第45話 煌めく狂気は歓喜した
「今回の獲物は誰だ?」
「んあ?」
沢山のモニターや電子機器が並ぶ部屋で上司らしき男が、研究員に尋ねる。
「えーと、A級冒険者の松本隆と」
研究員は大きなメガネにモニターの映像を反射させながら、戦闘中の冒険者達を確認する。
「あーこの前新人達と戦った3人組ですよ」
「そうか、しっかり観察して結果だけ報告しろ」
「わかってますってー」
そのレンズに映る4人の冒険者は今現在、S級ダンジョン【東京】でデュラハンとの激戦を終えていたのだった。
◯●◯
「タカシさぁぁぁん!!!」
投げ飛ばされた巨腕により、崩れた【東京】の出口である橋と共に川に落ちるアツシ。
「うっううう、逃げて…」
聞き慣れた声が呻き声をあげ、カズキに逃げる様促す。
振り返るとSNSで話題になっていたソイツが、大きく不揃いな歯を歪め嗤う。
肉と肉が不規則に繋がり膨張した様な、2速歩行型のモンスターはユキを握りしめ、ゆっくりと近づいてくる。
動くたびに肉が蠢き、不快な音を掻き鳴らす。
感情と共に暴れ狂う魔力を雷へ変換し、今にも投げ放ちたい。
しかし、雷槍は魔力消費が大きすぎて1度しか使えない。
もし一撃で仕留められなかったら、待ち受けるのは全滅だろう。
「……ぜってえぶっ倒す」
カズキを見つめる瞼のない4つの醜い眼球のうち1つが、握りしめるユキに向く。
命を握っている事をカズキに教えているのだろう。
湧き出る感情を押し殺す為、噛み締める歯が歪む。
カズキの目の前にたどり着いた特別指定モンスターが巨椀を振る。
「ぐっはあ」
ビックゴーレムまでとはいかないが、5mはある巨大なモンスターの拳がカズキに直撃する。
肺から空気が搾り出され、全身を襲う衝撃がカズキの体を歪ませる。
「あああああ、カズ…キにげ、て」
「大丈夫だユキ、今すぐそこから助けてやる」
互いが互いに心配を交差させる。
しかし大切な宝を握りしめられたカズキが抗えるはずもなかった。
立ち上がったカズキ目がけ、振られる巨大な足が衝突し再度地面を転がす。
「ぐうっ…そんなもんかよ」
今まで色んな人間で遊んできた特別指定モンスターは不思議に思っていた。
己の攻撃を2回受けて、普通に立ち上がる人間はいなかったのに。
更に叩き込む拳により吹き飛んだ人間が立ち上がり、強がりを吐き出した。
「特別指定モンスターってこの程度なんだな。弱いモンスターで消耗させたり、人質取らないと何にも出来ないんだな!」
安い挑発だった。
人語を話せないモンスターに通じるはずも無いのに。
特別指定モンスターの口角が吊り上がり続け、頬を引き裂き歪に嗤う。
頑丈なオモチャを見つけた事に歓喜しているのだ。
自分を握りしめる大きな左腕から抜け出すことも出来ず、カズキが痛めつけられる姿を見せつけられているユキは、己の無力さを心の底から呪った。
モンスターはカズキを肉体的に痛めつけるだけではなく、ユキの精神をも痛めつけているのだ。
ユキの瞳に何度も映る吹き飛ぶカズキは硬化のスキルで、体表をできる限り硬化させていたのに胸が大きく凹み、左腕は折れもげていた。
ダンジョンの入り口で行う一方的な暴力は長くは続かなかった。
醜い見た目に反して、知能の高いソイツは知っていたのだ。
時間を掛けると強力な応援が来てしまう事を。
「…やめてよ」
何度も何度も特別指定モンスターからの猛攻を受けたカズキが立てずにいると、大きな影が覆ってきた。
嗤う醜いモンスターが、カズキを踏み潰し止めを刺そうとしているのだ。
ユキの静止も、頬を伝う無力感も気に留めず、特別指定モンスターは足を大地に叩きつけた。
その足裏がカズキとアスファルトを踏み砕くと思われた時だった。
静かに怒れる魔力が蒼雷となり、唸りを上げ駆け巡る。
自然の法則を捻じ曲げ空へと落ちる雷は、蠢く肉を右足から押し進み右肩を突き抜けた。
二分された特別指定モンスターが倒れ込み、その左腕が開かれ転がり落ちたユキは驚愕する。
「うそでしょ」
その肉塊は光の粒子に変換される事なく蠢いており、断たれた断面に大きく黒い水晶がある。
見間違えるはずも無い。
それはサンドマンの核と同じだ。
「カズキ!!!」
「わかってる!」
軋む体を酷使して2人は核に向けて剣を振るう。
しかし、S級ダンジョンに挑むレベルの冒険者達を大勢葬った、特別を冠するモンスターはだてじゃなかった。
体が二分されているのにも関わらず、大地を震せる雄叫びを上げ、血管を浮き上げらせ肥大した巨腕を大きく振るったのだ。
「う、うう…大丈夫か」
ビックゴーレムの腕よりも大きくなった巨腕に吹き飛ばされたカズキは、視界が霞む中で幼馴染を心配する。
しかし離れた位置で倒れるユキから返答は無い。
「…ちくしょう」
カズキが与えたはずの致命傷は塞がり、肥大した腕により2足歩行を諦めたモンスターが近づいてくる。
その足音と共に近づいてくる恐怖が大きくなる。
しかしカズキはダメージで立ち上がることも出来ず、更には魔力が底をついた事で反撃すら出来ない。
悔しい
魔力が底を尽きたことで襲う倦怠感により、更に視界がぼやける。
「くそおおぉぉぉォォォオオオおお!!!」
意識を手放さない様に搾り出す咆哮も虚しく、視界が狭まる。
「こん、な…ところで…」
目の前に光る4つの眼球がカズキを見下し、2つの手を組み振り上げている。
それがカズキが最後に見た光景だった。
「でもお、こんなところで死なれちゃ困るのよねえ」
久しぶりに主人に握られた狂気は歓喜し、妖艶に煌めいた。
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