最終話 ヘレンシア
ーー1253年12月末 講和会議
ゼリン国の首都エルインにて、それぞれの陣営から代表として、六国のリーダーが集まった。
連合陣営からはテンレイ国、ルレン国、レグリン国。同盟陣営からはゼリン国、サイソン国、アーロイト国が参加した。
「それでは講和会議を始めさせていただきます」
「待て、私は講和会議をするつもりはない」
六国のリーダーが席に座ると、サイソンのリーダーがそう言ったが、テンレイのリーダーが口を挟んだ。
「…えっと、それでしたらこの会議は…」
「鬼を殺すための会議だ」
「鬼はあなたの国の異能兵では…?」
「そうだ。でも、鬼は力を持ち過ぎた。この戦争に英雄はいらない」
サイソンのリーダーは困惑を示したが、テンレイのリーダーは淡々と言葉を返した。
「鬼を殺すのであれば、我が国にやらせて頂きたい」
そんな中でアーロイトのリーダーが前のめりに言うと、他の国のリーダーたちはすぐに了承した。
「今、我が国が開発している銃弾が鬼に傷をつけれた場合はアーロイトに送らせてもらいますね」
「では、鬼は一度、ゼリンの前線に送ることにしよう」
こうして、講和会議と称した鬼殺しの会議は幕を閉じた。
ーー1254年5月 アーロイト異能実験施設
ヘレンシアを除いた『始まりの鬼』の隊は予定通り、アーロイト国の異能実験の施設の近くに到着した。
「えー、まだ夜明け前なのに行くのー」
「到着したんだし、行くぞ」
カーナーは怠そうに荷台の中で呟き、アーラに腕を引っ張られて下された。
「準備は…出来てるな。じゃあ、施設に向かおう。警戒は怠るなよ」
ジョルナ隊長のその言葉で、隊は少し離れた場所に見える施設を目指して歩き始めた。
「何もなかったな…」
隊が施設の入り口に到着して、カーナーの独り言と共に中へと入った。
「暗いなー」
「おい、カーナー。外で何もなかったからって、中でも何もないとは…」
「分かってるよ。気は抜かないようにするよ」
「2人とも一応、静かにしてくれ」
中に入るとカーナーの態度にアーラが文句を言ったが、ジョルナ隊長は2人を諌めた。
そんな時、彼らの目の前には1人の男が立っていた。
暗闇の中で突如として目の前に立つ男を見て、全員が小銃を構えた。
「私に敵意はございません。鬼の異能兵の仲間の人であってますか?話を聞いてもらえませんか?」
男は両手を全員に見えるように上げながら話し始めた。
「…とりあえず、そのままこちらに来てください。話はそれからで…」
ジョルナ隊長は小銃を構えたまま返すと、男は言われた通りに両手を上げたまま隊の近くまで移動した。
「伏兵は…居ないな」
「はい、私は1人で来ました。鬼の仲間であるあなた方には伝えなければならないことがあります」
隊の近くまで来た男は覚悟を決めた表情で全員に語りかけた。
「一応、聞いておこう。信じるかは分からないが…」
「ありがとうございます。改めまして、私はアーロイト国の議会員のグラバーと申します。聞いた話ではありますが、あなた方には12月末に行われた講和会議の内容を伝えるべきだと思いまして、私はここで待っていました」
グラバーと名乗った男はそう言って、今回行われた作戦の真実を話し始めた。
「まず、12月末に行われた講和会議は終戦のための会議ではなかったそうです」
「…講和会議なのにか?」
「はい、講和会議は建前で鬼の異能兵を殺すための会議が開かれたそうです」
「…は?」
グラバーの言葉に隊の全員が唖然とした。
「どう言うことだ!」
全員が石になったように固まっていた中でアーラが大声を上げて、グラバーの胸ぐらを掴んだ。
「すみません。私には会議が鬼を殺すための会議だったとしか聞かされていなくて…」
「…何故、そのことを私たちに教えてくれるんですか?」
「このままだと、鬼は殺されてしまいます。それは可哀想で…国にいいように利用されて、力をつけたら捨てられる。子供にしていい仕打ちではない…」
アーラが手を離すと、グラバーは涙を流しながら答えた。
グラバーの言葉を聞いた全員は俯いて頭を抱えた。
「シアを…助けないと…」
少しの間、沈黙が出来たがジョルナ隊長が顔を上げてそう呟くと、施設の外に出ようとした。
「待てよ…ジョルナ。シアが…死ぬわけねぇだろ…。なぁ…」
「…それでも、俺は行く。シアが無事でいるのを確認するんだ…」
カーナーが外に出ようとするジョルナ隊長を一度は止めたが、ジョルナの覚悟を聞いて隊の全員は施設を出た。
「…チッ、車がねぇ」
隊は一度、自分たちが軍用車から降りた場所に戻ったが、そこには軍用車は止まっていなかった。
「…走ってくぞ」
「えっ…車で1日近くかかる距離だよ」
「カーナー、それでも行くんだ」
ジョルナ隊長の発言にカーナーは困惑を示したが、アーラが一括して、サムトが背中を叩いたことで、全員でヘレンシアが任務で向かったアーロイトの奥地へと走り始めた。
ーーアーロイト奥地
腹を撃たれた。味方だからと油断してた。私が敵じゃないって伝えないと…。
「…ぇ」
あぁ、私は勘違いしてた。目の前の軍人は味方じゃない。敵だ。軍服の胸元の国章がアーロイトのだ。
「死ね、悪鬼」
私が撃たれて後ろに数歩下がると、敵たちがナイフを抜いて襲いかかって来た。私もナイフを抜いて数人を斬った時だった。
“ガサガサッ”と大きな音と共にこの地を囲む山の中から大勢の軍人が出て来た。
私は警戒を怠っていた。敵がいるかを目視でしか、確認してない。救出任務を早く終わらせようとして、敵がいないと勝手に思ってしまっていた。
万全の状態なら敵を全滅させることはできないが、軽傷程度でこの場から逃れると思うけど、最初に撃たれたのが思ったよりも辛い。今までで1番の重傷だ。
「これは歴史に残らぬ戦いだが、この戦いには意味がある。あの、鬼を…世界を地獄に導いた悪鬼を倒して、世界を救うのだ」
敵の指揮官と思われる男が声を上げると、ほぼ全ての方向から銃口が向けられた。
私はすぐに敵が少ない、私が来た方向へと逃げようとした。でも、私が斬って地面に倒れていた敵に足を掴まれた。
私はその敵をすぐに振り解いたが、山の敵兵士たちが銃を撃って来た。味方がまだ、私の近くで生きているのに…。
「絶対に逃さなねぇ。悪鬼!」
銃声が響く中でも近くの敵は、私だけしか見ていない。自分が巻き込まれることよりも私を殺すことしか考えてない。
周りから撃たれた銃弾は近くの敵の数人を巻き込んだ。私は足と急所が被弾しないようにして、絶え間無く続く銃弾を避け続けた。
でも、逃げようにも腹を撃たれたことで力がいつもよりも出せないし、銃弾を避けるのに意識が持ってかれて、この場から逃げることができない。前に進んでいけない。
しばらくはその場で銃弾を避けるのに集中した。
そうしている内に銃声が少しずつ静かになって来た。それと共に山から敵兵士が降りて来て、ナイフを持って突撃して来た。
まだ、銃弾は完全には止んでいないのに…。
銃声が弱まって、敵兵士が突撃して来た時には一瞬だけ焦ったが、チャンスだと思った。銃弾を避けるのに意識が割かれなくなって、逃やすくなった。
私はすぐにその場から敵が手薄なところへ走り始めた。でも、いつもだったら一瞬で行ける距離の半分程度の速度すら出なかった。
それでも、敵兵士たちよりも速い。逃げ切ることはできる。私は敵からの追撃を受けながらも走った。
逃げたことで敵との距離がある程度開いた時に最初に受けた腹の傷からだけでなく、囲まれてからの銃弾を受けた腕や急所以外からも血が流れていたことに気づいた。
正直言って、何故自分が走れているのかが分からないほどの出血だ。でも、生き残ったし、動けている。
(今、君が生きているのは俺がいるからだ。まぁ、俺が次の土に移るまでの猶予の期間だ)
私の頭に異能の声が聞こえた。理解したくない言葉が…。
あぁ、私は死ぬのか…。異能のおかげで今、生きていることができてるのか…。
(あぁ、そうだ。俺の力で体を維持している。でも、長くは持たないぞ)
もう持たないのか。でも、もっと逃げないと…まだ、銃声が聞こえて来ている。
私は出せる全力で変わらず走り続けた。もう、体の感覚は無い。だけど、足はずっと動き続けていた。
もう倒れてもおかしく無いのに動き続けられる。今更だけど、異能ってなんなんだろう?
(異能は星の暴走。人の願いだよ)
異能の声が聞こえたけど、よく分からない。繋がりが全く見えない。
(その中でも俺は内ではなく、外で産まれた。特別な異能だ)
特別な異能?他の異能とは何か違うの?
(俺を…力を継承できる。たとえ、適性がない人であっても)
継承…?だから、次に移るための猶予の期間なのか。
私は頭の中に聞こえる異能の声と会話をしていたことで気づけなかった。異能の力での維持が限界を迎えた。
さっきまでは異能の力で勝手に足が進んでいた。でも、私は限界で地面に倒れた。
(もう、駄目だな。…いや、そんな事は無いみたいだな)
私の頭の中で異能が何か言ってる。でも、そんな事はどうでもいい。今はただ、みんなの所に帰りたい。
「シア!」
意識が失っていく中で数人の足音と隊長の叫ぶ声が聞こえた。
「シア…まだ息はある」
「…この傷で…生きてる?まだ、助けられるのか?」
「まずは止血だ。出血箇所にはとりあえず、服を縛って抑えるぞ」
私の周りで隊のみんなが騒がしくしてる。じゃあ、私はみんなの所に帰ってくることが出来たんだ。
「…ん?おい、あっちから人が来てる。…アーロイトの兵士だ」
「とりあえず移動する。隠れられる場所…さっきの実験場に戻るぞ」
カーナーと隊長の会話が聞こえたと思ったら、私は持ち上げられたのか、冷たい地面から離れた。
それからしばらく、私は隊長に抱えられて移動してた。倒れた時は意識が朦朧としていたけど、隊のみんなが来てくれたからか、周りの状況を認識できるぐらいまで意識が戻った。
「…うわぁっと」
「カーナー、大丈夫か?」
敵兵士が遠くから来ていて、みんなで走って離れている中でカーナーの足がもつれて転けた。
「…すまん。だいじょ…痛っ」
カーナーはすぐに立ち上がって、走り出そうとしたら、膝を抱えて座ってしまった。
「おい、怪我したのか?」
「…ごめん、迷惑かけて…。僕はもう走れないからさ、先に行っててくれ」
「…置いて行けるわけねぇだろ。肩貸してやるから、さっさと立て」
座っていたカーナーにアーラは腕を掴んで自分の肩に回そうとしたけど、カーナーは腕を振り解いた。
「先に行け、僕を連れてくと追いつかれるぞ」
「ジョルナ、先に行っててくれ。俺はこいつを連れて、後で合流する」
「待てアーラ。カーナーは俺が連れていく。アーラはシアの応急処置に必要だ」
カーナーとアーラのやり取りにいつも寡黙なサムトが口を開いた。
「…分かった。二人とも絶対に合流しろよ」
「あぁ、出来る限り頑張るよ」
「先に行って、シアを助けておけ」
「…アーラ、行くぞ」
そのやり取りの後、二人を置いて私たちは再び走り出した。隊長とアーラは苦虫を噛み潰した表情をしていた。
しばらく移動して、私たちは大きな建物に着いた。多分、本来の合流地点だ。
「シア、すぐに応急処置をするからな」
私をゆっくり下ろした後に隊長が焦った声で言って、道具を準備していた。アーラは敵が来てないか見てくると言って、一旦この場を離れた。
「ねぇ、隊長」
「今は話している余裕はないだろ。シア、今は生きることだけに集中しろ」
私の声を遮るように隊長が優しい声で言った。初めて会った時から、優しかった人。私を人として扱ってくれた人。隊のみんなもそうだ。
「隊長、ありがとう。私と戦ってくれて。私に優しくしてくれて」
私は涙を流しながら言った。隊長も私の言葉で涙を流し始めて、応急処置をしようとする手が止まった。
「隊長、今の私は異能で延命されているだけ…もう、助からない」
「そんなこと…言うなよ」
「ねぇ、私の力…隊長にあげる。私との思い出と一緒に持っていて欲しいの…。貰ってくれる?」
私の言葉に隊長は涙を流しながら、ゆっくりと頷いた。
「シア…ヘレンシア、君から貰った思い出と一緒に貰うよ。俺は君の意思を尊重してあげたい。…兵器じゃなくて、人として俺たちと一緒に生きてくれてありがとう」
私は隊長の言葉を聞いて、涙を流した。そして、隊長と最後の握手を交わす。それと同時に私の中にある、鬼の異能を隊長に移すように意識する。
(さようなら。いや、ありがとうと言っておこう。俺を成長させてくれて)
ねぇ、最後にあなたの名前を教えて。
(…俺…名は…てん…じ)
途切れ途切れの異能の声と共に私の中から、力が失われていくのが感じ取れた。
長いようで、短い旅だった。辛いことも苦しいこともあった。でも、みんなが一緒にいてくれたから、戦うことができた。
仲間のおかげで充実した人生だった。




