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(四)

 駆け足で里に戻った一行は実介を両親に預けて伝造の家に集まった。

「そうか。残ったのはこれだけか……」

 報告を受けた伝造は重い口調で言った。

「来たぞ!」

 見張りの男が家に入って来て叫んだ。

 由衛吉や住民達は森から来る四手怪(してげ)の群れを見て身構えた。

 その中に実介と交わっていた四手怪の姿があった。

 他の四手怪より二回りほど大きい姿に変わり背中には骨状の翼を広げていた。

「あれがやつらの親玉か」

 伝造が呟いた。

 翼のある四手怪がその翼を震わせた。奇妙な音が辺りに鳴り響いた。

「う、うわあ!」

 住民達が悲鳴を上げてうずくまった。

「どうした!」

 黒狩が叫んで辺りを見渡した。住民達には平気な者もいてうずくまっている者に寄り添って声をかけた。

 うずくまった住民達の背中が盛り上がった。

 黒狩はハッと気づき「そいつらから離れろ!」と叫んだ。

 うずくまった住民達が悲鳴をあげると背中から細い手が伸びた。

「あんた!」「与四郎!」

 平気な家族が身内の名を呼ぶ声があちこちで響いた。

「水の力を濃く授かった者が化け物に変わるのか」

 黒狩は状況を把握すると「無事な者は今すぐ逃げろ!」と叫んだ。


 その時、背中から刀を抜く音が聞こえた。


「ん!」

 黒狩は振り返って短剣を構えた。

 四手怪になった由衛吉が刀を構えて佇んだ。

 二人は睨んだまま間合いを取って隙を探った。

 周りでは四手怪になった住民が無事な住民を襲った。

 女子供は悲鳴を上げてその場に倒れていった。

 住民を殺した四手怪達がゆっくりと二人の間を取り囲んだ。

 先程まで四手怪の寝床に同行した男達も変わり果てた姿で二人の戦いを見守った。

「ギーッ!」

 奥にいた四手怪が悲鳴と共に崩れた。

 その合間を駆け抜けて黒狩の隣に忍装束の痩せた女が立った。

「なんだ燕(つばめ)か。今まで呑気に見物していたのか」

 黒狩はニヤリとした。

「別にあんたと組めとは言われてないからね。暇だから様子を見ていただけさ。それにしても楽しそうじゃないか。もう力は使い果たしたのかい」

「ああ、あと一振りだ」

「じゃあ、あの親玉を倒すのに取っときな」

 燕は両手に短剣を持ち由衛吉に向かった。由衛吉は刀を振り下ろした。燕はとんと跳ぶと由衛吉の頭を飛び越えて背中からめった刺しにした。

 由衛吉は「ぐわっ」とその場に跪くと背中から伸びた手で燕を掴もうとした。

「その仕掛けはもう見ちまったからね」

 燕は伸びた手を振り払い由衛吉の正面に立つと頭を刺した。

「やつの急所は胸だ」

 他の四手怪と戦っている黒狩が叫んだ。

 燕は「はいよ」と由衛吉の顔を蹴り上げて胸に剣を刺した。由衛吉は仰向けに倒れた。

 その後ろから伝造の四手怪が飛び掛かった。

「やるね。爺さん」

 伝造の刀さばきは素早かった。刀が燕の耳の上をかすめ髪がしゅっと切れた。燕は後ずさりしてその場にひざまずいた。

「こいつの相手は俺がやる。お前は残りの雑魚を」

 黒狩が言うと燕は「わかったよ」と他の四手怪と戦った。

「忌々しき黒泉の忍よ」

 伝造が低い声で話した。

「ほお、その姿で話せるとはかなりの強者だな」

 黒狩が伝造を睨むと伝造は微笑んだ。

「人非ず力でわしらを倒してもこの世の人非ず者達がお前らを殺すだろう。力がありながらお上の飼い犬に成り下がる愚かな者達よ」

「元々化け物に好かれやすい性分でな。困ったもんだ。だが化け物を抱くのはごめんだ。抱くのはいい女と決めているんだ。それにお上の飼い犬ってのも悪くないぜ」

「減らず口を叩く余裕があるか。まあ良い」

 伝造が刀を前に構えた。

 黒狩も背中の刀を抜いた。

 ひと息分の沈黙の後──

 お互い黙ったまま刀を振り動きが止まった。


 伝造の胸に刀が刺さり、黒狩の装束の脇が切り裂かれた。


「ふっ、さすが人非ず者だ……」

 伝造が息を荒げながら倒れた。黒狩は「くっ」と左手を押さえた。

「おい、大丈夫か」

 四手怪となった住民を倒した燕が黒狩に駆け寄った。

「ああ、だが左手は無理だ。あとは右手だけ。しかしあいつらを倒すにはちょっとばかり辛いな」

 黒狩は森の入口で佇む四手怪達を見て呟いた。

「あたしも足の力を半分使っちまったからね。でも雑魚はやれるよ」

 燕は両足をさすりながら言った。

 森にいた四手怪が四つん這いで走って来た。黒狩と燕は走った。


 燕が素早い動きで四手怪を倒している内に黒狩が女の四手怪の前に立った。

 女の四手怪は微笑んだ。

 筋肉が盛り上がり背中の骨状の翼に薄い膜が広がって顔が膨れて牙が生え、まるで翼が生えた大きな蜘蛛に変わった。

「それがお前の正体か。蜘蛛の化け物だな」

 黒狩は身構えた。蜘蛛が突進した。黒狩はよけて翼に切りつけたが手応えはなかった。

 黒狩は何度も切りつけたが蜘蛛の体に傷をつけられなかった。

 黒狩は肩で息をした。

「いくよ!」

 燕が高く跳んで蜘蛛の後頭部に蹴り入れた。

 その隙に黒狩が顔を刺してすぐに刀を引き抜いた。

 蜘蛛が抵抗して黒狩はかろうじてよけた。

「くそっ、硬い」

 ひるんでいる間にも四手怪が次々と森から現れてきた。

 燕は「きりがないな」と戦いながらぼやいた。

「一か八か」

 黒狩は右手に力を込めた。右手が赤黒く腫れた。

 刀を振り下ろすと風が起き蜘蛛の顔から胴体まで切り裂いた。

「そこだ!」

 燕が両足で短剣を挟み宙返りしながら体の裂け目に切りつけた。

 蜘蛛の体は縦に真っ二つに裂かれて倒れた。

 四手怪の動きが止まった。

 黒狩は右手を押さえて立ち上がった。

「お前達の主は死んだ。寝床に帰るんだ」

 黒狩が叫ぶと四手怪達はのろのろと森へ帰った。

 家で寝ていた実介も四手怪となって森へ歩いて行った。

「どうしてこんな事になったんだ」

 村の惨状を前に燕は呟いた。

「恐らく女の四手怪が子供を作りたい為に里の男をさらうつもりだったのだろう。人間と交わって子供を作る時が来たってところか」

 黒狩が静かに答えた。

 逃げようとした住民達は全て四手怪に殺されて実介の行方はわからなかった。


 里を出た二人は山のふもとの宿場町に泊まった。

 黒狩は今回の騒動を書状に綴り燕に元締に渡すように頼んだ。

 燕は翌朝早く宿を出た。

 黒狩は昼過ぎに宿を出て町でひと時の休日を過ごした。袖から見える肘先は黒かった。

 数日後、隠れ里を含む山は幕府の命で立ち入りが禁じられた。

 四手怪の寝床は幕府の監視下に置かれた。

                                     (了)

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