第29話 ビビンと来たら
カズキがビビンと来た刀の下緒の色を間違えたので、ライトグリーンからコバルトブルーに修正しました(2024/04/02)。
若い男女が2人きりで息を切らす。
状況によっては最高のシュチュエーションだが、この2人は真逆の状況下にいた。
「ハズキさんがしつこいからですよ。イチャイチャなんてしてないのに…」
「ーーーっ、カズキくんが教えてくれないからだよ!」
好奇心で我を忘れていたが、先ほどの状況を思い出し耳を赤くする乙女は声を荒げる。
そしてカズキもふと我にかえり周囲を見渡し、息を呑む。
「すげえ」
感情が脳に届く前に口から出てきた。
本来人間は思ったことや感情を、そのまま言葉にするのではなく、脳を通し最適化してから言葉として吐き出すのに。
大将がいた小さくこじんまりとした店先とは違い、ここは広く近代的な内装でガラス張りのショーケースに沢山の刀が陳列していた。
それは芸術品と言われても過言では無い。
「でしょここが本店!ここは旗竿地っていう土地に建てられてて、本来通路になるはずの竿の部分も建物として活用してるんだよ。さっきの場所がそれで、大将がどうしても鍛冶屋として残したかった雰囲気が詰まってるんだ」
旗竿地とは四方八方を他者の土地に囲まれ、自らの土地へ入るのに竿の様な細い道を保有しなければならない、旗の様な形をした特殊な土地だ。
今や都会にありふれた土地の形であり、多少のデメリットもあるが、他に比べ土地の安さに最大のメリットがある。
本来なら竿部分は道としての役割しか与えられないが、ここは竿の部分にまで建物を設置し歩道に看板を掲げる荒技を行使している。
なんならいつの時代だよと、ツッコミを入れたくなる程、時代と和を感じる店先に比べ、近代的な本店は異種の混合という新たな境地だ。
床の白い大理石に映る自分の顔が、たまらなくだらしない。
勇者になりたいと思い焦がれたあの時から、刀を振りたかった。
何故勇者っぽいロングソードじゃないかと問われても、明確な答えはない。
きっとかっこいいからなのだ。それが男の原動力なのだから。
そんな憧れの刀が沢山飾られた空間で、鼻の下が伸びない訳がない。
「私が打った子達はこっち!」
連れて行かれた店の端で、「ここだよ!」と目を輝かせながら紹介されたはいいが、連なるショーケースの中、綺麗に飾られた刀達は、どれが彼女が打った刀達で、どれが大将が打った刀か素人目では見分けがつられない。
「どこからどこがハズキさんの刀ですか?」
「っーーー!」
「どうしたんすか?そんな赤くなって」
ハズキの顔はさっき大将にいじられた時よりも赤く、目には少量だが涙を溜めていた。
「…ごめんごめん、おじいちゃんの打った刀との見分けが付かないって言ってくれて嬉しくて」
物心がついた時から、打ち続けていた刀。
祖父であり、師匠であり、雲の上の存在だと思っていた、そんな人が打ち上げた至高の刀と見分けがつかないと言ってもらった。
たとえ素人目だとしても、それはハズキにとってどんな言葉よりも心を打ち込んだ。
「いや本当に見分けつかないっすよ」
「あ、ありがと」
「まあ、あの黒い刀だけは別なんだなってわかりますけど」
頬を赤らめ、目を逸らす少女に見向きもせず、店の最奥に飾られている漆黒の刀を指先す。
素人というより誰が見てもわかる異様な雰囲気を放っていた。
それは黒く、何よりも黒かった。
刀身はもちろん柄や鞘までも吸い込まれるような黒。
通常の刀は研ぎ形を整える為、美しい線を描き、世界を反射する鏡面の様になる。
しかし中央にあるそれは、刀としての形をしながら凸凹している。
小さい頃、校外学習でいった郷土資料館を思い出す。
ガラスケースの中に飾られていた黒曜石のナイフが鮮明に思い出される。
一度はあれを作ろうと、誰もが石をぶつけ合うものだ。
きっとあの漆黒の黒刀も、石器の様に打製で造られたのだろう。
「お目が高いねーあれは魔剣だよ。普通の人が振るうと下手したら死んじゃうんだよ」
「まじすか!?こわ!」
「それよりそれより握ってみてよ」
そうして渡された刀を握る。
ロングソードとは違う握り心地の良さ、重心の場所がクオリティの高さを主張してくる。
そして何よりも重い。
ロングソードは初心者用に軽量化し、扱い易い様になってるとか何だとか講習場の人が言っていた気がする。
これが生き物の命を刈り取る物の重みで、毎日それを感じる事が大事なのだ。
「………」
「………」
「………」
「………」
真剣だった。
カズキは珍しく真剣だった。
男女は先ほどまとは違い、無言で刀を受渡する。
何故だろう。
人生で一度も触った事が無いのに、刃渡り、重さ、重心、見た目等様々な違いを確かめる。
自分の命を預ける相棒となる存在を見つけるべく慎重に真剣にだ。
そして5本目の刀を握った瞬間だった。
「…っ!?」
衝撃的だった。
刀が自分に握られたがっているとすら錯覚する程だ。
「これにする、絶対これにします!」
「ビビンときた?」
「っきました、ビビンと」
「決まりだね」
柄のに巻いてある紐、下緒もカズキの好きな青系統のコバルトブルーであり、鍔はゴールドと男心を擽る最高のカラーリングだ。
もう本当にビビンと来た。
ビビンは運命を決める合言葉であり、誰にも止める事の出来ない激情なのだ。
しかし、ここで弊害がある。
「ちなみにおいくらっすか?」
喉を通る唾の音が大きく聞こえた。
ハズキが勿体ぶっているのかと思ったが違う。
緊張で時間が長く感じているのだ。
「100万円丁度でお願いします」
「わかりました」
真顔で平然と受け答え、茶封筒を手渡す。
この前のA級ダンジョンで運良く、いや運は最高に悪かったが、たまたま手にした金だから若干の引け目は感じる。
「なにこれっておも、現金支払いって気前がいいねー」
茶封筒の中を覗き見て目をひん剥くハズキは、本を捲る様に札束を捲り「おぉぴったり100枚だ」なんて言葉を漏らしている。
店先とは違い頑丈そうなレジで会計を行う。
「今日は本当にありがとう。私も初めてで緊張してたから、カズキくんが初めてのお客さんで良かった!」
「……」
「カズキくん?」
「……」
「おーい!」
「え、なに?、ああ何ですか?」
カズキは握りしめた刀の事しか考えていなかった。
終わったらL級ダンジョンに行きゴブリンで試し切りをしたくて、たまらないのだ。
幼馴染達を誘い出すところからイメージトレーニングを初めており、何も聞いていなかったのだ。
「すごい平然と無視してタメ口使ってきたなー」
「すいません考え事してて」
「気にして無いよ!はいレシート」
「ありがとうございました!」
カズキは早足で来た道を戻る。
いやL級ダンジョンへと早歩きを始めたのだ。
今日、刀を売り買いした男女を見ていた老人がいた。
目つきが悪く、くたびれたタンクトップを来た職人は、カズキがお代の確認をした際、後ろで腕を組み人差し指を立て、弟子である孫娘に金額の指示を出していた。
しかし、そんな大将の姿をカズキは知らなかった。
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