第88話 風を引いて声が出なくなりました。
「真打登場!!!」
感じた事の無い怒りに脳が焼き切れ、真っ白になった視界の中に現れた男は、全てを薙ぎ払う一撃を両腕で受け止め、アースドラゴンを殴り飛ばした。
「す、すごい」
今、冒険者界で一番勢いに乗っていると言われているタカヒロでさえ、簡単に吹き飛ばされたというのに目の前の男は受け止め、剰えその巨体を殴り起こしたのだ。
【剣の申し子】と呼ばれていたS級冒険者【救世主】以外、生まれてこの方格好いいと思わなかった。
だけど、今、私の前で命をかけて身一つで他者を守り抜いた男の背中は
格好良かった。
私達と違い【思考共有】が無いのに、完璧なタイミングで青黒い炎が龍を焼き、糞虫の合図でうちのロナが全力全開魔力砲撃を放ち…は、放ちぃーぃい?
発射音さえも置いていく必滅の紫苑が、アースドラゴンの胸を貫き、そのHPを削り散らかす。
感じた事の無い魔力の昂りを、見た事の無い高密度でド太いド根性破壊光線を目の当たりにし、目玉が飛び出そうになる。
「あの子1人で倒せたろ……」
同じことを感じるのが嫌とかそんな次元では無い。
同感です。
「私もこんな威力見た事ない……」
遅いくる暴風に前髪を上げられた私たちは、目の前の圧倒的な暴力を前に固まる事しか出来なかった。
『ダンジョンボス:アースドラゴンを討伐しました』
『マスヤビルダンジョンを踏破しました』
そんな事よりも何よりも髪の毛が、髪の毛が真っ白になっている、ですって!?
長年伸ばし続け腰まで伸びた髪の毛。
死ぬほど気を遣って手入れし続けた私の命。
【楽業】としてパーティーを組む際、メンバーカラーとしてインナーカラーを入れる時だって、死ぬほど躊躇した相棒。
それが何故、真っ白に!?
しかも赤いインナーカラーだけは健在ってどうして?
戦闘が終わった事を告げるアナウンスが流れ、緊張の糸が千切れ消えた私の頭は、内外共に真っ白で不思議と口角が上がり笑みが溢れた。
人間限界を迎えると笑いが込み上げてくるんだな。
初めて知った。
「こわっ! 何ニヤけてんだよ。なんか企んでんだろ?」
デリカシーという概念を備えずに生まれてきてしまったであろう糞虫がドン引きしている。
「べつにー、あんたの事なんかで私の脳みそ働かせるわけないでしょ。お姉様の事考えてたんですー」
ほんの少しだけ、ほんの少しだけだけど糞虫に対する憎悪が和らいだ気がした。
◯●◯
「もう離さない」
先ほどまで黒い髪だったのに、何故か真っ白になったラナの髪の毛はインナーカラーの紫色により、全体的に薄紫色に見える。
「いやちょっと困るんだけど!? 仕事の挨拶もあるし、怪我した人の救助とあるでしょ!」
「いや、絶対離さない」
カズキの左腕に纏わりつくラナは、死んでも離さないと言わんべきか、このまま放っておくとホームまで着いてきそうな勢いだ。
「だれか! 【楽業】のひとー!」
そんな場合では無い。
今回のボス戦で負傷したタンク7人や、思い切り吹き飛ばされた魔剣持ちのヒロスケ? を、すぐにでも病院に運ばなきゃいけないこの状況下なのに、この子は何を考えているのだろうか。
これが恋、人をダメにする可能性を秘めた毒であり、人を成長させる可能性を秘めた秘薬である。
助けを求めるが誰も来ない。
「早く救助しないと後遺症が残るかもしれないだろぉーぉお?」
「大丈夫だよ。もう皆んな応急処置したから後は病院で見て貰えば後遺症なんて残んないよ」
とんでもなく鼻高々に仕事してきたぞ顔のユキが、全員の応急処置を終わらせたのだ。
何でだろう。
こういう時だけ、本当にこういう時だけどこに出しても恥ずかしく無いくらい、しっかりとした聖女様をしているユキ。
回復魔法で重傷者の応急処置を迅速に行い、笑顔を振りまくユキは俺の知っているソファの寄生虫では無い。
「なんか、不服」
「そんな美少女に腕組んでもらってんのに何言ってんのさ」
猫被り聖女様モードのユキは完璧だ。
たしかに今、俺の右二の腕に幸せの温もりを届けてくれている薄紫の女の子は美人だ。
しかし、美少女体制の高い男、カズキにはあまり効果は見られない。
「可愛ければいいってもんじゃないだろ」
「とりあえず挨拶に行かないとな」
「そうね」
白い仮面をつけたパーティーの元に向かう。
「この度はレンタルして頂き誠にありがとうございます」
「こちらこそありがとうございました。我々も【青空】の皆様から得るものがありました。今回は特に」
起伏のない声で真っ白な仮面の下から返答する【蒼白】のサクは、何を考えているのか全くわからない。
あの時、カズキ達の加勢を止めた理由を問い詰める事を考えたが、何を言っても無駄だと判断し挨拶を済ませた。
「またのご利用をお待ちしています」
硬い緊張が走る最後の挨拶の間も無言で離れない、この女の子は狂っているのだろう。
それよりも何よりもだ。
【楽業】元に向かい大事な事を伝えなければいけない。
タンク職のルナを救急車に乗せ、見送った後のラナの元に向かった。
「ちょっと話あんだけど」
「なに? 今12文字喋ったから、あと私に18文字以上喋ったら殴りかかるから」
「こわっ!? 30文字以上喋ったらダメなのかよって!? 本当に殴るバカがこんなとこに潜んでるとか、俺の右手に強制装備されたコレといい【楽業】の品性狂ってんだろ!!!」
「なんで私らの品性がこれ如きで下がるのか理解できないんだけど、てか早く本題に入れ糞虫」
「本題に入りたいんだけど、殴る手を止めてくんないかっ!? 逆に何でそんなに平然と人の顎狙ってくんだよ泣き虫!」
本題に入る事を薦めるラナは、その言葉とは裏腹に両拳を交互にカズキの顎に向け振り抜いていく。
その速度は少し気を抜けば確実にカズキの顎に当たり、脳みそを掻き乱すであろう。
正直右手に変な子がいるせいで、そこそこ本気を出して交わしているいるのは黙っておこう。
「なんかダンジョンにいる時より動きいいなおい! ここに18時集合で」
拳の連撃から逃れながらカズキはカードを投げ飛ばした。
それは勢いよくラナの頬を掠め、後ろで白い目をしているリナがキャッチした。
「なにこれ、ショップカード?」
「ああ、そう。そこにきて、もうこれ以上長く泣き虫と関わり合いたく無いから、また後で! 予約はしとくから安心してー」
「あ、ちょっと! まだ行くって…言ってないのに。ラナがいじめるから行っちゃったじゃん。それにロナも最後まで離さなければ良かったじゃん」
「ごめん、アレの顔見てるだけで体が反応しちゃうんだよね」
「もう変な発作じゃん……ん? 手をわきわきしてどうしたのロナ」
「急に感触が無くなった……どうやって逃げたかわからない。次までに対策考える。」
「あー、そう」
先ほどの無意味な争いを見ていた時同様に白い目に戻るリナ。
そのツインテールの頭部はラナやロナ同様に真っ白で、インナーカラーの青色に影響を受け水色っぽくなっていた。
もちろん今、治療のため病院に搬送されているルナの三つ編み頭も、付き添いで一緒に救急車に同乗しているレナのボブ頭も真っ白に色が抜け、各々のインナーカラーである緑と黄色に影響を受けていた。
どうして髪の色が変化したのか、当の本人たちも全く理解できていないのであった。
◯●◯
アースドラゴンが討伐されてから数分後の事だ。
S級ダンジョン【東京】にある建物内部、冒険社【アース】の東京支部で黒ぶちメガネに白衣の男 ゴウキが興奮気味に報告をしていた。
「社長! 当初の目的とは違うにしろ最高の結果が出ましたよ!!!」
両腕を上げながらゴウキは息を荒げながら続けた。
「【進化】こそはしなかったものの、彼女ら【楽業】は進化した! あの【思考共有】なんてクソスキルで繋がり、互いの感情を増長しあい爆発させ、ついにスキルを進化させたんですよ! まあ【魔剣】とか言われて崇められている侵略者や、社長からの圧倒的な援助が触媒になり、ついに、ついに壁の向こう側に至ったんだ!!! やっぱ感情が人間を心んかさせるんですよ!」
息継ぎをする事なく大声で報告を終えたゴウキは、肩を大きく揺らしながら酸素を全力で補給している。
「何故スキルが進化したと判断したのだ」
初老の男の、社長の問いにゴウキは答える。
「まあ多少無茶はしましたが、僕のハニーの器の1つに【鑑定】的なスキルを持たせました。まあ今回で右目が爆発したから、あと1回しか鑑定できないのが残念極まりない! ハニーも手伝ってくれてありがとう!」
「大丈夫よあなたの為だもの」
白い仮面に白い服装、女口調の屈強な男性に向かい、ゴウキはハートを全力投球した。
「そうか。次の報告を待っているぞ」
「わかりました! 次はもっと大胆に行こうかと思ってるんで、楽しみにしててください!!!」
S級ダンジョンのどこかで目的の為に、蠢くEの砂がまた少し広がり、次の一手を高らかに宣言した。




