第107話 新たな毒牙は研ぎ澄まされる
「ほんっとうに勘弁して下さい!!! せめて風呂とトイレには着いてこないで下さい。この通り
お願い致します!」
フローリングに全力で押し付けられるカズキの額は、その溝にさえ肌が減り込む勢いだった。
それはもう綺麗な、誰が見ても賞賛の声を上げたくなる程の土下座だ。
頭を地につけ願いを、許しを乞う人間が成せる最上級の懇願をカズキは全力で行使していた。
「大丈夫、私のことは気にしないで謝らないで」
「ちっげーよ! 謝ってねーよお願いしてんの、懇願だよ!!! 毎日毎日毎日毎日、どこにでも着いてきやがってよ」
そう。
【楽業】達の面々と焼肉を終えたあの瞬間から、元々4人同居生活で少なかったカズキのプライベートタイムは、いや、4人目の金髪デストロイヤーと同居し始めてほぼ無くなっていたプライベートタイムは、悲しい事に白い少女によってほぼゼロとなった。
朝起きた時、布団の中でカズキに絡みついている。
顔を洗う時、ピッタリと隣にいる。
ご飯を食べる時、ピッタリと隣にいて隙を突いてはアーンしてくる。
ダンジョン攻略時、無償でパーティに参加してくる。
トイレに行く時、個室まで入ってくる。
風呂に入る時、一緒に入ってくる。
寝る時、布団に入り込んでくる。
寝ている時、追い払ったのにいつの間にか布団の中にいる。
正直風呂とトイレ以外、気にすることはない。
でも、やはり健全な男子。
チンは見られたくないし、いくら美人耐性があろうとも全裸で風呂に乱入されれば我慢できない可能性もある。
「良い加減にしてくれ、どうしたら諦めてくれるんだよ?」
「この婚姻届に名前書いてくれたら言う事きく」
ロナの手にはほぼ記載欄が埋められた婚姻届が握られていた。
【夫になる人】ただその欄だけが空白の婚姻届。
「……証人した2人でてこーい!!! クソユキとアホアツシ
ぃぃぃ!!!」
「あ、やば逃げよ」
「カズキのスピードから逃げられないから諦めよ」
リビングの隅で物見見たさにカズキ達のやりとりを見てたユキとアツシが、逃げる事を諦めて話に混ざり込んでくる。
ユキはスマホのカメラをこちらに向け動画を撮っていたらしい。
「どーして書いた? あぁ?」
「どーするアツシさんカズキさんガチオコだよ?」
「どーしようね面白半分で描いたし素直に謝る?」
怒りが燃え上がり歯の隙間から蒸気が漏れ出すカズキに、臆する事なくふざけ続ける2人に、今も目をハートマークにするロナ。
「なんなんだよお前らー!!!」
「うるさい」
そして、暴力装置のリサがカズキの顔面に張り手をし、強制的に口を封じた。
ああ、理不尽。
そして今日もカズキは顔面が吹き飛んだ。
「あぶふぇいぃ!」
⚪︎⚫︎⚪︎
【ソリューション】
それは、このダンジョンという毒牙に犯された世界を解決するという願いを込め皆んなで付けた。
しかし
世界は広く甘くなかった。
いくら頑張っても、アピールしても、B級になっても世間の目は俺には向かなかった。
小さな冒険社企業に属した高卒の男5人組パーティー、普通に仕事は入るけど努力しなければ、頑張らないと社会人同等に稼げない。
そしてC級ダンジョンをいくら踏破したところで、世間は見向きもしない。
英雄には程遠いのだ。
だからこそ
憧れという欲望が、葛藤という歯痒さが、あの日の過ちへと繋がってしまった。
大きな揺れから始まった世界で初めての【緊急依頼】。
あの化け物を見た時、チャンスだと思ったんだ。
世間の目を全て掻っ攫えると思ったんだ。
それが、そんな小さな判断ミスが仲間を全て失う災厄の始まりだった。
ピンチはチャンスなんて言葉がある。
それは物事が上手くいった成功者の方便だ。
チャンスはピンチでもある。
なんで間違えてしまったんだろう。
なんで皆んなを危険に飛び込ませてしまったんだろう。
なんで自分だけ生き残ってしまったんだろう。
なんで
どうして
何を間違えてしまったんだろう。
1人、独り病室で療養中、頭の中がグルグルグルグルと勝手に周り走り続ける。
人間、シャワー等の頭を使わない没頭作業時、嫌でも頭が1人走りしてしまう。
その孤独な独りよがりが、神崎誠の心をゆっくりとゆっくりと暗く黒く染めていった。
「速報です! L級ダンジョン【ラゾーナ】で遂に! 遂に【魔剣】がドロップしたと情報が入りました!!!」
テレビの向こう側で、キャスターの声が興奮気味に響く。
そこに差し込む光は、【魔剣】の情報。
「【魔剣】を手に入れた少年は強力な力を手にしたと、パーティーの皆で喜んでいる模様です!!!」
映像には、黒髪オカッパの少年が興奮気味に自身と同サイズの茶色い大剣を掲げていた。
ああ、そうだ。
力が足りなかったんだ…
知りたい事全ての解答が、そこに詰まっていた。
知名度を手に入れる為の力。
仲間を助ける為の力。
ユキちゃんを手に入れる為の力を。
俺らを笑ってきた人間達を黙らせる、あの後ろ指をへし折る圧倒的な力が…
【魔剣】が俺には必要だったんだ。
ああ、なんだ答えはそこにあったんだ。
捻じ曲がった正義は、黒く塗り固められ世界を憎み悪意を吐き出す。
そうして最低限の衣食住のみを残し、全てを捨てた男は2本の【魔剣】を手に入れたのだった。
「ああああ、皆んなやったぞ…やったんだ俺が、俺こそが【英雄】だぁ」
赤黒い刃のロングソードと、黒い刃のロングソード。
どちらも黄金の装飾がされた【魔剣】だ。
それらは、肉を裂くたびに震え、滴る血を舐める様に嗤っていた。




