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アラサー魔術師のゆる~いハーレムライフ  ~異世界と現代を行き来してのんびり暮らします~  作者: しんこせい(『引きこもり』第2巻8/25発売!!)


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タイラーの過去 1


「まず前世の俺は……今から約三百年ほど前のキャメロン王国の生まれだった。当時はイラの街なんてものもなかったし、どこの街も今より活気があったな」


「三百年……」


「ちょっと想像つかないわね……」


「タイラーさんの魔法技術って、もしかして……」


「ああ、そのあたりはルルが想像している通り。その頃の魔法技術は、今と比べるとかなり優れてたんだ」


 俺の使っている魔法は現在のものではなく、三百年前に大陸を席巻していたメルレイア式のもの。

 自分で言ってて悲しくなるが、別に俺が優れた魔術師というわけではなく、当時の魔法技術が優れていたに過ぎない。


 頑張ったから上の下くらいではあったが、師匠みたいな化け物達と真っ向からやり合えるクラスの戦闘能力は俺にはなかった。どっちかっていうと理論畑だったしな。


 俺はゆっくりと言葉を選びながら、自分の身の上話を口にすることにした。

 別に大した人間でもないので正直恥ずかしいが……これから一緒に暮らしていくんだから、自己開示は必要だろ?


 俺は語り出す。

 元は孤児だった俺が、なぜ魔術師になることができたのか。

 つまりは俺と師匠の、出会いの話を――。





 前世の俺の幼少期は、今考えると悲惨なものだった。

 まず、俺には名前というものがなかった。

 俺は捨て子だった。

 恐らく娼婦が、産んだ子供をそのまま捨てたのだろう。


 面倒見の良い爺さんが赤子の頃の俺を拾ってくれていなければ、俺はそのまま死んでいたに違いない。


 自我がはっきりとしてくる頃には、自分が居る場所が街の最底辺に位置するスラムであることを知った。


 スラムは、今思い出してもひどいところだった。

 この場所には、人生の落伍者が集まってくる。


 借金を返せずに住む場所をなくしやってくる者。

 犯罪を犯し表を歩くことができなくなったゴロツキ。

 大麻を吸って完全にラリってしまっている中毒者達。


 曰く付きの連中がたむろするその場所は、キャメロン王国の暗部だった。

 そこに法律なんてものは存在しない。

 法の代わりにあるのは、純然たる暴力だけだった。


 強者と弱者が何よりも明確に分けられているこの場所で、俺はいくつかの幸運が重なり生き延びることができた。


 掃き溜めに鶴という言葉があるように、スラムの中にも良心のある人間はいた。

 彼らのおかげで、俺は数えで五歳になるくらいまでは生きられた。


 その頃になれば、スラムのおおよその力関係というものも見えてくる。

 幸い俺は、物覚えは良い方だった。


 近寄ってはいけないところには近寄らず、比較的安全に食料を得ることができるところで飢えをしのぐ。

 そんな生き方をしながらいくつもの出会いと別れを繰り返し……俺が六歳になる頃。

 俺はその日初めて、命の危険を感じることになる。


「うぅ、寒ぃな……」


 キャメロン王国全土を襲った大寒波。

 薪の価格が高騰しトレントの素材の価格が三倍以上に跳ね上がったというこの年の寒波は、マジで洒落にならなかった。


 スラムにはおがくずすら回ってくることはなく、ここの住民達は寒さで死んだ人から服を剥ぎ取って暖を取るような、地獄みたいな生活を続けていた。


 寒さは人から熱を奪うが、そもそもスラムに奪われた熱量を補えるような潤沢な食料はない。

 生と死の狭間を何度もくぐり抜けながら、俺は必死に生き延びるためにあがき続けた。


 その中で、俺が見つけたものがある。

 それがロキア――ディスグラドでは雑草として扱われていた、唐辛子の一種だった。


 ロキアはとにかく辛みが強く、普通の青唐辛子なんかとは比べものにならないほどに辛い。 あれは辛いというか、もう痛いに近い。


 ロキアは食べると口の中が燃えるような痛みを発し、そのまま燃え尽きてしまうんじゃないかと思うほど強烈な辛味を持つ辛味種だった。


 初めてそれを食った時は衝撃だった。

 のたうち回りながら必死に口腔の痛みに耐えなくちゃならなかった。

 けど食った後、全身から汗が噴き出してきた。

 こんなの、冬になってから一度もなかったことだ。


 このロキアは間違いなく、ひ弱な俺がこの寒波を乗り切ることができる唯一の可能性だった。


「い、痛ぇ……口の中が焼ける……でも生きてる。俺は――生きてるッ!」


 熱を発するものがない以上、自分の身体から無理矢理熱を出すしかない。

 食えばじんわりと汗がにじんでくるロキアは、俺にとって正しく一筋の光明だった。


 ロキアを食べれば、俺は寒さに耐えることができた。

 だから寒さで凍えて動けなくなりそうな時は、集めておいたロキアをかじった。


 もちろん食えば悶絶するほどの辛味が押し寄せてくる。

 このままじゃ凍え死ぬと思い大量のロキアを食った時なんかは、あまりの辛さで意識を失ったこともあった。


 だが俺は、ロキアを食えば生きることができた。

 俺にとって辛さとは、生きることだった。


 前世の俺が大の辛党になり、今世でも苦手なのに辛いものを無性に食べたくなったりしたのは、きっとこの頃の初期衝動が元になっているのだろう。


 ロキアの採取は簡単だった。

 なぜかはわからないが、こいつはとにかく人気がなかったのだ。


 ロキアを使って、俺は寒さをしのいだ。

 寒さだけでなく腹に入れれば飢えまでしのげたので、こいつは間違いなく俺の救世主だった。


 そのおかげでなんとか冬を乗り切ることはできたが、その先のことは何も見えなかった。

 ただ俺は、それが当たり前のことだと思っていた。


 当然ながら、周りにいるのはスラムで生きている人間ばかり。

 人がどういう風に生きるべきか、なんて高尚な話ができる人間は一人もいなかった。

 けれど俺はある日――運命の出会いをすることになる。

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