銀の皿のエロス
「はぁ……うんっ」
こらえきれない。
快楽が漏れてしまう。
体を永遠と凌辱される気分は最悪だ。
私はざらざらとした舌で表面を丹念に舐められていた。
西洋の名立たる陶芸家によって生み出された高価な銀食器である私。
本当であればローマ皇帝の晩餐に使われても遜色のない気品と高潔さを兼ね備えていて、薔薇と燭台とともにテーブルに置かれるのが必然であるはずだ。
それなのに、屈辱的だ。
今の私は審美眼のない金持ちの手によって落札され、彼らの愛犬のゴールデンレトリーバーのエサ皿にされてしまっている。
(どうして、この私が……こんな辱めにあっている……!)
かつても今も様々な名家の隆盛を食卓の上から見守ってきた。
百と数十の家を渡り歩いた私には人を品定めするほどの審美眼がある。美術品とまでなったこの私の方がものを見る目があるというのは神の皮肉だろうな。
叡智を持つ私は知っている。
人間が愚かであることを。
人間は分かりやすい。
栄華を極めたつもりになると私の上に豪奢な料理を盛り付け、悪徳の限りを濃縮したような赤いワインとともに平らげた。
またある時はテーブルマナーなどというもので水面下戦い合う。
奴らは自分自身で己の皿に毒を盛り、美味を貶す愚かしい生き物なのだ。
嘆かわしいな。
私は銀食器であるから毒を弾くものとして珍重され、権力者は私を使ってモノを食べることを好んだ。
私も権力者のように品がよく、狡猾な人間を好んだ。
歴史的にも、美術品としても価値がある私を使う人間が価値のない平民であってはどうする。分不相応ではないか。
だから、人を蹴落とし、都市を焼き滅ぼし、国々を平らげたローマの貴族たちを私は好んだ。
だが。
その私の今の在り方が犬の皿だと!?
今私を意地汚く、品がなく、野性的に舐るのは貴人の舌ではない。
人ですらない畜生の舌が、この高価な銀食器に触れているのだ。
全身におぞけが走るほどの恥辱である。
(屈辱……! なんて、恥辱……!)
でも……!
その焼けつくような舌、その激しい動きはいやらしく。
金属の冷たさは獣の熱に浮かされていく。
ホワイトソースの一遍すら綺麗になめとられて、それでもなお肉厚な舌の動きは止まらない。
(なんてッ、ケガラワシイのだ……ううんっ、このままでは本当に獣のエサ皿に堕ちてしまうッ!)
燃えるように熱い。
こんなに熱烈に接触されたのは何時振りだったろうか。
上品な作法のある食事会は私をいつも冷たく、丁寧に扱う。
こんなに価値も、美しさも忘れて酷く扱われたのは初めてだ。
どうしてだろう。
不愉快な、はずなのに。
どうして、こんなにも。
(熱烈に興奮しているんだろう……!)
エサ皿になってもいいんじゃないか?
私は歴史的価値ある美術品じゃなくて、ただの食器なんだから。
下品に、汚らしく食い散らかされるのも悪くない。
どころか。
(もっと舐って……! もっと激しく、来てくださいぃ!)
皿の端は犬のよだれでべちょべちょで獣臭さが染み付いてしまう。
もうこんなになっては二度と卓上には上がれない。
もう、私は人の皿ではないのですね……犬畜生如きの皿として扱うなんて、なんと不敬な。
ゴールデンレトリーバーには皿の価値など分かりはしない。飼い主の審美眼も節穴に近しい。いずれこの家は傾いてまたしても別の家に流れ着くことになるだろう。
そうなったとしても、私は下品な犬皿に。
肉厚な舌、時々当たる牙。
止まらぬ貪欲な迸りに当てられて銀食器は熱く柔らかく溶けていく。