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第71話 わからない事から逃げるのも大きな決断

ここは何なのだろう。

椅子と机がある穴の中だろうか。


わからない。


目の前で大きな音を出す人間がいる。

何故それが人間なんだと理解できるのかも


わからない。


自分が何者なのかも


わからない。


目の前の人間は、自分の身体を操作するのが苦手らしい。

長い時間を掛けて、動くことを習得し自分の前からいなくなった。

それからどれくらい時間が経過したことか


わからない。


目の前にスライムが生成された。

水色で丸く半透明なモンスター。

なんで初めて見たにも関わらず名前がわかるのか


わからない。


わからない事が多すぎて不安だ。

その不安は僕の恐怖心を焚きつける。


なんで


どうして


不安って何だ?


恐怖心……怖いって何なんだ?


知らない事を知っている自分すらも



わからない



でも


確実にわかることがある。


バチュん


定期的に生成されるスライムを、同胞を定期的に踏み潰しに来る人間。


バチュん


無惨にも踏み潰されアイツの養分とされる哀れな同胞達。


バチュん


飽きることもなく


バチュん


毎日毎日


バチュん


僕らに危害を加えるアイツは


バチュん



敵だ



バチュん


それは明確で確かな事だ。

いつあの足裏が自分に向くかわからない恐怖と、今日も生き残ることが出来たという安堵こそが、僕に理解出来る数少ない事であり生きる糧と言っても過言ではない。

いつしかその二つの感情は僕にストレスという物を教え、怒りや復讐心を生み出した。


あれからどれほどの時間が経過したのだろうか。

同胞が生成する時間に合わせて現れていたアイツが、姿を見せない事がある。

定期的に来ていたアイツの出現時間は不定期となり、どんどんどんどん姿を見せる回数が減っていった。


おかげで踏み潰されるかもしれない恐怖心が小さくなり、心の余裕が少しずつ増えていった。

余裕は僕を能動的にし、同胞に対して触れるという行動を取らせた。

何故そんな事をしたのかと問われても、わからない。

逆に聞いてみたい、好奇心に答えなんてあるのだろうか。

こんな暗く何もない空間に閉じ込められていれば、唯一の同胞に触れたくなるのも仕方のない事だと僕は思う。


僕と同じ水色で半透明な、たわんだボディはとても柔らかそうだ。

魔力操作でしか動くことの出来ない身体を、突き動かし目の前にたどり着く。

同胞が傷つかない様、細心の注意を払い接触する。

それは触れ合うというよりも、寄り添うと言えたであろう。


初めて触れる他者の感触は、己の内側を暖かくする不思議な感覚だった。


否、感覚でも感触でもない。

同胞はゆっくりと僕の中に入り込み、ひとつになる。


ほんの出来心だったはずの触れるというスキンシップは、皮肉にも同胞を消滅させた。

しかし、それが自分の招いた結果だなんて思うはずが無い。

この小さな空間で急に消えた同胞を必死に探すが、見つけられない。

焦る気持ちを落ち着かせる為に定位置に着く。


不思議だ。


なんで同胞はいなくなってしまったんだろう。

そんな事を考えていると周囲が明るくなりアイツが現れた。


「んん?1匹しかいない」


この洞窟の最奥で小さくなる僕を見つめ、困惑するアイツは同胞がいない事を不思議に思っているのだろう。


「まあいいか、じゃ」


深くは考えずアイツは明かりを消して消えていった。

それから少しして新たな同胞が生成された。

僕は先ほどの答え合わせをするべく近づいた、寄り添った同胞が消えた現象を確かめるべく、新しい同胞に寄り添った。


くっついた瞬間に同胞と僕は結合され、ひとつの個体となった。

体の中に温かい感触がじんわりと広がり安心感を膨らませる。

そうか、僕が同胞を取り込んでしまっていたのか。

特に罪悪感とかも感じない。


あの腹の底から湧き上がる温かい安心感は、恐怖に震え続けただけの僕の人生にとって、最高でかけがえのないものとなり、その魅力に僕は一瞬で取り憑かれた。

こうして僕は安心感を求めるべく、何も考えず同胞が生成される度に取り込み続け、長い時を暗闇で過ごし続けた。


「懐かしい秘密基地だね」


「なっつ!まだ椅子も机もあるのね」


「昔は僕らずっと3人でここに入り浸っていたよね。夏なんか汗ダラダラで脱水症状になりかけたっけ」


「小さい頃はこの椅子も机もちょうどいいサイズだったのにな」


聞いたことのない音階の声音がこの空間に広がる。

アイツが知らない人間を引き連れやってきたのだ。


「それでここに何があるのよ?」


「まあ見てくれって」


アイツが僕に向かって指を指し示す。

ついに僕が踏み潰される番がやってきたのだろうか。


「スライムかな?」


「ハズキさん正解!」


「いるとは思ってたけど、実在したなんてね」


これが他の人間か、僕らスライムとは違って個体差が激しいとか、そういう次元じゃない。

目の前まできた目が大きく、髪の毛が肩くらいまで伸びた人間が僕に指を突き刺し「ぷにぷにしてるー」とか言ってくる。


生きた心地が全くしない。

自分の体内に入り込んできた人差し指に全神経が持っていかれる。


「と、まあ詳しい説明は家でするよ」


そういってアイツは、いつも通り明かりを消し、皆とどこかへいなくなってしまった。

人間はどれほどの数がいるのだろうか。


わからない


もし戦うとすれば僕に勝ち目はあるのだろうか


わからない


そもそもここから出れるのだろうか


わからない


こうしてわからない事をわからないまま終わらせても良いのだろうか。


駄目だろう。


あの人間達に負けない力を付けなければ、この閉塞された空間から出なければ、僕は一生このまま踏み潰されるかもしれない恐怖に取り憑かれたままだろう。


強くならないといけない。


こうして僕は精神的に大きな第一歩を踏み出し、アイツに立ち向かう事を決意したのだった。

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