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混沌の邪神のしもべ2  天秤の都市  作者: かつエッグ


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23/25

真っ白な町

 わたしたちは、ネクトーの指示通り、ヴィスィエーの町から距離をとって、様子をうかがっていた。

 天秤が大きく傾き、そして大地が揺れた。

 阿鼻叫喚の声がかすかに聞こえてきた。

 さらに、ヴィスィエーの町を覆った黒雲から、無数の稲妻がほとばしり、町を直撃するのを見た。


 わたしの横には、獣人女王スヴェトラーナ、その娘イリーナが立ち、そして後ろには獣人たちが居並び、みな、無言でヴィスィエーの町を見つめているのだった。


「ネクトーさま……」


 やがて、スヴェトラーナがつぶやいた。


「言い伝え通り、我らの危機を救うために、神から遣わされたお方……」

「大丈夫なのかな、ネクトー」


 わたしは、ひとり町に残ったネクトーの身を心配した。


「心配ありません、ルキウスさま」


 イリーナが言った。


「ネクトーさまは、神のしもべなのですから」


 その声には、絶対の信頼が感じられた。


(おれは何があっても死なない……いや、死ねないんだよ)


 別れ際、ネクトーはそんなことを言っていた。

 苦い笑いを、その顔に浮かべて。

 その背負った重荷。

 それにしても、ネクトーの過去に、なにがあったのだろうか。あんな、憎めないやつなのに……。


 やがて、町を覆う雲は、薄れて消えていった。

 青空がのぞいた。

 天秤が今や、逆に傾いていることをのぞけば、これまでと一見なにも変わらないヴィスィエーの町。

 しかし、陽光のもと、町は静まり返っている。

 本来そこにあるはずの、喧騒がなにも聞こえてこない。


「だれか、なにか、聞こえるか?」


 わたしはたずねたが、鋭い聴覚をもつ獣人たちも、首を横に振った。


「聞こえません……なにも」

「そうか……」


 わたしは、言った。


「行ってみよう、町に」




 近づくと、あれほど開かなかった城門が、半開きになっていた。

 獣人戦士が一人、門に走り寄り、中の様子をうかがった。

 危険はない、と手を振ってよこす。

 わたしたちも、城門に近づき、ヴィスィエーの町をのぞきこむ。

 

「こりゃあ、また……」


 わたしは、まぶしさに目をしばたたいた。

 一体、ここで何が起こったのだろうか。

 教会の尖塔は折れて倒れ、市庁舎や商工会の建物も半壊していた。

 大嵐がふきあれたかのようだ。

 そして、塩。

 町のすべてが、真っ白な岩塩に覆われて、それはまるで季節外れの雪が降ったかのようだった。

 陽光を反射して、塩が白くギラギラ輝いていた。

 そして、住人は、ひとっこ一人いなかった。

 (しかばね)さえも見えない。


「あっ、あそこに!」


 イリーナが叫んだ。

 中央広場の真ん中に、白く盛り上がっているのは、女王を焚刑にするために積み上げられた薪の山だろう。

 その山にもたれかかるようにして、ぽつりと、両足を投げ出して座る人影があった。


「ネクトー?!」

「「ネクトーさま!」」


 わたしたちは、ネクトーのもとに駆けよった。


「よお、みんな……」


 ネクトーは、座りこんだまま、気だるげに片腕を上げた。


「おい、ネクトー、あんた、大丈夫なのか?」


 やや憔悴した顔だが、大きなけがはなさそうだ。

 首のまわりに、ぐるっと、刀傷のような白い太い跡ができているが、それはずっとまえに治癒した古い傷のようにみえた。


「むぅう……立てない……」


 ネクトーが弱弱しく言う。


「なんだと?! やられたのか、どこをやられた!」


 思わず叫んだ。


「腹が……」

「腹?! 腹をやられたのか、ネクトー? みたところ、大きな傷はないようだが!」


 ネクトーは、ふわりと笑って


「腹が……減って、立てない……」

「なんだってえ?」


 わたしは唖然とした。

 ネクトーが続ける。


「なぜか猛烈に腹が減って……力が入らないんだよ、ルキウス……」


 女王スヴェトラーナが、すかさず言った。


「ネクトーさま、わたくしたちが、ご満足いただけるまで、山海の珍味でおもてなしいたしますわ。さあ、皆の者!」

「「「「おう!」」」」


 女王の指示で駆け寄った、たくましい獣人戦士たちが、あっというまにネクトーを担ぎ上げると、運んでいく。

 これまで避難していた森の隠れ家に連れていくようだ。


「なあ、ゲ蟹の塩ゆではあるかい?」


 獣人たちの上で揺られながら、ネクトーが聞いた。


「おまかせください、ネクトーさま。お望みのままに! イゼ海老もあります!」

「おぅ、いいねえ、ありがたい。それじゃ、ひとつ、急いで頼むぜ!」

「承りました!」


 獣人たちは、答えるや否や、いっせいに疾走を始めた。

 あっという間に、土埃の中、運ばれていくネクトー。


 それをほほえましく見送りながら、わたしは言った。


「さて、町がどうなったのか、報告のために検分しておこうか……すっかり忘れていたが、わたしはこれでも、秘密調査官だからな」


 ヴィスィエーの町は、岩塩の塊と化した。

 町のいたるところには塩の柱が立ち、それは神の怒りにふれた住民のなれの果てなのかもしれない。

 商工会の扉から斜めに突き立っている鉄柱。

 あれは、中央広場に立っていた焚刑の柱ではないか。

 なぜ、あれがあんなところに刺さっているのか?

 その柱にまとわりつくように、岩塩がこびりついている。


「うわっ……」


 その岩塩には、都合四組の生身の目と口がついて、苦し気に閉じたり開いたりしていた。

 その目それぞれに、わたしは見覚えがあった。


「あーあ、おたくら、触れてはいけないものに触れてしまったな……」


 女王スヴェトラーナが、広場の隅にある塩の柱の前で、たたずんでいた。


「それは?」

「たぶん、チェムノターでしょうね……」


 チェムノターは跪いて、両手を合わせ、祈るような姿勢で固まっていた。

 その目は、ほかの四人とはちがってかたく閉じられ、口の中では茶色の舌が、なにかを唱えるように絶えず動いていた。


「なにを祈っているのか……」


 哀れというほかない。


「町には、もはや、人はだれもいません……」

「完全な無人です」


 散らばって町の中を調べてきた獣人戦士が報告する。

 悪徳が猖獗を極めたヴィスィエーの町は、滅んだのだ。


「皆の者、戻るぞ」


 獣人女王スヴェトラーナが言った。


「我らを救ってくださった、ネクトーさまのところへ」

「「「おう!」」」


 そして、わたしたちは、滅んだ町を後にしたのだった。


いつも読んでくださってありがとうございます。ヴィスィエーの町でのネクトーの冒険も終わりを迎えます。あと短い2回の更新で完結です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 同じ白い景色でも、全てを優しく包み込むような雪景色とは違って、日にギラギラと輝く岩塩に覆われた景色は、不快でザラついた肌感覚があります。 天の業火で焼かれ滅んだという町も聞いたことはありま…
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