絶対に冒険に出たくない転生勇者VS絶対に冒険に行かせたい妖精〜そんなことよりお寿司食べたい〜
「冒険に出たくない?」
最恐最悪の魔王が現れてから、世界は闇に包まれた。平和を取り戻すため、女神が異世界から勇者を呼ぶことになったのだが……。
転生は無事成功した。しかし、彼は与えられた家から出てこなかった。
彼を呼び戻すため、私、妖精ミモリーは勇者の家まで説得にやって来た。
「な、なんでなの?」
「いや、なんか別に俺が行かなくても良いかなって……」
ドア越しに開き直られて、思わずぶん殴りたくなる。
というか、目の前にいたらぶん殴っていたかもしれない。
良かったな、ドアがあって。
「あなた、勇者なのよ?」
「さっき言われたばかりなのでイマイチピンときてないというか……俺じゃなくても良いような気がするんですよね」
「ダメよ!勇者は女神様から選ばれし者。あなたしかいないの!」
「意外と他の人でもなんとかなりますよ、たぶん」
「たぶんって何?!」
「だって、大物司会者も大御所お笑い芸人も、テレビで見ない日はなかったのに、いざ不祥事を起こして居なくなっても、何事もなかったかのように皆振る舞ってるでしょ」
「……でも、最初は違和感あったじゃない」
「すぐ慣れます」
「魔王討伐をバラエティ番組と一緒にしないで」
やっぱり、ぶん殴ってもいいかな?
屁理屈ばかりの勇者にイライラが止まらない。
しかし、なんとかしてご機嫌を取らないと、女神様から叱られてしまう。最悪、クビだ。
女神直属になったことを、母は泣いて喜んでくれた。女手一つで育ててくれた母を悲しませるのだけは避けたい。
「選ばれし勇者なのよ?立ち寄る村という村で歓迎されまくり、女の子にモテまくり、仲間たちから慕われまくりよ?」
「うーん……でも人間って裏切るじゃないですか」
「そこはちゃんと信頼関係を築いておけば良いでしょ」
「高校の時、めっちゃ好き好き言ってきた彼女が大学生になったら、他の男に目移りしてやけに素っ気なくなって、ギクシャクして別れる、みたいなことあるあるでしょ」
「それは彼氏側が最初からそんなに彼女のことを好きじゃなかったんじゃない?」
「いや、僕はめちゃくちゃ好きでした」
「知らんがな」
めちゃくちゃどうでもいい。
そんなことより、はよ冒険行け。
「おっとり隠れ巨乳清純派ヒーラーとか、くっころ系ビキニアーマー女戦士とか無口クーデレ褐色盗賊娘とか、たくさん仲間にしてモテモテハーレム築きましょうよ」
「どうせ仲間にするなら、料理人がいいな」
「なんで?料理人なんて、8割オッサンよ?」
「おっさんで良いです。というか、料理が美味ければ何でも良いです。人は裏切るけど、美味い飯は裏切りませんから。あぁ、どうしても旅に出ろって言うなら……」
「すみません、女神様……勇者がどうしても旅に出たくないと言って聞かなくて……」
「その……寿司を握れというのです。全く、馬鹿馬鹿しいことを言うから困ったもので……」
任務は失敗。勇者の姿を見ることすらできなかった。
勇者が悪い。ワタシ、ワルクナイ。
そう主張したいのは山々だが、言い訳をするなと咎められかねないので黙っておく。
なんとか女神様のご機嫌を取ろうと、ははは、と愛想笑いを浮かべる。
女神様は無言のまま考え込んでいる。
怖い。
どうしよう。私、クビかな。
「握りなさい」
「は?」
「寿司を握りなさい」
私も食べたいので、とどこかから小声で聞こえた気もするけど多分気のせいだ。女神様がそんなこと言うはずがない。
「現世の寿司職人育成コースに願書を出しておきました」
なんで?
決定事項です、と言わんばかりの口調に、更に混乱する。
「寿司職人が独り立ちするまで、シャリ炊き3年、合わせ5年、握り一生と言います。しっかり修行して、美味しい寿司を握れるまで帰ってきてはなりません。それまで、こちらの世界の時を止めておきますので」
それ、と女神様が杖を振るう。辺りがキラキラと輝いて、ふわりと浮遊感を感じた。
そして気がつけば、巨大な建物の前にいた。看板には『寿司職人専門学校』と書いてある。
呆然と立ち尽くす。
お母さん。私、現世でお寿司握らなきゃいけなくなっちゃった。
これが新たな伝説の幕開けだと、今の私は知る由もなかった。
妖精寿司〜勇者の舌を唸らせて世界を救え〜
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