表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/120

第70話 無口なオーディエンス

『は、はははっ、やり過ぎたんだ』


大きな少年は、目に水分を溜め込み頬を引き攣らせ笑っていた。


『これは呪いなんだスライム達を殺し続けた呪いなんだ』


恐怖に支配された瞳が過度なストレスを感じ取り、小刻みに震えている。

その瞳が偶然にも捉えるのは、透明なドーム内にいるカズキ達だった。


「そんなに見つめられるとお姉さんドキドキしちゃうわあ」


「あれは俺らを見てないから」


「とっても怯えてるけど、これはどおいう状況なの?」


初めてスライム化を取得した時の映像だ。

身体を上手くコントロール出来ず、バラバラになり絶望している過去の俺。


この状況が何だって?

そんなの俺が聞きたいくらいだ。


差し詰め…


「佐倉和希18歳今までありがとう走馬灯スペシャル上映会じゃない? んで、これはスライム化を取得した時の思い出」


動こうにも魔力操作を知らないカズキが、絶望という壁に激突し顔面蒼白でピクピクと1人で悶える姿を、トラウマの対象であるミラと見るのは何だかシュールだ。


スライムを無慈悲に潰しに潰し己が養分とした事で、スライムから呪いを掛けられたと本気で勘違いしている自分は見るに耐えない。

この時の俺は恐怖と絶望に溺れ、好奇心で無知なのに未知のダンジョンへ触れた事を後悔しているのだ。


そして忘れもしない。

聞きたくも無いのに機械的で中世的な音声が、脳内へ祝福を囁く頃合いだ。


『ワールドミッション スライムを連続で1000匹討伐 を達成しました』


『祝福【スライム化】が贈られます』


声にならない悲鳴の様な音を喉で鳴らし、大きなカズキは目を見開き、ゆっくりと口を開いていく。


アレが来る。


決壊した涙腺と夥しい鼻汁で、顔面を汚した過去の僕が贈る悲痛な叫びをお聞きください。


では、来ます。


『誰かあああああ、たすけてえええええええ!!!』


世界一小さなダンジョンで、世界中の誰よりも強い思いを込めた、他力本願な叫び声が響き渡った。


「あぁ、美味しそうねえ。一緒にいたかったわあ」


細く長い両腕で己を抱きしめ、法悦とした表情を浮かべる化け物は見て見ぬふりをしよう。

ダンジョン外で出会えれば美女耐性の高いカズキでさえ、視線で追わざるを得ないビジュアルだが、やはり殺され掛けたトラウマだからだろうか、心の波は少しも立たない。凪だ。

本来このモンスターを今すぐに身体から吐き出す事を、第一に考えるべきだろうが、死に際を、今この状況をどうにかすべきだ。


そんな中で聞き覚えのない世界の祝福が脳へ語りかけてきた。


『ワールドミッション 格上との戦闘で1000回生き延びる を達成しました』


『特殊条件達成により個体スライムに自我を形成します』


あの時の記憶は鮮明にある。

なのに、こんな世界の声に聞き覚えは全くない。


「自我を…形成? どういう事だ?」


「へぇこの条件を達成するなんて、この子はよっぽど運がいいよおね」


何か知っている様な物言いでミラは自己完結したように頷く。


「そんな睨まなくてもこれくらいお姉さんが教えてあげるわよお。この子は特殊な条件を達成して本来持ち得ない自我を手に入れたのよお。あなたがその身体になったよおにねえ」


「特殊条件?」


「ワールドミッションって言葉に覚えはなあい?」


「……あっ」


記憶にあるも何も今目の前で悶え苦しむ過去の俺を、こんな状態にしたのはそれのせいだ。

そんな言い方をするもののスライム化は、カズキの冒険者人生を大きく助けている。


アレと似たような条件を達成しこのスライムは自我を手に入れたのだ。


「てかさっきからこの子この子って誰のこと言ってんだよ」


「本当にわからないの?」


赤い瞳を大きく開き、信じ難い現実に直面したのか驚いている。

息を吸い込むことなく大きなため息を吐いて、ジト目で残念そうに答え合わせを始めた。


「これだから碌に女心も理解できないのねえ……ハズキちゃんが可哀想、それはこの子に恨まれても仕方ないわあ」


「はあ? ハズキさんは関係ないだろお前には!」


「関係大有りよお。あなたの見たもの聞いたものが、今の私の唯一の娯楽なんだからあ」


「ま、まじかよ……」


「マジも本気もないわあ、あなたのお風呂の入り方や夜のルーティンも把握済みよお」


ニタリと妖艶に口角を上げるミラの赤い瞳と目が合い、カズキの頬が赤くなる。

こいつずっと俺の日常シアターを楽しんでやがるのか…見られたくないところまで。


「もう話、戻そうか」


「それもそうねえ、あなた虐めても何の解決にならないものね。この私たちを囲む透明なドームは映像を映し出すスクリーンじゃないのはわかるわよねえ?」


全然わからない。

というか言われてもよく理解できない。

無言で静止するカズキを見てミラは、止めた足を動かし再び進み始める。


「重症ね……これはスライムの視点よお。だから貴方や風景がとんでもなく大きく見えるの」


言われてみれば確かにそうだ。

こんな視点から自分を見たこと無い。そもそも走馬灯が第三者視点なはずが無い…はず。


【雷】のスキルを使用していないのに、電撃が全身を駆け巡り散らした。


そうだ。


この位置にずっと鎮座するスライムがいた。


無口なオーディエンスと喩えた、跳ねることなくカズキを見つめていたアイツだ。

秘密基地ダンジョンに同時に存在できるスライムの数は2匹。

それを全て討伐しない様に、入り口から近い方のスライムを毎回討伐していたが、今こうして思い返すと奥にいたスライムは毎日、毎回同じ位置に、今カズキ達がいるここにいた。


「っ!? なんだ?」


「これはぁ、すごいわねぇ」


急に頭の中に熱湯を注がれたと、錯覚する様な衝撃と激痛が2人を襲う。

不安や恐怖、理解できない謎の感情まで、ありとあら情報が煮詰められ脳みそに注がれ、染み込んできた。


この空間に入り込んだ時とは真逆で、視界が白く白く、真っ白にホワイトアウトしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ