第57話 車のエアバックは予想を上回る威力
映画館に響き渡る恐怖の叫び声は、儚くも完全防音の室内のみで反響しドラゴンの鼓膜しか振るわせなかった。
逃げる事を許されない男は、ドラゴンの尻尾に抉り千切られた右腕を再生させ、感情と共に魔力を解放する。
解放した魔力は雷へと昇華し、カズキの周囲を蒼く迸る。
ドラゴンの大きな口が、餌を食わんと近づいてくる。
ネガティブな男は逃げられない死を目の前にし、ヤケクソになっていた。
「どうせ死ぬなら出来るだけHP削ってやるよトカゲ野郎!!!」
蒼き雷を右の掌で握り圧縮し、罵倒と共に迫り来るレッドドラゴン目掛けて全力投球する。
がむしゃらに解き放たれた必殺の蒼雷は、一直線に突き進んだ。
「がぁあっ!?」
それはカズキを喰らわんとする大きな口へ入り込み、喉を掻き分け更に奥を焼き貫いた。
遅れてやってきた衝撃が雷槍の威力を体感させる。
あれだけの攻撃を体内に直接受けて尚、ドラゴンは光の粒子に変換されず形を保っている。
とんでもなく機器的状況だが気にしない。
なんてったってもう動けないのだから。
悶え苦しむドラゴンは怒りを露わにし、再びカズキに向き合う。
本来ならこの隙に逃げ出せれば良かったのだが、カズキは身体を保つ分の魔力しか残っていなく指一本動かすことすら出来ない。
息を大きく吸い込んだドラゴンは、憤怒を吐き出す。
それはドラゴン最大の攻撃にして必滅の息吹。
「生あたたけえ…」
カズキは理解できなかった。
ドラゴンの必殺であるブレスを知らないのだから。
喉を焼き、臓器を貫いた蒼き雷槍はドラゴンからブレスという、ドラゴンをドラゴンたらしめる最強を奪ったのだった。
そんな最大の功績を挙げたのに、ブレス自体を知らない当の本人は困惑していた。
「え…なにこれ」
ドラゴンの理解出来ない行動に、カズキの脳みそが悲鳴を上げる。
なんだ?
なんで息を吹きかけてくるんだ?
もしかして殺すと決めた相手にマーキングでもしてるのか?
そう思うのも仕方がない。
血走った巨大な瞳がカズキを全力で睨みつけているのだから。
振り上げられた凶悪な爪がカズキ目掛けて振り下ろされた。
◯●◯
拝啓
お父さんお母さん
今までありがとう。
そしてごめんなさい。
母さん女で1人で育ててくれて本当にありがとう。
先立つ息子をどうかお許しください。
そしてお父さん
今から同じ場所に行きます。
再会が思ったより早くなるけど、仲良くしようね。
最後に幼馴染達よ
5000万がんばれ
アディオス
●◯●
爪がゆっくりに迫ってくる。
迫り来る死という名の恐怖がカズキの思考を加速させ、時の流れを遅くする。
こうして届くはずのない遺書もどきを想像してしまう程に。
本当はこの思考加速を利用して戦闘をしたい。
だが関係ない。
なんせ動けないのだから。
何故だろう?
死の恐怖を感じるたびに、特殊ダンジョンで戦った化け物が頭の片隅に現れる。
癖毛混じりのロングヘアー、その銀色の毛先を指でくるくると弄ぶ、ミラ•フレデストが長いまつ毛の下にある真っ赤な瞳でカズキを見てくるのだ。
「また思い出してくれたのお?幼馴染ちゃんや鍛治士ちゃんより私が好きなのかなあ?」
相変わらず喋りかけてくる己の妄想を律していると、死と憤怒を纏った巨大な爪先が目前に迫っていた。
大きな爪はカズキの胸へ一直線に進んでいた。
この攻撃が当たっても運が良ければ生き延びられるかもしれない。
それがスライム化して得た恩恵である。
いやいや絶対無理だ!
爪全体が赤い魔力を帯びていて、攻撃力が上がってます!みたいな見た目してるし、当たれば確実に爆散して死ぬだろう。
今まで踏み潰して来たスライム達のようになるんだ。
さよなら皆んな今までありがとう
死に争うと恐怖で気が狂う可能性があるので、あえて受け入れたと同時に爪がカズキに吸い込まれた。
しかし爪とカズキの間にある不可視の空気が荒れ狂い膨張した。
「うっなんだ!?」
ドラゴンの前足は膨張した空気に押し返され、カズキから遠のく。
奇跡じゃない明らかに何かの力により、カズキは絶体絶命の危機から助かる。
「エアバック」
腰にぶら下げていたピストルと剣を両手に持ち、映画館内に勢いよく入って来たキャプテン=マサオが、男だらけでイカつい海賊達を引き連れ声を荒げる。
「ここに来るまでに飛龍が多くて時間がかかっちまったぜ。待たせたなカズキ!!!」
死を受け入れたことで目を背けていた恐怖が、生存の可能性を得たことで遅い来る。
「う、ううう…たすげてぐだざぁぁぁいいぃぃぃいいい!!!」
情けない叫び声が完全防音の劇場内に、再び響き渡る。
しかし今回揺らした鼓膜はドラゴンだけに収まらず、大量の鼓膜達を震わせた。
「まかせろ!!!」
助けを求める叫びを聞き入れたキャプテンは、空目掛けてピストルの引き金を引いた。




