第24話 身体を駆け巡る狂気
「くっ…」
意識が飛んでいた。
スライムの身体となってから痛覚が無くなり忘れていた。
全身が修復不可能になると二度と元に戻る事は出来ない事を。それはすなわち死だ。
カズキは大きな衝撃を受け気絶していたのだろう。
全方位に視界を展開すると、自分の状況が明確になった。
上半身と下半身が別々に転がり、上半身の右半分は消滅していた。
「まじかよ」
身体をスライム化させ遠くに離れていた下半身と一つになり、身体を修復する。
背中に虫が這う様な寒気を覚える。
あんなに軽く振るっていた手に当たり、この惨劇だ。
これでもダンジョンに入ってすぐ硬化のスキルで防御力を上げていたのに。
あの女、アレは化け物だ。
「んんん?おいっしいぃ」
カズキが目を覚ましてから、聞こえ続けていた連続した甲高い音。
それは女とタカシが剣戟を繰り広げていた音だった。
2人の戦いは素人目でも、女が有利なのが手に取るようにわかる。
余裕のある女の動きに比べ、タカシの動きに余裕は無く刻々と増え続ける傷が物語っていた。
カズキは掌を女に向け集中した。
空中にソフトボール程度のスライムを生成する。
実戦に向け毎日毎日技を考案し訓練してきた。
幾度となく没技を生み出してきた。やっと披露できる。
「うぶっえぇ」
高速で放たれたスライム弾は女の顔面にヒットし、綺麗な女性から聞きたく無いランキング上位に食い込みそうな声を絞り出し、纏わり付いた。
続け様に放たれたスライム弾が女の身体中に纏わり付いていき、いつしかスライムに覆われる女の身体。
これだけでは終わらない、このスライム弾の本領はここから発揮される。
カズキのスキルを司るのだ。
硬化のスキルでガチガチに固め身動きを封じたのだ。
「あいつは今固まってて動けません」
「よくやった。あいつが相手の攻撃をワザとくらう癖が無ければ、掠りすらしてなかっただろうな」
「普通生きてた事への喜びを言葉にすべきでは?」
後退してきたタカシが隣に並ぶ。
戦闘中でもぶっきらぼうな対応は変わらない様だ。
カズキが生きていた事なんてオマケ程度にしか思っていないのだろう。
「俺が手を貸して勝てると思います?さっきなんか一瞬でバラバラにされましたよ」
「サヤが増援申請してるはずだ。それまで持ち堪えるぞ」
「何弱気なこと言ってんすか」
いつも無口で態度が大きいタカシが増援に頼り、とりあえず生き延びる事を考えている。
それだけ強大な相手なのだろう。
A級冒険者が勝てないと言う事は、あの女、否あのモンスターはS級クラスなのかもしれない。
怖い。
本当は怖くて仕方がない。
死ぬかもしれないのだ。
でも、それよりも仲間と、あの幼馴染達との約束を夢を叶えられなくなる方が、よっぽど嫌だ。
魔力を込めて身体を硬化させる。できる限りの硬度だ。
「あんなやつ、ぶっ倒してやりましょう」
刀身が半分に折れたロングソードを拳に握り、反対側の掌を叩きやる気を入れる。
「私もお話に混ぜてえ」
巨大せんべいでも割る様な音を立て、身体中に付着したスライム弾を壊す姿は人間とは思えなかった。
かなり魔力を込めたから金属並みには硬いはずなのに。
最後に顔にへばり付いた、ガッチガチに硬化したスライムを引っ剥がした女が動き出す。
肩が大きく上下しているのを見る限り、息が出来ていないかったらしい。
「何で生きてるのかなあ、完全に殺したと思ったんだけどお」
そのふわりとした口調とは裏腹に、赤い瞳に籠る力がカズキの背筋を凍らせる。
機嫌の悪そうな表情から打って変わり、妖艶に満足げな笑顔を見せる。
「はっ!誰が教えるかよ!」
「強がってるね、負の感情が、恐怖心がだだ漏れだけど大丈夫そう?」
「よくわからんけどサービスだよ!」
「お姉さん感じちゃう!!!」
刀身に勇気を乗せてカズキが走り出すと、タカシが合わせて並走する。
法悦とした笑みを浮かべた化け物に向かい剣を振るうと、化け物は手に持っていたフランベルジュを用い受け止め、カズキに思い切り寄る。
額と額が触れ合いそうになる距離で吐息をこぼす化け物は、愛の告白をする様に吐き出す。
「その溢れ出す恐怖の感情が、さいっこうに美味しいんだよお」
本来ならこの距離で、このレベルの容姿に語りかけられれば、カズキの心は奪われ脳が溶けて鼻から出てくるだろう。
しかしダンジョン内のモンスターであり発言内容が相まって台無しだ。
そんな男女のまぐわいも茶々が入り終わりを迎える。
短剣が2人の間を引き裂く様に振り下ろされた。
「ちょっ、俺に当たったらどうするんですか!?」
「………」
「無視です、かっ!」
若干心に燻る憤りを刃に乗せ切りかかるが簡単に躱され、かわりにフランベルジュがカズキの首を狙う。
タカシの短剣がそれを弾く。
甲高い音が鳴り死を纏った刃はカズキから遠ざかっていった。
そのチャンスを失わんべきと女に剣を振るうが躱される。
それからもカズキがメインで攻めを行い、タカシがサポートする戦法で女と渡り合う。
タカシのサポートは、心地よい合いの手の様で適切な防御と攻撃を行う。
「まるであなたに手が一本増えたみたいねえ」
タカシに目をやりうんざりとする女。
言葉を返す余裕がないカズキは、ひたすら攻めるが決定的な攻撃が決まらずにいた。
女がフランベルジュを握る力を込めた瞬間、タカシを巻き込み後方へ吹き飛ぶカズキ。
「あれ倒せますか?」
「すこし溜めれれば切れる」
「すこしかあ…」
作戦会議は一瞬で距離を詰めてくる化け物により中断させられる。
2人で戦っても傷が刻まれないだけで、相手が有利なのは変わらなかった。
しかし激しい剣戟の中カズキは喜びを感じていた。
ステータスを手に入れてから初めて力一杯戦えているからだ。
ある種の興奮状態に陥り喜びを感じ始めていた。
「せっかくペットにしようと思ったけど、もう良いかなあ」
「ペットにご指名だったらしいっすよ。タカシさん」
「だまれ、お前から切るぞ」
女がうんざりとした表情をし、一旦攻撃を中断する。
「今から殺すからあ、恐怖の感情を沢山出してねえ」
「こっちのセリフだ化け物!」
「威勢はいいのねえ、そういうの大好きよお」
再び昂揚とした表情を浮かべフランベルジュを振るってきた。
さっきまでの戦いが遊びかと思うスピードの斬撃だった。
ワーウルフの動きなんて笑えるくらいのスピードだ。
しかし極限状態のカズキは軌道をしっかり捉えていた。
半分しか刃の無いロングソードでしっかり受け止め、反撃に転じようと足を踏み込んだ。
「あまいなあ」
女の勢いは止まらず、再び妖艶な顔面が、カズキに迫る。
本気になった化け物の一撃を初期支給品のロングソードでは止めきれなかったのだ。
豆腐の様にロングソードを切り裂き、尚突き進む死の刃はカズキの右肩から体内を切り進み、心臓を経由して左肩から抜けた。
それでも止まらない凶刃は切り返し、再び頭部から地面に向かって走り抜けた。
カズキの身体を十字に駆け抜けたフランベルジュは妖艶に煌めき、生き物の命を奪う喜びを表現する。
「さいっこうに気持ちいいぃ」
化け物はカズキの頬に己の頬を重ね耳元で快感を囁く。
人の心を弄び、命を奪う事に快感を感じる芯からの怪物。
「お仲間をやられて怒らないのお?」
上半身のみとなり項垂れるカズキの身体を抱き止めながら、怪物はタカシの精神を揺さぶる。
タカシは挑発を受け入れ技を繰り出す為、足を引き構えを取る。
「あら?意外と怒っているのね。そんな溜めがある攻撃待つと思う?」
無防備に大技を繰り出そうとしているタカシに、女が振るう毒牙が迫る。
「そいつは馬鹿で弱いが、お前よりは頭が良かったらしいな」
「今更負け惜しみなん、でぇぁああああああ゛あ゛あ゛あ゛」
「奥義『時雨』」
突然の絶叫と共に身体を硬直させる女の身体へ吸い込まれる剣撃は、身体中に複数の傷跡を残した。
瞬きする刹那に繰り出される連撃は、瞬時に降り注ぐ雨の様だった。
それは技名の如く。
◯●◯
「あまいなあ」
女の勢いは止まらず再び妖艶な顔面が、カズキに迫る。
本気になった化け物の一撃を初期支給品のロングソードでは止めきれなかったのだ。
『斬撃無効』
スライム化のスキル獲得時、副次的に手に入ったスキルだ。
如何に鋭い斬撃も、如何なる洗礼された剣技もカズキHPを削ることは出来ない破格のスキルだ。
これにより自分が死ぬことは無いとわかっていても、鋼鉄を容易く切り進むフランベルジュが右肩から体内へ入り込んできた時は鼻水が出た。
痛くは無い。しかし感触はある。
心臓を経由して左肩から抜け、再び頭部から地面に向かって走り抜けた斬撃の感触全てが、興奮と恐怖により加速された時間の中で、本来捉えることの出来ない速度の刃を目で捉えながら、一心に感じていた。
念の為、血を模したスライムを撒き散らしながら倒れ込もうとしたが抱き止められた。
抱き止めたのは他の誰でも無く、化け物だった。
「さいっこうに気持ちいいぃ」
カズキの頬に化け物の頬が重なる。
その柔らかな頬はまるで吸い付く様で、触れ合う身体の温もりがカズキを包み込む。
鼻腔から入り込む甘い香りに、鼓膜を揺らす魔性の声音に脳が揺すぶられる。
弾力のある豊満な女性に抱き止められたのは、人生初の体験だ。
直前に四つ切りにされていなければ鼻血を撒き散らしながら、告白していただろう。
「お仲間をやられて怒らないのお?」
項垂れるカズキの身体を抱き止めながら、化け物はタカシの精神を揺さぶる。
タカシは挑発を受け入れ技を繰り出す為、足を引き構えを取る。
「あら?意外と怒っているのね。そんな溜めがある攻撃待つと思う?」
カズキは機を見極めていた。
化け物に抱かれるのが心地良かったから死んだフリをしていた訳では、決して無い。
断じて言い切ろう。
『すこし溜めれれば切れる』
あの冷静で細かいタカシが何も考えず強敵の前で、無防備に隙を作る訳がない。
短い付き合いの先輩だが、信じるに値する実力を持つからこそカズキは信じることにした。
いや信じるしか無い!
化け物の毒牙がタカシ目掛け振り下ろされた。
相手に止めを刺す瞬間だ。
カズキは目を見開き、タカシの眼へ強い意志を送る。
「そいつは馬鹿で弱いが、お前よりは頭が良かったらしいな」
初めて使用した時、文字通り自分が爆散した凶悪なスキル。
普通の人間だったら使いこなせず、試し撃ちした時点で強制的に永遠の眠りへ誘われる特大ハズレスキル。
何度も何度も爆散しながら、毎日毎日爆散しながら練習してきたカズキの切り札。
自分の身体を動かすのに筋力は意味を成さず、魔力操作が必須となる特殊なカズキだからこそ習得できたのだろう。
今、実行するとき
「今更負け惜しみなん」
タカシが信じたカズキの力。
『雷』を魔力切れ直前まで放つ。
「うおおおおぉぉぉぁぁああ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
カズキの魔力が放出され、スキルにより雷へと変更される。
化け物が抱き締めるカズキから桔梗色の雷が溢れ出す。
「でぇぁああああああ゛あ゛あ゛あ゛」
その奔流は化け物の身体を走り抜け、身体中を焼き付け沸騰させ筋肉を収縮させた。
想像し難い激痛により生み出されたのは完璧な隙だ。
それを誰よりも視えてしまう男が見逃すはずが無かった。
「奥義『時雨』」
身体を硬直させる女の身体へ吸い込まれる剣撃は、身体中に複数の傷跡を残した。
瞬きする刹那に繰り出される連撃は、瞬時に降り注ぐ雨の様だった。
それは技名の如く。
〇●○
少し、いやかなり時を戻そう。
あれはスライムの身体になって1年後の事だった。
「なんだこのスライム」
いつもの日課でスライムを踏み潰しに秘密基地ダンジョンへ入ったカズキを待ち受けていたのは、見た事のない新種のスライムだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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