第9話 桃色の美少女と合鍵
こんにちは。
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よろしくお願いします。
「名前はどうしようか」
「え?なんか言った?」
勢いよく開かれたカーテンがレールと擦れる音を放ち壁に激突する。
ベットに横たわっているカズキとカーテンの間に現れたのは、桃色の髪した美少女ではなく初老を迎えたふくよかな保健女医だった。
「いえ何でもないです。ごめんなさい」
ついついハードな現実から目を背けて、妄想の世界へ旅立とうとしていたのだった。
桃色の髪をした美少女なんて存在すらしない。
どんな結果になろうと引き戻してくれた事は感謝するが、インパクト絶大な保健女医の顔面をしばらく忘れられない気がしてゲンナリする。
「はぁ、課題は山積みだな」
スライムとなってしまった身体の調査やコントロールと、課題が大量にある事に頭を抱える。
「だから何!?」
「すいません!何でもないです!」
先ほどよりも勢いよく開けられたカーテンの隙間から、保健女医がイラつきを露わにしながら面積のある顔を出す。
反射で謝ると舌打ちを残し、インパクトの有る顔面はフェードアウトしていった。
なんだかカーテンレールにまで「いい加減にしろ」と、怒れれている気がしたので心の中でも謝っておいた。
次に独り言を呟いたら首を折られるかもしれない。
心の中で今後のことを考えていく事を、強く決心したカズキであった。
その手の中には午前中取り込んだ消しゴムが、取り込む前と何ら変わらない形のまま握られていた。
食べ物以外は消化出来ないのか?
◯●◯
目標
それは目的を達するために設ける道標。
「こうしたい!」、「ああなりたい!」、「だからこうしよう!」を掲げることで、目的への過程という道のりを示し、迷わず進める様にするのが目標である。
「スミ姉と一緒に戦って認められたい」
今やファンクラブが設立され、世界中から注目を集めまくる想い人。
彼女に認められる為に作り出した道標を辿り続けている男は、目的を見失いかけていた。
バチュん
聞き慣れた。いや、もはや聞き取れなくなるくらい聞きすぎた音。
ごく自然に行える様になった日課のおかげか、体内時計の正確さが人間のそれを逸脱したカズキは、夢遊病の様に起き上がりスライムを踏み潰していた。
ズズズっ
今まで聞いたことのない音を立てる。
それはカズキがスライムを吸収する音だ。
今までなら潰したスライムは勢いよく飛び散り、魔力となって霧散していた。
しかしスライム化を得てからその光景を見ることは無くなってしまった。
潰されたスライムはHPが0になっても消滅せずその場に留まる様になったのだ。
足にへばり付くというより、癒着したスライムを剥がそうとしても剥がれないので吸収したのだ。
そうすると、何と稀にステータスが上昇するのだ。
以降スライムは美味しく、余すことなく吸収させて頂いている。
「さてそろそろか」
家のチャイムが鳴る。
朝早くに来るといえばアイツだ。学生鞄を背負い玄関へと急ぐ。
「おっせーよバカズキ」
「お淑やかに話さなくて大丈夫なのかよクソユキ」
「バカズキしかいないから良いんだし」
使い古されたブレザーに身を包んだ幼馴染のユキが、仁王立ちしながら玄関前で待っていた。
相変わらず口が悪いったらありゃしない。適当に「へいへい」と返事を返しておく。
お気づきだろうか。
気がつけばダンジョン化が世界で初めて発生したあの時から、5年の月日が流れ高校3年生になりましたカズキです。
あの頃の学ランに着られている感とは違い、しっかりブレザーを着こなしている。
「もう少し可愛い態度だったらなあ」
「あ?なんか言った?」
「いえいえいえ」
隣を歩くユキの成長といえば、家族や親しい仲の人前以外では言葉遣いが良くなった。
それと特徴的なオン眉切りっぱなしボブの前髪を伸ばし、センター分け切りっぱなしボブに変わり、少しだけほんの少しだけ大人びたくらいだ。
そのちょっとした変化のせいか高校ではかなり人気らしい。気に食わん。
俺はって?少し身長が伸びて声変わりしたくらいですが何か?
ああ、もう1人の完璧超人幼馴染のアツシが何故いないかって?
アツシは親の意向で進学校に行ったから通学路が違うんだ。
どうせ時間のある時は俺の家にいるから安心してくれ。
あれから進化して、アツシもユキも何故か我が家の合鍵を持っているのだ。
俺がバイトで忙しい日も2人は俺の家でゲームをしている。
「そういえば本当に冒険者になるの?」
あれから5年が経ちダンジョンは世界に馴染んだ。
その結果新しく生まれた職業が冒険者だ。
ダンジョンでモンスターを倒しドロップする素材や魔石で生計を立てる職業であり、モンスターと生死を賭けた戦闘をしなければならない為、なかなか高収入なのだ。
しかし給与に見合った危険が伴う為、志願者が少ないのが現状だ。
「こちとらダンジョンが生まれた瞬間から冒険者志望です」
「ふーんもうスミカの隣で戦うのは無理なのに?」
今やスミ姉はダンジョン踏破を何度も成し遂げた本当の英雄となり、企業勤めではなく政府お抱えの冒険者なのだ。
その腕前はS級冒険者として世界に11人しかいない冒険者の頂点であり、冒険者ライセンスを取得していないカズキが、隣を目指すなんて口に出すのも烏滸がましい。
「いいんだよそんなこと!夢は口に出し続ければ叶うもんなんだよ」
実際に言われた通りで、目的が「テストで100点取る!」から「100点満点のテストで10000点取る!」という無謀な物に変わってしまったのだ。
更に5年という期間を経て、動きの無い日常にフラストレーションが溜まりに溜まって爆発寸前だ。
「おーこわいこわい」
◯●◯
「まだいんのかよお前ら」
「早く手を洗ってきな、2人に全部食べられるわよ」
現在21:00、バイトが終わり家に帰ってきたところだ。
この家の人間である俺に、一言も掛けず母親マキはユキ、アツシと鍋パーティーを行っていた。
「んふぁえひ!」
「おかえり、ほらカズキの分だよ」
口の中一杯に白菜を詰め込んだユキは何を言っているかわからない。
けど多分おかえりだと思う。
胡座をかいて鍋を全て食いつくさんと貪るこの汚い姿を、スマホで写真に収める。
いつか学校中にばらま散らかしてやる。
そうすればこんなのを可愛いと言っている物好きも絶滅するだろう。
そんなユキと違ってアツシは、カズキの分も残して置いてくれたのだ。
さすが完璧イケメン超人だ。
「すぐ食うわ、〆は絶対ラーメンな!」
「「もち!」」
カズキの言葉に幼馴染たちの返事が重なる。
熱い熱い食材を一気に口に流し込む。気づいていないがカズキは口角が上がっていた。
「ふーうまかったー」
鍋を食べ終わり満足している中で例の議題が上がるのは必然だった。
「カズキは冒険者になるらしいよアツシはどうするの」
「僕も冒険者になるよ」
「「ええ!?」」
ユキの質問に対しアツシは即答だった。
アツシママが許すはずないと思っていたが大丈夫なのだろうか。
「母さんに3年で成果出すから冒険者をやらせてくれって頼み込んだら許可が降りたんだ」
「さっすがアツシ!俺の背中は任せた!」
「5年前からそのつもりだよ。その代わり何の成果もなければ一般企業に転職だからね」
「3年あれば余裕だろ!なあ聖女さま?」
「聖女さまも僕らとパーティー組むに決まってるでしょ」
メンズから期待の視線を向けられて「うぅ」と珍しく身動ぐ。
「私の方にモンスター通さないでよ。てかもう既に学校で聖女様やってるから」
「あんな猫どころか化けの皮被った聖女様を崇める物好き達には、この画像を見せてやろーっと」
カズキが掲げるスマホに映るのは、写真フォルダで1番新しい写真だ。
それを見た自称聖女様は飛びかかる。
「今すぐ逆パカしてやるからよこせコラ!」
「スマホに逆パカなんて概念ねーんだよバーカ」
「ちょ2人とも鍋あるからやめなよ」
いつもの光景だ。
小さい頃から変わり映えの無い光景に母親マキは口角を上げ、ビール缶を啜る。
「んじゃあ皆んなで冒険社アースに面接行くか!」
一悶着中に〆のラーメンが出来上がり、決着がつかずに終戦した。
そんな中カズキの口から出てきた冒険社とは、簡単にいえばギルドだ。
会社として冒険者達を雇い、ダンジョン踏破やドロップ品で経済を成り立たせる。
そのなかでも世界で1番初めにダンジョンに目を付け、政府に全面的な資金提供、ダンジョンの研究を始めた企業が冒険社アースだ。
最初は小さな名前も聞いたことのない企業だったが、ダンジョンの研究を重ねた結果、魔石のエネルギーを電力に変換する方法を見つけた。
そのクリーンなエネルギーにより売り上げを伸ばし世界1の企業に上り詰めた超大企業だ。
「冒険社アースって倍率すごいんじゃないの?」
アツシからの質問にカズキは胸を張って答える。
「俺らなら大丈夫!あそこは実力主義だから」
それもそのはずカズキのステータスは、新人冒険者なんて比較にならないのだ。
そんなカズキを採用するのにパーティーメンバーを落とすはずが無い。
圧倒的な自信とやる気が満ちてくる。
やっとだ。やっと動き出したんだ!
パーティーメンバーも決まり冒険者としての路線が固まった。
あとは無事に卒業するのみ。
鍋パーティーもお開きとなって皆んなが帰宅した後、テンションが爆上がりのカズキは、スキップしながら秘密基地ダンジョンへと向かった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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