第49話 考動こそが社会人に求められるルーツ
「これで君たちの会社は設立された。頑張りたまえ」
この機を逃すには勿体無いとケイコ社長から呼び出され、徹夜で会社を立ち上げる手続きを行なったカズキ達は、限界を迎え朝日を浴びながら机に伏していた。
おまけにカズキとユキの口からは、うめき声が垂れ流れている。
「カズキ君が特別指定モンスターを討伐したおかげで、君たちパーティーは今や人気者だ」
カズキ達【青空】が特別指定モンスターを討伐したという事実は、一瞬で燃え広がった。
マイナスどころじゃない不名誉な二つ名【ぺちゃん子】を持つ有名なカズキが、タイキとのゴブリン討伐勝負の動画や、特別指定モンスター討伐の功績を上げた事で、その印象は急上昇しているのだ。
今はSNSの通知をOFFにしているが、開くと夥しい量の通知が溜まっている。
それに誰かがぺちゃん子爆誕動画と、ゴブリン討伐勝負の動画をカッコよく編集し投稿した。
その動画はありえない勢いで再生回数を稼ぎ、切り抜かれネット中を飛び回っている。
外を歩けば
「ぺちゃん子じゃん」
「ちょっとぺちゃん子の連絡先聞いてこようかな?」
「絶対俺の方が強えから、ぺちゃん子より」
「おーいぺちゃん子ー!!!」
などと、聞こえてくる。
昔と違い嬉しい言葉も混じる様になった。
だがしかし
今だに不名誉な二つ名がカズキの心を少しずつ抉る。
これに対応すべく生まれたのが聴覚遮断だ。
大将に殺されかけて封印することを誓った負の遺産だ。
「こんな機を逃せば死ぬまで一生後悔するだろう!」
そうしてカズキ達は、4月1日に設立する予定だった会社を前倒し立ち上げた。
少し離れた机では、徹夜でカズキ達のホームページを作成してくれたサヤさんが、オーバーヒートし目から煙を上げている。
「さあ今すぐ各自SNSで会社を宣伝するのだ!」
いや一緒に徹夜してたよな?この人…
カズキ達とは違いいつまでも覇気を纏い続けるケイコ社長に、尊敬を通り越して戦慄する。
3人は一斉にSNSで会社設立を宣伝した。
その社名は冒険社【SKY】
【青空】から付けられた様に思えるこの社名の真意は、「私らが大手になってやる!」と息巻くユキが命名した。
冒険社企業が多く出来てから数年、冒険社アースが地盤を築き上げ業界に根を張っている。
「そんなもん私たちで覆ってやれば良いんじゃん」
そうして大地をも覆い尽くす大空として着想を得たのだった。
小さかった空は、SNSでの宣伝により大きく広がり拡散されていく。
「すごい勢いで拡散されてくな」
「僕もすごい勢いで伸びてるよ」
カズキ達の爆増したフォロワー達が拡散していき、更にフォロワーが増え拡散される。
これが承認欲求を持つ人間が一度は夢見るバズりだ。
「すごい!ホームページのアクセス数がどんどん上がってくよ!」
目から煙を上げていたサヤさんが、パソコンの画面に吸い込まれそうな勢いで数字を見つめている。
「これだと半額キャンペーンに乗じて、すぐ依頼きそうだね」
冒険社【SKY】は開業記念としてC級ダンジョンの踏破依頼金額を、相場の半額で3ヶ月間請け負うと、ホームページにデカデカと掲げた。
この3ヶ月と燃え上がる人気が消火されるまでの期間で、どれだけ自分達を売れるかが重要となってくる。
「ここからが君たちの正念場だ。何かあったら相談にも乗るし手助けしよう」
「ありがとうございます。頑張ります!」
これからは3人で考え行動しなければならない。
指示を得て『行動』するのではない、自分で考え『考動』しなければならない。
それが社会人としての当たり前で、1番求められるものだ。
「うむ」と大きく頷くケイコ社長が手を差し伸べる。
その手を握り返し、今までの感謝と決意を示した。
次の日、朝早くパソコンを開いたアツシが皆を起こし、茶の間に集める。
「いくらなんでも早起きしすぎじゃないですか?」
「……」
時計を確認すると朝5時であった。
隣でソファに倒れ込むユキに意識は無い。
「なんと会社設立をして初の依頼が来たのでミーティングをします!」
新しく買った大きなホワイトボードの前に立つアツシが、ハキハキと司会進行し出した。
本来は今日このミーティングを行い、どんな対応を行うか話し合う予定だった。
しかし依頼が舞い込んだので急遽、早朝ミーティングが開催された。
「靴は新しく【踏破】用に新調して綺麗だけど、帰り間際の清掃は絶対行います」
「はーい」
「……うぃ」
ホワイトボードに【踏破】時の流れ、注意点をアツシが記入していく。
どうやら寝起き女はフランス語で返事をする様だ。
「ではミーティングを終わります」
今回決まった内容は、まず依頼主への挨拶は電話で行う。
これは依頼主を挨拶のため現地に呼び出すと、踏破中に待たせる事になるからだ。
次に踏破を行う際は、【松本家】を見習い先手を仕掛け、モンスターの行動で家財や家を傷つけない様に討伐する。
そしてダンジョンを踏破したら清掃を行い、依頼主を呼び報告と挨拶を行う。
これが冒険社【SKY】の最初にできた踏破マニュアルだ。
簡単なものだが、これから経験を反映させて改訂していく予定だ。
「よし行こうか!」
んん?やっぱりおかしい。
このパーティーのリーダーは俺のはずだ。
なのにアツシが扇動している。
「まあいっか」
そうして大荷物を持った3人はホームからダンジョンに向かった。
「面倒くせー、絶対みんなで免許とろう」
「そうだね、これは大変だ」
「え、私も?」
「なんかあった時の為に皆んな取った方が僕も良いと思う」
「えー」
大荷物を持って移動する事が大変だったカズキ達は、免許を取得し社用車を買うことを心に決めた。
冒険者は意外と自由時間が多い為、1ヶ月も掛からずに免許を手に入れることが出来たのだった。
しかも社用車は松本家の紹介により、安価で購入することが出来たのは先の話だった。
「ここみたいだね。電話もしたし初仕事頑張ろ!」
「靴履き替えたし、行きますか!」
「「おう!」」
カズキの掛け声に応じ、気合を入れた冒険社【SKY】の3人は踏破に挑む。
この依頼の口コミが自分達の今後を決める、大切な仕事だ。
気合が入らないわけない。
「俺が先に行って扉開けるから」
タカシから学んだことを活かす。
モンスターは侵入者に気づいたら、扉なんて関係なしに飛び込み破壊してしまう。
だから先に開けて破壊されることを防ぐのだ。
「マジかよ」
なんとなく音で察しは付いていた。
小気味のいいカタカタ音を鳴らすモンスターと目が合う。
襲いかかってくる骨は武装もしていないただのスケルトンだ。
S級ダンジョンで嫌と言うほど戦ってきたアーマードスケルトンの、下位種に手こずるわけ無い。
周囲を一瞬で見渡し家財を傷つけない様、刀を振れる範囲を確認する。
刀で横凪にスケルトンを切り光の粒子に変える。
ユキの支援魔法が無ければ、一撃で仕留めるのは厳しいのかもしれない。
C級ダンジョンでの各自の役目は、ユキが支援しカズキが攻撃、アツシがモンスターの攻撃が家財に当たらない様に防御する。
今のところ完璧な布陣だと思う。
「余裕だったな」
「僕なんてなんもしてないよ」
「私この時間が1番嫌いだわ」
「まあまあ」
「なによこの黒い汚れは!」
「まあまあ」
膝と手をフローリングに突きながら清掃をする3人。
確かに黒い癒着物が目立つフローリングは汚い。
来た時よりも美しく、を思い浮かべダンジョン化前からの汚れを落とすべく手を動かす。
文句を垂れ流すユキをアツシが適当に宥めながら清掃を完了させ、依頼者に踏破した事を伝え呼び出したのだった。
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