17話 罠
救護所の中でベン少将が新たな作戦というか、今後の方針を語り始めた。
「まず、『鬼神』殿にはしばらくの間、休息を取ってもらいます。我が国の『異能兵』を失ってはアーロイトよりも最悪の結果になってしまいますし…」
「えっと…どれぐらいの間ですか?」
「今の所…分かりません。色んな情報が入って来ていて、その整理が出来次第で決まると思います。まぁ、数日は情報整理で『鬼神』殿に動いてもらうことはありません」
少将のその言葉で私たちは救護所で3日間は何も無く、隊のみんなが心配や不安であまり眠れていない中、私は痛みに慣れて来ていたからゆっくり過ごした。
「情報の整理が出来たので、我が軍の方針を伝えさせていただきます。まず、『鬼神』殿はこのまま待機で傷を癒してください」
「戦車はどうするの?」
「ゼリン軍が『鬼神』殿を恐れてか、戦車を前に出さなくなりましたので、今の所は問題ございません。ですが、信じたくない嫌な噂が入って来ています」
少将は途中まで軽快に話していたが、嫌な噂の話になると重苦しい雰囲気に変わった気がした。
「嫌な噂というのは…ゼリンに異能兵が誕生したという話です」
ベン少将が一呼吸置いてから、その言葉を発したことで私たちの部屋は張り詰めた空気へと、一瞬にして変わった。
「まだ、確証はありませんが…戦場の空気が変わった気がするので、可能性はあると思います。戦車を下げた理由も恐れでは無く、異能兵を投入するからと消耗を避けるためとも言えますし…」
「じゃあ、私はその異能兵が来るまでに戦えるようになっていればいいってことだね」
部屋の中の空気は変わらず張り詰めていたけど、私は本来の役割が来る可能性があってやる気が出て来た。
「はい、ゼリン軍に異能兵が来た時はお願いします」
少将は私の発言にそう返して、救護所を後にした。
それから、1週間が経った頃にゼリン軍に異能兵が出現したと情報が来た。そして、私の傷は銃弾が貫通していたにも関わらず、もう完治していたから前線に復帰した。
私は前線に戻ってすぐにゼリンの異能兵の存在を確認した。紫のオーラが敵の塹壕に漂っていた。
「確かに…いるね」
「異能兵いたのかぁ」
異能兵の存在を確認した私が呟くと、カーナーがため息を吐きながら反応した。他の隊のみんなも、今すぐにでも頭を抱えそうな表情になっていた。
そんな中で私たちのところに司令部から伝令が来て、隊長が対応していた。
「もう今日に攻勢を仕掛けるそうだ。ゼリン軍もそうしてくる可能性が高いみたい。戦車を前に出し始めてるらしい」
伝令を聞いて来た隊長がいつもと違い、弱気な声で聞いた内容を話した。隊のみんなも不安なのか、何とも言えない表情になっていた。
「いつ始まるの?夜明け?」
「あぁ…夜明けと共に開戦するって…」
隊のみんなと違い、私は何故か高揚感があった。石の異能兵と戦った時みたいに命をかける戦闘になるからなのか、それとも別の理由があるのか分からなかったが、いつも以上にやる気に満ち溢れていた。
戦場に日が差し込むと、戦闘開始の号令が司令部から発せられて、各地で銃声が鳴り始めた。
私たちの軍の攻撃が始まると、呼応するかのように敵陣からも銃声が鳴り始め、戦車が前進を始めた。
「もう出ていい?」
「まだだ。一応、司令部から指示があるまで待機だ」
戦闘が始まったからと私は隊長に聞いたら、少し強めの口調で止められた。私はその時に塹壕から少し顔を出していたから、隊のみんなによって下に引きずり下ろされた。
それから1時間も経っていないぐらいの時に私たちのもとに伝令兵が走って来て、司令部から出撃の指示が出た。
その指示を聞いた私はすぐに鬼の姿になって、塹壕から出ようとした。
「シア、気を付けろよ」
隊のみんなは塹壕から出る私を一旦制止して、心配しながら声をかけて来たが私は「銃弾は避けれるから、大丈夫」と言って、塹壕から出た。
私が塹壕を出ると戦車が私に向かって走って来て、敵の塹壕から異能兵の少女が出て来た。
私は警戒はしていたが、いつものように一気に距離を詰めて敵の懐に入った。敵は反応できていなくて、私はそのまま拳を振るった。
「あれ…?」
何故か、私が振るった拳には手応えがなく、空を切っただけだった。それにさっきまで目の前にいた敵は塹壕の中に戻っていた。
私はそのまま塹壕の中に乗り込もうとしたが、敵の異能兵の近くにいた兵士たちが銃を向けてきたから、一旦下がることにした。
私は味方の塹壕まで下がろうと考えていたが、そうすることが出来なかった。敵の策略に嵌められた。
私がいる場所はもう、戦車による囲いが出来ていた。戦車だけなら動けなくして突破できるが、異能兵がいると出来るか分からない。
そんなことを考えている間に敵の異能兵は塹壕から上に上がって来た。私はさっきの空振りから警戒して距離を置いて、とりあえず敵の動きを待つことにした。
私と対面した敵は恐怖か、警戒か、その場から動く気配がなかった。私は今度は距離を詰めても良いのか考えてみたが、近づいたら敵の異能だけでなく、私を貫く銃弾にも気を回さないといけないから、変わらずその場で待っていた。
「おい、グズ!何してる。さっさとあの悪鬼を殺しに行け!」
私と敵が動かずにいると、敵の兵士の1人が異能兵に向かって言葉を投げつけていた。
敵の異能兵はその声に小さな悲鳴をあげていたが、次の瞬間には私を睨んでいた。戦う表情へと変わり始めていた。睨まれた私はナイフを抜いて、殺気で返してあげた。
殺気を感じ取った敵は睨むのをやめて涙目になっていたが、腰に刺していたナイフを抜いて動き始めた。
「えっ…」
敵が動き始めた瞬間、私は驚きの声を漏らした。敵は2人になり、左右に分かれて私に向かって来た。
私は直感で敵の異能は今までで一番、厄介になると感じた。
分身した敵を見て、私は下がれる限界まで下がり、敵の動きを観察した。
一目見て分かったのは敵は戦闘の素人だ。ただ、真っ直ぐに走って突っ込んでくるだけ。単純な殴り合いなら、余裕で勝てると思える存在だ。
「…ん?…なるほど」
敵に異能以外に警戒する必要はないと思っていた私は観察を続けた中で一つの違和感に気がついた。その違和感を信じて、私はすぐに左の敵に距離を詰めた。
「うぇっ!?」
私が距離を詰めると敵は驚き、尻餅をついた。そのせいで私の一振りは空振った。
私はそのまま足元に転けた敵に攻撃しようとしたが、敵兵士が放った数発の銃弾によって後ろに下がることになった。
でも、異能兵への攻撃はやり直すことになったが、異能の攻略の仕方は分かった。
分身しても本物と偽物が存在する。だけど、見分けは簡単だ。本物が走れば土煙が舞い、銃声で聞こえにくいが足音がある。
あとは、私を貫ける銃弾に注意していれば勝てる。
異能兵に勝てると判断した私は銃弾に警戒しながら、敵の異能兵に攻撃を継続することにした。
動こうとした次の瞬間、私は敵の異能兵に囲まれた。一瞬驚きはしたが、本物の異能兵はまださっきの場所で立ち上がる最中だったし、私を囲んでる偽物たちは棒立ちでいる。
私は周りの偽物は無視して、本物へと走ろうとした時だった。
私の目に映る景色が戦場から平原に変わった。それに風が吹いていないのに風の音がして、戦場の音が消えた。
多分、異能を使われた結果、目の前から誰もいなくなって、緑豊かな景色しか目に映らなくなった。でも、土と火薬の匂いがする。ここが戦場と思わせてくれる匂いだ。
「どうしよぉ…」
戦場にいる自覚はあるけど、異能兵も敵の兵士たちも見えなくて、私から攻撃をすることができない。
私は棒立ちになってしまったが次の瞬間、後ろで何かが動く気配がした。
私は後ろで動くものに向かってナイフを振った。振ったナイフは人を刺した時の感触がした。
「おっ!」
私から見える景色が平原から元の戦場に戻った。そして、私のナイフは敵の異能兵の首に刺さっていた。
異能兵はナイフを握っていて、私を後ろから刺そうと近づいていたみたいだった。
私は刺さったナイフを異能兵から抜くと、異能兵はその場に倒れて、オーラが消え去った。死んだみたいだ。
「おい!何やってるグズ。さっさと立て!」
異能兵を殺した私は敵の兵士のその声で銃弾の警戒を忘れていたことに気づいた。
私はとりあえず、異能兵を倒したから味方の塹壕に戻ることにして、私を囲っている戦車の1台をひっくり返して、包囲を抜けた。
私が撤退する時に敵の兵士から銃弾は飛んでくることはなく、代わりに暴言が聞こえていた。
味方の塹壕に戻った私は隊の元に行って、鬼の姿を解いた。
「シア、どうしたんだ?怪我でもしたのか?」
私が隊のみんなのところに行くと、隊長が心配そうに声をかけてきた。
「異能兵倒したから、一旦帰ってきた」
「…えっ?」
私の返答に隊のみんなが驚いて、口が開きっぱなしになっていた。
「…とりあえず、司令部に報告してくる」
みんなが驚いて棒立ちになっていた中で隊長がハッとしてそう言うと、司令部の方に走って行った。
「全面攻撃をするそうだ。シア、まだ動けるか?」
それから、数分後に隊長が報告から戻ってきて、私はその言葉に頷いた。
その後、予定通りに全面攻撃が始まって、私は戦車を全て使えなくして回った。敵の塹壕の中への突撃は私を貫ける銃弾を避けるのに集中していたことで、中に入っていくことはできなかった。
ゼリン軍は異能兵と戦車を失っても崩れない強軍で、その日の全面攻撃はいつもよりも激しい銃撃戦に過ぎなかった。
ゼリンの異能兵を倒してから、私たちは1ヶ月と少し、ゼリン軍と交戦を続けていた。
ゼリン軍は想像よりも強くて、私が倒した戦車を壁に使って攻撃をしてきたり、新しい戦車をどんどん投入してきた。
そんな戦況の時に私たちの隊に新たな指令が連合陣営の本部から送られてきた。
「シア、緊急の案件だ。アーロイトを攻めていたルレンの一部の隊が奥地で孤立してしまったそうだ」
「その隊の救出をすれば良いんだね」
「あぁ、そうだ。それとこの指令はシア1人で行ってもらうことになる」
「…なんで?」
「今回のは速度が大事と言う話だ。途中までは軍用車で行けるが、途中からは走ることになる」
「そうなると、僕たちはシアの足手纏いになるね」
「カーナーの言う通りだ。だから俺たちには別の指令が来てる。…アーロイトの異能実験の施設の調査をするようにと言われた」
そうして、私たちは指令に従って移動のための軍用車に向かった。
軍用車があるところに着くと2台あって、私と隊のみんなは別々に行くみたいだ。
「シア、無理だと思ったらすぐに逃げろよ」
「大丈夫だよ。私は強いからね」
「そうだなー、シアは最強だよね」
軍用車に乗る前に隊長が私に声をかけてきたから、私は軽口を叩くように返すと、カーナーは私の発言に乗ってきた。
「シア、気をつけろよ」
「また、後で」
私たちが会話をしていたら、もう移動しないといけない時間になったことでアーラとサムトが私に声をかけて、私は「うん」と頷いてから軍用車に乗った。
いつもはみんなと一緒に乗っていた軍用車。1人で乗るのは当然初めてだから、荷台が寂しさを感じるくらい広かった。
「153番。司令を伝えます」
「…あっ、はい」
軍用車が出発すると、運転手がそう言って、私は番号で呼ばれるのが久しぶりすぎて反応に少し遅れた。
その後、初日の移動の間に私は今回の司令を運転手から教えられた。
私に出された指令は隊長から聞いた通り、アーロイトの奥地で孤立したルレンの部隊の救出。
救出後はその部隊を連れて、隊のみんなが行くことになっている施設に移動して、隊と合流。
合流後は隊に司令を伝えてあるはずだから、それに従うこと。
別に難しいことはなかった。救出にどれだけ苦戦するかだけが分からなかった。でも、異能兵の情報は無いから問題ないと思う。
それから、1週間ぐらい経って、運転手が交代しながら軍用車で行ける場所まで来た。
「ここからは真っ直ぐ走って行ってください。真っ直ぐ行けば見えてくるはずです」
軍用車を降りると、運転手の人がそう言ったから私が頷いたことで軍用車はこの場を去って行った。
私はとりあえず急いだほうがいいと思って、鬼の姿で向かうことにした。距離は分からないけど、鬼になればそこまでかからないと思った。
そして、鬼の姿で走った私は1時間をかけずにルレンの兵士と思われる軍服を着た人たちを盆地で発見して、目視で敵がいないことを確認して近づいた。
「大丈夫ですか?」
近づいた私は体を丸めて俯いていた兵士たちに声をかけた。
次の瞬間、私は左横腹を撃たれた。




