07
「お姉さんの浴衣は魅力的ですけど私に似合っていますか……?」
「おう」
あの後すぐの方がいいということで勇気を出していったのにお姉さんはあっさりと許可してくれて拍子抜けだった。
だけど先輩達が言っていたことは別に大袈裟なことでもなかったようでたまたま気分がよかっただけだとお姉さんが直接教えてくれた。
ちなみにこれは実際に着ているわけではなくてただ持ち上げて合わせてみただけだ、お祭り当日でもないのに着ていたら流石に浮かれすぎていて恥ずかしいからね。
「なんか私らしくないです、これまでは誘われたらいつものまま付いていくだけでしたから」
「容易に想像できるぞ、途中で帰りたがらずに最後まで付き合うところも」
「それはそうですよ、誘われて受け入れたのに中途半端なことはできませんから」
汚してしまわないようにちゃんと元に戻して彼の方を再度見る。
その際、あまりにじっと見すぎていたのか「なんだ?」と聞かれてしまったからそのままお誕生日のことを出しておいた。
そうしたらそのお祭り後にお誕生日があるみたいだからすぐに動くことはできないとわかって少しがっかりした自分がいる。
「言っておくけど誕生日になっても小牧はなにもしなくていいからな」
「え」
「俺はまだ小牧のためになにもできていないからな」
お世話になってばかりなのにどこからそんな言葉が出てきたのか。
なにをどうしたらカウントされるのか、このままだと彼のために頑張ってもノーカウントになってしまう気がする。
「つかだから自分から教えたりはしていなかったんだけどな、藤嶋も余計なことをしやがって」
「嘘ですよね、恭介先輩は最初からどんな状態になっても教えるつもりはなかったと思います」
「いや、それは無理だ」
まあいいか、もういい時間だから帰ろう。
浴衣の方は持ち帰らずに彼のお部屋に置いてきた。
お家にあるといちいち出しては似合うかどうか考えてしまいそうだったから仕方がない。
「小牧の誕生日は?」
「まだ先ですね、私はまだ恭介先輩のためになにもできていないので細かく教えたりはしませんが」
「ま、真似をしてくれるな」
私のそれを知っているのは母と絵夢ちゃんだけ、お誕生日月に二人に、主に母に会わせなければ最後まで守ることができる。
「あれ、小牧の家はあっちだろ?」
「公園に寄るんです、いまは大人しく帰りたい気分じゃないので」
かといって走り回りたい気分でもないから大人しくベンチに座った、もう影が多くなってきているけど十分暖かいから落ち着く場所だ。
「守ってほしいとは言いましたがあんなの冗談ですからね? そもそも藤嶋先輩は恭介先輩と絵夢ちゃんしか意識にないので意味もないんです。だけどお友達らしいやり取りができたことはいいことだと思っていますが」
驚いているのはそのまま乗っかってズルをしようとする自分がいたことだった。
なにもかもが絵夢ちゃんのときと同じようにはできていないのが残念だと言える。
いい変化かと問われてもはっきりと答えられないこともより複雑な気持ちにさせられるところだった。
「まあ、藤嶋は冗談を言うことも多いし青戸が気になっているのもその通りだな。だから今日のそれで何回も小牧のことを出していたのは俺をからかうためだったってわかったよ、あとは小牧も上手く躱せないからかもしれない」
「仮に藤嶋先輩が同級生でも上回ることはできなかったでしょうね、私はいつまでも慌てさせられる側なんです」
「同級生の俺がそうだからな、後輩の小牧じゃ無理もない」
事故でも母になんか会わせるべきではなかったと後悔してももう遅い。
「ということなので恭介先輩は自分のしたいように夏休みは過ごしてください、余計なことを気にする必要はないんです」
「いまの言い方だと小牧自身のことを気にしなくていいみたいに聞こえるな」
「そう聞こえましたか? 私的にもうそこまでは言えないですけどね」
立ち上がって歩き始める。
今回は付いてくることもなかったからやっとお家に帰ることができた。
朝から遊んでいたうえに初めての人とも会ったということで流石に疲れたのだ。
普段はお昼寝なんかもしないけど小さなことでこの気分のいい状態から変わってほしくなかったから枕を抱いて寝た。
「もっとストレートに言うべきね」
ご飯の時間に母に今日あったことを話した結果がこれだ。
「『私的にもうそこまでは言えないですけど』と言われてもわかりづらいわよ、もっとぐいぐいいくべきね」
「確かに私は恭介先輩にいてほしいと思っているけどえっちゃんみたいな感じではないから」
「好きじゃないの?」
絵夢ちゃん風に言えば気になっているところ、だろうか?
いい点は目を逸らさずに素直に受け入れていること、悪い点はすぐに調子に乗ってしまう自分を直視することになることだ。
「ああ、増井君に会いたいわ」
「やめてよ、お母さんが余計なことを言うとまた恭介先輩が……」
「優しいから守ろうとしてしまうのね」
「うん」
もっとも、母とのそれがなくてもどうせ恭介先輩は意地を張っていただろうけど。
だからわかりやすいなにかが起こらない限りはずっと延々平行線のままだった。
「はい、できたわよ」
「ありがとう」
最初からわかっているけど黒色の浴衣だ、彼女ならともかく私が着るのは変だろう。
何故浮かれてしまっていたのか、着る前の私を叩いてでも止めたいぐらいだけどもう遅い、そんなことをしても更なる変人が誕生するだけだ。
まあ、お祭りなんて一緒に来ているメンバーか屋台にしか意識がいっていないからいいか。
今日の目標は貸してもらった浴衣をなるべく汚さないこと、そのぐらいなら私でもできる。
「そろそろいきましょうか」
「うん」
集合場所の先輩のお家にいく前に恭介先輩と集まる必要がある。
何故かはメンバーでもあるし早めに買っておいたお誕生日プレゼントを渡すためだ。
当日付近に動くと絶対に受け取ってもらえないから今日見ておいてもらうからとかなんとかと理由を作ってお礼として渡すのだ。
「はい――これも小牧が言い出したことだろ」
「そうですね、やりたいことがあったので」
「まあいい、ただこのままいく前に小牧だけ上がってほしい」
「だって、いってあげて」
そう時間もかからないから一人だけ上がらせてもらう。
そもそも一時間前にも一人で来たからもうここには慣れた。
彼のお部屋でだってもうお家にいるときと同じぐらいの気持ちでいることができる。
「小牧――」
「今日はお世話になるのでこれを受け取ってください」
絶対に無駄にならないボールペンとルーズリーフだ。
学校でいくらでも使用している物を見る機会があって使い慣れている物を買ってきているからそこでも無駄にはならない。
それにお誕生日プレゼント感が全くないのもいいはずだった、ここで警戒をされても疲れるだけだからあっさりと受け入れてくれるのが一番だ。
「ありがとな」
「はい、それじゃあ絵夢ちゃんを待たせてもあれなのでいきましょう」
渡せた瞬間にもうお祭りすらもどうでもよくなったけど流石にそこまで屑ではないからちゃんと付き合う。
でも、常に最後尾にいるぐらいでいいのは確かだった。
「ね、なんでそんなに離れているの?」
「意地悪をしないでください」
「意地悪じゃないよ、気になっただけ」
「笑顔が苦手でも別に藤嶋先輩が嫌いじゃないので言いますがもう満足してしまったからです」
これが元々の私のスタンスだ、ただ物凄く久しぶりで少し心臓が慌てている。
「え、まだなにも買っていないどころか着いてもいないけど……」
「恭介先輩に渡したい物を渡せたので」
「ああ~小牧さんは上手だね」
「かどうかは知りませんが少なくとも時間が経過してからよりは可能性があると思いました」
はぁ、こうやって全てを言わなくてもわかってくれるところはいいのに。
その後も満足してくれることはなく結局会場までこの人と歩くことになってしまった。
同じ年上でもこの場合なら遥かに恭介先輩の方がいい、にやにや笑ったりもしないからだ。
「とりあえず最初は四人で見て回って途中から分かれようか」
「は? 最後まで四人で見て回ればいいだろ」
「まあまあ、可愛い後輩から頼まれたんだよ」
何故かこちらを見てきたので首を振る。
普通はこういうときを利用して仲良くなろうとするから彼女は間違っていない。
それどころか最初から連れていってくれていいぐらいだ、いちいちあのスタンスでいられると疲れるから。
「ねえ静、男の子組と女の子組で分かれたりしないかしら」
「え、なんでえっちゃんもそんな変なことを?」
「言っておくけど私はなにも頼んでいないわよ?」
え、ああ、これも作戦――のようには見えない顔だ。
「一応言っておくと私もなにも言っていないからね? 帰れと言われたらすぐに帰ってもいいぐらいだから」
「じゃあどうして藤嶋先輩は……」
こういうのを避けたいのに先輩のせいで困ることになる。
それでも意外なのは彼女があまりぐいぐいいけていないことだろうか。
それだけの存在に出会ったということだろうけどなんとかしなければならないときがきたと思う。
「夏の暑さでおかしくなっちゃったんじゃないかな。ほら、いつもにこにこしておく癖が抜けきらなくて夏休みなのに一人で勝手に疲れちゃっているんだよ。だからちゃんといつも側にいるえっちゃんが見ておいてあげないと、倒れてからじゃ遅いからね」
「そ、そうね」
交代交代で私の隣に来ようとするから彼のときは止めておいた。
流石になにも買わないのも無理だからかき氷を買って一人楽しんでおく。
「ねえ見て静」
「はは、青色だね――あ、私はやらないよ?」
「なによ、ノリが悪いわね」
「流石に恥ずかしいよ」
ではない、何故こちらに対して頑張ろうとするのか。
だからって直接「藤嶋先輩と過ごしたらどうかな?」なんて言ったところで意地になってしまうだけだろうし……。
「待って、それだと私が恥ずかしい人間みたいじゃない」
「心配しなくていいよ」
「うぅ」
……ああ、緊張しているからこそなのか。
「絵夢ちゃん、ちょっと付き合ってもらっていいかな?」
「は、はいっ」
「落ち着いて、さあいこう」
名前で呼ぶことにしたのか。
というか二人きりになってしまった。
「まだまだ時間もあるから少し座るか」
「それだと汚してしまいます」
「だからってずっと歩いていても金と体力がなくなるだけだ、いくぞ」
彼もどうして不機嫌そうなのか……。
広い場所だから座れるところが沢山あるのはいい。
「お姉さんもここに来ているんですか?」
「いや、姉ちゃんは隣の市の祭りにいくみたいだから今日は家だな」
「そうですか、それなら一緒に来てもらうのもありだったかもしれませんね、ほら、こうして結局少人数になるぐらいならどこにもいかない人がいいじゃないですか」
「はは、流石に姉貴とは見て回りたくないな」
別に不機嫌というわけではなかったか、ならどうしてこんな顔をしているのか。
なにか言いたいことがあるならちゃんと言ってほしかった、察してあげることはできないし。
「いや待て、小牧の言うように誘うべきだったか、誘っておけば無茶なことを頼まれることもなかったんだ」
「無茶なこと?」
お祭りで出ている屋台の全ての食べ物を買って持って帰ってこいとかだろうか?
もしそうならバイトもできない学生として厳しいと思う、仮にお小遣いを無駄に使わずに貯めていたとしても抵抗はしたくなるだろう。
「……祭りが終わった後に小牧を連れてこいって言われていてな、さっき上がってもらったのは本当はあれでそれをなしにしてもらうためだったんだ、だけど小牧がさっさと出ようとしてしまったからできなかったというか……」
実際は全然違ったみたいだけど。
「あ、そうだったんですか、それはすみませんでした。そのかわりにと言うのはおかしいですが
急いで帰ってもお祭りとの差が激しくて寂しくなるだけですから大丈夫ですよ?」
お祭りの後も誰かしらとは話してから帰るだろうから遅くなるとはもう母に言ってある。
なので寄って帰るぐらいでなければ母に心配されてしまうから寧ろありがたいぐらいだった。
自分の想像とは違って早く解散になったばかりに気を使われても嫌だしね。
「いいのか? なら頼むわ」
「だけどそれはお祭りを楽しんでからです、というわけでまだまだ見て回りましょう」
「はは、そうだな」
というか、未だにどこかに連れていくぐらいで悩むとは思っていなかった。
やはり私が勝手に懐いて甘えているだけで彼的にはまだまだというところなのかな? お誕生日の件もなにもできていないから~とか言っていたことからもそうとしか、うん。
「あ」
「危ないぞ、大規模な祭りじゃないけど考え事をしながら歩ける余裕はあんまりないぞ」
「すみません」
「いつものように腕でも掴んでおくか」
いや、流石に子どもではないからここで終わりにした。
考え事なんて彼のお家から帰っているときでもできるからいまはお祭りだ。
お祭り用のお金も貰ったりしてまだまだお腹にも余裕があったことから焼きそばとかたこ焼きとかそれっぽい物を買い集めていく。
「はは、なんつーか俺らって極端だよな、もっと上手くやれってツッコまれるだろうよ」
「こういうときぐらいは効率を意識しなくていいんですよ。気になった物を買って食べる、冷めてからじゃもったいないですから」
「ならさっきの場所に戻って食べるか」
「はい」
とかなんとか言ったくせに焼きそばを食べたところで満腹になってしまってなんとも言えない気持ちになった。
それこそもっと上手くやれとツッコまれてしまう、とはいえ心配されるよりはマシか。
「さっきの話だけどさ、少し不安なのは最悪泊まってもらわなきゃいけない可能性があることなんだ。結構不安定なところがある人だから夜はどうなっているかはわからない、昼みたいにテンションが高ければそれはそれで興味を持つからな。まあ、今回みたいなのが初めてなのもいけないんだ」
どうせならテンションが高くて時間が長引いた方がいいかな。
不機嫌な状態だと怖いし浴衣を借りておきながらマイナス寄りの感情を抱きたくはない。
今後会うにしろ会わないにしろいい人、優しい人という感想しか出ないのが一番だ。
「情けないけど俺、ここまで女子と二人きりで過ごしたこととかなかったからさ。藤嶋が勝手に集まりに連れてきて一緒に遊ぶなんてことはあったけどやっぱりそれとは違うんだよ」
「そうですね、こんなに男の子と二人きりで過ごすのは私としても初めてのことですよ。ましてや、相手のことを名前で呼ぶなんて特にそうです」
「あ、悪影響とか与えていないよな?」
「悪影響……これは恭介先輩のせいではありませんがすぐに調子に乗るようになりましたね、ご迷惑をおかけしてすみません」
今日は脱線させたがる日のようだった。
よかった点は話に夢中になったことでなんとかたこ焼きも食べられるレベルにまで回復したこと、だけど無理やり叩き込むのももったいないからこれは母へのお土産にすることにした。
当然、一品だけではこちらが気になるので彼が食べ終えてからまた買い集める旅に出かけたのだった。




