05
みんなにこにこ笑みを浮かべて楽しそうだった。
それでも実際は羽原君をそのままにして大丈夫なのか心配している先輩と、先輩を取られそうになって焦っている増井先輩と、好きな人やお友達と一緒にいられている一人だけ幸せな絵夢ちゃんの集まりだからどちらかと言えばマイナス寄りだ。
その中で一番余裕がないのはやはりというか彼だった、もう構ってもらおうとしすぎて逆に放置され気味だ。
「もう少し上手くやることはできないんですか?」
「羽原と盛り上がりすぎだろ、元はと言えば藤嶋が無駄な警戒をしたことで始まったことなのに楽しそうにやりやがって」
「表面上だけでも楽しそうならそれでいいじゃないですか」
自分が呼びだしたのに不快な気持ちにさせたくなんかはない。
どうせ放っておかれているなら問題もないだろうから彼の腕を掴んで少し離れた。
「大体、青戸だって藤嶋が好きなのに目の前でさも前々からいますよみたいな感じで話しているのもどうなんだ?」
「事実、昔から一緒にいますからね」
「それは小牧もそうなんだろ? なのになんで参加しないんだよ」
「だって藤嶋先輩に満足してもらえないと失敗になってしまうじゃないですか、だから満足するまで自由にやってもらえばいいんですよ」
「あ~! 気に入らねえ!」
彼を連れてきたのは先輩だから私がどうこうできたわけではないけど呼んだのは失敗だった気がする。
でも、同性の男の子のためにここまで荒れているとなるとやはり妄想ではなかったのかもしれないなんて考えになった、怒られるだけだからそんなことは言わないけど。
「もういい、どうせここにいても意味はねえからなにか食べにいこうぜ」
「それならちゃんと言ってからにしないと」
「やってくるから先にいっててくれ」
別行動をしたらそのまま一人になりそうだったから待っていることにした。
先程の荒れた感じはなんだったのかと言いたくなるぐらいには平和に終わらせて「よし、いくか」と彼は歩き出した。
「なにを食べるかなー」
「切り替えが早いですね」
「だって小牧が悪いわけじゃないからな、小牧はなにを食べたい?」
「ハンバーガーとかですかね」
「お、ならそれでいいな、俺も久しぶりだから悪くない」
あ、なんかそういうことになってしまった。
別に彼の食べたい物が食べられるお店でいいと言っても聞いてもらえず、本当のところは怒っていそうだったけどこれも怒られるから言わなかった。
休日ということでお客さんは多かったものの、座れない程ではない点がよかった、最近はわざわざ車から降りたくないのかドライブスルーを選択する人が多いおかげだ。
「しっかし、羽原は藤嶋みたいな奴だな、そりゃ青戸だって気に入るわけだ」
「増井先輩も仲良しになってみんな気分がいいまま解散が一番でしたけどね」
それよりハンバーガーなんて久しぶりに食べたけど美味しい。
大きく口を開けなければいけない点は微妙だとしても味は本当にいい、選択は間違っていなかった。
いやなんかお友達がいないなりにお昼に食べにいくのならこういう物を食べるのではないかという考えになったのだ。
「裏で仲良くする分にはどうでもいいけど目の前で楽しそうにされたら嫌だ」
「はは、子どもですか」
「まだまだ子どもだよ、というかこの点に関しては小牧の方がおかしいんだぞ」
おかしいとは。
ポテトの方も美味しく完食して塩気で乾いた喉をジュースで潤せば完璧だ。
「さ、戻りましょうか」
「嫌だ、戻らないぞ」
「それならどうするんです? 特にいきたいところとかもないですけど」
最近はお金を使いすぎているからなるべく避けたかった。
多分、みんなでお昼ご飯を食べていれば食べ終えた時点で解散になっていただろうから伸ばされてもそれはそれで困るのだ。
あとはやはり羽原君を誘ったのはこちらということで戻らないという選択はできない、求められていないとしてもだ。
「なんとか出してくれ、一つぐらいなら買ってやるから」
「もうあまり意味もないですけどちゃんと最後までいさせてください」
「……なら今度聞いてもらうからな」
はぁ、だから意地を張る相手を間違えすぎているのが彼だ。
戻ってみたらもう誰もいないなんてこともなくほとんど同じ形で盛り上がっていた。
だけどなんか食べたみたいなので移動したことはわかる、そこから誰もお家に移動しようとしないのはよくわからないけどありがたいことには変わらない。
「小牧おかえり、なにを食べてきたんだ?」
「ハンバーガーかな」
「お、そうなのか、俺達もコンビニで適当に買って食べたぜ」
「誘ったのに中途半端なことをしてごめんね」
「気にすんなよ、ちゃんと戻ってきてくれたらそれでいいんだ」
ただ羽原君も羽原君で通常運転すぎても困るというところだ、誰にでも優しくできるのはいいことだけどね。
「おい、いまドキッとしなかったか?」
「ある意味ドキッとしますね、また増井先輩が荒れ出しても困りますので」
「お、おい、なんか段々と煽るようになってきてねえか?」
「そうでもありませんよ、私が頑張って冗談を言ってみただけです」
この人の中には先輩しか存在していないしお友達ではないのだから冗談なんて言い合える仲ではない。
だから安心してくれていい、今日はたまたま緩んでしまっただけだから。
「お邪魔します」
課題なんか早めに終わった方がいいということで夏休み初日に絵夢ちゃんのお家へ。
珍しく絵夢ちゃんの方から誘ってくれたからそのまま甘えたことになる。
「羽原君ってやっぱりすごいわ、だけどついつい話しすぎてしまって恥ずかしいわ……」
「藤嶋先輩が一番話していたから大丈夫だよ」
「そうだといいけど……って、今日はお勉強よね、頑張りましょうね」
後回しにすればするほど自分が困るだけだから自ら脱線させたりはしなかった。
ちらちら見ることもしなければそもそもの集中力の高さは彼女の方が上だからこちらも同様だ、だからあっという間に約三時間ぐらい時間が経過した。
「少し小腹が空いたわね、でも、もう十六時なのが……」
朝からにすると間違いなくご飯のことで迷惑をかけるから十三時からにしたけどそれも少し考えなしだったかもしれない。
「ま、まあ、たまにはいいわよね。お菓子を持ってくるわ」
「無理をしなくても」
「い、いいから待っていてちょうだい」
十七時になる前には帰るつもりでいたからお菓子を食べつつ後は緩くお喋りをして解散、というところか。
これだったら最初から私のお家でやることにいてお昼ご飯も込みで朝から集まるべきだった。
「じゃ、じゃーん、お菓子と藤嶋先輩よ」
「もしかしてずっといたんですか?」
「ううん、いま来たんだ、増井が荒れてて流石に耐えられなくなってね」
だったら少しは表情を変えたらいいのに。
この人の笑みは嫌いではないけど微妙な状態のときにも無理をして笑みを浮かべないでいいと思う。
まあ、彼女に会えたから自然と笑ってしまっているだけなのかもしれないけど……。
「じゃあこれで――なんで藤嶋先輩が止めるんですか?」
「僕が望んだ結果だからかな」
「あ、私はいますぐに出て増井先輩を止めてこなければならないので失礼します」
冗談ではない、冗談でも変な風にしてほしくはない。
中途半端にしたら怒ると言ったのになにも届いていなかったみたいだ。
それと出てすぐのところで増井先輩に会えたのもそれはそれで複雑だった。
「なるほど、青戸の家に逃げたのか」
「増井先輩にはもっと頑張ってもらいたいです」
「そうしたいところだけど飄々と躱すからな」
彼が負け続けるようなら――あ、いや、だけどその場合は二人きりになれることも多いわけだから……。
個人的には荒れてほしくないから先輩と過ごしてほしい気持ちと、絵夢ちゃんに先輩と過ごしてほしい気持ちがごちゃごちゃになって難しくなる。
だから私にできるのはここぞというタイミングで離れることだけだと言える。
「それよりも、だ、なに遠慮をして先に約束をしていた小牧が出てきたんだよ、そういうのはよくないぞ」
「邪魔をしたくないんですよ」
「青戸だっていつだっていちゃいちゃしたいわけじゃないだろ、しかも誘ってきたのは青戸なんだろ? だったら堂々といてやればいいんだよ」
当初の目的であるお勉強、課題をやることは守れたし……やっぱり長くいるつもりはなかったし、というところ。
先輩があのまま来ないで十七時頃になったら「ね、食べていきなさいよ?」なんて言葉に負けていたに違いないのだ。
うん、そういうのもあって先輩には困りつつも助けられていることも多いというのが本当のところだったりもする。
「増井先輩もそうですけど藤嶋先輩も何気にいい人ですよね」
「俺はともかく藤嶋はそうだな」
「絵夢ちゃんが少し羨ましいかもしれません」
なんて馬鹿なことを吐きつつこちらもお腹が空いてきたので帰ることにした。
夏休み初日ぐらいゆっくりお家で休むべきという考えもあったからいまから実行するのだ、夕方から寝るまでの時間だけでもまあそう悪くもないだろう。
「ただいま」
「邪魔しまーす」
と思ったけど課題の続きをやっていくことにした。
一度始めてしまえばすぐに切り替えられる、どうせ母が帰宅するまではもう少しは時間があるからね。
「ただいまー」
少しどころか十秒ぐらいの余裕ぐらいしかなかったけど一問分は進められたからオーケーということにしたい。
「静代、もしかしてこの子が?」
「そう、増井恭介先輩だよ」
「は、はは、初めまして」
「そう緊張しないで、だけど静代からすぐに断られたって聞いていたけど……」
「そ、そのときは忙しかったので、はい」
なんでそんな意味のない嘘をつくのか。
今日だって意地を張っただけで会うつもりは微塵もなかったことはわかる。
「なるほど増井君、ね、よろしくね」
「ふぅ、よろしくお願いします」
「突然だけどこの後って忙しかったりする? そうでもないならいまからご飯を作るから食べていってほしいの」
お友達を連れてくるといつもこうなってしまう。
「いいんですか? それなら……」
「すぐに作るけど流石に五分とかではできないから静代の相手をしてあげてほしいの。この子ね、隠しているだけで本当はすぐに甘えたくなる子なのよ? 見ていないから細かくはわからないけど今日だって断られたことを気にしていた結果かもしれないわ」
絵夢ちゃんもすぐにご飯を作って食べさせてあげたくなるものの、あの子と違うのは余計なことを言うところだ。
こんな情報を知ることができたところでなんの、誰の得にもならないのだからやめてほしい。
なにが問題かって不満を抱いても二人きりになったときですら彼が文句を言ってこないことなのだ。
つまり発散できずに溜まっていくだけになってしまうからそうなる前に止めたいだけでしかない。
「あ、いえ、俺が勝手に付いてきただけなんです」
「あら? ふふ、ならこれは事故みたいなものかしら?」
「そうでもないですよ、小牧にはちゃんと青戸も俺もいるので安心してください」
彼も母に合わせようとしなくていいのに。
むかついたから彼の腕を掴んでリビングから出る。
「母の作戦にまんまと嵌まっているじゃないですか、もっと気を付けてください」
「なんでそんなに怖い顔をしてんだ? 事実、小牧の近くには俺と青戸はいるだろ」
「それは……そうかもしれませんけどいちいち宣言する必要はないかと思いますが」
それこそ甘えたがりなところだってバレバレなのだから裏ではどうかなんて言われなくても想像できると思う。
大体、母が帰宅するまでは二人きりだったのに私が嫌がっていなかった時点でわかるだろう。
流石に二倍ぐらい生きているだけあって鋭いのだから、絵夢ちゃんのことだって当てるのに娘のことがわからないわけがない。
「なんでだよ、安心させてやりてえだろ」
「別に母は私が絵夢ちゃんとしかいられないときでも『そっか』って安心して――」
「あとその俺の前では絵夢ちゃんって呼ぶのをやめろ」
「別にいいじゃないですか、増井先輩のことを裏では名前で呼んでいるのに母の前でだけは増井先輩なんて呼んでいるわけではないんですから」
そんなにえっちゃんと呼びたいなら自分で頑張ればいいと思う。
あ、必死に先輩といようとしたのもそういうことか、本当は自然と絵夢ちゃんといられる先輩に嫉妬していたとか……いや、なんだって可能性がないわけではないだろう。
ちゃんと見て連れていってあげないと結局勇気を出せずに終わってしまいましたなんてことになりそうだから夏休みは頑張らないといけない。
「それいいなっ、よし、俺のことを名前で呼んでくれよ」
「連絡先を交換することと他の日もこうして遊んでくれるならいいですよ」
「わかった、なら約束な。さあほら」
「恭……」
これからこの人のために動くのに自分だけ名前で呼んでいたらアホではないだろうか、周りから見たら勝手に名前で呼んでいる哀れな後輩でしかない。
「やっぱり名前で呼ぶのはなしにしませんか、それだと矛盾してきてしまうんですよ」
「矛盾?」
「だって藤嶋先輩や絵夢ちゃんと一緒にいられるように協力しようとしているんですよ?」
「はあ? じゃあ連絡先云々とか遊びたいとかは小牧の意思じゃねえのかよ」
「いえ、一緒にいないと協力もできないので言わせてもらいました、つまり私の意思ですよ」
誰かに操られたり、〇〇と言えと脅されているわけではないのだから私以外は関係ない。
「はいはい、そんなことはどうでもいいから早く名前で呼べ」
「ならせめてお互いにじゃないと……増井先輩相手に一方的に頑張っている人間みたいに見えるじゃないですか」
「は!? い、いやいやっ、俺は言うことを聞くかわりの条件を出しているだけだからな!」
哀れな感じになるぐらいなら数日の登校日以外は引きこもっていた方がマシな気がする。
だって名前で呼んだら他の日も集まるわけだし名前で呼ぶ機会なんていくらでもできるだろう、その度に複雑な気持ちになるのは確定しているのだから。
「ならこの話はなかったことにしてください。うん、いい匂いがしてきましたね、リビングに戻りましょう――かっ!?」
止めたいからって思いきり引っ張るのはやめた方がいい。
「二人とももうご飯ができるわよー……って」
「ち、違いますっ、決して変なことをしようとしていたわけじゃ!」
「どうりで静代が言わないわけだわ、ここまで進んでいることをこれまで隠してきたのにいきなり言えるわけがないわよね」
ああ……それでも彼が全て悪いわけではないか。
なんで今回は合わせておくことができなかったのか。
名前で呼ぶことなんて簡単にできたのにこれだ。
「恭介先輩、すみませんでした」
「お、おう」
「さあほらお母さんも早く戻ろうよ、お腹空いた」
「主に静代が出ていったせいだけどこれ以上は言わないわ、食べましょう」
珍しくご飯の時間なのに心臓が落ち着かなかった。
急だけど夏でもこうなることがあるから冬にこんなことが起こらないようにしたかった。




