第81話 太郎物語 Episode.3
俺の名は寺田太郎だ。
フリーターで夢もクソも無く無気力に生きて来た俺。
だけど今や大手、いや超大手の冒険社【アース】に努めるイケイケサラリーマン!
彼女も出来てウハウハ……になって成り上がり主人公になるはずだった。
なのに
「おい太郎! いつになったらタンクとしての役割を果たせんだよっ!」
脂肪を蓄えた僕の腹部に細い足が食い込み、もう慣れてしまった衝撃により肺から無理やり空気が吐き出され、声にならない音が自分から出てくる。
い、息ができない。
「あーあ、まーたやってるよ顔だけはやめなよシュン。ただでさえ醜い顔が更に主張しちゃうからさ」
「わかってるよっと、あー!!! なんか特別な依頼ねえかなっ!」
2連撃の蹴りが最初にうずくまる俺を起こし、最後に後方へ大きく飛ばした。
「がっはぁ」
転がった先で座り込む女に睨まれる。
「なんでアンタみたいなのとパーティー組まなきゃいけないのかしら。私もタイガくんと同じパーティーがよかったな」
「んだよアンナ、このシュン様と同じパーティーなんだから喜べよ。タイガなんてただ知名度のあるザコだろ。【グラスター】で底上げしてんのに生放送で大敗したカス野郎さ」
「そういうとこも含めタイガくんのがアンタより良いのよ。それに相手が悪かったの、今一番勢いのある【ぺちゃん子】だから」
「いいわけねえだろ。社長直々に【グラスター】の試運転を任せたってのに、冒険者になって2〜3ヶ月の同級生に負けんなんてセンスないんだよ。それに比べ俺はこうして上手く使える」
シュンが身に着ける【グラスター】のコアが、魔石から記憶を吸い出し赤く腫れ上がる。
次の瞬間、俺は爆発により宙を舞ったのだった。
毎日だ。
毎日こうして殴られ、蔑まれる。
やめてやろうかと何度も思ったけど、その度にあの3人の顔が思い出される。
特徴のない男、イケメンな男、こいつらはよく思い出せずボヤけているが、あの美少女だけは鮮明に覚えている。
今日も皆の荷物を持たされ、モンスターからの攻撃を大きな盾で受け、修行として会社の訓練場でボコボコにされる。
何度も攻撃をくらい我慢し、何度も転げ受け身を取る。
そして家に帰って死んだ様に眠る。
シャワーにも入れず毎日寝てしまうから、早起きしてシャワーに入り出社する。
フリーター時代には、しゃぶる様に見ていたアニメも今は見る気すら起きない。
これが俺の、ここ半年の全てだ。
「そろそろレベルも沢山上がっただろ。こいよタロウ」
今から始まるのは一番俺の心を抉る行為だ。
C級ダンジョンを踏破した後、只の家となった戸建のリビングで勝手にくつろぐメンバー達。
それと比べ俺は床に正座させられていた。
「おらステータス割り振りの時間だ」
俺らのパーティー【炎の躍進】には、あのスキル持ちがいる。
ステータスを好きに割り振ることが出来る選択権であり、最強になる可能性を持つ最高のスキル。
「いやでもそろそろSTRやMPを上げて貰わないと」
「ああ? 俺に指図すんなよ焼くぞ」
赤く光を孕む【グラスター】が、その凶悪な思想の本気度を示している。
「目の前で死なれるのは気分悪いからHPも少しは上げときなさいよ」
「わーってるよアンナ。俺だってこんなののせいで評価下げてくねえよ。コイツは俺が最強の肉壁に育て上げんのー、VITに全振りたまにHPを上げるガチガチチンコだぜ」
「きっしょ品性なさすぎ。あータイガくーん私を早く連れ出してー」
「これでよーし」
【選択】のスキルがもたらす恩恵は、パーティーメンバーにもその効力を発揮する。
現に同じスキルを持つアツシは聖騎士を目指し、STRをメイン、次にVIT、HP、そして他を満遍なく上げている。
しかし
俺に選択権はなく勝手にステータスを弄ばれる。
VIT 防御力だけを上げら、死ぬのは困るから少しだけHPをほんの少し上げてもらえる。
自由になれると、新たな自分になれると思い冒険者になったのに、シュンと同じパーティーになったばかり、ペット以下の扱いを受ける毎日だ。
悔しい。
もうやめてやりたい。
もう何も変わらない最悪な日常から、底辺から逃げ出そうと考えた時のことだった。
ストレスで揺れる視界が一段と大きく揺れ動く。
ああ死ぬのか
ありえない規模の視界の揺れを感じ、ストレスによって体の限界を迎えたんだと悟った。
しかし、その不調は俺だけじゃなくパーティーメンバー全員が、いや周囲の人間が全て共有していた。
轟音と激震は川崎全てを飲み込み終わりを知らしめる。
「すげー揺れだな。どこかで爆発でもあったんか?」
「違うらしいほら」
「んあー緊急依頼? こりゃあ評価上げる大チャンスの匂いするな」
「チネチッタ通りで近いから行くぞ野郎ども!」
突然の激震から始まる終わりだと知らずに、俺ら【炎の躍進】はC級ダンジョン踏破後の足でチネチッタ通りへと向かった。
アンナだけは「私は野郎じゃないんだけど」と小言を言い不服そうな表情をしていた。
「ひぃっ」
普段は喋ることのない女性のパーティーメンバーが小さな悲鳴を上げる。
気持ちはわからないでも無い。
たどり着いた先は、あの人通りが多いチネチッタ通りが見るも無惨に瓦礫と化し、大きなクレーターが出来上がっていた。
その中心にいる奇妙で歪なモンスター。
あれを見て恐怖が口から漏れ出る気持ちはわかる。
「この爆炎のシュン様が来たからには終わりだぁー!!!」
俺らのクソリーダーは違う。
恐怖なんて感じず、喜びに目を輝かせていた。
己が名を高らかに宣言し勝利を収めた時に、名声が広がりやすい様に自己アピールをしている。
俺ら以外の冒険者も続々と集まり、クレーターの中心に佇む歪なモンスターを囲む。
「やべえモンスターがいんな」
顔も知らない冒険者が呟いた。
「さっさとやちゃいますか」
その仲間がやる気を見せる。
俺を含めた多くの冒険者が臨戦体制に入る。
この大人数で戦うのだから負ける気がしない。
そのせいか、周囲の冒険者達の活気が異常なほどに高い。
それもそのはず、今まで発令したことのない緊急依頼なのだから。
どんな報酬が出るのか楽しみで口角が上がっている。
しかし
そんな活気と敵意の光に溢れた戦場は、一瞬で静まり返った。
静まり返る直前に今までに感じたことのない衝撃が、俺が持つ盾を通して伝わって来た。
大きく重い【アース】製の盾が大胆にひしゃげ、防御力に自信のある俺だが衝撃に押し負け後退する。
「ぐぅっ!!?」
押し負けている最中、衝撃が消えた。
次の瞬間、盾から青白く白い腕が生えてきた。
違う。
青白い腕が盾を突き破り迫って来ているのだ。
「かっぁぁぁ、あうぅ…」
盾を破った腕は止まることもなく俺の腹部に吸い込まれ、俺は背中から青白い腕を生やした。
考えたくない。
今、自分の状況を。
でも遅れてやってきた腹部の熱が、現実を叩きつけてくる。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い
煮えたぎる、否、燃え盛る様な痛みが腹部から全身を蝕む。
あまりの痛さに身体のどこが痛いのかもわからなくなる。
のたうち回りたいのに貫通したままの腕に阻まれる。
「うぐぅっううう痛い、痛い」
何の前触れもなしに腹部から青白い腕がいなくなり倒れ込む。
今までにない量の血が自分の身体から流れ抜け、強烈な脱力感と寒気が襲ってきた。
「ああ、ああああああどうしてよ!」
痛みのみに支配されていた俺を、現実に戻したのは大嫌いなパーティメンバーのアンナだった。
自分の左胸を押さえつけている。
「くそっ! だめよ、だめ! HPが無くなっちゃう!!!」
アンナは左胸に攻撃を受けたのか大きな穴が空いている。
何故生きているのだろうか。
心臓を貫かれている様に見えるのに。
そんなアンナを見ていたら、視線を感じ取ったアンナが俺を睨みつける。
「いや…いやよ。なんで最後に見る顔がアンタなのよ。くそ、くそ! ………ああ……様ぁ、たす、け……」
死を認められないアンナが全力で生にしがみ付こうとし、助けを求めるがその言葉は最後まで言われることなく力尽きた。
「あ、あんな…ぁあ?」
大嫌いなパーティメンバーだが、初めて仲間の命が終わるのを目の当たりにし大きな衝撃を受けた。
しかし、それ以上の衝撃が俺の瞳に映り込み、理解不能に追いやる。
「え、あ……どういう」
大きく目を見開き力尽きたアンナの身体は、光りの塊となり粒子状に散らばっていった。
一瞬理解が出来なかったが認めざるおえない。
何故なら、冒険者なら誰しもが見たことのある光景だからだ。
仕事をするうえで確実に見ることになる、モンスターが絶命した際に起こる現象だ。
見間違えるはずがない。
いつも一緒にいたパーティーメンバーが光の粒子となり消えた先に、蒼雷を刀に纏い歪なモンスターと激闘を繰り広げる冒険者がいた。
「あの、時の……」
今、最前線で刀を振るっているのは、未来を考えることなく自暴自棄だった俺に未来を歩む勇気をくれた少年だ。
あの少年は俺とはぼ同時期に冒険者となったのに、あんな強力なモンスターを相手に戦っている。
「ちくしょう」
悔しい
少年は歪なモンスター相手に互角に渡り合っている様に見えるが、数多の青白い腕から繰り出される殴打の嵐により、決定的な有効打を与えられずにいた。
もし
あの隣に俺が並んで攻撃を防ぐことが出来れば、少年は楽に戦えるんじゃないだろうか。
もし
今立ち上がって一撃でも受け流すことが出来れば、少年は歪なモンスターを倒すことが出来るんじゃないだろうか。
今まで感じたことのない激情が込み上げてくる。
強くなりたい。
その気持ちを最後に流れ出る血液が限界を迎え、俺は意識を手放してしまった。
●◯●
「さっき何て、カズキに何を言ったんですか!?」
カズキが弾丸の様に家を飛び出していったのを見たアツシは、雨に濡れた鈴木さんに大声で質問した。
そんな大声とカズキが急激に放った魔力を感知し、二日酔いのS級冒険者は瞼を開けた。
「カズキさんのお母様が、昨日のダンジョンブレイクで亡くなった事をお伝えしたところ、飛び出して行ってしまいました」
暗い表情で鈴木さんが端的に状況を説明する。
S級冒険者の五感は人類を超越している為、ソファの上で瞼だけを開けていたスミカは全てを把握した。
「アツシ待ってて、連れて帰ってくるから」
急に隣に現れ靴を履こうとするスミカに驚くアツシ。
「スミカさん…お願いします」
カズキのスピードに着いていけないアツシは、他力本願になるがお願いすることしか出来なかった。
「あいつはきっとチネチッタ通りのクレーターに探しに行ったと思います」
「うん。行ってみるよ」
スミカは裸足に靴を履いてチネチッタへと向かった。
その足はアスファルトを砕かない様、最新の注意を払いながら市内で出せる限りの全力を出し走った。
「お願いだから変なことはしないでよカズキ」
その目線の先にある雨を遅す黒い雲は、まるで晴天の様に晴明るくなった。
蒼い雷が天へ落ちる。
意味のわからない光景が、更に瞳に映り込んできた。




