第66話 歪な開花
「ひぃっ」
少し離れた位置から、聞き覚えのない小さな悲鳴が聞こえた。
振り向くと金髪の女性が歪を見て、明らかに動揺している。
どうやら緊急依頼でこの場に到着した6人組パーティーの様だ。
「この爆炎のシュン様が来たからには終わりだぁー!!!」
ロングソードの切先を歪目掛けて宣戦布告した冒険者は、冒険社【アース】のB級冒険者だ。
その戦闘服には黒くて丸い魔石が装飾されている。
もちろん他5名にも同様の魔石がついており、グラスターだとすぐにわかった。
他の冒険者も続々と集まりクレーターを、歪なモンスターを複数のパーティーが囲んだ。
「やべえモンスターがいんな」
一人の冒険者がつぶやいた。
「さっさとやちゃいますか」
その仲間がやる気を見せる。
集まって来た冒険者もやる気に満ち溢れている。
滅多に無い緊急依頼だ。これを達成したらどんな報酬が貰えるのかとテンションが上がっているのだろう。
歪に向けられる多量の敵意。
その場にいる多数の冒険者は知らない。
B級とはいえ決して弱くはない【ソリューション】が全滅していることを。
ソイツの強さを、簡単に手を出していい物ではないことを。
「みんな一旦様子を見よう。あのモンスターの情報が少なすぎるし、【ソリューション】の人たちの傷跡を見る限り長距離攻撃が来そうだからユキは僕の後ろに入って」
緊張感により無言で頷きアツシからの指示に従う。
大勢の冒険者が集まり、名声欲しさに名乗りを上げる声が増える。
勝利を確信し多くの上ずった声達のやる気が更に上昇していく。
しかし
その活気は一瞬にして静寂となる。
大勢の冒険者が一斉に声を失ったのだ。
その胸には等しく青白く細い腕が、深く、深く刺さっていた。
歪から弾丸の様な速度で伸びた数多の腕が、大勢の冒険者の心臓を貫いたのだ。
そえはまるで大樹の様で、不吉な果実を実らせた死神のツリーハウス。
不幸を目の前に思ってはいけないだろうが、その光景は壮観であった。
「うっ、嘘でしょ…」
「敵意だ」
「え?」
「あのモンスターに目がない、きっと敵意に反応して攻撃してる」
その証拠に何もせずに様子見をしていたカズキ達だけ、胸に穴が開かず無事だった。
「敵意を見せずに今すぐ逃げろ」
「カズキはどうすんの」
「俺は足止めをするからS級が必要だって連絡してくれ」
今この場で生存率を上げるにはカズキが殿を努めるしかない。
カズキならよっぽどのことがない限り死なないからだ。
「そんなのダメだよ!みんなで逃げようあんなのに勝てるわけないじゃん!」
ユキが裾を引っ張り逃げることを提案するが、それは無理だろう。
歪が大量に手を伸ばしたことで、その掌が覆い隠していた多くの目がカズキ達を捉えている。
「アツシ頼む」
物心がつく前から一緒にいた幼馴染であり親友。
兄弟の様に育って来たがカズキの本気の願いを、生まれて初めて託されたアツシは頷くことしか出来なかった。
今この場にいても役不足になることは重々承知しているアツシ。
「行こうユキ」
「ちょアツシ何言ってんの!?カズキを一人であの化け物と戦わせる気?どうかしてんじゃないの!!!」
「僕だって!僕だって悔しいさ」
しかしダンジョンの理りから逸脱したモンスターは甘く無い。
いつの間にか手を縮め、上半身を多くの手で覆い直した歪なツクシが、カズキ達の交差する視線の中央に音もなく現れた。
息を呑むことすら許されない。
感じ取れるのは極度の緊張感から、胸を張り裂きそうな勢いで動く心音のみ。
半年前なら恐怖により動きを止められていただろう。
しかし今は違う。
今にも助けを求め、大声でこの感情から逃げ出したい気持ちさえも抜刀した刃に込め横凪に振るった。
文字通りその刃に全てを乗せてだ。
刀に魔力を、蒼い雷を纏わせ威力を底上げした斬撃が歪を切り貫く。
この場にいたのはカズキだけでは無い。
白き聖女はパーティーメンバーの防御力、攻撃力を支援魔法にて強化し、黒い聖騎士は大剣に青い炎を纏わせカズキと同時に横凪に振るったのだ。
2人の必殺級の攻撃を受けた歪は、光の粒子に変わらず世界に形を保った。
蒼雷と青炎により生じた痛々しい傷口が蠢く。
「ユキはアツシの後ろに!こいつは心臓を狙うから心臓の前で剣を構えとけよ」
他の冒険者達がやられた状況から判断し、珍しく指示を飛ばすカズキ。
「…い、いたい」
「ーーえ?」
「「いたいいたいいたいいたい」」
カズキ達が与えた傷口が大きな口へと変化しダメージを訴える。
「ああああ」「いたいよ」「たすけてパパ」「明日はハンバーグにしよう」「えいが楽しみね」「何!?」「あついよ!」「いったーい」「ありよりのあり」
小さな口、といっても人間の通常サイズの口達が各々喋る中、大きい二つの口が破裂する。
「かっ、はあ…あ?」
不可視の衝撃が全身を襲い、身動きが強制的に止められた。
きっと歪の反対側にいるアツシやユキも同様だろう。
そんな身動きが出来ないカズキ達の目の前で、地獄の華が開花する。
歪の上半身を覆っていた大量の腕が開かれたのだ。
中から現れたのは何もない上半身だ。マネキンの様に何も無い。
表現し難い生々しい音が鳴り、腹部に大きな瞳が現れる。
その視線は辺りを見渡し、カズキを捉え動きを止めた。
好きな様に喋っていた口達が静まり返り、一周の静寂が訪れる。
その気持ちが悪い静寂は、一同に口を開けられた口達により破壊された。
「「「「みつけた」」」」
吐き気を催すほどの敵意が放たれる。
空気が粘り纏わり付きて来ている、と錯覚するほどの憎悪がこの場を支配する。
それに当てられた一同は、歪から目を逸らしたいと強く思う。
しかし身動きを封じられ、目を逸らす事が出来ない。
「「「「あああああああああ」」」」
「私のものだ!」「返して!返して!」「お母さーん!」「てめえいい加減にしやがれ!」「ううううう」「ぐがぁあ」「静かにしてくれよ」
歪な口達が再び話し始め体を震わす。
その声達には怒気が含めれているが各々が好きな様に言葉を発している。
何かが折れるような音が連続的に鳴り響き、カズキを見ていた瞳から青い液体が溢れ出す。
気味の悪い音と共に、その瞳から上半身が生えてくる。
歪は上半身の腹部からさらに上半身を生やしたのだ。
その上半身も目も口もないマネキンの様に何もなかった。
「なんだよこいつ」
カズキの口からも思ったことが溢れでる。
感情が脳を経由せず口から出て来ただけだ。
「なんだとはなんだ!」「失礼な!」「本物じゃん」「どこの子よ」「ああああもう!」「わかったぞ」「佐倉のとこのガキだな」「うるさいうるさいいいい」「ぺちゃんこだー」「ふふふふふ」「カズキくん」
心臓が弾け飛びそうだ。
面識が有るはずの無い、歪なこのモンスターが間違いなく俺の名を呼んだのだった。




