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第55話 男は風を背負い落下する

因縁とも言える再会を果たしたユキは、顔面を全力で引き攣らせながらもシュリに対して柔和に対応する。


「久しぶりですね。シュリさん」


「この前会った時より大人しいね、あーなるほど。ふーん、やっぱユキちゃん好きだなぁ」


「ちょっと抱き付かないで下さいよ!」


「おおお?」


どうやらユキが自分にバフを掛け、シュリにデバフを掛ける事で組まれた腕を振り解いた様だ。

あの声は自分に初めてデバフを掛けられたら出るものだ。


「やっぱユキちゃんはそうじゃないと」


「おうおう仲が良いのはいい事だが、モンスターは待ってくれないぞ新人ども!」


キャプテンが大声を出し注意を促すと、1匹の飛龍が甲板に上がり込んでくる。

その体は飛ぶことに重きを置いたことで胴や四肢は細いが、大きな翼が特徴的だ。

細い四肢には見合わない頑丈な鱗と、鋭く固い牙や爪で近距離をしてくる。


男たるもの新人冒険者の中で1番に飛龍に挑むべきだ。


なんでって?


格好良いからに決まってる。


逆にそれ以外の理由なんてない。

男は威勢と虚勢の塊なのだ。


「じゃあ、俺からいくかな!」

「じゃあ、私からいくかな!」


刀を鞘から引き抜き、大きな声で自分が先手を宣言する男女が同時に前に進む。

2人は顔を見合わせ一瞬止まるも、次の瞬間走り出した。


「あんたみたいなグズの手助けなんていらないんんだけど」


「レンタルしてきたのはそっちだかんな」



並走しながらいがみ合うカズキと【楽業】のリーダーであり、スミカの金魚の糞ことラナは、飛龍に向かい突き進む。

自分に向かってくる人間に向かい待つ訳が無い飛龍は、尾を振るう。

それは固い鱗に覆われたしなる鈍器だ。


ラナはバックステップで飛龍の尾の攻撃範囲から逃れる。

しかし、カズキは走るのを止めなかった。


カズキは考えていた。


沢山のオーディエンスがいる中、どう行動すれば格好良いかを。

雷を循環させ高速移動で飛龍に攻撃するのもアリだった。

でも高速移動は隠し球として取って置きたい。

それならば、【硬化】と【スライム化】の合わせ技しかない。


「バカっかわさない…と」


ラナが何か言っている。

たしかに飛龍の攻撃は強力だろう。

でも、止まるわけにはいかない。

レンタルしてもらった働きはしないといけないから。


仕事に私情を挟むのはNGだ。

でも歪む口角を止められない。

今までカズキがスミカに話そうとしたら邪魔し、散々バカにしてきた嫌な女に見せつける事が出来るから、チームとしての差を。


飛龍の尾を腹部で受け止める。

硬化させた身体の表面を崩せない衝撃は、スライム状の身体を駆け巡り消え去る。

攻撃を受け止められた飛龍だけじゃなく、その場にいた【青空】以外の冒険者が驚く。


そうしてカズキは、冒険者になって言ってみたかったランキング第4位の言葉を、笑顔で投げかける。


「スイッチ!」


カズキと並走していたのは皮肉にもラナであったが、その後ろを走る漆黒の鎧を纏う聖騎士がいた。

幽鬼の抜け殻は防御力が高く、安全牌でなければ思いっきりロングソードを振るうことが出来なかったアツシには最適だった。

周りをしっかり視るアツシは、先を見据え行動する。

その弊害か剣を振るった後に出来る隙をカバーする為、力一杯ロングソードが振るえなかったのだ。


しかし今振るわれる刃には、走る事で生まれたエネルギーを上乗せした全力の斬撃だった。

それは飛龍の首に吸い込まれ大きく傷を残したが、A級モンスターのHPは簡単に削りきれない。

だが飛龍を怯ませることには成功した。


「スイッチ!」


投げかけた冒険者になって言ってみたかったランキング第4位の言葉が、打ち返された喜びと周囲の反応に男として震え上がるカズキは、刀を振るう。


何度か飛龍が攻撃を仕掛けてくるが、カズキがそれを受け止め交互に攻撃したことで、HPを削り切り飛龍の体は光の粒子へ昇華された。


「うっし次行くぞ!」


「おう!」


カズキとアツシのボルテージが上がるが、髭を束ねたキャプテンが止める。


「次はウチのもんにやらせてくれ!」


振り返ると【楽業】の面々が武器を構えていた。

ラナの表情は固くカズキ達に感化されたのだろう、刀を握りしめる手に力が入っている。

【グラスター】無しでA級モンスターを討伐するカズキ達に思うことがあるのだろう。


【楽業】の戦いは統率が取れており、お互いの声かけ無しにも関わらず完璧なコミュニケーションを取った動きをしている。

前衛の剣士ラナとリナが飛龍を切り付けるのはもちろん牽制し、後衛のレナとロナが弓と銃でHPを確実に削っていた。

後衛はタンクのルナが確実に防衛しているおかげで、攻撃に怯むことなく正確な攻撃を放ち続けている。

この無口で異常な統率力は、誰かのスキルで意思疎通しているに違いない。

たとえ昔からの仲でも出来得る技じゃない。


あっという間に光の粒子に変えられる飛龍を見て、カズキ達も心が震え立つ。

互いに駆け出しの同期が刺激し合い成長を促す。


これが今回レンタルされた理由である。

決してカズキ達の観察のためじゃない。


「よおし!飛龍を1匹ずつ呼び込むからなあ!」


キャプテンの手のひらに納めれれた小さな台風がうねり、甲板に2匹の飛龍が引き摺り込まれる。


カズキ達はお互いに感化されボルテージが上がっていた。

新卒どころか、冒険者の中で功績を認められネームバリューのある【青空】と、超大手冒険社企業【アース】の若手No1の【楽業】は、競い合い互いに登り合っていた。


しかしA級ダンジョンは甘くない。


「きゃあっ!」


飛龍が振るう爪がタンクのルナを吹き飛ばす。

その攻撃は羽ばたく翼により強化されており、飛龍と戦う時に注意しなければいけない攻撃の一つだった。


「ロナ!!!」


タンクの防壁を突破した飛龍はもちろん後衛に進撃する。

リーダーであるラナが狙われる狙撃手の名を叫ぶも、飛龍の牙は止まらない。


「このお!」


キャプテンがロナを狙う飛龍に風の刃を飛ばすが、牙がロナに突き刺さる方が早いだろう。


「アツシ!」


「任せて!」


戦場を1人任せることを名前を呼ぶだけで伝え、体内を循環する雷に魔力を込め増幅させ、カズキは踏み込む足に力を込める。


やはり【暴拳者】を冠するS級冒険者ヒトミとミラ•フレデストには及ばないが、10Mはある距離を数歩で高速移動する。

防御重視のタンクよりの剣士だと思っていたオーディエンス達が、カズキの速度に目を見開く。


当の本人は見せ場に歓喜し震える心を抑えきれず満遍の笑みを浮かべ、ロナに食いつこうとする飛龍の顔面に斬撃を叩き込んだ。

それが決定打となり飛龍は光の粒子となり、少女を救う勇者を祝福した。


「ふべっしゅっ」


しかし遅れて到着した風の刃がカズキの背中に直撃した。

風刃の威力は障害物に衝突し尚、進み続け対象を船の外へ吹き飛ばした。


「う、うそだろぉぉぉぉおおおお!!!」


船から落ちるカズキの悲痛な叫び声だけが甲板に残った。

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