第20話 ツクシ畑に咲く一輪の花
「この体になったのに何で排泄が必要なんだよ」
スライムのみ連続1000匹討伐という珍偉業を成し遂げたカズキに、強制付与された常時発動型スキル【スライム化】。
これにより人間の枠組みから本当の意味で逸脱したカズキの体は未だ謎が多い。
何故か空腹を感じるし食事をすれば排泄もある。
何もしていなければ体の中身は水色のゲル状となっており、怪我したときにバレるのを防止する為、内臓や骨を模倣しているから空腹を感じるのかと推測し、模倣をやめたことがある。
しかし、空腹も排泄も通常通りであった。
きっと人間とスライム両方の特性を持つ様になったのだろう。
用を足したカズキが手を洗う為に洗面器前へ移動しようとした時、大便用個室の扉が急開しカズキの腕を掴み引き摺り込んだ。
もちろん抵抗した。
しかし相手はレベル34のカズキを簡単に個室へ引き込んだのだ。
「声を出すな」
静かに声を出した人物は、カズキを壁に押さえつけた。
「なんの真似っすか…タカシさん」
カズキは【スライム化】の影響で姿形を好きに変えられる。
眼球は見る為に有るのでは無く飾りとなっており、眼球からじゃなくても視界を展開できる。
日常生活を送る際、不自然な動きをしない様、眼球から視界を確保している。
それを全方位へ展開することで、自分の腕を押さえつけ関節技を決め込み壁に押し付けているのがタカシであり、押さえつけている腕と反対の腕に握られている物が首に当てられているのを把握できた。
「絶対に顔を見られない様にしたはずなんだけどな」
「それ当てるのやめてくれませんか…」
タカシは小さく低い声で問いかけた。
「目的を言え」
「何の事ですか?」
「次は無い目的を言え」
首筋に当てられる短刀に力が入るのを感じ一層緊張が全身に纏わりつく。
質問の意味が本当にわからない。
目的とは何に対するものかを、冒険者になったことか、それとも松本に来たことか。
その二つくらいしかタカシさんと出会ったからの目的になりうることは無い。
しかしその二つはいずれも手段や過程であり、目的では無い。
カズキの目的といえば、
「俺の目的は、アツシとユキと3人で強くなっていつか最強と言われるS級冒険者スミカの横に並ぶことです!」
本当は目を見て言いたい気持ちがあったが、それは許されず壁に向け投げかける。
少しの沈黙を置いて新たな問いが投げられた。
「お前は何者だ?」
質問の意味が全くわからない。
これが人目のつかない場所で拘束し、刃物を押し付けて行う必要があるのか。
「では質問を変えよう」
質問の意味が、意図が理解出来なく返答に困っていたら、タカシが救済として口を開いた。
「お前は何だ?」
カズキは何となく察した。この人はカズキのレベルに気づいたのだと。
カズキが自ら口を開き弁明しようとしたが、先に声を発したのはタカシだった。
「怪しいと思ったのはお前の身体能力だ。オークの一撃を剣で弾くなんてレベル10未満ではあり得ない。明らかにレベルを隠している。」
一拍おいてタカシが「そして動きに違和感を感じた」と紡ぐ。
「関節が若干普通の人間と違う様な気がした。これは今確証に変わった。今抑えている腕に痛みはないのか?」
その問いに、アツシの洞察力に驚愕する。これが冒険者なのかと。
本当は1番初めに幼馴染2人へ、秘密を話そうと思っていたが仕方がない。
やろうと思えば振り解けるかもしれないが、周りに被害が出るであろう。
いやむしろ殺されるかもしれない。
カズキは諦め「実は…」と、スライムとの出会いや己の現状を簡潔に明かした。
「くくくっ…あーっはっはっは!」
やはり親子なのだろう。
母親のケイコ社長と似た笑い方を決め込むタカシ。
「面白いなお前!」
「あ、はぁ」
「あのバカ親の悔しがる顔を見るチャンスだな。絶対に5000万返済しろ」
圧力がもの凄い。
前髪で右目は隠れているが、カズキを凝視する左目がパッキパキにキマっていた。
「わ、わかりました」
「行き詰まった時に来い」
「わ、わかりました」
返答を受け取ったタカシはカズキを解放して、個室の外へ突き飛ばした。
緊張状態から解放されたカズキは急足でトイレを後にした。
席へ戻る最中、刃物が当てられていた首筋に手をやる。
「確認っつって本当に切るやつがいるかよっ」
関節の違和感を言い当てられたカズキは【スライム化】の能力を伝えた。
身体がスライムとなり痛感無効、斬撃無効があるとはいえ悲しい物だ
話が事実か確認する為、タカシはカズキの首に刃を入れたのだった。
まじで頭ぶっ飛んでるな。松本家の面々は!
サヤさんだけかよ、普通なのは!!!
ああ痛覚無効と斬撃無効が何かって?説明しよう。
ステータスのスキル一覧にあるスキルを選択すると、詳細が観れるのだ。
ほんとつい最近何気なく確認していたら見つけた新機能だ。
「スライム化:身体が常時スライム状となり、斬撃無効、痛覚無効を兼ね備える」
意外と簡素な説明なのが気に食わないけど、言われてみれば痛みを感じなくなっているし、スライム状だから切られてもすり抜けるだけだ。
もっと詳しく書いてほしい気持ちもある。
「松本家やばすぎ」
この時初めてカズキは松本家に来た事を後悔した。
本来は契約書にサインする直前に気づくべきだったのだろうが、アドレナリンが爆発していたあの時のカズキに、正常な判断が出来るはずも無かった。
「おっそ!ラストオーダー終わったから肉ないから!」
アイスクリームを頬張りながらユキがラストオーダー終了を伝える。
机上に大量のスイーツが並んだ、いやケイコ社長の前はビールジョッキが並んでいる。
「みんなラストオーダーでたくさん頼んだから好きなの食べなよカズキくん!」
サヤが机に並ぶスイーツを食べるよう笑顔で伝える。
高校3年にあり得ない額の賭けを申し込むクソ社長や、拘束して首筋に刃を入れる頭のネジが外れた男しかいない会社に、唯一存在する常識人。
それはツクシ畑に咲く一輪の花の如く、カズキには美しく見えた。
「ありがとうございます!!!」
「え?何泣いてんの?」
「アイスで頭がキーンってなったんだよ!」
涙目になっているのが隣のユキに見られ、バカにされるがアイスを理由に回避する。
大量にあったスイーツもカズキ達の胃袋へ収納され消えてなくなった頃、お会計を済ませたサヤが席に帰ってきた。
「「「ご馳走様です!」」」
「そう元気いいと奢りがいあるなー、じゃあ明日もゴブリン退治頑張ろうね!」
明日も8時間耐久無限ゴブリン討伐があるのかと、3人は元気の無い返事をする。
それを見てニッコニコのサヤはお団子頭を揺らし、カズキ達を家に送り届けてくれた。
「ここに入れればいいんだよな?」
今日討伐したゴブリン達から回収した魔石を換金せず、家に持ち帰ってきた3人は新居である家の地下に来ていた。
「説明書だとここだね」
何やら分厚い本を片手にアツシが肯定する。
小さいが大量の魔石を地下の奥にある、ゴツいポットへ入れる。
ポットに付いているゲージが上昇していき満タンになる。
「これで約1ヶ月は電気代がタダになるらしいよ」
「「すっげえええ」」
アツシパパが操作しながら説明すると、子供達は目を輝かせ興味心身だ。
オール電化、否、オール魔力稼働のこの家は、電気でも魔力でも家電を動かす事が出来る最先端の建物だ。
このポット内で魔石を魔力へ変換しているらしく、ゲージが尽きない限り電力を消費しない。
冒険者には嬉しい設計となっている。
これも冒険社アースの技術であり、特許を取得しているのだとか。
それから3人は各自風呂を済ませて布団に入り込んだ。
短く感じた1日だったが、しっかり疲労が蓄積されていた3人は、布団に入った瞬間に夢も見ず次の日の朝だったそうだ。
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