第21話 太郎物語 Episode.2
俺の名は寺田太郎だ。
無気力で行き場の無いフリーターだった俺。
ある日バイト先のハンバーガ屋MECに、来店した高校生らしき3人組に感化され、冒険者になることを決意した。
それにしても青春に当てられ、何も考えずバイト中に走り出さなければよかった。
店長にしこたま怒られたよ、はは。
何で走り出したかって?俺にもわからねえよ。
走っている最中に店から連絡が来て、震えたよね。
店に帰って怒られた後のことだった。
ゴミ箱内のゴミを回収していたら、1番上にとんでもない用紙を見つけた。
冒険社アースの合格通知書だ。
「これ大企業の合格通知書じゃん」
あの名前も知らない美少女は、大企業の入社を蹴って友といる事を選んだのだ。
自分の小ささを再度自覚してしまう。
「石井夕記ねえ」
まてまてまて名前を知ったから何だ!
こんなのストーカー見たいじゃ無いか。
俺は首を横に振り、合格通知書を丸め再度ゴミ箱へ投下する。
危うくストーカー予備軍になるところだった。危ねえ危ねえ。
「俺もあいつらに負けられねえな」
それからは怒涛の2日間だった。
冒険社アースの新卒募集は終了していたが中途、一般募集に間に合い、2日後に入社試験を受けに行くことへなったのだ。
まさか大手企業の入社試験応募締め切りが、前日までだったとは。運が良かった。
急いで冒険者ライセンスを取得するべく、教習所に向かった。
コボルトにビビりながら、死ぬ思いでライセンスを獲得出来た。
「ああ忙しいな」
きっと普通の人はこれくらいじゃ忙しいと思わないんだろうな。
額の汗を拭った今、このときの俺は何故か口角が上がっていた。
冒険社アース入社試験当日。
冒険社アースの試験は、面接とステータス取得確認のみで不完全燃焼極まりない試験だった。
長年プライドだけ成長させ、コミニュケーション能力を育ませず生きてきた俺は、面接で盛大に躓いた。
「私」、「僕」、「自分」と三大一人称を全て使い、「んー…」、「えー…」、「そのー…」の三大行き詰まりまでもコンプリートしてしまった。
もう受かることは無いだろうと腹を括り、次の日結果通知書が入った封筒を開けると、『合格』の二文字が大きく強調された通知書が封入されていた。
「う、うそだろ」
細い目を大きく開き、怠慢に暴食、惰眠を貪った結果により、脂肪が纏わりついた両腕を振り上げ、これでもかと喜びを表す。
「やった…よっしゃぁぁっぁあああああ!!!」
もう枯渇していたと思った涙がまた出た。
その涙は黒く汚れ、真っ黒になってしまった俺の心を浄化していく様だった。
頑張ろうと思う活力と、あの3人組に対しての感謝が胸の内から溢れ出てきた。
いつか、いつの日か出会うことがあれば感謝を述べよう。
その日の夜は自分の為に、自分だけで祝勝会を開くことにした。
「やっぱ祝いといえば肉だよな肉!」
俺は久しぶりに奮発し焼肉食べ放題へと来ていた。
え?1人焼肉は無いだろうって、バカ言え!
ぼっちレベルカンストの俺様に1人で出来ない事など無いわ!
独りで通されたのは、テーブル席だったが構わず肉を貪り、疲れと油をビールで胃袋へ押し流し消化する。
最高だ。
ああまた涙が出ちまいそうだぜ。
「「「かんぱーい!!!」」」
グラスとグラスがぶつかり合う音と大きな声が、食材や飲み物を自動運搬してくれるレーンの反対側から聞こえた。
う、うるせー。
まあ、これくらいで動じる男では無い。
しかし、滲みかけていた瞳は乾いてしまった。
「にくにくー!」
「カルビカルビ!」
「ハラミハラミ!」
ワーワーギャーギャーと大声で騒ぐ隣のテーブル。
人見知りで温厚な俺とて、さすがに眉間に皺がよった。
どんな奴らかと一目見る為、ビールが届いた際にわざと立ち上がって受け取ってみた。
そこには、あの早朝に青春を繰り広げタロウの心を救った冒険者達が、肉を取り合い蔑み合っていた。
まさかこんなにも早く再開できるとは思ってもいなかった。
「おい!それは俺が焼いてただぞクソユキ!」
「はあ?誰が焼いたとか証拠あんの?」
「2人とも落ち着いてこれ食べなよ」
少しだ。
少しだけ残念な気持ちが胸を締め上げたが関係ない。
俺は君らのおかげで、一歩前に進むことが出来たんだ。
残念な気持ちを払い除け、感謝の気持ちが込み上げてきた。
更に酒を飲んでいた事もあり、本人達に直接感謝を伝えたい気持ちに襲われた。
「でも大人数いるあのテーブルにはいけないな」
しかしコミュ障を煮詰めてしまった俺に、大人数で飲み会している中へ飛び込む勇気は少しも無い。
「1人になったタイミングだな」
急がずとも、そのタイミングは割と早く到来した。
カズキが膨れた膀胱を解き放つ為、トイレへ立ち上がったのだ。
さすがにトイレ前に喋りかけるのは失礼に当たるから、いやむしろキモいを通り越し怖いだろう。
少し時間を置いてトイレに行こう。
そうしてカズキがトイレへ行った約1分後、タロウもトイレへ歩を進めた。
緊張しながら勢い良くトイレの扉を開けた。
意を決したにも関わらず、タロウが目標としていた人物は、個室トイレへ何者かにより吸い込まれたのだ。
驚きというより頭の整理が追いつかず、フリーズする。
「声を出すな」
「なんの真似っすか…タカシさん」
太郎の身体を解凍したのは、個室トイレからボソボソと聞こえる声だった。
おいおい、いかがわしい事してるんじゃ無いだろうなあ。
なにか小声で話しているのが聞こえるがあまり聞き取れない。
「それ当てるのやめてくれませんか…」
な、何を当てられてるんだ!?
ここは公共の場だぞ!
それから何か動くような擦過音と、聞き取れない声だけが聞こえていた。
ようやく声が聞き取れた。
「……痛みはないのか?」
ああ、こりゃやってるわ。
間違いない。やってるわ。
その言葉を聞いて察したタロウの脳内は澄み渡りクリアになる。
手にしていたトイレの扉を静かに閉め、席へ戻りビールが入ったジョッキを持ち上げを勢いよく飲んだ。
「また今度にしよ」
同じ業界にいるんだから、また会えるだろ。
まあ、俺は他人の趣味をどうこう言うほど小さな男じゃない。
それにしても世界は広いな。
「ビールおかわり下さい!」
丁度よく通りかかった店員さんに気持ちよく注文する。
笑顔が可愛らしい店員が振り返って言った。
「注文はタブレットでお願いしまーす」
やべ恥っず、耳が沸騰しそうだ。
ちくしょう!
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