第62話 酒に内包されし魔力は強大
プルタブが押し上げられ、てこの原理で蓋がこじ開けられる。
密閉されていた空気が解放されて、小気味のいい音を鳴らした。
この音が社会人にとって幸せを運ぶ鐘の音だ。
「「「「かんぱーい!」」」」
コップや缶がぶつかり合い鍋パーティ開戦を宣言する。
喉を通り抜ける黄金の液体に内包された、二酸化炭素が弾け飛び喉を喜ばせる。
それは脳幹を刺激し、幸せを司るセロトニン生み出し最高級の高揚感が溢れ出す。
そうして仕事や私生活で溜まりに溜まったストレスは、ビールの泡と共に消えゆくのであった。
「くぁあーうまい!この為に生きてる気がする!!!」
「マキちゃん今日は飲みすぎないでね」
「無理だね、今日はなんてったって1人じゃないんだもの」
ユキの心配は儚くも即断され、カズキの母親マキは再度ビールを己に掻き込んだ。
そう、いつもの乾杯は缶1つとコップ3つが当たり前だった。
しかし、今日はそこに缶が追加され母親マキのみが飲酒する悲しき状況を脱した。
「まさかカズキの彼女ちゃんが飲めるお年頃だなんて、ママ嬉しいわー」
「違うわ!」
「ち、違います!」
ハズキはカズキ達の1個年上で、4月生まれのため正式にお酒を飲める20歳なのだ。
焦る男女の否定が逆にイタズラ心をくすぐり、自ら追撃をおかわりしてしまう。
「まあカズキとハズキちゃん朝帰りだしねー」
「それにカズキ仕事終わりは基本ハズキさんの家に行くからね」
「ええ新情報!? それ詳しく聞かせてアツシ」
最初からこの話題を出してカズキを辱めるために、ハズキを呼んだと言わんばかりに表情を歪めるユキと、それに同調するアツシの言葉に食いつく母親にため息が出る。
頭痛が痛いとはこのことだ。
「詳しくも何もカズキは仕事が終わると、ハズキさんの家に行って必ずシャワー浴びて帰ってくるんだよ」
「えええええ…ついに男になったんだね。今すぐ赤飯炊かないと!」
「あたし赤飯は甘納豆派だからマキちゃん、でもカズキはまだ子供のままだよ」
「なんだつまんなっ、もちろん我が家も甘納豆だよ」
「さすがっす」
ユキの祖父母が北海道出身で、小さい頃に食べた赤飯甘納豆バージョンに心を奪われたユキは、実家でお願いしても作ってもらえないから定期的に、カズキ家で赤飯を作って貰っているのだ。
その美味しさに魅了され、カズキ家の赤飯もいつの間にか甘納豆を使うようになっていた。
走って台所に消えるマキを目で追いハズキが笑う。
「賑やかでいいね」
「うるさくて毎日頭を抱えさせられますよ」
「静かな家より全然いいと思うよ」
台所から走って帰って来た母親が話に割って入る。
どうやら本当に赤飯を仕込んできたらしい。
「そりゃあそうだ! 私も息子がいなくなって寂しいって思うなんて思わなかったし、ハズキちゃんは兄弟とかいるの?」
カズキは知っていた。
ハズキに両親がいなく祖父である大将と2人で暮らしていることを。
「そういやお願いがあったんだった!」
急いで話の軌道を逸らし、家族構成から今日ハズキを呼んだ理由と言っても過言ではない、お願い事をすべく声を張り上げる。
「私の両親小さい頃に亡くなっちゃって、お爺ちゃんと二人暮らしなんですよ。 あ、でももう乗り越えたんで気にしないで下さいね」
カズキの軌道修正も虚しく重たい沈黙がのし掛かる。
そんな重圧を跳ね上げマキとユキが立ち上がり、ハズキに歩み寄る。
「もうあなたはウチの子よ。いつでも顔を見せに来てね」
「この家の玄関前にある植木鉢の底に鍵が貼り付けてあるから、勝手に入り込んでもいいよ。私が許可する」
マキとユキはハズキを抱きしめ、重たい空気をぶち払い除けた。
自分を抱きしめる2人の腕をハズキは抱き返し、こう言った。
「あったかい」
感動的なシーンなのだろう。
だがおかしい。
「なあアツシ」
「なんだい」
「ユキなんて言った?」
「合鍵の位置を教えてたね」
「やっぱ俺の聞き間違いじゃないか」
「まあ今はそっとしてあげようよ」
「俺もそこまで野暮じゃないっつーの」
聞き間違いかなと思い確認してよかった。
あと少しでユキの発言にツッコミを入れ、野暮な男になるところだった。
恥ずかしい思いを心の中で押しつぶしたせいか、カズキの脇の下はほんのり湿っている。
「よーし今日は飲むぞ!鍋の後は締めの赤飯だよみんなー!」
「はい!」
「飲むぞー!!!」
缶ビールを高らかに掲げるマキに合わせ、女子たちが缶とコップを掲げ乾杯の準備をする。
「おい息子達ノリが悪いぞ!」
楽しむときに楽しまずして人生が謳歌できるはずがない。
アツシとカズキもコップと口角を持ち上げた。
「「「「かんぱーい!!!」」」」
1回目より高まったテンションで、勝ち合うコップ達。
乾杯は飲み会でのジングルの様なもので、テンションが高まった時等の節目に行われるものだ。
◯●◯
鍋と赤飯は胃袋の中に消えた頃、時間の経過と共に消費された缶ビールが転がっていた。
その量は2人分と思えない。
もちろん酒を飲んでいる2人は呂律が回らなくなり、周囲から見ても明らかに酔っていると言えた。
「いやー気に入ったよハズキちゃん! 本当は無理言ってユキに貰ってもらうつもりだったけど、カズキはハズキちゃんにあげる!」
「えええ、いいんですか?」
「いいのいいのアイツ放っておいたら孫の顔見せてくれないだろうし」
「ユキちゃんもいいの?」
酒に酔った2人が変な話をしている。
そんな2人に話を振られた少女は、酔っ払いにテンションを合わせ波に乗る。
「ああもう好きなだけ持っていって!てか早く今日このままテイクアウトして!」
酒に酔った勢いで加速する2人のテンションに、シラフで並走するユキ。
彼女の特技である猫被りは、人の気持ちに合わせる事が重要であり、酔っ払いについて行くなんて凄技もお手のものだ。
「んー、んふふふふ」
「ハズキちゃん変な笑い方ー」
「「あっはっはっはっは」」
「そうだそうだ、ユキはアツシとカズキどっちがタイプなの? ママ気になるーう」
「んータイプかー…、ガムで例えるとカズキは牛脂味で口に入れれば吐き出したくなる濃さがあって、アツシは長時間舐めてやっと見つけられる超薄味って感じなんだよ」
「その心は?」
「2つ合わせて初めて美味しくなるから選べないな」
「いい事言うじゃん我が娘ー!!!」
「うわあっ! マキちゃん酔いすぎ、これでもくらえっ」
「何これ怖いっ、体が重いんだけど」
「ユキちゃんスキルは使っちゃダメだよ!」
酔っ払い3人組、内1人は雰囲気に酔っているが盛り上がる中、台所で食器を洗う2人の男がいた。
「楽しそうだね3人とも、あんな事言ってるけどカズキはどう思う?」
「俺が牛脂味ならアイツは確実に当たるししとう味だよ」
「ああーいい表現だね。そこじゃなくてハズキさんの事だよ」
「あんな綺麗な人は俺と釣り合わないだろ」
「容姿は関係ないんじゃない?」
「今は仕事に集中したいから5000万返し切ったら考えなくもない」
カズキの意外な返答に「へー」とニヤけるアツシは嬉しそうだ。
食器洗いが終わった2人がリビングに戻ると、新しい缶ビールを開放する音が響く。
「母さんそろそろ控えろよ。明日何もないの?」
「あしたはーチネチッタで映画見るくらいで何もなーい、だから飲む!」
「それならいいけど」
かなり酔っている母親を血の繋がった息子として、一応気にかけるが止まりそうにない。
「ハズキさんも大将が心配するんじゃ?」
「んー大丈夫だよ爺ちゃんが心配するはずないからー、そういえばっお願い事って何?」
「ちかっ、う…酒くさい!!!」
「ねえねえ何なの何なの?」
ただでさえ距離感が狂っているハズキの距離感は、酒の魔力により破壊されカズキにくっつき、上目遣いで迫り問いただす。
いつも大将とお揃いで着ている作業着とは違い、私服のハズキの胸元は緩く淡い水色の下着がちらつく。
「あっ、えっと…そのですねえ?」
酒臭さの奥に感じるシャンプー?の香りが鼻腔を刺激してくる。
破壊された距離感が生み出した密着により、右の二の腕が柔らかな感触に挟まれる。
いくら美人体勢のあるカズキでさえ、心拍が上昇しキョドった挙句声が上ずる。
「ねえってばーカズキくん聞いてる?」
「はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ」
甘えた声、甘い匂い、甘い感触のスリーAがカズキを襲い、息を深く吸うことを禁じ高速呼吸を強制させた。
酒の魔力は強烈でありハズキから羞恥の感情をこそげ落とし、さらに距離を詰めようとしている。
「きゃー!!! ユキユキっ今すぐコンビニに行ってゴム買って来て!」
「え?ゴムって……何言ってんのマキちゃん!? この完璧美少女のユキ様でも使ったこと無いのに!」
「いいからこれお財布ね。お使いよろしく!」
「了解でありますマム!」
「2人とも!」
ついにアツシパパのストップが入り、暴走する2人が静止する。
「ハズキさんもカズキが困ってますよ」
「でもーわたしカズキくんがーっ」
「ハズキちゃんそれはシラフの方がいいと思う!」
酔った勢いでとんでもない事を口走りそうなハズキを、財布を持って立ち上がっていたユキが、カズキから引き剥がし口を抑え込む。
「んんんんっ、んー!!!」
「ちょ力強っ、ええい仕方ない!」
「あっはっはっはっ、いいねハズキちゃん本当に気に入ったよー!!!」
混沌とする中で更にビールを掻き込み、アルコールブーストをしながら笑う最年長マキ。
何かを言おうと必死なハズキに、デバフをかけながら必死に抑え込むユキ。
アツシは頭痛に悩まされながら、隣のカズキに目を向ける。
「はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ」
今だに小刻みに呼吸しており、正常とは言えない状況にあるカズキ。
この場にいる全員、酔っ払っているマキでさえハズキが口走ろうとした事を理解していたが、この状況に陥ったカズキは自分の心臓が叩き上げる心音により錯乱し何も理解していなかった。
「今日はお開き!!!」
アツシがステータス全開で掌同士をぶつけ大音量を鳴らし、鍋パーティ終戦の合図をしたのだった。
「おじゃましらしらー」
「またねーマキちゃん」
「またよろしくね」
「はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ」
タクシーに乗った4人を見送るマキは「私は飲み直すよーばいばい!」と笑顔で手を振っていた。
混沌を煮詰めた鍋パーティとなったが、血の繋がりが無い家族が増えた最高の会であり、最高の思い出となった1日にカズキ達の口角は自然と上がっていた。
しかし変な呼吸をするカズキに更なる追い討ちが最後に待ち受けていた。
ハズキを鍛冶屋まで見送った時の事だ。
「みんらーまたれー」
ふらふら手を振る笑顔なハズキ後ろに佇む影。
暗い店内から鋭く光る眼光がカズキを睨みつけていた。
「ひぃっ、早くタクシー出してください!!!」
孫を心配するお爺ちゃんが深夜にも関わらず、カズキに向けて殺意をむき出しにしていたのだった。
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