第36話 危険物の消火方法は適切に
腹部に受けた強い衝撃のせいで、肺の中から空気が無理やり押し出される。
地面を転がる中、歯を食いしばり刀を抜いて地面に突き刺して、衝撃の勢いを殺す。
鼓膜を叩く怒号が上空から降ってくる。
「オラアァァァ!!!」
カズキがいた場所にタイキが拳を叩きつけるも、一歩後退し回避する。
追尾弾の様にタイキはカズキに向かって拳を放つ。
その拳はカズキの顔面を狙うが、刀の腹で受け止められ【グラスター】を纏う拳と刀が競り合い火花を散らす。
「昔からっ目障りなんだテメエはよ!!!」
タイキの両拳が繰り出す連撃を刀で去なしたり、交わしてカズキは対応する。
「防戦一方か玉無しかよぉおおお!」
タイキは最大限の怒りと力を拳に込め、一撃放つもバックステップでカズキに回避され空を切る。
「もうそろそろ俺に関わらないでくれよ、お互いそれが1番だろ」
「そういう問題じゃねえんだよ!」
カズキの言葉が更にタイキを焚きつける。
ガソリンを注がれた炎は爆発し、その勢いを利用して拳を突き出す。
しかし寸でのところで交わし、カズキは峰打ちでタイキの腹部を叩く。
「がはっ…ああああああ!!!」
肺から無理やり押し出される空気さえも怒号に変換し、炎は燃え上がりカズキに襲いくる。
「なんでそんなに俺を目の敵にするんだよ!」
「あああああああああああっ!」
怒りに支配されたタイキの耳には何も入らない。
タイキの怒りに呼応するかの如く、【グラスター】に付属する魔石が赤く侵食され、出力が上昇していく。
「くっ」
その怒りはステータス差という壁をぶち破り、カズキに届こうとしていた。
去なすのが難しくなり、少しずつ怒りが届き始める。
怒りに侵食されたタイキは呼吸すら忘れ、喉を焼く咆哮と共に攻撃をやめない。
「一回離れろよ!」
連続した攻撃の隙を縫い、カズキの蹴りがタイキを後退させる。
「ぉぉぉオオオオオアアあああああ!!!」
話すら通じそうに無い。
もう怒りで理性を失っているとかの問題じゃないだろ。
勢いを止める事が無い炎が、感情の昂りが更に【グラスター】の魔石が赫く燃え上がらせる。
タイキが赫を纏い弾丸の様に飛び出し、カズキに怒りを叩き込む。
怒りに支配されるタイキと違い、向き合うカズキは冷静だった。
さっきまでは峰打ちで対応していたが、それも終わりだ。
「殺意向けてくる相手に手加減はしないからな、こっちだって」
やはりカズキの顔面を撃ち抜こうとする怒りを避け、横一線にタイキの胸部にある魔石を、点を刀の面でなぞる様に斬る。
「があ、はあっ!」
魔石が大きな音を立てて砕けても尚、衝撃は死なない。
勢いのままタイキは吹き飛び、地を転がって力尽きたのだった。
「い、生きてるよな?」
ふと我に返る。
動かないタイキの側に歩み寄って、足先で数回小突くがピクリともしない。
すると後方から声をかけられ振り返る。
「ちょっとぺちゃん子さーん動かないでよね。こっちには人質がいるんだからさ」
振り返るとオークより汚い笑みを貼り付けたギャル女のシュリが、ユキの首を締め上げながら話しかけてきていた。
少し離れた位置にはメガネ男のフミヤに踏みつけられるアツシと、水に拘束されるハズキがいた。
突沸どころじゃない。
身体中の血液が蒸発し気体となって膨張し、内側からの圧力で爆発しそうになる。
「その手を離せ」
「ははっ自分の立場わかってるのかな?タイキくん倒して良い気になってるっぽいけど、こっちのが優勢だからね」
シュリが持つ杖先に浮かぶ水の塊が、ゆっくりとユキに近づく。
怒りに支配されたタイキが、強くなっていった理由が今わかった。
雷のスキルを発動し爆発的な速度で女との距離を無くし、ユキの首を締め上げる手首を力いっぱい掴む。
「いっ、早すぎでしょ!」
激痛で手が開かれユキが解放される。
「おい!こっちにも人質はいるんですよ!」
俺の足に石の蔓を巻き付けたであろうメガネ男が、声を張り上げアツシを踏む足に力を込める。
「うっ、うそでしょ!?」
思いっきり握りしめた右腕を振りかぶり、野球ボールを投げる様に振るう。
ステータス頼りに力を振るう右腕を、雷のスキルで加速させシュリを投げ飛ばす。
「ぐっ」「きゃっ」
人間大砲になったシュリがフミヤに命中し、アツシの上から転げ落ちる。
すぐさま体制を整えようと上半身を上げるシュリだが、眼前に切っ先を突きつけられる。
「ははっこうさんこうさん!冗談じゃん、仲良くしようよ、ね?」
「冗談だと?」
「そうそう冗談だって」
カズキに媚びる様な笑みを向け、命乞いをする女は過ちを犯した。
自分より大切なカズキの宝物を傷つけたのに、冗談と抜かしたのだ。
バケツ内の水で、燃え上がる炎の消火を試みるも、焦りすぎてガソリンの入ったバケツをぶち撒けた様な物だ。
より強く深い怒りが身体を支配して、目の前が真っ赤になる。
「落ち着くんだカズキ。僕らは大丈夫だから」
今にも突きつけた切っ先で、シュリの頭を貫こうとしていたカズキの右腕を、アツシが掴み適切な消火を行う。
「カズキまでこいつらと同じにならなくていいんだ」
「うるせえ」
カズキに向かって投げかけられた言葉に対し、他の怒りが答える。
幽鬼の様にふらふらと立ち上がる男が、小さい声で呟いた。
なのに皆が聞こえただろう。
それだけ言葉に込めたれた感情が大きいのだ。
「ここで…お前だけは、お前だけは絶対に殺す!!!」
タイキが上げた両腕の先に膨大な魔力が集まる。
【グラスター】が魔石に内包される魔力を放出し、纏め上げているのだ。
そして【グラスター】は魔石に刻まれた記憶を引き摺り出す。
魔力の塊は熱を帯び具現化する。
【グラスター】は、ただ魔力を使いステータスを上昇させるスーツじゃない。
魔石に刻まれたアストラルを、記憶をも引き出す。
魔石の記憶とは、元の持ち主の記憶であり経験。
そうモンスターの力を、スキルを強制的に行使するスーツなのだ。
タイキは今持つ魔石に宿る魔力と、【火魔法】のスキルを行使している。
そして巨大な炎の塊を作り出す。
「ちょっとこれ私たちも巻き込まれるんじゃない」
「そうなりますね」
カズキに刀を向けられた2人組はことの重大さに気づくが遅い。
タイキの咆哮に呼応する様に、傍聴する炎はここにいる全員を飲み込むだろう。
「アツシ」
「なんだい?」
「ありがとう、頭冷えたわ」
「どういたしまして、それはよかったよ」
カズキは刀を鞘に収め集中する。【雷】のスキルで雷撃を放つ為に。
さっきまで使っていた加速とは訳が違う。
加速はスライムの身体の中で雷を循環させる事で行使できる。
雷撃を放つ事に比べれば簡単に行えるし、魔力消費も少ない。
しかし雷撃を放つ時に魔力コントロールをミスすると、雷の進行方向が散らばり自分が爆散する。
何度、練習時に右腕が爆散したことか、スライム化を得る前だったら洒落にならなかっただろう。
「しねえぇぇぇ!!!」
タイキが炎を、憤怒の集合体を放つ。
さっきまで視界が赤く染まる様に感じたくらい、怒りに支配されていたのに、今は何故か冷静でいられる。
きっと、いや確実に隣に立つ幼馴染のおかげだろう。
自分の未熟さに嫌気が刺す。
危機的状況下なのに笑いすら込み上げてくる。
小さな笑いが徐々にボルテージを上げ笑い声が込み上げてくる。
少し離れた位置にいるユキが呆れた顔をしているのが見える。
ハズキさんは…怯えているな。
集中力で精錬された魔力を雷に変換する。
カズキの周りを蒼雷が駆け巡る。
その雷達はカズキの右掌に集合し圧縮され、蒼白く静かに唸る。
面で斬るのは違う、点で穿つ雷槍が一直線に駆け巡る。
それは憤怒を貫いても尚、止まることを知らず、ダンジョンの壁を破壊し消え去った。
熱源が消滅した事で、ダンジョン内に本来の静けさが戻る
「…なん、で…だよ」
焼き切れた幽鬼が力尽き地へ伏し、終戦を宣告したのだった。
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