第99話 魔剣と契約破棄
胸の中で目を瞑る少女。
今の今まで超越者として、この場を掻き乱し支配していた者とは思えないほど可愛い寝顔だ。
胸から鮮血と共に溢れ出るHPが残り3%となった少女は、本能により休眠に入ったのだった。
なるべく己の命を長引かせるために。
この子の生殺与奪は今、カズキの手の中にある。
きっと今、ここでこの子のHPを削り切り、光の粒子へ還るのが最善なのかもしれない。
しかし、今燃え上がるカズキの冒険者としての性は、目の前の命でさえ救わなければいけないと、殺してはいけないと訴えかけている。
『…ありがとお』
混沌とする状況を切り裂いたのは、弱々しい感謝の言葉だった。
「まあ冒険者だからな」
『あなたの好きにしていいわあ』
主語や述語が無くても身体を共有しているから伝わってくる。
カズキの胸に抱かれる少女に蹂躙され、瀕死に追いやられた大天使。
その生殺与奪を託されたのだ。
この場で一番弱いはずのカズキが最強達の今後を、未来の行く末の決定権を手にしたのだ。
大天使に関しては、今後もミラへの一方通行的な愛を暴走させカズキを狙ってくるだろう。
少女に関しては、天変地異並みの災害を引き起こしそうな危険性が有る。
2人とも倒せばとんでもなく莫大な量の経験値が手にはいんだろうな。
それなのに
「なに? 私に惚れたのバカズキ」
そういやらしく笑う幼馴染が脳裏で罵倒してくる。
大怪我を治してくれるのは、悔しいけど治療に関して頼りになるのはクソユキしかいないし。
「とんでもない物? 人達? を持って帰ってきたね…」
これらを持ち帰ってもアツシなら、とんでもなくウンザリした顔で苦笑いをしながら、温かく玄関で迎え入れてくれるはずだし。
「あーめんどくせー1人じゃ考えられないし帰るかあ……っても問題はこいつだよな。目が覚めたら絶対暴れるもんな」
幼馴染を頼ることにした。
しかし、大地にめり込む大天使を見て頭を抱える。
『あの子の……ミカの盾があっちにあるから持ってきてえ』
「はいよっと!?」
何か考えがあるのだろうミラの言う通り、少し離れた位置に転がる大天使の盾を持ち上げようとした時のことだ。
「おっも!!!」
少女を抱えているとは言えど、見た目的に持てないはずがないのに、盾はびくともしない。
重量の概念で説明できない空間そのものに固定されているかの様だ。
「まあ、仕方ないよな。うん。仕方ない仕方ない。よいっしょお!」
その強さから想像できない大天使の細く白い足首を鷲掴みにし、大地から引っこ抜く。
そこそこの距離をボロ雑巾の様に引きずり、大天使を盾の元へ持っていった。
『……私大概のことは何も言わないけど、さすがにそれはどうかと思うわよお。仮にも相手は女の子だしい』
残念
この二文字が全力で同居人、兼パートナーから嫌と言うほど伝わってくる。
「いやでもさ? 俺も女の子持っている片手間だしさ? そもそもあの盾重すぎんだよ」
『でも、なんて言い訳したらハズキちゃんのお爺ちゃんに、大将さんに言い訳するなってまた怒られるわよお。あとあの聖盾はもしかしたら所有者以外には扱えない可能性があるわねえ』
「もっと早く言えよ、あと変な記憶思い起こすなよ」
『ここでは貴方の記憶を掘り起こす以外で娯楽がなかったのよお。なんなら初めての慰めの思い出だって』
「天使を盾のとこまで運び終わりましたよお!?」
とんでもない記憶を掘り起こされそうになり、全力で話題を逸らす。
『そのままミカと聖盾を一緒にしてえ、封印するから』
蒼い魔法陣が大天使を包み込む。
魔法陣の光は大天使を包み込み、光の粒子へと強制返還する。
大天使だった光の粒子は浮遊し、カズキの右手に纏わりつき形を成す。
『ああごめんねえ、もう限界よお。私も少し寝るわあ』
ミラは苦しそうな声で限界を告げる。
どういうことだ。
その言葉が口から出るよりも先に、ミラへと伝わり返答がくる。
『すこし魂にダメージを受けすぎたのよお。その女の子と同じで、回復のために少し寝るだけだから安心してえ。私がいなくなる前にプレゼントあげるからぁ、使うたびに私を思い出してねえ』
「何、言ってんだよ?」
『【炎魔法】と【先取先制】を乗せておくからあ大切にしてねえ。【先取先制】は相手に初めて攻撃をするときに攻撃力が3倍になるからぁ、手を抜かず最初からちゃあんと攻撃するのよお』
特殊ダンジョンで初めてコイツと会ったとき、軽々しく振るわれた腕にロングソードが飴細工の様に砕け散り、その勢いのまま全身が弾け飛んだことを思い出す。
初撃の威力が3倍になるというブッ壊れスキル【先取先制】。
これがカズキにトラウマを与えた元凶であり、大天使の聖盾が繰り出す【反射】を突破し大ダメージを与えられたスキルだ。
『じゃあ…また、ねぇ』
「まてよ、おい…おい! ミラ!」
『はじめて、ちゃんと名前呼んでくれた…わねぇ』
それからいくら呼びかけど、嫌と言うほど頭の中に響いていた声は、弱々しい別れの挨拶を告げうんともすんとも言わなくなった。
そしてカズキの手には妖艶に嗤う【魔剣】フランベルジュが握られ、その人差し指に集約した光の粒子は金の指輪へとなった。
「本当に何なんだよ天使だの悪魔って、気になってモヤモヤすんじゃねえか……てかどうやって帰ればいいんだよ」
胸の中で冷たくなり続ける少女を助ける為に、S級ダンジョン【東京】深層から幼馴染が待つホームへと無事に、なにより早く帰らなけらばいけない。
それにはやはり
「来た時みたいにバイクで帰るしかないな。できるかわかんないけどっと…」
魔力をスライムへと変換し吐き出す。
それを思い描いた形にこねくり回すが上手くいかない。
やはり想像力が足りないのだろうか。
「やっぱこれがしっくりくるわ」
中学、高校と6年間通い続け、毎日乗り続けたママチャリ。
そうスライムはママチャリへと姿形を変貌させたのだ。
想像力が足りないのなら、体に染み付く記憶と経験から織りなすしかないのだ。
少女が落ちない様、背中にスライムでくくりつける。
さすがに血を垂れ流す全裸少女を背負う姿を見られると、【ぺちゃん子】として名が売れたカズキは社会的に死ぬことになる。
他者に見られるわけにはいかないので、丁度良く服が破れ背中が丸見えになっていたので、背中を膨張させ少女を包み込む。
見た目は少女の四肢と頭部のみが水色のスライムから飛び出ており、まるで亀の様だ。
圧迫による止血も込みで、これが最善だとは思う。
「うううっ」
自分の身体の中に漏れ込む少女の血に身震いする。
まるで背中に背負った赤ちゃんにおしっこを引っ掛けられた様な、おねしょをした時の様な不快感に襲われたのだ。
戦闘の余波で無茶苦茶になった地面では危険なので、ある程度アスファルトが生き残った場所まで移動し、ママチャリに跨り雷を循環させた。
「さあ帰るか」
その車輪は高速で回転し、ママチャリでは本来成し得ない速度で【東京】を駆け抜けた。
カズキは知らなかった。
ミラ•フレデストに契約として乗っ取られた身体は、カズキの意志に惹かれ意図せず元の姿に戻った。
その代償がどれだけ大きいかを。
ついに99話を迎えました!!!
3桁まであと1話!!!




