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第102話 脱線してから戻すのって難しいよね

むずむず症候群


それは知る人ぞ知る恐怖の病。

座ったり横になると、腰からふくらはぎくらいにかけて襲いくるアレだ。

夜寝る前になると全力を出して、こちらの睡眠を妨害し無性にストレッチがしたくなるソレだ。

一度認知してしまえば最後、一生付き纏ってくる厨二病の次にやっかいな不治の病。


「あ゛あ゛あ゛ムズムズずるうううう」


そう。

ここ最近カズキを苦しめる最悪の病だ。

何を隠そう、いや隠すこともなく叫び出したい。


「あ゛あ゛あ゛イライラするー!!!」


これは本当にむずむず症候群なのだろうか、これが日本人の約3%が陥る病なのだろうか。

内側で何かが這いずり回っているような感覚に、気が狂いそうになる。


「もういっそイライラ症候群に改名した方が納得だわこれ!」


「まーたストレッチしてるよ。スライムだから意味ないくせに」


たしかに、たしかにユキのいう通りだ。

今の俺なら間接なんて形骸化した物にすぎない。

関節を逆に曲げることだってなんてことは無い。


「うるせえぶっ飛ばすぞ。こちとら寝不足でイライラしてんじゃい」


「おーこわいこわい、1人で【東京】になんて行くから変な呪いでも貰ってきたんじゃないの?」


相変わらずスポーティなルームウェアを着て、ユキはソファアの上で寛いでいる。


ここ最近ずーっとカズキの体はこの調子だ。

これが始まったのも全て【東京】から帰ってきた夜のことだった。


「ううう、もう二度と【東京】になんて行かねえ」


「それはダメ。収入源減るから」


それから数日間、ダンジョンの中でも風呂の中でも寝てる時でもトイレ中でも食事中でも談笑中でも歩いてる時でもデスクワーク中でも歯磨き中でも、ムズムズは手を休めることなくカズキの身体をもみくちゃにしてきた。

それどころか日に日に悪化していき、ムズムズとは言えない領域へと踏み入れた。


「ああああああああああああ」


身体の内側を常時こねくり回されているようだ。

まるでミキサーで混ぜられている様に、虫が這いずり回っている様に。

こうも毎日止まることなくムズムズされると、自分が自分じゃなくなっていく感じがする。


「アツシさんアツシさん」


「なんだいユキさん」


「うちのリーダーは前々から狂っていたけど、遂に壊れた様ですよ」


「うん、これは重症とかじゃなくて壊れたかもね。いや壊れてるってか通常運転の様な気もする」


ソファの上で2つのクッションを使いこなし、頭を挟み込み貝殻の様になって小刻みに震えるカズキを見ながら、茶を嗜む2人。

少しは心配したらと思うが、これが数日間続けば慣れるものだ。


「ギリギリ仕事に支障が無いからいいものの、こんなのと同じ屋根の下にいんの嫌なんだよな」


「スライムだから病院で診てもらえないし、呪いの類を疑って市役所に行っても何も掛かって無いって言われるし、どうしたものかねえ」


「もういっそ楽にしてあげた方がいいのかな」


「魔力を握りしめるのはやめなさいユキ」


「はーい、ん?」


深碧の魔力を握り拳に力を込めていたユキは、手を開きカズキの命を終わらせることを諦める。

その視線の先にいたクッション貝男は、ピクリとも動いていなかった。

ずっと出し続けていた呻き声も止まっている。


「止まった」


「「止まった?」」


クッションの貝から出てきたカズキは、自分でも驚いている。

今まで1週間くらい襲っていきていたムズムズが急に大人しくなったのだ。


急にクリアになった脳内へ、中性的で機械的な世界の声が語りかける。

それはレベルアップを主に知らせてくれる親切な声であり、事実を突きつける無情な声。


『ドラゴンの因子に適応しました。吸収した因子を元に身体を変換します。』


「へぇぁ?」


とんでもない情報が、少ない情報量なのにインパクト特大の情報が告げられた。


『ドラゴンアイを取得しました。』


「あへえぁ?」


急に突きつけられた現実に理解ができない。


「アツシさんアツシさん」


「なんだいユキさん」


「うちのリーダーは冗談抜きで病院で監禁するべきだと思います」


「うん、カズキの保険証探すかあ、あ、冒険者ライセンスカードで行けるんだったよね」


「あーたしか行けるはず、精神科っならスライムのカズキでも連れてっていいよねたぶん」


俺の思考が停止している最中に進む幼馴染達のくだらない掛け合いが止まらない。


「そんな事を言ってはいけません。人が傷つくかもしれませんよ?」


ムズムズが無くなったおかげで脳内がクリアになり何でも許せる気がする。


「え? なにどうしたの? 気持ちわる! さっきまでぶっ殺すとか言ってたのにどんな風の吹き回し!?」


「こらこらユキさん。女性なのだから、いえ、男女問わず言葉使いは良くするべきです。さすれば世界中で争いは無くなる事でしょう」


「こわいこわいこわい! アツシ! 私じゃ対応できない無理無理無理無理!!!」


「さすがに俺もこれと関わるのは面倒臭いな」


2人の顔が絶妙にうんざりしているが関係ない。


「2人とも。感謝の気持ちを忘れていませんか……ぁ」


身体中から噴き出す汗。

止まらない絶望感。


俺はこれを知っている。

この圧倒的な存在に押しつぶされる虚無感を。

見れば2人の表情も一変し戦慄へと色を変えている。


3人の視線はゆっくりと開く扉から離せない。

何がいるかは一瞬で理解した。


ユキが買ってきたスウェットを見に纏う黄金の眠り姫が、1週間開けられる事がなかった瞼を押上げ、不思議なことに扉を破壊する事なくお手本通りに扉を開けている。

カズキが予想していたのは、目覚めた瞬間の蹂躙、川崎の消滅。


だがしかし

第一声は愛も変わらず。


「おなかすいた」


英語で告げられる言葉。

いくら進学校出身じゃなくても理解できる簡単な英単語達。

理解できるのに返答できないのはこの圧倒的な存在が、いつどんなタイミングで爆発するかわからないから。

かといって黙り痩けていても、爆発しかねない。

意を決して声を絞り出そうと、己を鼓舞する。


「ああ、日本語じゃないとダメか」


英語から流暢な日本語にシフトチェンジせれ、目ん玉がひん剥けそうになる。

せっかく絞り、膨らませた勇気も萎んでしまったのだった。


「早くご飯作ってよぺちゃん子」


朱い瞳でカズキを見て少女は、たしかに【ぺちゃん子】と、そう言った。

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