(二)
四手怪(してげ)は頻繁に現れ、里の忍者と小競り合いを続けて住民達は不安の日々を過ごした。
そんな中、実介は毎晩のように森の小川で謎の女と交わった。
ある日の午後、沢山の四手怪が里を襲撃した。
「今までの奴と違うぞ」
住民が叫んだ。それは緑色の目で人の顔をしていた。実介も住民を襲う四手怪を刀で切りつけた。四手怪は実介を見てニヤリと笑った。
「こいつ、笑っている」
実介はひるんだ。にやついた顔は実介に似ていた。
「どうして俺に似ているんだ」
実介が訊くと四手怪は何も答えずに他の住民を襲った。四手怪達は実介を見ても襲わなかった。
「こんなに多いとやられる」
由衛吉は呟いた。人面の四手怪に忍者達は苦戦した。由衛吉に二体の四手怪が襲いかかった。
「こざかしい」
由衛吉は刀で四手怪の顔を刺した。片方の四手怪がその刀を持ち肩から伸びた両腕で由衛吉の首を絞めた。
「やめろ!」
実介が四手怪の両手を刀で切りつけた。四手怪は痛む素振りを見せずに実介を睨んで逃げた。
「すまん。向こうを頼む」「はい」
由衛吉の指示で実介は畑にいる四手怪達の方へ走った。
由衛吉に別の四手怪が襲いかかった。
由衛吉の目の前で四手怪が背後から胸にかけて刀で貫かれて倒れた。
そこには旅人姿の見知らぬ男が立っていた。
「胸を刺せ」
男が叫ぶと周りにいた忍者達が四手怪の胸を狙って突き刺した。四手怪は次々と倒れた。残った四手怪は逃げて行った。
傷を負った者達は家族に抱えられて家に帰った。
「助かった。礼を言う。そなたは何者か」
由衛吉が訊くと男は、
「名は持たぬ。黒狩(くろがり)と呼んでくれ。ここの長と話したい」
と不愛想に答えた。
伝造の家に由衛吉と手下の男達が集まった。
「それで話とは」
伝造が怪訝な表情で訊いた。
黒狩が言うにはこの里の山には人の能力を高める地下水があり、そのせいでこの里に人並み外れた能力を持つ者が生まれた。中には人間としての姿を保てない化け物が生まれ、それが山奥に隠れ住んで子を生んで世代を重ねるうちに強力な化け物が生まれたとの事だった。
「確かに我々は身軽な忍の者として暮らしておる。それが山の水のせいだと言うのか」
「そうだ。ここの水を飲んだ者が子を生むと奴らのような化け物が生まれる。もちろん全てではない。現に普通に暮らしている者達がいるだろう」
話を聞いた男達はざわついた。
「そなたの両手の黒さ。黒泉(こくせん)の忍の者か」
伝造が淡々と訊くと黒狩は右手の袖をまくった。肘から下が黒く痣というより黒い炭で塗ったかのように均等に黒かった。
「噂で聞いた事がある。生まれた子供を黒い水が湧く泉に入れて力を授かる忍がいると」
「我々の代が泉から授かった力を持つ最後の忍。それと似た力のある忍が住む隠れ里があると聞いて調べていた。誰とは言えないがお上からの命でな。どうやら我々の里の泉とは似て非なる物のようだ」
黒狩は伝造に淡々と答えた。
「それでどうするのだ」
由衛吉が神妙な表情で訊いた。
「あの化け物、肌が柔らかく動きが鈍かった。最近生まれたようだ。あの顔に見覚えがないか」
「顔……そういえば実介に似ていたな」
「そいつに話を聞きたい。連れて来てくれ」
黒狩が由衛吉に言うと由衛吉は手下の男に連れて来るように言った。
程なくして男が帰って来た。
「実介がいません。森へ行ったそうです」
「まずい。今すぐ連れ戻せ。恐らくそいつが奴らの親だ」
黒狩が強い口調で言ったが皆、理解できなかった。
「親とは?」
伝造が訊いた。
「人の顔を持った化け物は人と交わって生まれたのだ。奴らは親を襲わない。子供を生ませる為にな。放っておくとまだ増えるぞ」
黒狩の答えに由衛吉は驚き「今すぐ探せ!」と男達に叫んだ。
手下の男達は足早に家を出た。
「何と言う事だ」
伝造は暗い表情で呟いた。
「もう遅いかも知れんな」
黒狩は他人事の様に呟いて淡々と酒を飲んだ。
空が夕暮れに染まる中、里の者も入らない山奥を実介は歩いた。
自分の顔を持つ化け物が現れたのに困惑してその原因に身に覚えがある罪悪感から里にいられなくなった。
山道のない茂みに女が立っていた。女は誘うように実介を見て微笑んだ。
「お前があの化け物を生んだのか」
実介の問いに女は答えず近づいて実介を抱いた。
「やめてくれ!」
実介は抵抗したが女の柔らかい胸に顔が埋まるといつものように性器が硬くなった。
周囲の茂みから実介の顔をした四手怪が次々と現れた。
「見るな!」
例え化け物でも女と交わろうとしている姿を見られるのは恥ずかしく屈辱すら感じた。
四手怪達はじっと見つめた。その目つきに軽蔑や憐みを感じた実介はますます羞恥から涙を流した。
女はそんな実介の性器を自らの股間に押し当てて実介の腰を激しく揺らした。
実介はうわ言のように呻き女に精を搾り取られた。
事が済むと女は実介をぽいと投げ捨てた。
実介は体をくの字に曲がらせて黙ったままだった。その実介の裸体を周りにいた四手怪が抱えて更なる森の奥へ連れ去った。
「このまま待っておられん。四手怪の巣を探せ。守りの為に里には八人程残して女子供は外に出すな」
伝造は呟いた。
由衛吉は「はっ」と一礼すると外へ出た。伝造と黒狩の二人きりになった。
「黒泉の最後の忍と言ったが泉が枯れたのか」
「かなり前にな。水を桶に溜めて赤子を漬けても力は授からない。泉から直に湧く水でないと力は授からないようだ」
「その泉は長寿の噂もあったが」
「ああ、こう見えて俺もかなりの年だ。長く生きてもつまらないがな。それじゃ俺も探しに行く」
黒狩は立ち上がって外へ出た。
森に入った十人余りの一行はいつも四手怪が消える森の奥の茂みに着いた。
「ここで足跡が途絶えるのか」
黒狩が訊くと横にいた男が「ああ」と指を差した。
草がなぎ倒されているがその先の草は奥までずっと高く伸びていた。
黒狩は茂みを見て回って「う~ん」と唸って四つん這いになって地面を叩いた。
「まさか下に何かあるとでも」
由衛吉も地面を叩き回った。
そばにいた男が「落とし穴でもあるのか」とひょいと大きく跳ねた。
「ある訳ないだろ」「落とし穴なら継ぎ目があるだろう」
他の男達が呆れながら言っている中、男は「そうか?」とひょいひょいとあちこちを跳ね続けた。地面が小さく揺れた。
「あっ」
皆が叫ぶと同時に八畳程の広さの地面が背丈ほどの深さにゆっくり沈んだ。
皆が「うわっ」と叫んでしゃがんだ。くぼんだ先に横穴が見えた。
「どうしてわかったんだ」
由衛吉が跳ねた男に訊くと「まぐれだ」と笑って答えた。
一行は横穴に入った。落ちた地面が上がって塞いだ。
「どういう仕掛けなんだ」
由衛吉は振り返って驚いた。
穴の中は石が白く輝いて薄く明るかった。
「どうして石が光っているんだ」「知るか」
男達のひそひそ声が響く中、先頭を由衛吉と黒狩が黙って歩いた。




