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第79話 マウス イン フィンガー

「おじゃまします! 2日連続で鍋パーティーやる日が来るなんて思ってもいなかったよー」


ステータスに物を言わせ、女の子らしからぬ量のビールを袋パンパンに詰めたハズキが、シルエットのハッキリするTシャツに、ダボッとした淡いジーパン姿で現れた。


「ユキちゃんの格好見て思ったけど、今日ってパジャマパーティーだった?」


「ちがうよ! 今日は緊急依頼キンキュウクエストで皆んなグショグショになってシャワー浴びたからこんなんなんだよ」


「ええっ!? 緊急依頼に出てたの? 揺れたり爆音が聞こえてたけど大丈夫だったの?」


「うーん一応無事だったのかなー」


本気で心配するハズキの純粋な瞳に当てられ、乾いた笑顔でその場を乗り切ろうとするユキは話を逸らす。


「まあまあとりあえず! 乾杯して食べ始めようよ」


こうして開戦の準備が始まり、参加者という名の戦士達がコップや缶という武器を持ち、これから始まる戦いに向け心を奮い立たせる。

缶が開けられる音が2つ重なる。

それは始まりの始まりであり、心の中で皆が走り出す。

走り出した戦士達は腕を伸ばし、武器をぶつけ合い気持ちのいいファンファーレを奏でた。


「「「かんぱーい!!!」」」


戦争は今始まった。

成人の戦士はビールを掻き込み、喉を刺激し胃を喜ばせた。

それと同時に未成年の戦士はビールのパチモンこと、ジンジャーエールを吸い込み雄叫びを上げる。


「うまい! このために生き残ったまである!!!」


「わかる! ジンジャーエールこそ思考!!!」


こういう時は意気投合するカズキとユキは、今ある生を喜ぶ。

つい先ほど、歪なモンスターに殺されかけたとは思えない笑顔で小さな幸せを喜ぶ。

だからこそ彼らは強く前に進めるのだろう。


「そういえば初めまして石井純華です。 いつも妹達がお世話になってます」


「こちらこそ! 辻利ツジリ葉月って言います。よろしくお願い…します…もしかして【救世主】のスミカさんだったりします?」


「まあ皆んなはそう呼ぶけど、気にせずスミカって呼んで同い年らしいから」


「え……本物」


口を半開きに固まるハズキを置いて、バクバクと鍋を突き出す青空の3人組。

それもそのはず世界を救ったと言っても過言ではない存在が、まさか遊びに行った先にいなんて誰も想像しないだろう。


「早く食べないと皆んなに食べられちゃうから食べよ」


「は、はいっいただきます」


「敬語はやめてね同い年だから」


「はぃ…うん、わかったよ」


ハズキは驚きを隠せなないまま、勢いよく減っていく鍋を突き大根を食べ喉を詰まらせた。

涙目になりながら、喉につっかえた驚きと大根を勢いよくビールで胃袋に押し込み消化したのだった。


「スミねえのスキルって何なの? 煙を操作する感じ? ネットでは超パワー、ガチガチの防御力と理解不能の化け物扱いされてるけど」


「えっカズキくんスキルを聞くのは冒険者にとって失礼に値するんだよ。しかもそれが国トップの冒険者に聞くなんて国家機密聞く様なものだよ!」


「えっそうなの?」


右隣に座るハズキが本気で心配そうな表情で止めに来ているので、周囲の顔を伺う。

パーティーメンバーの二人は意味がわからなさそうに首を傾げており、質問を投げかけられたS級冒険者は缶ビールの底を天井に向け飲みきっていた。


「ぷふぁあ、化け物ってのは聞き捨てならないけど置いといて、まあ知らない人に聞かれたら迷惑だし答えないけど、兄弟に聞かれる分には全然大丈夫だよ。カズキ達はホームページにスキルとか全載せしてるから、もしかしてと思ってたけど本当に知らなかったんだね。他の冒険者にスキルとか聞いちゃダメだよ、手の内明かせって言ってるようなもんだから」


確かにカズキ達は知らなかった。

そもそも冒険者になった殆ど3人でやりくりして来た弊害で、冒険者の常識を知らないのだ。


スミカは次の缶ビールを開放し、人差し指をヒョイヒョイと動かした。

すると鍋から不規則に上がる湯気が纏まり、馬の形となってカズキの周りを駆け回る。


「おお、すごあづっゔっ!?」


湯気で出来た馬がカズキの顔面に激突し、鼻を赤くする。

みんなが笑わなければ只の嫌がらせに見える行為だが、スミカによるイタズラはカズキにとってご褒美のようだ。


「私のスキルは【煙】で煙を操ったりする能力だよ。まあ攻撃力や防御力は応用してどうにかしてるんだ。てかカズキのスキルが【雷】ってほんと?」


「本当だよほら」と言いながらカズキは、親指と人差し指の間に雷を通しバチバチと見せびらかす。


「本当なんだ! 私たちの間でも噂になってたんだよ。雷系のスキルってとんでもなく魔力操作が難しいから、手に入れた人は冒険者人生を諦めるハズレスキルだから大丈夫かなって、しかも上位スキルなのが皆んなのツボに入ってたよ」


知らなかった。

雷系スキルがハズレスキルだったなんて…

そもそも最悪のスキル【スライム化】で魔力操作だけは生きていく上で、必須となった自分だからこそ扱えているのだろう。

なんなら今は呼吸同然に魔力操作を出来る様になってきている。


「その上位スキルってなんなの?」


そう確かに気になった上位スキルなるもの。

それに切り口を入れたのはユキだった。


「上位スキルってのはカズキの【雷】みたいなもので、全てが詰まったものを言うの。上位っていうのが変なんだけど、雷系なら【雷耐性】や【雷魔法適正】って分かれてるんだけど上位スキルは全取りなんだよ」


そう教えてくれたスミカは次の缶ビールを手に取っていた。


「なるほど勉強になるな」


真剣な顔つきで話に釘付けのアツシはさすが勉強熱心と言うべきだろう。

それから他愛もない話は続き、鍋パーティーは盛り上がり皆が大声で話始める。


「そういえばー、昨日のお願い事って何だったのーカズキくん」


「うおおっちかい!?」


頬を赤く染めたハズキの顔面が、カズキの右頬を温かな吐息が撫でる。

いつも大きくクリクリした瞳が、溶け始めている。


「誰だよハズキさんに沢山飲ませたの…ってお前かユキ」


ハズキの右隣に座るユキが、缶ビールを開け放ち「新しいのだよハズキちゃん」と玉を補充し続けている。

そのせいか、いや成果なのだろう。

ハズキはしっかりと酔い始めている。


「なんでなの? なんで私とあんま話してくれないの? スミカさんの方ばっか向いてるの?」


「うぅちっかい」


迫り来るハテナの連投と共に、視界いっぱいに広がる酔っ払いの顔。

くっきりとした二重から伸びるまつ毛が、もうカズキのまつ毛とくっ来そうな頃、視界が高速で後退する。

その一瞬で視界に入り込んできた、ニタついたユキがカズキの心をササクレさせる。

後で必ず一発入れよう。


「うっなんなんだ…よ?」


何者かに引っ張られ上半身が後方に倒れ込むカズキの後頭部は、勢いよく床に衝突する前に柔らかな温もりによって助けられる。

そうして覗き込む天使の顔面が、いや夢の様な光景が視界いっぱいに広がる。


「ハズキちゃん」


感情の波が一切なくなった声音でハズキ事を呼ぶS級冒険者の声は、鍋により温まった部屋の温度を急激に低下させた。


「はっはい…?」


酔い始めてるとは言えどS級の圧力に当てられ、ハズキも固まるしかない。


「お、お姉ちゃん!? これは私が」


危機感を感じ焦ったユキが珍しくスミカをお姉ちゃん呼びし止めに入ろうとする。

しかしカズキは全く焦っていなかった。


それどころか酒も飲んでいないのに、心拍が急上昇し身体中が赤くなっていた。

綺麗で長い金髪がカズキの顔を覆い、スミカの顔面と世界を遮断していた。

遮断されていたからこそ皆んなわからなかっただろう。


スミねえは笑っている。


「人のものを取るのはいけない事だと思わない?」


「はい?」


ユキが代表して疑問を声にしたが、皆が一同に疑問を顔に貼り付けていた。

カズキと二人きりの空間を作り上げていたスミカは、顔をゆっくりと上げ笑顔で返答する。


「カズキは昔から私の可愛い弟なの。私が認めてない子になんかあげないんだから、そもそもカズキは小さい頃から私に」


「ちょっ! まってスミねっぷふぅ」


うそだうそだうそだ

スミねえはもしかしたら俺の気持ちに昔から気づいていたのか!?

いやそれよりも何よりも、今俺の口の中に白くて綺麗な指が4本入って来ている!?

なんだこの幸せな状況は、てか力つんよっ!

もがくカズキの頭部はコンクリートに詰められたのかと錯覚するくらい、ガッチガチに固定されていた。


「カズキは黙ってて、んん? すごい奥まで入るね。んー今聞こえない様にするからね!」


今なんて?

あれ何も聞こえない。何これ怖いんだけど!

自分で聴覚をシャットダウンした訳じゃないのに無音の世界に誘われたのだ。

カズキの口の隙間、耳の穴から少量の煙が漏れ出している。

どんな原理かわからないがカズキの聴覚はスミカによって遮断されたのだ。


「カズキは昔から私に気があるの! てことは私のものって事だから」


スミねえは何て言っているのだろうか?

幼馴染二人組みを見ると俺と視線を合わせない様にしている。

何故だ?

スミカの口は異様に笑っているのに、それに反して笑っていない目がハズキを捉えている。


「でも二人は付き合ってないんでしょ? ならどうこういう権利ないじゃないの?」


ハズキさんが俺の服の裾を引っ張りながら大きく口を開け、何か言っている。

とても気になる。


「ふふふふわかってないなぁ、頑張っているカズキを見るのがいっちばん濡れるんだよぉ」


満遍の笑みでカズキに視線を落としながら白い天使はカズキの頬を撫でる。

その表情は妖艶で美しくカズキの脳みそを溶かすのに充分すぎる破壊力が宿っていた。


「ちょっとわかるかもしれない」


謎の結託により大炎上しなかったが、スミカとハズキによるカズキトークは長く続き、聞くに耐えない幼馴染達は食器を洗いに行き、無音の世界に取り残された男は酔っ払い二人組が寝落ちした事で解放された。


「大丈夫だったかい?」


「大丈夫も何も何にも聞こえなくなった事以外は、天国だったとしか言いようがないな。なんで誰もどんな話してたか教えてくんねえんだよ」


カップ系のアイスを食べながら、下から見るスミねえの顔を思い浮かべテンションを上げてニヤつくカズキ。


「なにも知らないってのも幸せなのかもねー。あー今回も面白かったし、また飲み会開きたいね。てかマキちゃん帰ってこないね朝帰りかな?」


胡座を掻きながらアイスをケタケタと笑いながら食べるユキが、家の主が帰ってこない事を疑問として口に出す。


「たしかに母さん帰ってこないかな。メッセージの既読もつかないし何してんだか」


「マキちゃん美人だから意外と男の人と遊んでるかもね」


「やめろよ、想像しちまったじゃんか」


母親の男事情を想像してしまい、せっかく頂点に来ていたテンションはジェットコースターの様に急降下したいった。


「まあ明日になったら帰ってくるでしょ。今日はもう遅いし寝ようぜ」


「たしかに一時だし歯を磨いて寝ようか」


「私はもうちょっとテレビ見てから寝るわー、それにカズキより先に寝たらか弱くて可愛い私は襲われかねないし」


「はあ? どういうことだよ」


「んんースミカの膝枕とマウス イン フィンガーでテント張ってた健全な少年に襲われたくないかなー」


「はい! おやすみなさい!!!」


こうしてお開きになった鍋パーティー。

自分の口の中に長時間入っていた事、後頭部に感じた温かく柔らかな太もも、普段見ることのないスミねえの顎の裏を思い出し、カズキは今日ほど一人の空間が欲しいと切実に悶えていた。

もしいかがわしい行動をすれば冒険者がカズキ以外に4人いるこの状況なら、確実にバレてしまうだろう。

溢れでる血涙を拭い夢の世界に旅立ったのだった。

しかし疲れ切っていたカズキは夢を見ることもなく一瞬で、現実の世界に呼び戻された。


「んんん朝か」


カーテンを閉じたリビングでも薄暗くなっている事が朝を知らしめる。

みんなが爆睡している中でカズキだけが起きた理由が再度鳴り響く。

何年も聴きすぎて耳に馴染んだインターホンの音が鳴ったのだ。


「こんな朝から誰だよ」


不用心にも玄関を開けると黒いスーツを着込んだ男性が立っていた。


「ええっと…たしか田中さん?」


冒険者ライセンスを取得するときの実技試験官であり、ワーウルフにボコられた人だ。


「お久しぶりです鈴木です。試験の時はありがとうございました。佐倉さんのご活躍はよくお耳にしています」


「あーお久しぶりです。なんかありがとうございます」


「この度は緊急依頼のご対応誠にありがとうございました。つきましては…誠に申し上げにくいのですが」


とても言葉じゃ表せない表情の鈴木さんに見つめられ、嫌な予感がする。

というよりも思い出した。

昨日たくさんの事があったから、何年もの記憶を振り返ったから、頭から抜け落ちていた。


『あしたはーチネチッタで映画見るくらいで何もなーい、だから飲む!』


受け入れたくない。


しかし暗い声がカズキに現実を叩きつけて来た。


「佐倉まきさんは、お母さんは昨日のダンジョンブレイクにてお亡くなりになりました」

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