第25話 S級暴拳者
この話は、スライムの身体になって1年くらい経ってからの事だ。
「なんだこのスライム」
いつもの日課でスライムを踏み潰しに秘密基地ダンジョンへ入ったカズキを待ち受けていたのは、見た事のない新種のスライムだった。
「おおお、綺麗だな」
プラズマボールみたいに内部がバチバチしている。
そう、科学館に置いてある大きなガラスの球体を触ると、接触している部分にプラズマが集まってくるアレだ。
小さな頃は夢中になって触ったものだ。
今や家庭用に小さなプラズマボールなんてのも売ってるくらいだ。
明かりを点けていないのにダンジョン内が明るいくらいだ。
神々しい。
「まあいけるべ」
いつも通りに踏みつけ吸収しよう。
今思うと危険予知が全く出来なかった。
本来危険なはずのダンジョンにて、危険な思いを殆どせず成長して来たカズキは、油断しきっていたのだろう。
「うがががががあ゛あ゛あ゛……」
皆さんは小さい頃、コンセントにクリップ等細いものを入れた事がありますか?
僕はあります。
あの一瞬の衝撃を忘れないから、二度と同じ過ちを繰り返さないのだろう。
コンセントなんて可愛く思える。
感じた事の無い力の流れが、身体中を駆け巡り破壊してくる。
踏み潰そうと触れた右足は黒く消し炭となった。
そのままバランスを保てなくなり、後方に転倒する。
「し、死ぬかと思った」
口を開け感想を漏らすと、一緒に黒い煙が立ち上る。
スライム化を取得していなかったら右足が無くなっていたんだろうな。
背筋に虫が這う様な感覚を感じ、目の前にいる恐ろしいスライムを見る。
「前言撤回だ。見た目に騙されたよクッソ」
何だか笑っている様な気がする。
何も考えず踏み潰そうとし、大ダメージを受けたのを馬鹿にしている気がする。
「ちょっと待ってろよクソスライム」
絵に描いたような負け犬の遠吠えを吐き散らかし、一旦秘密基地ダンジョンから出ていくカズキ。
少し経ってから帰って来たかと思えば、その手には金属バットが握られていた。
「直接触れなければ大丈夫だろ」
これが英雄を目指している少年の顔かと疑いたくなる。
パキパキに決まった瞳、とんでもない角度に上昇した口角、浮き上がる血管。
金属バットを握りしめる手に力が入る。
「くらえ!」
大きく振り上げ悔しさを込めて叩き込む。
息子の様に愛していたスライムに初めて反抗されたのだ。
本来、己の子から初めて反抗されたならば喜ぶはずだ。
子が自分の意思を持ち、気持ちを表す姿に感動しない親はいないのだから。
しかしカズキの子は反抗を態度に表すどころか、しっかり右足を消滅させたのだ。
これが怒らずにいられるものか。
悔しさ2割、怒り8割を込めた金属バットが新種のスライムに直撃した。
「え…」
初めに目に移ったのは真っ白い壁だった。否、発光である。
鼓膜を直接太鼓の様に叩かれたかと、錯覚する様な轟音と共に、白い壁に視界を占領されたのだった。
視界が回復するのに数分かかった。
魔力感知で自分の状況は把握していたが、直接見てみると恐怖を感じた。
握っていたはずの金属バットと、自分の両腕から肩までが神隠しに会っていたのだ。
もう綺麗さっぱり無い。
ダンジョン内を視認するが見つからない。
あるのは飛び散って尚、プラズマボールみたいに綺麗に光るスライムの破片と、ダンジョン奥で大人しくするスライムだけだ。
口を閉じていたおかげで、叫び出さずに済んだ。
歯の内側まで恐怖が織り込まれた叫び声が出て来ていた。
魔力を使用し消滅した体を回復させる。
スライム化により得たスライム吸収を実施しようと、飛び散りまくったプラズマスライムに近づく。
「こんだけ小さかったら大丈夫だよな」
恐る恐る指先で触れる。
爆発も感電もする事なくカズキの中へすんなり入り込む。
ほっとため息を吐きダンジョン全体に散らばったプラズマスライムを吸収したのだった。
「おおおおおお!!!」
スライムを吸収した後、ステータスを確認した。
佐倉和希 人間
LV:20
HP:81
MP:95
STR:58
VIT:2
AGI:4
SP:20
スキル一覧
・スライム化 ・雷
スキルが、新しいスキルが追加されている!
スライム化以外で初のスキル獲得。しかも男子が憧れる魔法系のスキル臭い。
先ほどまでの恐怖を食い尽くす喜びがカズキを襲った。
この体験があった事から、カズキは危険予知という言葉を覚えたのだった。
◯●◯
身体を突き抜けた雷撃と無数の剣撃により地に伏せる化け物。
びくりとも動く気配のない化け物もとい、黒い塊となったそれは勝利の証だった。
「よっしゃぁぁぁぁあああ!!!」
咆哮が心の底から駆け上がってきた。
生き死にを感じた闘いは、勝者の血を激らせ圧倒的な成長を約束する。
カズキは多くの経験を経た。
「うるさい傷に響く」
短剣を鞘に納めたタカシが、大声で勝利を喜ぶカズキに苦言を呈する。
しかしアドレナリンで脳みそが浸されたカズキは止まらない。
果たしてスライムの身体でアドレナリンが発生するかは不明だが。
「せっかく勝ったんだから喜びましょうよ!」
笑顔で喜びを分かち合おうとするカズキの言葉にため息だけが返ってきた。
だが基本的にプラス思考モンスターは止まらない。
「てかタカシさん信じてくれたんですね」
「何のことだ」
「タカシさんが溜めの時間を俺が稼げるって」
A級冒険者の戦闘に貢献できた事に、目を輝かせる男へ返ってきた言葉は意外なものだった。
「誰がお前の事なんて信じるか」
「え、まじすか、じゃあ何で」
輝く瞳は曇り、明らかにテンションを落とす。
「……あれはヤケクソだ…まあ助かった」
その言葉が返ってきた途端、瞳は輝きを取り戻した。
「なんだあ、タカシさんも可愛いとこあるじ、」
瞳はカズキの感情と同期するかの様に強く光を映す。
更に、更に強く
青く白く
爆発的に
「タカシさんっ!!!」
目の前に青い炎を撒き散らす爆発が生じる。
爆発の勢いで後方に吹き飛ぶカズキは、地面との摩擦でやっと止まることが出来た。
先程まで自分がいた場所に視点を合わせると、爆発の中心にいたタカシは身体から煙を上げながら、膝をつき倒れ込む寸前だった。
「さすがに痛かったわあ」
黒く焦げ穴だらけだったはずの化け物が、タカシに回し蹴りを叩き込む。
タカシは地面を転がる事もなく、一直線に壁に激突し壁に穴を空け突き刺さる。
足だけが飛び出ていた。
「お前なん」
「なんでってえ」
カズキの言葉に重ねる様に喋り出す化け物。
その声は透き通り先程のダメージなど無かったかの様だ。
「不死だからよ。ていうかあ貴方スライムだったのね、油断しちゃったじゃないの」
「くっ、うぅ」
カズキの身体へフランベルジュを滑り込ませ確認する。
一つ一つの行動が妖艶で、恋人の様にカズキに触れる。
「まさかこんなに成長したスライムがいるなんてね。厄介になる前に殺しとかないとお」
「やめろっ!」
雷撃を魔力切れ限界まで使用したカズキは、身体を動かすことが出来ない。
これ以上魔力を使うと人間の形を保っていられなくなる。
「スライムの殺し方は熟知してるんだからあ」
フランベルジュを握っていたはずの右手は、殺意を握りしめた拳となり振り上げられていた。
フランベルジュを何処にしまったのか、鞘すらないのが少し気になる。
本来なら戦闘時に得物を手放し、拳を握るのは愚の骨頂。
しかしカズキを、スライムを相手取るなら打撃で再生不可能になる迄、散らすのが得策だ。
「さよおなら」
化け物の拳が振り下ろされる直前だった。
「うわぁっ!」
轟音と共に大地が揺れた。
本来なら立ってはいられない揺れだが、胸ぐらを掴まれていたおかげで倒れることが無かった。
「またかよっ!」
轟音が2回連続で鳴り、更に大きく揺れた。
カズキ達が入ってきた両開きのの扉が勢い良く開かれる。
「カズキ!!!」
この隔絶された城へ入場した時、離れ離れとなった幼馴染たちの声が重なり響く。
その焦りが混じった音と共に、2人は飛び込んでくる。
「大丈夫かカズキ!」
「そこのクソ女!その汚い手を離せ!」
そう、首を絞め上げられているカズキの身を案じるアツシと、首を締め上げている化け物に啖呵を切るユキだ。
大切な2人の幼馴染だ。
そんな2人を見ると込み上げてくる無謀な見栄と笑顔。
「余裕余裕、なんなら今から相手に止め刺すところだよ」
「あらあらお友達かしらあ、よくあの結界破って無傷でいられたわねえ。反射を付与してたんだけど」
カズキは息を呑む。
幼馴染2人がこの戦いに参入したところで戦況が変わらないからだ。
「おじゃましまーす」
ユキとタカシが勢い良く開けてしまった事で、そのまま閉まった両開きの扉が再度開かれた。
少し気の抜けた声だったが、この広い空間で一言一句逃さず聞こえた。
高身長で腰まで伸びるポニーテールが特徴的な女性だ。
「いらっしゃい。たしかあー、S級冒険者の『暴拳者』ねえ」
「なんで私のこと知っているのかな?報告にあった救助者リストに載っていないのと、状況的にあなたが私の的のようね」
「人に対して的だなんて失礼なあ」
「モンスターが人を語るのね」
「くぅっ」
化け物がカズキを放り投げ戦闘体制に入る。
それは今までカズキ達に向けていた娯楽的感情とは全く別物の敵意だった。
どこから抜刀したのか不明のフランベルジュを手にしていた。
化け物とS級冒険者の視線が交差し、緊迫した静寂が重くその場にいた全員に押し掛かる。
合図は無かった。
しかし同時に相手に向かい、一歩踏み出す両者。
その一歩は互いの間にあった距離を一瞬で詰めた。
化け物が大きくフランベルジュ振るう。
それに対しS級冒険者は身一つ、握りしめた拳のみで応じた。
衝突するフランベルジュと拳が生む衝撃波に巻き込まれカズキは身動きが出来なかった。
両者は衝撃の反動を生かし間を取る。
フランベルジュを握っている化け物の右腕は、衝撃をもろに受けひしゃげていた。
本来とは逆方向に曲がった肘や、関節の無い場所で曲がる腕は痛々しい。
しかし青い炎を纏い即座に修復を遂げた。
反対にいるS級冒険者の腕は、中指の先から肩の先まで切り傷が付いていた。
少し驚いた表情で掌を開けたり閉じたりし、自分の右腕の無事を確認していた。
「ミラ・フレデストよお」
化け物は目の前の冒険者を敵と認め名乗りを上げた。
ダンジョンから生成されたモンスターなはずなのに。しっかりと家名までもだ。
「中川瞳、あなたを討伐するわ」
彼女の名を知らない者は日本人でいない。
なんなら外国でも名を聞いたことがあるって人が多いだろう。
人間の枠組みを超越し、S級冒険者という新たな生物へ昇華した化け物の1人。
二つ名は『暴拳者』、己の拳で道を開く最強のファイター。
日本に3人しか存在しないS級冒険者の1人で『救世主』、『泡王』と肩を並べる。
「いくわよお」
ヒトミを中心に青い爆発が巻き起こる。
しかし爆発の中から平然と歩むヒトミに対し、再度爆発が生じる。
尚もごく自然に歩いているヒトミにミラが手を向けた。
先程までの爆発とは比べ物にならない爆発が乱発し、爆炎を吐き散らかす。
「手応えが無いわねえ」
死を招く蒼き爆発に巻き込まれているにも関わらず、ダメージどころか服の汚れすらない状態に手応えのなさを感じたミラは、フランベルジュで好敵手の首を切断すべく腕を振るう。
それに相対し拳を振り抜くヒトミ。
「はぁっ!」
その鉄拳は妖気に笑うフランベルジュを押し返し、ミラの右肩を撃ち抜く。
殴られた上に自分のフランベルジュが肩に食い込み、ミラの口から苦痛に歪む声が漏れ出す。
その怯んだ一瞬を見逃さないのがS級冒険者だ。
ミラが一歩下がるのに対し、思いっきり踏み込み右手を振るう。
拳に痛打された美しい顔面は勢いを止める事なく下降し、大地と拳に挟まれる。
轟音と共に大地が罅割れる。
目を開けられ無いミラに更なる衝撃が加えられ地面の罅が成長し、暴力の推進力を一身に受けるミラは、地面に陥没していきカズキ達から見えなくなる。
「大丈夫?ここから離れよう!」
高レベルの戦闘に魅入られていたカズキは現実に引き戻される。
アツシが駆け寄ってきてくれたのだ。
「すまん動けない」
「まかせろ!」
ユキはもどかしかった。
自分もカズキの元へ行き手を差し伸べたかったのだ。
しかし、珍しく大きな声でアツシに静止され入口付近で待機していた。
化け物達が地面の底に入り込んでからも尚続く揺れが、危険だと警笛を鳴らす。
そんな緊張感と焦燥感の中、自分の方へ歩み寄る男達を見て心が凪ぐ。
「…なにやってんの」
「これが一番早かったんだよ」
「俺はやめてって何度も言ったのに…」
「ひゅーおひめさまー」
「ほんと、勘弁してください!!!」
アツシの腕の中に横たわり、顔を乙女の様に両手で覆うカズキ。
そう、お姫様だっこだ。
口角をあげながら煽るユキの言葉で、耳が赤くなるお姫様。
最恐の戦場とは思えないくらい、仲睦まじい光景だった。
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