い。それに対して私は白髪で、同年代に比べて背が低い。

 2人と同じように金髪の子は何人かいるから、一目で養子と分かる私が選ばれた理由が分からなかった。

 正直な話、養子は周りからあまり良い目では見られない。だから、孤児院で引き取られること自体少ないのに…。

 私は不安で、怖いとも感じていた。

「えっと、5歳の娘がお姉ちゃんが欲しいと言ってね。しかも、近所にいる見た目が君に少し似た子がいてね。その子みたいなお姉ちゃんが欲しいって言われてしまってね…。もし、嫌だったら断ってくれても良いからね」

 私の疑問にザンさんは優しく答えてくれて、私の引き取られることへの不安や恐怖は一気に無くなったように感じた。


 引き取りの話し合いは良好な感じで続いた。夫妻が私には常に笑顔で対応することだけは少し、違和感を感じることはあったが、私は2人の人柄を信じて、あまり深く気にしなかった。

「ヘレンシア、ポース夫妻はあなたを引き取りたいみたいだけど、あなたはどうしますか?」

 先生は私に今の気持ちを確認をする。

「ヘレンシアちゃん、あなたさえ良ければ家族になりましょう」

「はい、よろしくお願いします」

 エイラさんの言葉に私は2人と家族になることを快く引き受けた。

「では、ポース夫妻、こちらの書類にサインをお願いします」

 私が引き取られることが決まり、先生は孤児の引き取りに関する書類を夫妻に差し出した。

 ザンさんは受け取った書類にすぐにサインをして先生に渡した。

 そして、引き取られるのは明日に決まった。今日の夜に孤児院を出る支度をして、明日にまた来るポース夫妻と旅立つことになった。

 私は孤児院を離れる寂しさはあったが、新しい家族ができることへのワクワク感が勝っていた。

 その日の夜は明日への準備と孤児院のみんなへお別れの挨拶をして、高鳴る鼓動を抑えるようにして、いつもよりも早い時間に眠りについた。


 次の日、私は窓から差し込む、普段と変わらぬ朝日に起こされるようにして、目を覚ました。

 起きたばかりで部屋でぼんやりしていると、“コンッコンッ”とドアがノックされる。

「ヘレンシア、起きていますか?ポース夫妻が到着される前に着替えて、朝食を食べ終えてしまってください」

 先生が私に呼びかけながら部屋に入って来る。私は先生が入って来たのが見えて、ベッドからゆっくりと起き上がった。

 私は寝起きで眠気が残る中、着替えを済ませて、食堂へ向かう。食堂には朝も早いせいか、先生以外は誰もいなかった。

 私は先生が準備してくれた朝食を食べる。孤児院での最後の食事。私はいつもよりもゆっくりと、噛み締めながら食事をした。

 食事を終えた私はゆっくりと立ち上がり、孤児院のあちこちを思い出と共に巡り始めた。

 みんなでパーティーをした食堂。競争をした食堂に続く廊下。元々は2人部屋だった私の部屋。そして、みんなで遊んだ広々とした庭。

 孤児院はそこまで、大きくはなかったからすぐに巡り終えた。でも、思い出は全然尽きなかった。

 私は食堂の椅子に座り、しばらくの間、思い出に浸る。

 時間が経ち、孤児院の子たちが起き始めて、1人の静かな時間が終わる。そして、私を迎えに来たポース夫妻の車の音が近づいて来た。


 孤児院の外に1台の車が止まる。私は先生と一緒に外へ出る。孤児院のみんなが寝起きの中、ついて来てくれた。

「おはようございます。ポース夫妻」

「おはようございます。院長先生」

 夫妻と先生が軽く挨拶を交わす。私は緊張からか、うまく声が出ず、咄嗟にお辞儀だけをする。

「ヘレンシアちゃん、そんなに畏まらなくていいわよ」

 エイラさんが私の手を取って、包み込むような優しさで話しかけてくれた。私はその言葉に頷き、笑顔を向けた。エイラさんも私に笑顔で返してくれた。

「では、ヘレンシアをよろしくお願いします」

 私がエイラさんと接している間にザンさんと先生の立ち話が終わった。

「じゃあ、ヘレンシアちゃん、行こうか」

 ザンさんが笑顔で手を差し出す。私はその手を取って孤児院から離れ始める。

「シア姉、元気でねー」

 孤児院のみんながそう言って、私に手を振っていた。

「みんなも元気でねー」

 私はそう返して、手を振り返しながら、車へと乗った。私が車に乗るとザンさんが車を出発させる。

 私はこれからの不安と緊張からか、車では静かになっていた。そんな私をエイラさんは笑顔で静かに見ていた。私はその優しさのおかげか、怖くはなかった。

 私は静かな車内から見える、移り変わっていく外の景色を眺めながら、新しく始まる新生活が幸せなものになるように願って、楽しみにしていた。


 しばらく走り続けた車は郊外へと来た。私には車から見える景色全てが、目新しいものばかりで目を輝かせていた。

「もうすぐで着くからね」

 車を運転するザンさんがルームミラーで私の様子を見ながら、優しい口調で言う。

 私はその言葉に車の先の方を見て、一つの家に近づいて行っているのが分かった。でも、その家の庭を見ると手入れがされてなくて、違和感を覚えた。

 ザンさんが声をかけてから数分後、車は庭が手入れされていない家の前で止まった。車から降りた私は不安な表情になる。

「ヘレンシアちゃん、ごめんね。最近、遠出が続いてしまってね、手入れができてなくて…」

 ザンさんが不安そうな私を見てか、申し訳なさそうな、めんどくさそうな表情で話した。

「ヘレンシアちゃん、さぁ、入って」

 エイラさんは私が家に入るように急かす。私は2人の人柄を信じていたから、素直に家に入った。

 家の中は日中なのにカーテンが閉められていて、薄暗くてよく見えない。“ガチャッ”、家に入るとすぐに鍵が閉められる。私は落ち着いてきていた不安が一気に恐怖に変わった。それでも2人は優しくて大丈夫だと、自分に言い聞かせていた。

 そんな時に私は誰かに手を引かれる。家に入ったのは私が一番最初だ。2人はまだ、私の後ろにいると思ってた。でも、ここは2人の家だ。だから、どっちかの手だ。私は自分にそう言い聞かせて、抵抗せずに手を引かれた。

 そうして、私はどこに続いているかも分からない階段を降り始めた。


 足音だけが響く、暗い階段。段差を踏み外さないようにすることだけを考えて、ゆっくりと歩く。

 階段を時間をかけて降りたら、薄暗くて終わりが見えない長い廊下が続いていた。

 そこで私の手を引く人が、白衣を着た知らない人だと分かった。でも、後ろを見ると2人がついてきていた。2人を信じることで自分を保っていた私は、そのまま2人を信じるように自分に言い聞かせて、廊下を歩き続ける。

 天井が低くて、窮屈感がある廊下。何も言われずに引かれ続かれる腕。歩き続けてしばらく経った。私はこの時にはもう、何も考えずにただ、歩き続けることしかできなかった。

 しばらく歩いて、一つの扉が見えた。私は腕を引かれ続けたまま、扉の先に足を踏み入れた。扉を通った先には広い部屋があった。

 広い部屋にはたくさん扉があった。それ以外にも部屋の一角の壁には黒板があり、その辺りには机と椅子が並んでいた。

 私はそれを横目に一つの扉の前に連れて行かれた。

「ここが君の部屋だ。あー…あと、この実験場での君の呼び方は153番だ。呼ばれるまではこの部屋にいろ」

 私の手を引っ張っていた白衣の男がそう話すと、私を部屋の中へと入れて、扉を閉じる。そしてすぐに外から鍵が閉められた。私は閉められた扉を見て、中からも鍵がないと施錠が解けないことが分かって、私はその場に立ち尽くした。


 私はしばらく、立ったまま動かずにいた。そんな時に扉の外からザンさんとエイラさんの話し声が聞こえて、つい、扉に耳を当てて、会話を聞いた。

「これで18人目だね、ザン」

「おい、ジュナ。ここでその偽名で呼ばないでくれ」

「あー、はいはい。でも、この偽名はまだ使うから別にいいじゃない」

「…そうだな、この国にはあと何個の孤児院があるんだ…」

「もう、連れてくる度に言わないでよ。前にも言ったけど、この国には200を超える孤児院があるんだよ、ガイン。まぁ、近いのは避けるから1組で回るのは多くて70〜80ぐらいじゃない?」

「…そんなに回るのか?俺らは連れてくる仕事をやってる中で、18人も連れて来て優秀なのにまだやらないといけねぇのか…」

「まぁ、確かにこれが始まってから1年ちょっとで18人も連れて来た私たちは優秀だね」

「じゃあ、優秀な俺たちは真面目に次の仕事に行くか」

「そうね。優秀な私たちは次を連れてくるとしましょうか」

 その言葉を最後に2人の声は遠ざかっていき、聞こえなくなった。

 私は2人のことを信じていた。いや、こんな状況で、心の支えとして信じようとしていただけだ。

 でも、1人になって私の希望は砕け散った。もう、ここには私を救ってくれる人はいない。

 引き取られた時は、幸せになることを夢見ていたのに…。優しい人たちだと、思ってたのに…。

 私は閉じ込められた小さな部屋の一角で、小さくなっていることしかできなかった。

 あー、私は…騙されたのか。

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