第8話 消しゴムを飲み込みました。
こんにちは。
3/12 2投稿目です。
よろしくお願いします。
放任主義
それは子育てという枠組みで言うと、子のやりたい様にやらせ干渉しない事を言う。
とはいえ全く干渉しないかと言うと嘘になる。
そうなると放置になってしまう。
道を違えば正し、間違えを起こせば指摘し子の行く末を見守るものだ。
決して関わらない訳ではなく、子との信頼関係の元に成り立っている関係なのだ。
「もういやぁぁぁぁぁあ!!!」
リビングでテレビを見ながらビールを啜っていると、息子の部屋から悲鳴に近い絶叫が聞こえた。
母親マキの唇からビール缶が離れ、缶が机に着地し気持ちの良い音が鳴る。
「ぷはぁ!めんどくさいなあ」
そう呟き考えた結果、メールにて一報を入れたのだった。近所迷惑と。
そうこれは歴とした放置であった。
●○●
容赦のないチャイムの連投。
階段を駆け上がる足音。
この2点セットが聞こえる日は、彼女のテンシャンが高いと決まっている。
勢い良く開けられた扉から現れたのはやはりユキだった。
「学校行くぞー!ってクマすご!」
学ランに着替え椅子の上で力なく座っているカズキを見て、口を大きく開けて驚くユキ。
僅かに聞こえるであろう返事が、カズキのだらしなく開いた口から漏れ出た頃、アツシも部屋へ入ってきた。
「間違いなくゲームのやりすぎだな」
ゲームに熱中しすぎたカズキが徹夜をして、椅子の上で燃えカスになっている事が稀にある為、慣れた手つきでカズキを部屋から運び出す2人。
「マキちゃーんカズキ連れてくよー」
「食パン持ってって授業始まる前に食べさせてー」
「はーい」
まるで家族の様なやりとりを女性陣が繰り広げ、幼馴染達はカズキを無理矢理学校へと連行していった。
徹夜で練習した自然な動きを実行する。
無意識で行っていた動作を意識しているせいか脳みそがオーバーヒートしそうだ。
はたして今頭の中に脳みそがあるのだろうか、もっと好奇心と勇気が湧いたら頭を割ってみよう。
「いやー1週間ぶりの学校の空気は最高だねー」
誰もいない教室にたどり着きユキが深呼吸をして喜びを言葉にした。
それもそのはずダンジョン化が再発しないかの再点検を、政府が1週間も行っており久しぶりの登校なのだ。
「ユキは本当に学校が好きだね」
「そりゃあ皆んないるし1人で暇してるの嫌いだもん」
それに付き合わされ、教師並みの早い登校に付き合わされている身にもなって欲しいと、カズキは机に伏しながら思った。
眠たい。
でも寝たら自分の身体がどうなるかわからない。
そんな葛藤に悩まされながら睡魔と格闘し、時間を潰していたら学ランの襟を後ろから引っ張られた。
上半身は椅子の背もたれに当たり反りかえった。
「いい加減に起きてパン食べなよ」
机の木目と目が合っていた視線は、無理矢理天井を向かされる。
天井とカズキの間に入ってきたユキは、何かを口に捩じ込んできた。
「っんふん!?」
食パンを口に入れられた事を一瞬で理解する。
まだ試していない食事が急に訪れてしまった。
「うわ!すごい奥まで入っちゃった!」
今や身体中が気を抜けばスライム並みの強度しかない為、ユキが握っていたパンは拳と共にカズキの口内へ侵入していた。
慌てて拳を引き抜くユキと、同じく慌てて駆け寄るアツシ。
「おい大丈夫か!やりすぎだぞユキ」
「そんな力入れてないよ!」
「詰まってないか?カズキ」
今食パンは首の辺りにいる。本来なら窒息しているだろう。
しかし全く苦しくなく若干の異物感がある程度だ。
この先この食パンはどうなるんだろう。
後々吐き出さないといけないのか、消化できるのか等を考えていると、あちこちから視線と心配が自分に集中している事に気がついた。
「よゆうよゆう」
アツシとユキの大声もあり教室にいた皆んなが注目していた。
両手でピースしエアクオーツしながら、何らない事を伝えると視線達はカズキから外れていった。
幼馴染達は口を揃えて「よかったー」と安堵のため息を口にした。
「朝から夫婦ごっことか背中が痒くなるからトイレでやってこいよ!」
後ろの方で悪態をついてくるクソ野郎タイキはフルシカトに限る。
前回大人気なく手を出してしまってからは無視と決め込んでいる。
そりゃあステータスを持っている俺の方が強いに決まっているからだ。
弱者を相手にするほど無意味なことは無い。
たがしかし!
「きったね」と言いながら手をアルコール消毒しまくっているクソユキだけは、あいつだけはステータス使って必ず泣かせる。
授業が始まりやっと落ち着く事が出来たので、食パンちゃんの行方を確認しよう。
まさかの溶けている!だと、どうなってんだ俺の体よ。
溶けて栄養にでもなるのか?
わからない。
とりあえず消しゴムでも体に入れてみよ。
そうして手のひらから消しゴムを飲み込んだ時点で授業が終わったのだった。
◯●◯
「えー今日の授業は跳び箱だ」
うそだろ?
体育大好き中学男児が、人生で初めて体育をサボる事を決意した瞬間だった。
よりによって跳び箱なんて死ねと言われている様な物だ。
跳び箱に手を着いた瞬間に肩から、両腕がもげる未来が視える。
なんならロイター板に足を着いた瞬間、跳ね返ってきた衝撃で下半身が爆散するだろう。
そのまま生じる運動エネルギーにより、上半身は跳び箱に激突し爆散。
位置的に頭部が跳び箱の上に取り残され、晒し首の完成だ。
絶対にやりたくない!!!
自然とカズキは美しい挙手をし、身体の不調を訴えていた。
親指の爪を齧りたくなるくらい悔しい。
体育を見学する事になったカズキは、独り隅で座り込んでいた。
明らかにテンションが落ちているカズキを見逃す筈のない女が近寄ってくる。
「あーあー跳び箱楽しいなー」
「わざとらしい独り言やめろよ」
にっしっしと悪い笑みを浮かべたユキが、元気を出せと背中を叩いてきた。
「え?え?え?」
完全に気を抜いていた。
まさか叩かれるなんて思ってもいなかった。
背中が完全にゲル状になってしまった。
学ランを浸透しユキの掌に俺の一部が付着している。
お互い目を合わせたまま硬直する。
気まずい沈黙を破ったのは意外にも心配の一言だった。
「そんな汗かくくらい具合悪いなら保健室に行きなよ」
「お、おう」
「私が保健室まで連れてってあげるよ」
本当に珍しく心配してくれるユキにより、保健室へ連行されたのだった。
「じゃあ先生よろしくねー」と保健室を後にしていったユキ。
本来なら普段とのギャップで、心臓がときめいていたかもしれない。
しかし!だがしかしだ!
保健室に着いてすぐ手を必死に洗い、消毒をしたあの女だけは声を出して泣かす!必ずだ。
流されていく自分の身体達の悲痛な叫び声が聞こえた気がするよ。
そんなくだらない事を固く決意したのだった。
◯●◯
「君がカズキ君だね」
暫くベットで寝転んでいたカズキを覗き込んできた謎の美少女。
ピンクの髪色と不思議な目の色をした少女だ。歳は同じくらいだろうか。
「その体どうなってるの」
目と目がくっ付いてしまいそうなくらい顔を近づけてくる。
不覚にもドキッとしてしまうが、緊張と急な展開に硬直し言葉が出ない。
「魔力を体のコントロールだけじゃなく強度にもちゃんとまわして」
少女の柔らかい手がカズキの手を握りしめる。
見惚れてしまうほど美しい顔面が、更に近づいてくる。
こんなところで初キス!?
幼少期に転んだ勢いでアツシとキスしてしまった、キスにカウントし無い苦い過去が頭の中によぎった。
小さい時の記憶でも衝撃的なことは、皆覚えている物だ。
しかし、今は違う。美少女の顔が迫ってきているのだ。反射で目を閉じてしまう。
「集中して」
耳元で魅力的な音が奏でられる。
それは耳の穴を通り抜け頭蓋骨をも振るわせる甘い、甘すぎる声だった。
美少女は、ぐいっと腕を引きカズキをベットから起こし引き出す。
驚いたカズキはシャットアウトしていた瞼を開く。
水晶の様に光を取り込んだ綺麗な瞳と再び目が合う。
吸い込まれてしまいそうだ。
「まあ詳しいことは後ね!力を貸してほしいんだ」
「行こ!」
こうしてカズキの日常を構成している歯車がまた一つ、大きな音を立てて外れたのだった。
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