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第78話 誰しも夢みる美女のオーバーサイズTシャツ

「ユキとアツシが落ち込んでるから励ましてあげて」


「まかせて得意中の得意だから」


「ふふっ期待してるよ」


クレーターの中心に背を向け上り坂をスミカと歩み、カズキは幼馴染の前にたどり着いた。


「……」


「……」


2人の美男美女は雨に濡れたまま黙り込んでいた。

まるでお葬式のような雰囲気を醸し出す幼馴染達。

大きく息を吐き出し2人に向き合う。


「ただいま、鍋パの準備終わった?」


「……カズキ」


ユキの口から出たとは思えないか細い声が己の名前を呼び、謝罪の言葉を紡ごうとした瞬間。

カズキは大きな声を出しかき消す。


「んだよ泣き虫、泣きすぎて下着までビシャビシャじゃんか」


「………」


何も言い返してこない。


「あーえっとぉ何でしたっけ? 『私の仲間を傷つけるお前も、負けを認めたお前も、2人まとめて私がぶっ殺してやるよ!!!』でしたっけ?」


「…………」


こんなに煽っても何も言い返してこない?

きっと今はボーナスタイムなのだろう。

なら畳み掛けるしかない!!!


「どっちも生きてますやん! てか泣き虫は訂正するわ。虫様に失礼だからな泣きクソユキ」


「…………す」


「ええ? 空気の抜けた音しか聞こえないなあ! 口からオナラ出すスキルでも覚えたんですかぁ!?」


元気出させてとお願いしたものの、落ちこんんでいる人間をこんなに煽るものかと、スミカの顔は引き攣りつつギリギリ笑顔を保っている。


「………ころす」


「えええぇぇなんてぇー???」


表情を歪めながら耳を近づけ煽るカズキ。

その顔面は世界煽り一大会【アオリンピック】が存在すれば優勝間違い無しだろう。


目の前に差し出されるカズキの頬に向け力を加えるべく、バフ纏い大地を踏み締め、腰を回し拳を振るうユキ。

その強く握りしめた拳には、攻撃力を上げるべく魔力が強く握られていた。


「え、ちょっと!?」


全てが見えているS級冒険者であるユキの姉が、その行動に驚き声を上げる。

同時に魔力と憤怒を纏う右拳が、カズキの頬に吸い込まれた。


「うぶふゅっ!!!」


瓦礫だらけのクレーター岸に打ち付けられ、横たわる残念な男は満足気だ。

なんせ産まれてからずっと一緒にいるのに、その落ち込んだ姿を見せた事がないユキが落ち込んでいたのだ。

だから元気を出す方法を知らない。

なら怒らせればいい。

きっと顔を上げるだろうから。

そんな安直で愚直な行いは功をなし、少女を奮い立たせたのだ。


「あごっんっ!?」


だが立ちあがろうとしたカズキの顔面は、左頬からの強烈な衝撃を受けて、ゴツゴツとした瓦礫に左顔面を打ち付けられる。

カズキの左頬を殴打した少女は、カズキの肩を蹴り無理矢理仰向けにし馬乗りになる。

その両膝は、哀れな男の両腕を瓦礫との間に押さえ込み、抵抗なんてさせない意思を見せている。


馬乗りになる少女以外、その場にいる全員が目を丸くした。


「あ、あのユキさん? そこで何してるんですかぁああぶふぅっ!?」


魔力が込められし憤怒を握りしめたユキの両拳が、右左と交互にカズキの頬に叩き込まれていく。

叩き込まれるたびにカズキから、聞くに堪えない声にならない音が鳴り響く。


「いっいや! やめて、誰か助けておぶうっ、ちょユキさん!? 誠に言いにくいんですけどぉおっぷ、さっきからパンツ丸見えであべへぇっ、しかも顔に近いんですけどいいんですか!?」


走るために縦に破かれたスカートは、馬乗りになった影響で下着を隠す役目を完全に放棄していた。

更に両腕を押さえつける馬乗りの為、カズキの眼前には濃いピンク色で塗りつぶされている。

女性用下着特有の小さなリボンや装飾のレースはもちろん、その縫い目までしっかりと見えており、幼馴染というより兄弟のような関係のであるカズキさえも顔が真っ赤に染められる。


「うっせぇお前に見られても何ともないんだよ。てかご褒美だろ、あぁ?」


そう怒りを露わにするユキは般若を背負い、止まる事なく一発一発魔力を込めて殴り続ける。


「ううぅっ、ご褒美も何も今だに殴り続けられてるんですけど!?」


「ご褒美だよなァ? てか美少女の下着見ながら殴られてるんだから喜べよ!!!」


「うぐふぇっ、だっ誰かあああ! ぐべほぉ…助け、たすけえへぐごぉっ、今抵抗できるほど魔力もらえてないからああぐちょっ!」


いつもよりユキがキレッキレである事を除けば、いつも通りだ。

そんな、他愛もない? やりとりを見ていたアツシは、自分が落ち込んでいた事がちっぽけに思えた。

かといって『強くなりたい』と思ったあの感情は忘れてはいけない。

だから前を向くために陰鬱を思いっきり吐き出す。


「ぷっ…はは、あっはっはっはっはっはははははは」


「あごぉっえええっ!? アツシさん!? 笑ってないで助けてぇぇぇええええ!!!」


「あー、ひひひっ笑いすぎてお腹痛いよ。ふふふ、はっはっはっ」


いつもならユキを止めてくれるブレーキであるアツシが、謎の笑いに襲われており使い物にならない状況を察したカズキの血の気が引いていく。

魔力を全力で叩きつけ続けるユキの口角は、凶悪に上がり「ふふふっ」と不気味な笑い声をこぼし始めた。


ダンジョンがこの世に現れた時から、最前線で戦い続けている【救世主】でさえ実妹と本当の弟達のように接してきた3人の状況に言葉を失い戦慄する。


「元気出させてって言ったけど……これはやりすぎだよ…」


「あああああんんっぐうぃ、本当に誰でもいいから助けて下さあぁぁぁぁぁぁあああいいい!!!」


相変わらず自分で解決することを諦め切った他力本願な叫び声が発せられる。

しかしそれは、雨により響くことを阻まれ潰える。

しばらくの間、【救世主】が本気で止めに入るまで、不気味に笑う美少女が暴力を振るう空間で、美少年が大爆笑する最悪な状況が続いた。

名実ともに評価され【聖女】と呼ばれるようになる少女は、【救世主】が止めに入る際、思ったよりも抵抗しスキルまで使用させたのだった。


「今日はこの後なんにも無いから私も鍋パーティーに参加しようかな」


「え、スミカもくんの?」


「ええっ!?スミ姉くるの!!!」


「すんごい両極端な反応に何て反応したらいいのか私もわからないんだけど、一応相棒的なやつが気を使って仕事請け負ってくれたの」


「じゃあ俺の実家でやろうぜ。具材さえ買ってけば母さんがやってくれるし、スミ姉がいるから喜ぶだろうし」


「マキさんに会うの久々だなあ、てか皆んな雨やら泥やらでグチョグチョだけどお邪魔していいの? 」


モンスターとの激戦を繰り広げた上に、今も雨にさらされ続けているカズキ達はお世辞でも綺麗とは言えない。


「あー大丈夫大丈夫、シャワーも入れれば皆んな分の着替えもあるから。スミカは私の服着ればいいでしょ」


「なんでカズキの実家にユキの服があるのよ」


「あそこは第二の実家だからね。シャンプーとリンスに化粧水まで完備してるから。てか鍋やんならハズキちゃんも呼ばないと!!! あーもしもしハズキちゃん? そうユキだけど今からカズキの実家に来て、うんうん鍋パやるから。あーうんビールでも買ってきなよマキちゃん喜ぶから! はーいまたあとでー、ってことでハズキちゃん来るから喜べカズキ」


誰に許可を取るわけでもなく当たり前のように電話をかけ、約束をこじ付けるあたり元気が出たのだろう。


「なんで名指しで俺に報告すんだよ」


「なんでってカズキの大切な人じゃんかー、親公認のくせにしらじらしい」


「はあっ!? ばか野郎あれは酔っ払いの戯言で、俺には心に決めた人がいんだよ!!!」


「なになに、ハズキちゃんって誰、カズキの彼女? 私にも詳しく!」


さすがユキと言うべきなのか、カズキの一番嫌がるポイントを的確に突きニヤついている。

ビジュアルが良いだけあって妙に腹立たしいが、興味津々なスミカの瞳に当てられて、それどころでは無い。


「いや、ちがっ! ハズキさんはそういうのじゃなくて」


「えーなに焦ってんのカズキさーん」


くっそ腹たつ野郎だ。

今すぐギャフンと言わせたいが、今はスミ姉がいるからダメだ。

我慢だ俺、我慢するんだ。


雨が降る道中で傘も刺さずにわちゃわちゃと燥ぐカズキ達一行は、鍋の具材を買い込み目的地に辿り着いたのだった。

風呂場に急行し、バスタオルを玄関に敷き各自の荷物、上着を置いて女子が先にシャワーへ入りに行った。


「あの姉妹は仲良いよね。2人でシャワーに入ってさ」


「効率がいいからって昔から言ってるけど本当に仲良いよな」


「これを機に僕たちも2人で入ってみる?」


「バカ言え! 絶対イヤだね!!!」


黒くゴツい鎧についた雨粒をタオルで拭き取るアツシが「だよね」と笑っている最中、禁断の花園となった佐倉家のお風呂では、世界最強の姉妹が体を洗っていた。


「シャンプー流し終わったー? こっちはリンスつけ終わったんだけど」


「後少しで流し終わるから待ってー」


花園では1人がシャワーで泡を流す最中、1人が体を洗う一種の共同作業が行われていた。

シャワーを止めることなく、お湯を使い続けられる効率的なシャワーの浴び方だ。

こうする事でシャワーを止めた後、再度使い始める時の冷たい水を浴びなくて済むのだ。


「んでユキ、このほぼ下着見たいな部屋着しかないの?」


その手に持っているのはショートパンツに、丈の短いキャミトップ、そしてユキが愛用する肌着ブランドの下着だ。

聞かれた持ち主はと言うと「そーだよー」と鼻歌を歌いながら、もう部屋着を完全装備していた。

たしかにその姿は、健全な男子達がいる前に現れていいものかと、常人なら躊躇ってしまうだろう。

しかし彼女はそうじゃない。

見られて減るものじゃないし、なんなら可愛いファッションの一環としてヘソだし、下着が見えるのは気にもとめない。


「これは全部着るとしても、さすがにTシャツとか無いと厳しいんだけど」


「カズキー!!! Tシャツ持ってきてぇー!!!」


返事などせず速攻大声で召使を呼び出す。

釣られてきた召使は「なんでTシャツ?」と困惑しながらも脱衣所前にTシャツを置いていった。


「次の人風呂いいよー」


「お風呂ありがとねカズキ」


台所でアツシと鍋の具材を切っていたカズキの元に天使が舞い降りる。

風呂上がりでフローラルな香りを爆発させた天使は、自分の体に合わないオーバーサイズのTシャツを着用している。

それ故に胸元が緩くチラつくインナーの肩紐、ショートパンツを着用している為、スラリと伸びる生足。


そう、彼Tだ。


カズキのTシャツをスミカが着ているのだ。


「見すぎだっての」


それとは別種のヘソを出す悪魔がカズキの、オデコを押し込み視線を外す。


「いて、何で同じ血が流れてんのにこうも違うのか、あー痛い痛い痛いごめんって!」


ふいに出た感想は、オデコを押す手に力を加える結果となった。

アツシのシャワーが終わり、カズキもシャワーを終え髪を乾かし脱衣所から出た頃、インターホンが鳴る。


「マキちゃんかハズキちゃんだ! 私出るから誰も出ないでね!」


そうバタバタしたユキが居なくなってからすぐ、ビールを大量に買い込んだハズキが鍋パーティに参加したのだった。


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