15話 謎の異能兵
異能兵の出現という急報で、私たちが壕舎から出て最初に目に映ったのは兵士たちが走り回ったことでできた土煙で覆われた塹壕だった。
「…ラン少尉!急報です。左方に敵異能兵が確認されました」
右側から走って来ていた1人の兵士がラン少尉を見て、簡単に報告をしていた。少尉はその兵士にさらに細かい情報を聞こうとしていたが、軍全体が混乱していて情報が回って来ていないみたいだった。
「皆様、異能兵がいる左方に向かいます」
情報が全くと言っていいほど、手に入らなかったが少尉が私たちの元に戻ってくるとそう言って、私たちはすぐに移動する兵士たちの波に乗って走ることになった。
塹壕内の移動は最初の時は全力とまではいかないが、結構な速度で走らされて、カーナーは遅れそうになっていた。でも、左側に行くに連れて前の方が詰まっているのか、時々止まることがあった。
「人多くないか?」
ほとんど立ち止まってしまった時にカーナーがそう呟いた時に、私の目には黄色のオーラが見えていた。
多分、そのオーラはガオンの異能兵だ。
敵の異能兵はまだ、私たちの塹壕には近づいていなくて、敵の塹壕の上に立っているみたいだ。
「隊長、まだ遠いけど…いる」
「異能兵か…今、どんな状況か分かるか?」
私は近くにいた隊長に声をかけると、隊長は私に分かる範囲での異能兵の情報を聞いて来た。
「まだ、動いてないと思う。多分、敵の塹壕の上に立ってるだけ…」
「そうか…そのまま、注視していてくれ」
この時の隊長と私の会話は多分、誰にも聞こえてなかったと思う。状況が分からず、騒がしくなっていた中でのあまり大きな声ではない会話であったから。
私は隊長の指示通りに異能兵のオーラを注視し続けた。少しずつ進む軍の流れに乗りながらも目を離すことはしなかった。
「動く…?」
私の目に映るオーラがゆらゆらと揺れているが、さっきまでは多分止まっているんだろうという認識で見れていた。でも、私の直感がそう感じ取ってしまった。
私の直感は間違っていなかったようで、オーラがゆっくりとこちらの塹壕に近づいて来ていた。それと同時に私たちが向かう先で銃声が鳴り始めた。
「どういう状況だ!シア、異能兵はどうなってる?」
「多分、動き始めた。でも…歩いてるのかな?」
銃声が鳴り始めてすぐに隊長は私に聞いて来て、私は感じるがままに返したが、隊長は首を傾げていた。
私も違和感を感じたことがあった。何故、一気に距離を詰めて破壊をしないのだろう?ゆっくり近づいている理由が分からなかった。
でも、そう考えている余裕はないと思った。敵の異能兵は止まる様子がなく、ずっと変わらない速度で動いているみたいだった。
「隊長、どうすればいい?」
「味方の被害を抑えることを考えると…シアが異能兵を止めに行った方がいいが…」
「分かった…」
「でも…異能兵の力が分からないから…。いや、シア…無理はするなよ」
私が隊長に指示を仰ぐと隊長がそう答えて、私は「うん」と頷いてから鬼の姿となって、塹壕の上を走って敵へと向かった。
鬼となって、塹壕の上を走ったことで敵はすぐに見えて来た。敵の異能兵は私より少し年上と思われる少女で、自信に満ち溢れているような雰囲気を感じた。
私が敵を目で捉えてから、少し遅れて敵は私が近づいていることに気がついた。
敵は私の方に体の向きを変えて、警戒はしていた。でも、違和感があった。警戒している感じはあるのに、迎え撃つ構えをしていなかった。
私はそこに多少の怖さはあったが、隙をつくために速度を上げて、いつものように敵の懐に潜り込んだ。
「…速いねー」
私が懐に入った瞬間に敵のそんな言葉が聞こえて来たが、私は気にせずに敵めがけて拳を振ったが、腕でガードされてあまり吹っ飛ばすことは出来なかった。
「ははっ、強いねー。いいなぁ。私も君みたいな速度と力….欲しいなぁ」
私の本気の殴りを受けたのに敵は余裕そうな表情でそんなことを言っていて、不気味に感じた。
今回の敵は今までの異能兵とは、全く別の存在に感じていた。現状、負ける気はしないけど、勝てる気もあまり湧かない、そんな敵に感じた。
「次は私から行くよー」
敵がそう言った次の瞬間、私の懐に入られた。まるで、さっきの私のような速度だ。
それに攻撃の仕方も私のように拳を振るって来て、私は咄嗟に腕でガードした。さっきの攻防をそのまま逆にしたようだ。
「おぉ、耐えたー」
攻撃を受けた私を見て、敵が生気の無いような声で言った。それが私にとっては不気味に感じて、一番警戒する理由だった。
「シア、大丈夫か!」
私が警戒しすぎて攻められずにいる時に銃声の中で隊長の声が聞こえて、私は隊長の方を少し見て軽く頷いた。
隊長は隊のみんなと私と反対側の塹壕の上を走って、ここまで来てくれたみたいだった。
「…いいなぁ…私にも欲しいなあ゛」
私と隊長がそんなやりとりをした直後だった。何故か、敵の表情と声に怒りを感じた。
敵の豹変に私が呆然としていると、いきなり距離を詰められて、私は防戦一方になってしまった。
「いいなぁ…いいなあ゛」
攻撃を受けている間、敵のそんな言葉ばかりが聞こえていた。そんな中、私と敵の異能兵の距離ができると、両軍が私たちを挟みながらも銃撃戦を激しくし始めた。
「…ずるい…私も欲しい」
「何が…?」
戦闘の中で聞こえた敵の言葉に私は気になって、つい聞いたが火に油を注いだみたいだ。
「いいよなぁ…お前は私には無いものがあって…」
敵の拳と共に怒りに満ちた声が返って来た。
敵と私の殴り合い。距離ができれば、味方の異能兵を援護するように兵士たちが敵を撃って牽制をする状況が少しの間続いた。
そんな時だった。戦闘の終わりは突然と訪れた。敵の異能兵がいきなり涙を流し始めて、その場に塞ぎ込んでしまった。
その状況に私は唖然として、その場に立ち止まってしまったが、味方から放たれていた銃弾の1発が敵の異能兵の頭を貫いた。
現状に私は理解は追いつかずにいた。でも、目の前にいる敵は頭に受けた銃弾で死んだ。オーラが完全に消えていた。
両軍の兵士たちも理解が追いついていなかったのか、銃撃戦が終わり、その代わりにそれぞれの塹壕から困惑の声が聞こえていた。
「シア!どうなってる?」
「もう、死んでるよ」
困惑した声が戦場を包む中で隊長は私に状況を聞いて来たから、私は反射的に言葉を選ばずに返した。
すると、少ししてから味方の兵士たちからは歓喜の叫びが響き、逆に敵の兵士たちは呆然として、静寂に包まれていた。
私はどうすればいいか分からず、勝手なことはやめた方がいいと思ってたから、とりあえず敵の異能兵を抱えて、味方の塹壕へと戻った。
「…シア、どうした?」
「ん?どうすればいいのかなって思って…」
塹壕に戻ると隊長が不思議そうに聞いて来て、私は首を傾げて返した。でも、そのやり取りで周りの兵士たちは、異能兵を倒しただけで戦闘は終わっていないと気付いて、銃を握り直していた。
異能兵同士の戦いが終わって、兵士たちの銃撃戦が行われた。私は司令部から命令を待つように鬼の姿を解き、塹壕の中へ隊のみんなと戻った。
「皆様、無事で良かったです。あの、状況はどうなっているのか、分かりますか?」
銃撃戦になってから少し経って、ラン少尉が走りながら私たちの元に来た。少尉の質問には隊長が現状を簡単に答えていた。
「そうですか。異能兵はもう倒したんですね。では、私は司令部に報告と皆様への指示を伺って来ます」
少尉は今の状況をすぐに理解して、司令部へと軍の流れに逆らい、走っていった。私たちは銃撃戦を見ながら、少尉が戻ってくるのを待った。
「皆様、遅くなってすみません。早速、指示を伝えさせていただきます。味方を左に集めすぎて、右が足りなくなっているのでそちらに入ってください。お願いします」
少尉のその指示に私たちは了承して、すぐに右へと走り、その日の戦闘は私たちが優勢で終わった。
そして、次の日にはテンレイ国に帰還するように命令が届き、私たちはベレン南東前線を後にした。
私たちは約1週間かけて、テンレイの西軍事基地に到着した。
「お久しぶりです。『始まりの鬼』の皆様」
私たちが到着すると前に来た時に対応してくれたローム二等兵が出迎えてくれた。私たちは軽く挨拶をして、伝令を受けることになった。
「皆様への伝令は指示があるまで待機しているようにと…」
前にここに来た時同様、軍事基地から少し離れた小屋で待機することになった。小屋の中には1週間分の食料などが置いてあることや週の初めに補充があることも同じだった。
私たちは対ゼリンのためにすぐに戦場に行くことになると思っていた。でも、そうはならずに約1ヶ月も指示がないままの状態が続いた。
「雪が降って来てるな」
「あぁ、これじゃあ戦場は動かないな」
待機をしている間に雪が降るような気温になり、隊長とアーラが食事の時にそんな会話をしていた。
それから、数日後のことだった。新たな異能兵の敵の情報が静寂に包まれた小屋に持ち込まれた。
小屋での生活に慣れて、いつものように雪が降る中でローム二等兵が小屋へと訪れた。
「失礼します。皆様に伝令を伝えに来ました」
扉を叩く音と共に小屋の中にはその声が響き渡ると、隊長はすぐにローム二等兵の元に伝令を聞きに行った。
「同盟陣営のカネン国に異能兵が誕生したと情報が入りました。アーロイトを攻めていて、手薄になっているルレンの前線に送られるという話です」
「私たちはそのルレンの前線に行けばいいんですね」
「はい、輸送車は今こちらに向かって来ていますので、皆様は準備をお願いします」
ローム二等兵と隊長の会話を聞いて、私たちは隊長の指示を受ける前に前線に向かう準備を始めた。
伝令を伝え終わったローム二等兵は輸送車が着いたらまた来ると言って、小屋を後にした。
ローム二等兵が小屋を後にした時には、私たちの少ない荷物の準備は終わっていた。移動が多いから必要な荷物は少なくしているし、食料に関しても移動した先に用意されているから、時間がかからない。
そのせいで私たちはローム二等兵が呼びに来るまで暇になってしまった。居なくなってからゆっくり準備すれば良かった。
それからローム二等兵が小屋に戻って来たのは結構早くて、10分経ったぐらいだった。
「皆様、少し離れたところに輸送用の軍用車が来ているのが見えたので呼びに来ました」
私とカーナーが隊長の準備の邪魔をして、暇つぶしをしているのが終わる頃にその声と共にローム二等兵が小屋に戻って来た。
私たちは準備した荷物を持って、ローム二等兵に輸送用の軍用車まで案内されて、私たちはすぐにルレンの前線に向かうことになった。
ルレンの前線には西軍事基地から2週間近くかかった。雪の影響で普段よりも時間がかかったらしい。それと移動の間、敵の異能兵の情報は全くと言っていいほど、入って来なかったそうだ。
私たちがルレンの前線に来ると、隊長だけが司令部へと案内されて、私たちは隊のために用意された壕舎へと案内された。
壕舎まで案内される間、私が見た兵士たちの様子は他の戦場とは違うように感じた。でも、その違和感は隊長が壕舎に来たことで理解した。
「今は講和会議で停戦中らしい。それにもう年越しの時期だから、2週間ぐらいは戦闘は無いと思って良いそうだ」
隊長が壕舎に来て、荷物を置き終わってから、司令部で聞いた情報を教えてくれた。私たちは来て早々、暇になるみたいだ。
それから隊長が言った通り、2週間の間は戦闘が起こることはなかった。それに年越しの時は戦場であるにも関わらず、味方からも敵陣の方からも祝いの声が響いていた。
「講和会議は決裂したってさ。それで明日、停戦を解くそうだ」
「前と同じかぁ…戦争はいつ終わるんだろう」
新年の祝いが終わり、隊長が司令部に呼ばれて帰って来てそう言うと、カーナーがため息を吐きながら返した。アーラは「そうだな…」と呟き、サムトは深く頷いていた。
次の日、予定通りに戦闘が再開された。日が昇るとともに銃声が鳴り始めて、昨日までの状況が嘘みたいだった。
そして、戦闘が再開されたその日の昼過ぎに敵の異能兵が到着した。赤いオーラが敵陣の真ん中ら辺に出現したのだ。
私はすぐに隊長にそのことを伝えて、隊長は司令部へと報告へ行った。そして、帰ってきた隊長から異能兵の討伐の指示が出たと言われた。
今まで指示がなく、待機していた私たちはすぐに支度をして壕舎を出て、私は敵の異能兵がいる位置ら辺で鬼の姿になり、塹壕の上へと登った。
すると、敵の異能兵の少年が急いだ様子で塹壕の上へ出てきたから、私はすぐに距離を詰めて攻撃を試みた。
私の攻撃に敵は最初の時は反応できていたが、私が速度を上げていくと一方的な攻防になった。
私は敵の異能兵の討伐は今日で終わらせることができると思って、ナイフを抜いて攻撃しようと行動を移そうとした時だった。
敵は突然、目の前から消えていた。




