第74話 燃え盛る赫と蒼
この三連休は仕事だけど、頑張って毎日投稿したいなって願ってます。
佐倉です。
暗闇の中
青白い腕に包み込まれ何も出来ずにいた。
自分の内側から大量の記憶が僕を溶かしてくる。
もう自分が私なのか、俺なのか、僕なのかもわからなくなってきた。
そんな中、唯一感じ取れる物があった。
それは6年間で一度しか感じたことのない物だが、強烈なトラウマであり忘れ難い新鮮な恐怖。
敵意
暗闇の中でそれは赤く光る。
靴底の様に、俺を害する前に手を伸ばし握り潰す。
握り潰せば消える赤い光だが、確実に僕を向かって強く光る。
大小強弱と様々な赤い光は、増える事をやめない。
私を覆う数多の腕を逆に利用して、大量の光を握りつぶす。
そうして敵意と向き合っていくうちに、ある事に気がついた。
あたしが赤く赫く燃え上がっている事に。
この暗闇の中で見た多くの敵意なんて、小さく見えてしまう程の激情。
圧倒的な復讐心からくる殺意
それは強く強く燃え上がり、僕に纏わりつき取り憑こうと必死な記憶達を律する。
溶けゆく意思が徐々に固まり直し、はっきりとしていく。
僕の燃える炎は周囲を照らし出し、アイツを照らし出す。
名前も知らない僕の復讐の対象。
「ぺちゃんこだー」、「カズキくん」
記憶達が僕にアイツを教えてくれる。
ある程度の知名度があるらしく、皆がアイツの情報を流し込んでくる。
僕の、私の目的は、君を、カズキ、お前を、必ず
流れ込む記憶によりクラクラする。
それでも僕の復讐心は弱まるどころか、更に熱を帯び、更に大きく赫く燃え上がる。
この炎が僕であり、僕の生きる理由。
サクラカズキ
君を殺す。
⚪︎⚫︎⚪︎
ホワイトアウトしていたカズキ達は、6年という長い記憶の旅路を終え真っ暗な空間に戻ってきていた。
「なんだったんだ…」
6年という記憶を閲覧し、一時的とはいえ大量の記憶を流し込まれたカズキの脳は悲鳴をあげている。
こめかみを押さえながら目の前の化け物を見つめる。
「……相当恨まれてるわねえ、あなた」
いつも飄々としている化け物だが、さすがに頭が痛いのか、カズキに同情しているのか微妙な表情をしている。
「そもそもここは何なんだよ、死んだ後の世界かなんかか?」
「まあぁ、私の推測だと貫かれた時にスライム同士の【結合】が作用して、記憶が流れ込んできたんだと思うわあ」
「じゃあ」
「そうねえ、あっちの子にもあなたの記憶が流れ込んでるでしょおねえ。あらあ? 終わりが来たようねえ」
暗闇がひび割れ光が漏れ込み始める。
こんな状況じゃなければ、見惚れていただろう幻想的な光景。
隣にはトラウマ級の化け物、現実では復讐に燃えるスライムが待ち構えている。
「まっ関係ねえか」
今はこの景色を楽しもう。
とはいえ、どうしたものか。
魔力切れてんだよな。
「なによぉ、そんな目で見つめちゃって。もしかして恋しちゃったあ?」
「バカいえ、 滞納し続けた家賃の徴収だわ。魔力切れて困ってんだよ。くれ」
「あーこういうの何ていうか私知ってるわあ。ヒモね、ヒモぉ」
「はあ? ちげえよ生死が関わってんだよ!!! そもそもお前も俺が死ぬと困るだろ」
「でも私ヒモ養うの嫌いじゃ無いと思うのお。私頼られるの好きなのよねえ、なんか抱きしめたくなるのお」
「ひとつ出来る限り言う事聞いてやるから魔力よこせ化け物」
楽しそうに笑みを浮かべていた化け物の目は、三日月状から大きく見開かれる。
そうして開かれた目は再び三日月状となり、その奥から覗く赤い瞳は赤く輝いた。
化け物が心の底から嗤ったのだった。
「ヒモはヒモらしく逃げるのよお。あの子には今のあなたじゃ逆立ちしたって勝てっこないわあ」
「勝てる勝てないじゃねえんだよ。男にはやらなきゃいけない時があるんだよ」
「まあなんて言おうと逃げる分の魔力しか渡さないわよお」
「はいはい、早くよこせ」
細く白い腕がカズキへと伸び、掌がカズキの頬を愛おしそうに撫でる。
その白く柔らかな掌は、フランベルジュを力強く振っていたとは思えないほど柔らかく心地よい。
「触んな」
「私たちパートナーじゃない」
「うるせえ」
暗闇が砕け散り、現実が露わになる。
歪なツクシ、もといスライムの世界を拒絶する青い腕に貫かれたカズキは、スライム固有スキル【結合】が偶然にも発動し互いの記憶を垣間見た。
そんなクールタイムにも終わりが来たのだ。
頬に当たる雨の感触が現実に帰ってきたことを知らせる。
灰色の空は黒く濁り雨を降らし始めた。
歪から伸びる青白い腕が、カズキの腹部から生えている現状は変わらない。
それどころか、クレーターの中心から離れた位置にいる歪から、手足が大量に伸びて大きな塊になる。
それは蠢きながら、歪にも形を整え巨大な足となる。
巨大な肉の塊である本体から生える、複数の腕や足が絡み合い出来た巨大な足の裏を見て、笑いが込み上げてくる。
「仕返しのつもりかよ」
振り上げらる足が頂点へ達し静止する。
今から踏み潰すと言わんばかりの静寂に、背筋が恐怖に煽られ凍りつく。
あの細く爆発的に伸び続ける白い腕に、カズキの最大奥義である雷槍は押し負けた。
それなのに逃走用にと少し分け与えられた微量な魔力で、この巨脚に勝てるだろうか。
「こりゃあユキに殺されるかもな」
初速はゆっくりであった。
巨大な足裏がゆっくりカズキに向かって動き出したのだ。
きっとあの足裏は、カズキの体が修復不可能になる程の威力を繰り出し、大地を割り揺すぶるだろう。
2人は逃げ切っただろうか。
2人と初めて会った時の記憶はない。
産まれた病院で同室だった為、両親が意気投合し本当の兄弟の様に育って来た。
カズキの家族は母親しかいなかったが、2人のおかげで寂しい思いをすることがなかった。
ムカつく奴らだけれど一緒にいると落ち着く幼馴染。
自分の命を引き換えにしても助けたいと思える。
そんな2人の顔が思い出と共に浮かぶ。
最近よく見る走馬灯
あまりにも短い間で長期間の思い出が、ユキとアツシ2人の笑顔、何気ない仕草が鮮明にカズキの心を刺激してきた。
また2人に会いたい、生まれ変わっても幼馴染になりたいと強く願う。
勝てないとわかっていても男には、やらなきゃいけない時がある。
それが今であり、この右手に圧縮した蒼き魔力を、本気を絞り出す時だ。
自然と口から本心が漏れる。
「楽しかったな」
雨水を押し潰しながら迫り来る歪な足に、緑色の閃光が水をさし動きを止めた。
魔力を圧縮しただけの力技だ。
その光が歪に当たらなければ間違いなくカズキは踏み潰されていたであろう。
「死んだら殺すって言ったじゃん……負けを認めたって事は覚悟できてるんでしょ…」
有言実行
それが彼女の在り方であり生き様。
震えた声は今にも泣き出しそうで、震えた体は今にも逃げ出しそうだった。
しかし、その光を放った少女は明らかな敵意を歪に向ける。
歪が敵意に対して反応し、攻撃することを知りながら。
「私の仲間を傷つけるお前も、負けを認めたお前も、2人まとめて私がぶっ殺してやるよ!!!」
発火した敵意が殺意となり歪が反応する。
それは目的であるカズキを目の前にしてでも、暗闇の中にいるスライムにとっては大きな害だった。
足裏が止まり少女を亡き者にしようと、本体から高速で腕を伸ばす。
大勢の冒険者を一瞬で戦闘不能にした必殺の一撃がユキに迫る。
恐怖から逃げまいと、唯一の武器である杖を構え迎え撃つユキに、吸い込まれていく腕を雷鳴が焼き払う。
音を置き去りにした蒼き光は、少女を救い彼方へ消えていった。
「お前の相手は俺だろ」
雷の射手は腹部を貫かれ、地面に縫い付けられた状態にも関わらず、明確な殺意を歪へぶつけた。
それは静かにも大きく燃え上がる蒼い炎。
暗闇の中、赫い炎と蒼い炎が対峙する。
「サ、クラ…カァァァズぅキいぃぃぃぃぃィィィっ!!!」
自分を害した小さな殺意など見向きもせずスライムは、自らに纏わりつく腕を払い復讐の対象である憎き人間、蒼く燃え盛るカズキを全力で睨みつけ名前を叫ぶ。
大気を震わせる憤怒を纏い全力で足を振り下ろす。
一般人なら立つことさえ危うい揺れを叫ぶ歪と、声にならない叫び声が少女の小さな喉から響き渡る。
今ので魔力は尽きた。
もう指ひとつ動かせねえな。
再度、魔力切れに陥ったカズキは、身体を動かすことが出来ない。
しかし、降り注がんとしている絶望は止まるどころか、カズキの命を確実に刈り取るために速度を上昇させながら近づいて来ていた。
よかった
地べたに座り込み、こちらに手を伸ば少女の無事が確認できた。
喉が焼き切れんばかりの絶叫と、その瞳から珍しく流れる雫さえ無ければ、もっと安心出来ただろうに。
まあ雨で目元が濡れているだけかもしれないけれど、いくらステータスで視力が強化されていようと、この距離気は正解を確かめる事は出来ない。
謎の達成感が溢れて来ており、恐怖心は不思議と無い。
その代わりに他の感情が顔を出してくる。
もっとみんなと居たかったな。
後悔だった。
こんなところに来なければ、あのままユキと他愛もない喧嘩を続けていれば、あるいはもっと寝ていれば明日も2人と笑えていたのだろうか。
迫り来る死という窮地により加速された世界も終わりが来る。
いくら早く物事を考えられる思考能力があっても、身体が付いていけないのでは無意味だ。
なんなら動けないのだから尚更宝の持ち腐れである。
手を上げれば触れられる距離まで足の裏が来ていた。
足の裏と言っても近くで見たら、幾人もの人間が伸ばされ絡み合ったかの様な、醜悪そのものと言える壁だ。
その醜悪さに目を背ける様に目を閉じる。
視界をシャットアウトしたカズキの口角は少し上がっていた。
冒険者になると決めた日に付けられた最悪なあだ名が、まさか自分の最後の時を表すとは思ってもいなかったから。
轟音と地響を掻き鳴らす足裏が、カズキを包み込んだのだった。




