第84話 恋は盲目、仮初めは慢心
悔しくて堪らない。
連携と最高火力を売りに、上り詰めた新人ランキング3位なのに1位の【青空】と圧倒的な差がある。
目の前であっさりと地竜を倒し実力を見せつけられ、力の差を感じずにはいられなかった。
「おうラナ、このフロアはその地竜で終わりだぞ」
「うっさい! わかってるわよ!!! 話しかけんな糞虫」
「おおー怖い、虫仲間としてよろしくなー泣き虫ラナ、今日は泣きすぎて水たまり作んなよ!」
「……絶対に殺す」
込み上げてくる怒気が血流を加速させ、頭に血が昇っていく感覚に陥る。
前髪の分け目からチラつく額に青筋がくっきりと浮かび上がっているのが、自分でもわかる。
止め度なく溢れ出てくる怒りの濁流に飲み込まれそうだ。
「糞虫だってー、的を得てんじゃん」
「うっせークソユキ」
私たち【楽業】は連携を駆使して特に危険もなく地竜を、光の粒子へと昇華させ【青空】の面々に近寄っていった。
「ちょっとカズキくんさー、ラナをいじめるのやめてくんないっ!?」
「あー、えっとリナさんだっけ?」
リナと間違えられたルナが、足速に糞虫へ近づき怒鳴り詰め寄る。
「ルーナーでーす、ルナ!!!」
あまりにも大声で詰められ嫌そうな顔をした糞虫は、顔を遠ざける。
それでもこめかみに血管を浮かべたルナは止まらず、緑のインナーカラーを散りばめた長髪を振り乱しながら近寄り拳を握りしめる。
その拳は今にも糞虫の顔面に叩き込まれそうだ。
なんなら叩き込まれることを私は望んでいる。
「私たち【楽業】は戦闘中、スキルで思考とか感情が共有されるからさっ、ラナちゃんが怒ると私たちもイライラするから本当にやめて! わかった!? あー違うっ謝れ!!!」
思っていたよりもマジギレなルナに圧倒され、糞虫は「はい、ごめんなさい」と珍しく素直に謝っていた。
「それとー」と怒りの矛先は90度思いっきり曲がって私に向かい、猛スピードで飛んできた。
「スミカ先輩の事を考えるのは良いけどっ、変なこと考えるのやめてくんないかな」
「え?、あ……」
思い当たる節があーっ…あった。
着替えシーンの事だろう。
なんなら今も思い出してしまい胸を熱くする。
「こっちまで変な気分になって集中出来なくなるから! 皆んな下着の替えとか持ってきてないんだから、ほんっとうにやめて!」
「っ!!!!……ごめんなさい」
お姉さまの着替えや、今の下着姿を想像した時の感情が皆に伝わっていたのかと思うと、顔面が火で炙られたかの様に一瞬で熱くなる。
昔からお姉さまの事を考えると、胸だけではなく大事なところまで熱くなり下着を替える事が多々あったのは、やっぱり普通じゃなかったのかもしれない。
「いいけど、恥ずかしいのも伝わってきてるからねっ」
戦闘に於いて圧倒的優位に立てる【思考共有】だが、思わぬデメリットがあったものだ。
激しい感情は共有され、各々で増長し更に共有され、それを繰り返す負のサイクルに陥る。
だから怒りや性欲は止まる事なく【楽業】のパーティーを襲った。
こんな落とし穴があるなんて、糞虫と関わらなければ知る由もなかった。
これだから糞虫はかっこいい。
んん? 私は今何で糞虫をかっこいいだなんて?
まあ、たしかに強くてかっこよくてイケメンで完璧だけど……?
なんでこんな事思うのか、かっこいいカズキくん。
やばい!!!
「レナ!!! 今すぐ【思考共有】を切って!」
「切った! 皆んなごめん遅くなって、あーやばかった私も惚れるかと思った!!!」
頭の中を埋め尽くしていた糞虫への好意が一瞬にしていなくなる。
これが【思考共有】のデメリットかと、恐ろしくなる。
私の怒りや性欲がこのレベルで伝わっていたなんて。
「あっ! ちょロナ」
レナの焦る声が聞こえた瞬間、私の隣を高速で走り抜ける影が一瞬見えた。
「ふんぬぅぷぅっ、うぐあがごおぉ!?」
その影は糞虫を押し倒し、否、糞虫にタックルをかまし巻き込み転がっていき、その勢いを糞虫の後頭部が壁に激突する事で止まった。
「いってぇえええ!? なに!?」
強烈な攻撃を仕掛けた犯人は、我らが最高火力の狙撃手ロナだ。
「すき」
「「「え?」」」
【青空】達の疑問が1文字として口から溢れ重なる。
「すき、すき……すきすきすきすき本当に大好き」
糞虫を嫌いな私でさえ好意を持たせる程の愛が、【思考共有】で増長してしまい大爆発しているのだ。
私たち幼馴染だからこそ、心を通わせられる間柄だからこそわかる。
あの日、初めて糞虫達と共闘した際、身を挺して糞虫がロナを守った時の事だ。
彼女は初めて恋に落ちた。
きっかけなんて小さなものだ。
しかし、それは膨れ上がり彼女に「恋は盲目メガネ」を強制装備させた。
そのメガネはぺちゃん子の活躍を英雄譚の様に魅せ、抜け出す事の出来ない恋の沼に落としたのだった。
それが今、増長して理性を突破し狂わせた。
「え、ありがとうって近くない? ちっか! まっ力つよ、え? 誰かーたすけてぇぇぇー!!!」
「みて、もっと私をみて。そして好きになって、子供作ろ? あなたの子供が欲しい身籠りたいの」
先程まで、ありえない火力の化け物狙撃?を放っていた後衛職とは思えない腕力で、ロナは糞虫の両腕を押さえ込み、瞳と瞳でキスしてしまいそうな距離まで顔面を近づけている。
普段大人しく口数が少ないのに目をハートにして沢山喋っている。
紫がかった瞳がカズキの眼前に、紫のインナーカラーが頬に、そして唇が重なりかけた時
「はーいそこまでだよロナさーん」
「あ、右足お願いって、力強くない?」
「じゃあ私は右手ー、本当だ。ステータスMPに振ってんのにどうなってんの?」
「ダンジョン中だからやめなよ、せめて終わったら御飯誘うとかから始めよ? それに子作りは一番最後だから」
私達【楽業】でロナの失態を止めるべく、糞虫から引き剥がす。
その力は私達の知るロナのステータスからは、考えられない程の力で4人がかりでやっとだった。
「ボス部屋以外のモンスターを全て討伐したので、ボス部屋に向かいましょう。他パーティーも向かっているので集合次第ミーティングを行い、ボス攻略に挑みます」
有事の際に助力できる様、引率していたA級冒険者がいつ連絡を取り合ったのか不明だが声を出す。
彼はA級冒険者パーティー【幽白】のメンバーで、あのS級間近と言われている【蒼白】のサクがリーダーを務めるパーティーだ。
私達は指示に従い最上階の大きな事務所前へと集まった。
「あれぇー遅かったっすねぇー【楽業】のみなさん。同世代最強と言われる【青空】さん達がいたのに、足引っ張ったんじゃないっすか?」
私の嫌いな人間ランキング上位2人が、このA級ダンジョンに揃ってしまった。
お姉様の目を引く糞虫。
そして、最近になって私の精神に棘を刺してくる嫌なやつ。
「うるさい、早ければ良いってもんじゃないでしょ」
ヒシヒシと伝わる憎たらしい視線に対し、目も合わせずに答える。
小柄で小さい体型にも関わらず、ゴツく大きな右腕のみを覆う防具には黒い魔石が内包されている。
私たちの戦闘服と同じ【グラスター】だ。
その手に握られるは、身長と同じくらいの刀身を持つ大剣。
最近、冒険者界を騒がせている天然物の【魔剣】だ。
「ははっ、僕が1位になる日も遠くないかもっすね」
その黒い柄に茶色い刀身の魔剣をちらつかせ、威勢を張る姿は明らかに煽ってきている。
それを手にするまで誰にでもヘコヘコしていたのに、力を手に入れた途端これだ。
仮初めの力は人間を慢心させる毒だ。
【グラスター】のみならず【魔剣】と、私はやっぱりズルが嫌いだ。
今時点で確認されている天然物の【魔剣】は2本で、どちらもL級ダンジョン【ラゾーナ】からドロップされている。
もちろん双方とも強力な能力を持ち、所有者に破格の力を与え、名を轟かせ名誉を与える。
おかげで今、【ラゾーナ】は【魔剣】目的の大勢の冒険者が詰め寄せているらしい。
「ボスモンスターはアースドラゴンです。強固な外殻に素早い機動力が特徴ですので、動きを確実に見て攻撃をしてください。大人数で近寄ると体を高速で回転させ攻撃してくるので注意してください。ボス戦も今まで同様、私たちは危険だと判断しない限り助力しません。又、【青空】の皆さんも私が合図を出すまでは、待機でお願いします」
【蒼白】のサクがアースドラゴンの注意点を簡単に説明した。
「尚、現場指揮は【楽業】のリーダーであるラナさんとします」
この命令に不満を持った【魔剣】持ちが「普通僕でしょ」と悪態をついていたが、気にしない。
こうしてアースドラゴンとの戦いが開戦した。




