第7話 他力本願と放任主義
こんにちは。
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よろしくお願いします。
他力本願
それは自分の力で前に進むことを諦めた人間が、他の力を借り前進しようとする愚行だ。
そんな恥ずかしい行いを全力で全面的に行える男、それが佐倉和希だ。
汗、涙、鼻水、涎と出せるだけ出せる体液を出し泣き叫んでいる。
失禁していないところを見るに人間を捨てたわけではない様だ。
あれから長い時間が経った。歪んでいた視界が乾燥し澄み渡る。
焦りと恐怖に支配され靄がかかっていた頭の中が徐々に晴れてきた。
ステータス画面を開くと、そこには今まで無かった文字があったのだ。
「スライム化ってなんだよ」
恐怖のあまりに呪いか何かかと思っていたが違った様だ。
スライム1000体を連続で倒した事によりスキルを手に入れたらしい。
自分の現状を見るにスライム化の影響で絶対に間違いない。
足の断面や転倒時に飛び散った体の破片が、ゲル状なのが確たる証拠だ。
今更気づいたが痛みもない。
「喋ったり呼吸もできるんだよな」
人間の特性を残したまま強制的なスライム化だ。たぶん。
アニメや漫画の主人公がスライムの力を手に入れた時、自由自在に扱っているのは嘘だったんだ。
あれは絶え間ない努力をしたか、人成らざるなセンスを持つ特別な人間達なんだ。
動こうと試すも震えることしか出来ない。
もしかしたらスライム達は震えることしか出来ないのか?
いや飛び跳ねている事もあったから動けるはず!
「くっ、ううう…ううううあああああ!!!」
全力で体を動かそうとした。大声をあげたりもした。しかし体は震えるだけだ。
人生気合いで何とかなると思って生きてきたが間違えだったらしい。
自分が強制的に人型スライムになってしまった現実は変えられない。
ならば適応するまでだ。
今この瞬間の現状を把握する。
まず物事を解決するには、初めに置かれている状態を把握する必要がある。
そして問題点を浮き彫りにし、適切な処置を行わなければならない。
かといってスライム化して動けないのが現状で全てだ。
では動く方法を考える、が全く思い浮かばない。
ダンジョン奥にいるスライムを観察して動き方を見出そうとするも、全く動く気配がない。
「なんで動かないんだよぉ」
儚い声を出すもスライムは応じない。
「右手の小指曲がれ!」と声に出したりもした。
身体を動かす事を明確に頭の中でイメージしてもピクリともしない。
終わった。
まったくわからない。
もう本当にわからない。
誰かに発見されるまで、このままなのかもしれない。
そして「うわっキモ」と心無い一言を投げかけられ、踏み潰されて経験値にされるんだ。
まさにぺちゃん子の最後にピッタリだ。
「あーーーーーーーーーーーーーーーー」
何故だろう声を出し続けているのに苦しくない。
酸素を必要としないのかもしれない。
ぼーっとステータス画面を見ているとある事に気がついた。
佐倉和希 人間
LV:13
HP:51
MP:1
STR:58
VIT:2
AGI:4
SP:13
スキル一覧
・スライム化
「魔力で動かせないか?いやでもMP:1って無理ゲーだろ。そもそもスキルならメリットだけよこせよ!デメリットとか受け付けてないんだよ!!!」
心の底から世界へ文句を言う。
MPの項目は魔法?を覚えるまで意味のない物だと思っていた。
もうこれに頼るしかない。産まれて初めて目に見えなく、掴むことの出来ない物を動かそうと決意したは良いものの。
「魔力なんてどうやって操作するんだよ」
全くわからない。
産まれた時に手足を動かすのとは訳が違う。
「こういうのは教育係やチュートリアルが無いと無理ゲーだろ」
とりあえず魔力を感じるところから始めてみよう。
目を閉じて集中する。
魔力という未知の存在を実在すると信じ込み、本気で見つけようと探してみる。
どれくらい時間が経ったかわからない。
脳内に存在する「魔力を探す」という信号を大きくし、それ以外を遮断する。
カズキが唯一得意とする集中に全力を注ぐ。
何かがある。
何かはわからないけど、確かに断言できる。
そんな不思議な感覚だった。
自分から少し離れた位置に1つと、すぐ近くに1つ。
目を開けて確認したところ、ダンジョン奥に存在するスライムと、疎遠になった我が右足だった。
スライムの魔力らしき物は感じることしか出来ないが、右足は親近感がある。
うまく説明できないが、たしかにそう感じる。
「なんだかいける気がする!」
希望がほんの少しだけ顔を出し始める。
この希望がそっぽ向かない様、早く行動しよう。
もう一度目を閉じて魔力と思われるそれを探す。やはり右足にはそれが満ちている。
先ほどとは違い足の形がはっきりとわかる。目を閉じているのにだ。
頭の中に有るであろう何かが擦り切れそうになる感じがした。
人生でこんなにも集中した事があるだろうか。
ゲームや好きな事に熱中している時よりも深く深く集中している。
生死が関わっている時の生物は必死になる物だ。
自分の魔力であろう物だから動かせるはずだ。
そう自分に言い聞かせて動かそうと、さらに深く集中する。
「……うわ、きも」
視界を遮断した為、真っ暗な空間に青白く浮かび上がる右足。
何時間経過したかわからないが、その光の指を動かす事に成功したのだ。
意を決して目を開けてみると光の足と連動して、右足も元気に指をクネクネしていた。
まるで蛇が動くみたいにニョロニョロとだ。
「人間らしく動ける様にならないといけないのかよ」
スライム化による人間性の喪失は、甚大な被害を与えていた。
体に満ちている魔力を操作する事で身体を動かす事ができる様だ。
だがしかし、今まだ自然に行っていた動作を意図して行わなければならない。
たとえば関節だ。痛みもなく反対側に曲がる。
首なんかは一周させる事だって出来た。
時間をかける事で集中していれば割りかし動ける様になったが、次の課題が「人間らしく動く」だ。
「その前にっと」
ずっずずずず
魔力を引き寄せることで右足を引き寄せる。
気づいた事だが右足の魔力と自分の体の魔力は同じ色だった。青白い感じだ。
奥にいるスライムは濃い紫をしている。
もしかしたら個体によって魔力の色も違うのかもしれない。
「これでどうにか…よし!」
しばらく家出していた右足が帰ってきたのだ。
「おかえり右足ちゃん」なんて語りかけてしまうくらい嬉しくなる。
立ち上がり伸びたり自分の動作確認をしてみる。
何の違和感もなくくっ付いている。
そして「いち、に、いち、に」と、自分で掛け声を出しながらヨチヨチ歩き回り、飛び散りまくった自分の破片を回収する。
「やっとやっと元に戻れた…」
死を覚悟した。
もう死ぬか誰かに発見されて討伐されるまで、この薄暗いダンジョンにいる事になるかと思った。
安堵した途端に押し寄せてくる疲労感と達成感に呼応し大声が出ていた。
「よっしゃぁぁぁあああ!!!」
まだぎこちない動きで手作りの階段を登りダンジョンを後にする。
いまは何日の何時なのだろう。相変わらず施錠されていないベランダを開けて家に入る。
「あんたどこに行ってたの?」
ベランダが開く音に気いた母に見つかってしまった。
「友達の家に泊まってた。ごめん家にスマホ忘れてたわ」
「あそ晩御飯無いからね」
今日この日初ほど放任主義の家庭に生まれてよかったと思った日はない。
適当な返事をして自室に戻る。
スマホの画面を開いて日時を確認したところ日曜の22時であった。
「1日半か」と声が漏れる。3日以上はあそこにいた気がする。
明日は朝早くから学校だが1番大事な事が残っている。
姿鏡の前で人間としての動作に問題がないか確認をしなければならないのだ。
「これだけ練習すれば大丈夫だろ」
ある程度人として動ける様になった。
途端に集中力の反動で睡魔が纏わりついてきた。はたしてこの身体に睡眠が必要なのか。
今押し寄せている睡魔に対して問いかけてみるが答えは返ってこない。
そんな物はやってみなきゃわからないってもんだ。
大好きな聖域に身を委ねたくて仕方がない。
地獄から解放された男は、ベットという天国に飛び込まずにはいられなかった。
小さな子供が長旅に疲れ、ホテルの大きなベットにテンションを高め、飛び込む様な勢いでカズキの体が弧を描く。
ふかふかで優しく包んでくれる母性溢れた聖域、もといベットへ着地した。
それと同時に目を疑う現象が起きた。
ベシャん
耳障りのいい音と共にベットの軋む音だけが部屋に響く。
考える事を一瞬やめて寝てやろうかと思った。
しかし一般中学男児の部屋に有ると思えない物が部屋の中央に鎮座している。
右足様だ。
彼の御方はそれはそれは綺麗にバランスを取り立っています。
ベットINの衝撃に耐えられず家出なされたらしい。
なんなら今回は足の付け根から家出なされているし、体のあちこちがゲル状になって飛び散っている。
魔力操作で身体を動かすだけが課題では無かったのだ。
こうしてカズキは更なる甚大な被害に直面した。
気を抜いたら耐久性がコンニャクより弱くなってしまうのだった。
それでは聞いてください。
全て終わったと安堵した瞬間、地獄へ舞い戻った男の儚き絶叫を。
「もういやぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
あちこちゲル状になった身体を震わせ、現実を逃避する様に手で顔を覆うカズキの傍で、共にスマホが震える。
「近所迷惑」その4文字が母親マキより送られて来たが、それどころでは無く全く気づかないカズキ。
息子の絶叫を聞いても部屋に入ってこない母親のお陰で、大騒ぎにならずに済んだ事を知るのは、早朝になってからだった。
またしても放任主義に救われたのであった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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