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第31話 驚愕のすっけすけ

頭が痛かった。


赤くなった鼻を啜り、最大限の呆れ顔で祖父を睨む。


「なんで朝イチで魔力切れになりかけてるの」


「助かった。あの野郎いつまでやってんだ」


お礼の一言くらい有っても良いのでは、と思ったが口には出さなかった。

そもそも質問の答えが無いことの方が、感情の波を立てそうだったのでハズキは心の中で10秒数えた。

本来怒りの感情は脳科学的に2秒間爆発すると言われており、怒りの感情に任せ暴言を吐かない様、6秒間我慢すると言われている。

ハズキは多めに取って10秒間我慢し、理性を司る前頭葉に全力で仕事をしてもらっているのだ。


祖父の後を追い、到着したのは訓練部屋だった。


「馬鹿げていやがる」


「え、何が?……うそでしょ」


2人とも訓練部屋に広がる光景に目を見開く。

約30㎝に切り分けられた丸太が部屋の両端に積み上げられていた。

その丸太の山は天井まで届く一歩手前であり、部屋の中央以外歩けない有様であった。

山や海が割れた時、こんな感じなのであろう。

広いはずの訓練部屋も、今は丸太に囲まれ狭く感じる程だ。


その中央では今も尚、天井へと伸び続ける丸太と向き合うカズキの姿があった。

天井へと伸び続ける丸太を切り、ある程度丸太が溜まったら丸太山へ投げ込み、その間に長く伸びた丸太を2、3と連続で切り分ける。これの繰り返しだった。


驚愕


その二文字だけが全てだった。

ハズキもあの訓練を行った事があるから尚更だった。

祖父が編み出したオートスキル「丸太の訓練」、発動したスキルに条件を与え、条件が成されるか魔力が尽きるまで止まる事の無い地獄の訓練。

あとは、そもそも何でカズキがいるのだろうか。


ハズキはステータスを手に入れた今でさえ5時間が限界であり、1番嫌いな訓練だ。

なんせひたすらに剣を振るい硬い丸太を切るのだ。

手の皮が剥け血だらけになる上、次の日筋肉痛で動けなくなる。

筋肉痛で手が上げられなくなるから、頭を洗うのに身を屈め、頭を腕の位置まで下げないといけなくなる。

そして何より精神力的苦痛がとんでもない。

一つのことを長時間続けるのは人間にとって厳しいものがある。

それをハズキと別れ約1日夜通しで行っているのだから。


「ははは、暫く薪には困らなさそうだね」


「ちゃんと切っていやがる」


ハズキは祖父の言葉を聞き、驚き振り向く。

先ほどの驚愕を超える、衝撃が襲いかかってきた。

ハズキがステータスを取得する前から行っていた修行、「切る」を取得するのに費やした期間は、3年以上だ。

それを1日で体得し祖父に認めさせたのだ。

驚きを通り越して笑い出してしまいそうだった。


更に祖父の驚いた顔だ。

何年も共に過ごしてきたが見た事がなかったのに、どんな事があろうと動く事が殆ど無かった深く刻まれた皺が、引き伸ばされていた。

今この瞬間、目の前の光景に心を揺れ動かされているのだ。


息を飲みカズキに話しかけようとした瞬間だった。

地面に転がる太い丸太が、祖父の太い腕により投げ飛ばされたのは。


「カズキくん危な……」


上段に構え今にも刀を振り下ろそうとしているカズキの背中に丸太がクリーンヒットする。

丸太の勢いはカズキを海老反りにしても止まらず、伸び続ける丸太へカズキ諸共激突する。


「何しやがん…でございますか?」


極限に集中している最中、後ろから蹴り飛ばされたと思い、怒りの感情が脳を通る前に言葉が口から飛び出してきた様だ。

しかし振り向いて確認した犯人が腕を組み仁王立ちした大将だった為、急遽脳から緊急システムが稼働し言葉遣いを強制的に修正する。


「しまいにしろ。飯食っていけ」


「は、はあ」


そう無愛想に言い残し部屋を後にした祖父のせいでカズキと2人きりになるハズキ。

朝目が覚めてから酷い目に遭い続けていたハズキのフリーズより、カズキの解凍が早かった。


「あのこれ」


「え、え?」


突き出されたカズキの手には、緑ジャージの上着が握られており、どうやら差し出しているようだ。

しかし、不思議な行動にハズキの脳は理解を出来ずにいた。


「んーなんて言うか、そのーすっけすけです」


「すっけ、すけ…えええ!?」


ハズキは改めて自分の姿を確認した。

祖父を抱き止めた時に付着した多量の汗が、寝巻きのTシャツを濡らし男子高校生には刺激的な姿となっていた。

瞬時に身体が沸騰し赤面する。

もう耳なんて見ていられないくらい真っ赤である。


「ははははっありがとうね!」


ステータスを得て強化されたカズキの視力でも追えないスピードで、上着をもぎ取り羽織る。

当のカズキは気にしていない感じなのが、少し気に食わないと冷静になりつつあるハズキは思った。


「私もシャワー浴びてくるね!終わったらカズキ君も入りなよ!」


恥ずかしさから逃げ出す様に部屋を飛び出す。

お風呂に行くと祖父はもう上がっていた。

相変わらずのシャワースピードに尊敬すらしてしまいそうだ。

よく祖父は人生で無駄な時間は長風呂だ。と言っている事を思い出す。


頭を洗いながらハズキは先程のことを思い出し唸る。


「うううっ…恥ずかしいな」


シャワーを終えたハズキは、やる事がなく手持ち無沙汰となっているカズキを捕まえ無理矢理シャワーへとぶち込んだ。


「俺この後ラゾーナダンジョン行くんでシャワー大丈夫ですって」


「いやいや!、1日中修行してたんだから汚いよ」


「効率的にレベリングの後の方が」


「いいからシャワーしないと刀取り上げるよ」


「入らさせて頂きます姉御!」


スライムの身体になって疲れとかは特に感じない様になった。しかし精神的な疲労は変わらない。

人間の身体を限りなく再現したせいで汗まで出るので、シャワーを浴びるのは気持ちが良い。


「生き返るぅぅぅ」


おっさんの様にお風呂で声を出すカズキは、外でハズキに聞かれている事なんて気づくはずもなかった。


「生き返るぅぅぅだって、やっぱシャワーに入って正解でしょ」


「そうっすね。よかったですよ」


「不貞腐れてやんのー」


違った。


不貞腐れてはいない。

大将のはからい?により大将とハズキの3人で机を囲み、朝食を食べているこの現状。

それにより場違い感によるアウェーに取り憑かれているのだ。


「違いますよ」


「いやーそれにしても意外と似合うね」


ハズキは、からかいすぎて若干かわいそうだなと思い話を変える。

変えられた話の矛先は、カズキが着ている服に移る。


「元々のジャージで良かったんですけど俺は」


「いやいやシャワーに入ったら着替えなきゃでしょ」


「まあ、ありがとうございます」


「可愛くないなー」


カズキが着ている服は黒を基調としたオーバーサイズの服だ。

これを着ている経緯は、風呂上がりにカズキの服が無くなっており、代わりにこの服が置かれていたのだ。


「私のだけどオーバーサイズだから、カズキくんでも着れて良かったよ。ジャージは洗濯しとくから後日取りに来てね」


「わかりました。俺今からラゾーナ行くんで汚れたりほつれても文句言わないでくださいよ?」


「大丈夫だよ、それ攻略服だから」


カズキが今から行くのはLダンジョンだ。

危険度が低いだけであって危険が無いわけでは無いのだ。

もちろん服がもう着れない状態になってしまう事だって有るかもしれない。

しかしハズキは得意げに言い返した。


攻略服とは普通の服に見えるが、モンスターのドロップアイテムで作られており、かなり丈夫で簡単に汚れたりほつれたりしないのだ。


「おい小僧、ダンジョンに行くのか」


「はい、今から試し斬りしたくて」


カズキに丸太を投げつけた時から開く事の無かった大将の口が開かれた。

ちなみに俺は丸太のことは許していない。根に持つタイプの人間だからな。


「ハズキお前も行ってこい」


「え、いいの?」


「そろそろ行っとけ。腕が落ちる」


「わかった!」


視線を感じる。

ゆっくりと、それはもうゆっくりと味噌汁を啜り、器で視線を受け付けない大作戦を行なっていた。

流石に味噌汁の量にも限界がきたので、器を下げた。

これがユキとアツシの前なら、口から味噌汁を出したり吸ったりして、永久機関を作り上げ長時間器と向き合っていただろう。


「ちかっ!?」


目の前に顔があった。驚き身を後退させる。

距離感どうなってんだよ!


「私も一緒に行っていい?」


「……」


困った時は無言で貫く事を推奨します。

これは怒りを感じた時でも有効的だ。

怒りにより理性がコントロール出来なくなった時、人間は言葉を選ぶという大事な回路がショートし、相手を傷つけてしまう。

そう、無言は何にでも使える万能ツールなのだ。


「いい?」


更にグイッと近づいてくるハズキの顔面が圧をかけてくる。

距離感バグってんだろこの人……なんか既視感を感じる。


トラウマが脳内に放映される。特殊ダンジョンでのアレだ。

ミラ・フレデスト、彼女も顔が死と共に近づいて来た事を思い出してしまった。

「また私を思い出してくれたのお?」とか変な幻聴が聞こえる。


「……」


「私と一緒じゃなきゃ刀取り上げるよ?」


「是非ご一緒しましょう!」


トラウマが凍らせた背筋を解凍する程、暖かい笑みを浮かべた顔面が遠のいていく。


そもそも刀を取り上げるなんて本当にできるのか?

もう買ったんだから俺の物だぞこの子は。


一緒に行くと決まってからは早かった。

食器を片付け、すぐに家を出た。銀柳街から徒歩5分でラゾーナに到着する為、徒歩で移動している。


「なんか考え事?」


「いや上司的な人にL級ダンジョン行くなら2人以上って言われたんですよ。パーティーメンバー以外でも良いのかなって思って」


「大丈夫でしょ」


2人以上でとしか言っていなく、誰となんて言っていなかったので大丈夫だろう。

そうこうしているうちにL級ダンジョン【ラゾーナ】に到着したのだった。

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