第22話 来た時よりも美しく
「おはよー」
8時間ぶっ通しゴブリン討伐耐久レースを行った次の日の朝。
カズキが2階の自室からリビングへ降りると、机に伏せるユキと朝食を作るアツシがいた。
「はよ…もう動けません」
机に向かって嘆くユキは、今まで感じたことの無い倦怠感と筋肉、関節痛に襲われていた。
昨日はどっぱどぱ溢れ出すアドレナリンにより感じなかったが、今になって身体中を駆け巡る激痛。
3日遅れて来ない分、若さを感じるので良いとしよう。
「おはよう、朝ごはんもう少しで出来るから待ってて」
爽やかイクメンだ。
朝から私服へ着替え料理する姿は、全人類が羨む父親の鏡。
そりゃあモテるわけだ。
「なんで2人とも平気そうなのよ……」
机に伏せていた頭を少しあげ、恨めしそうに睨みあげる。
なんて呪われそうな上目遣いだこと。
カズキは魔力操作で動く為、筋肉痛なんて概念はないのだ。
「俺は意外と大丈夫ー」
「僕は痛いけど動くしかないから諦めてる」
「アツシさんさすがっす」
「それより大丈夫かなユキ」
自分よりも他人を心配しながら、朝食を作る聖人から溢れ出る後光に目を焼かれそうだ。
机に伏し続けるゾンビを見つめる事にしよう。
「おはよ!今日も元気にゴブリン倒すぞーって、みんな元気ないよほらほら!」
朝食を済ませ出社したカズキ達を待ち構えていたのは、お団子頭を揺らしている元気溌剌なサヤであった。
見ただけでわかる疲労感MAX3人組の背中を押して車へ詰め込み、今日もL級ダンジョン【ラゾーナ】へ向かう。
「ちなみに皆んな今のレベルいくつ?」
ゴブリン討伐へ少しでも余力を残すべく、サヤの何気ない車内トークに最低限の返事しかしないカズキとユキは「ななぁー」とだらしない返答をした。
そんな中、先程の挨拶もだったがアツシだけは「レベル7です!」と爽やかに答えていた。
「ええぇ!?早くない?私の見立てだとまだレベル4とかだと思ったのに、レベルUP早く無い!?」
カズキ達のレベルアップの早さに驚くサヤ。
そりゃあ8時間もモンスターを絶え間なく討伐してたらレベル上がるに決まっているだろ、と心の中で悪態をついていたのは、後から知ったがカズキだけじゃなかったらしい。
「どんな状況、状態でも最善の戦いができる様にするのが一流の冒険者だ!と今日の社長からの一言でーす」
カズキ達の見張り用ドローン達から聞こえる明るい声が「頑張れ!」と最後に残し、声の発生源であるサヤがホイッスルを鳴らす。
音を聞きつけたゴブリン達が昨日同様、醜悪な笑みを浮かべ獲物であるカズキ達に向け走り出す。
8時間ぶっ通しゴブリン討伐耐久レースの開幕だ。
⚪︎⚫︎⚪︎
「みんな昨日より動きが良くなってたね!」
息を切らす3人の横でドローンから激励の言葉が投げかけられる。
それよりもこれよりもカズキは焦っていた。
手加減の方が大変だー!!!
レベル31のカズキにとってレベル3〜5推奨程度のゴブリンや、レベル10推奨のオークと戦うにあたりオーバーキルをしてしまう懸念があった。
ゴブリンと戦中によそ見をしているのは集中してないからじゃない。
皆んなと足並み合わせて討伐してるからだ。
オークの棍棒による攻撃をいなしているのは、剣の腹で触れなければ棍棒をレベル7で弾けるはずが無いと教わったからだ。
そんな手加減をしていた男は心の底から震えていた。
次の階層に行きたい。
この階層に得られるものは無いのだ。
レベル差により流れ作業を淡々とこなしている苦痛だけが、カズキを蝕んでいた。
⚪︎⚫︎⚪︎
「くそー!!!オークのトドメは私が貰うはずだったのにー!!!」
「今日も僕がMVPかな」
絵に描いたように鼻高なアツシと、「ムキー!!!」と地団駄を踏み悔しさを露わにするユキ。
疲労感はあるもののレベルが上がり、少し余裕の出来た2人はテンションが高い。
そんな中でもカズキは焦っていた。
皆に実力がバレないよう動きながら、成長する術が見当たらなくて。
「おつかれと言いたいところだけどっ、今日は残業になります!」
残業
それは、世の中の労働者全てに対して必然的に発生する時間外労働だ。
大体の人がそれを嫌がり、なるべく撲滅しようと動く。
極稀に給料の底上げと考え、自ら手を挙げて残業志願する者もいるとかいないとか。
新人の頃から適度に残業を与え、残業耐性を取得させるべきなのだ。
学生業しか営んだことのないカズキ達新社会人に残業への抵抗はゼロだった様で、各々やる気満々の返事をした。
なんなら3人はゴブリン退治以外に何をするのか興味津々な様だ。
「さすが皆んなやる気に満ちてるね」
「はい先生!残業では何するんですか?」
「おお!いい質問だねえカズキくん。それは…」
「それは…」
「ダンジョンを踏破する現場を見学してもらい、その後実際に踏破してもらいます!」
作業を見せ、内容を説明してから実行させる。
新人教育の見本とも言えるだろう。
「「「おおおおおお!!!」」」
初のダンジョン攻略に、テンションが突き抜ける3人の歓声が上がる。
2日間生死をかけたゴブリン討伐耐久レースしか行っていないく、飽きが来ていた3人には丁度いい刺激だ。
それに加えカズキは、定時作業スライム踏みを行ってきた過去があるせいか、格下のモンスターを討伐し続けるだけの流れ作業に感じていた為、誰よりもテンションが上がっていた。
「ここで皆んな大好き社長から応援のメッセージがあります」
車内にケイコ社長の高笑いが響く。
車内に複数設置されているモニター全てにケイコ社長が映った。
「新入社員諸君共よ元気にしているかね。今日は実際にダンジョン攻略を頑張りたまえ!よく覚えて欲しい事が1つある。命を落としかねないダンジョンであろうと、お客様の大切な所有物だということ。何気なく使用している家財は沢山の思い出が詰まっている宝だ。ダンジョンはそんな宝が多々眠る宝箱だということを!」
いつになく真面目な表情、目つきでアドバイス、否、心得を教えてくれたケイコ社長は「以上!」と大声で締め消えていった。
車内に残ったのは、初めてL級ダンジョン以外のダンジョンに行ける好奇心ではなく緊張だ。
いくら人間性に欠けたところがあろうと、人の上に立つ人間なんだな。
◯●◯
一軒家の前にて降車する一同。
サヤがタブレットでダンジョンかを再確認し鍵を取り出す。
「はいタカシみんなにしっかり教えるんだよ」
「…わかってる」
おもむろに鍵を受け取り、敷地内に侵入するアツシの跡をカズキ達は着いていく。
今から目にするのは、C級ダンジョン攻略を専門としている株式会社松本の、A級冒険者によるダンジョン攻略だ。
ダンジョン踏破は冒険者産業の大きな収入源だ。
A〜C級のダンジョンを踏破し依頼主から報酬を頂く。それに国からも少しばかり手当が支給される。
もちろん難易度や規模によって報酬の額は全く異なる。
カズキが冒険社アースの面接に落ちた後、冒険者企業を調べまくっている時に松本の攻略は人気であり予約を取るのが困難だとネットで見たことを思い出す。
カズキは緊張で乾いた喉を唾で潤し、開け放たれたダンジョンの中へ入った。
「お前らは隅で大人しく見てろ」
タカシはボソリとつぶやき玄関を抜けリビングへと向かおうとしたが、立ち止まり少し大きめな声で話し出した。
「…まずは地形の把握だ。ダンジョンに侵入したら見ろ、どの程度体を武器を振るえるか、どの程度回避するスペースがあるか確認だ」
タカシはぶっきらぼうにアドバイスをし再び歩を進め始める。
2階へ続く階段にモンスターがいない事を確認し、リビングの扉を開け中に入る。
「っガイコツ?」
リビングにいたのは白骨化した人型モンスター スケルトンだ。
カズキ達の侵入に気が付いたスケルトンは、体を軋ませながら襲いかかってきた。
タカシは素早く短刀を振るいスケルトンの首を刎ねる。
しかし、スケルトンの動きは止まらずタカシに剣を振るう。
すんでのところで交わし、跳ね上げた頭蓋骨に短刀を振るい破壊する。
スケルトンは光の粒子となって消滅した。
一連の流れを見ていたカズキの口からは無意識に賞賛の言葉が漏れ出していた。
「す、すげえ」
「スケルトンは頭蓋骨を潰さない限り動き続ける。覚えておけ」
スケルトンの対応方法を教えてくれるタカシの声がカズキには届いていなかった。
必要最低限の動作でスケルトンの攻撃を交わし、最低限の動きで攻撃を繰り出すタカシの戦い方を見て自分に足りないものを見出したからだ。
骨の軋む音が複数ダンジョン内から聞こえる。
今の戦闘でダンジョン内にいたスケルトン達が侵入者を感知し、排除すべくリビングへ向かった来ているのだ。
「そこのキッチンでみてろ」
タカシはカズキ達に安全地帯で見学する様に伝え、リビングに繋がる扉を開ける。
後程聞いた話だが低級のモンスターは扉を開閉できず、破壊して部屋に来ることが有るらしく、壊される前に解放するのがベストらしい。
リビングにスケルトンが4体集まる。
目にも止まらぬ速さで2体の頭蓋骨を粉砕し光の粒子に変えたところで、タカシの背後からスケルトンが剣を振り下ろす。
それを短刀で躱し隣のスケルトンの頭蓋骨に直撃させ、剣を振るっていたスケルトンに掌底打ちを放ち頭蓋骨を粉砕した。
4体ものモンスターをほんの数秒で全滅させたA級冒険者の戦闘に息を飲む一同。
戦闘で家に傷が一つもついていない。
最初スケルトン1体と戦闘していた時からだ。
タカシはこの家に入って来てから自分の攻撃はもちろん、スケルトンの攻撃でさえ家具や家に当たらない様、動いていたのだ。
戦慄していたカズキを世界の祝福が、現実へ引き戻す。
『ダンジョンが踏破されました』
頭の中に機械的で中性的な音声が鳴り、ダンジョンの攻略完了を通知する。
カズキ達が唖然としているとタカシが近づいてきて雑巾を渡してきた。
「攻略前よりも美しく、それが社の意向だ」
3人は勢いよく返事をして踏破されたダンジョンに、蓄積した埃や自分達の足跡を掃除したのだった。
いつもは無口で何を考えているかわからないタカシだったが、今床に這いつくばり、汚れ拭くタカシの背中が大きく見えたカズキであった。
「あとは家にある傷を確認して報告するだけだよ」
ダンジョン踏破の報告を受け安全を確認したお団子お姉さんが、カズキ達が掃除中に戦闘による損傷が無いか確認を行う。
カズキ達は返事はするものの、自ら口を開くことは無かった。
冒険者企業が営むダンジョン業の一つ『踏破』を初めて目の当たりにし、各々思うことが有るのだろう。
刺激を、経験を経て成長せんと熟考する若者を見てサヤは心が躍った。
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